金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第二章

第一話 ヴァジュラ王子のいたところ〜ルゼルが「はわわわわぁ」ってなる話

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 マード国の王子マグヌスは午前の予定を終え、弟王子の部屋に来ていた。   
 生まれた弟王子は、ヴァジュラ・コンゴウ・マードという公称名となった。『ヴァジュラ』は固い物質という意味で、『コンゴウ』も東の国で固い物質という意味らしい。マグヌスだけでなく大人たちもヴァジュラのゴリマッチョぶりを認めたような名だ。マグヌスはこの弟の名前がとても似合っていると思っている。非常に男らしくかっこいい名前だ。しかもコンゴウにはダイヤモンドの意味もあるらしい。かっこいい。

 ヴァジュラは生まれて3ヶ月が過ぎ、顔立ちがより一層ハッキリとしてきた。髪も瞳も黒く、やや四角めの顔はぷっくりしており手足は太くムチムチとしていた。
 母王妃のマディも「ヴァジュラは陛下そっくりですね。骨が太いところとか、過剰なお顔立ちとか」と度々ヴァジュラに話しかけては笑っている。5歳のマグヌスはそれで『過剰』という言葉を感覚的に覚えた。少し多めとか少し余分とか少し強めとか…おそらくそういった意味。足りないよりずっと良いと思っている。なにより母王妃が笑っているのだから悪い言葉ではない。
 マグヌスは母王妃に挨拶をすると、その腕に抱かれたヴァジュラを覗きこんだ。
 可愛らしい。可愛らしい、が、こんなにフリルの似合わない赤子はいるのだろうかと、マグヌスは側近候補たちの弟2人のことを思い出しながら思った。
 あの2人、リオンとルゼルはフリルが恐ろしいほど似合う。先日も埋もれるほどのフリルのついた服を2人とも着ていた。今日も2人はフリルに埋もれてくるのだろうか。その時、ノックの音と侍女の「ユリアン・コーク様、リオン・コーク様、リゼル・クイン様、ルゼル・クイン様がお越しにございます」という声が聞こえた。母王妃が頷くと侍女たちが扉を開けたりお茶の支度を始める。例の2人は今日もフリルに埋もれていた。
 ユリアンとリゼルの後、弟組が挨拶をする。マグヌスはこの2人の舌足らずの話し方が非常に気に入っている。まずはリオン。
 「おうこくの、おうひしゃま、おうじしゃまに、おあいさとぅ、もうしあげましゅ。りろん・こーくでしゅ」
 …ずいぶん長文が話せるようになってしまった。流石秀才一族の2歳児。だが自分の名前を言えないところは微笑ましい。続いてルゼル。
 「…おうししゃ、おうじしゃ」ここでルゼルがペコリと頭を下げた。まだうまく話せないルゼルは頭を下げることで『ご挨拶申し上げます』の代わりをしている。「るじぇゆでしゅ」ペコリ。隣にいた兄のリゼルが小さな声で「ルゼル・クイン」と言うと、あ、という顔をした後「るじぇゆ・くいんでしゅ」と言い直した。しまったという顔で少し下を向き頬をほんのり赤らめる姿は、襟周りの過剰なフリルとあいまって白い花の中に甘い桃がちょこんと乗っているような錯覚を思わせる。
 今日は、リオンがまだ赤子を直に見たことがなく興味津々だったことと(ルゼルはつい先日弟…アロン…が生まれた)、将来的にリオンとルゼルがヴァジュラの側近になる可能性が高いということから相性を測る顔合わせの意味で、しかし一番の理由は大人たちが美幼児2人と赤子という絵面を見たいという願望のために整えられた時間だった。
 おそらく言い出したのは王妃で、産後の褒美の意味も込めて王が設定したのだろう。王妃マディにとってユリアンとリオンは甥にあたり、リゼルとルゼルも遠縁にあたる。王妃はこの甥たちをたいそう可愛がっていた。
 今日は宮廷画家が2人も同席しており、美幼児2人の服もいつも以上のフリル率であることから両家にも本当の目的は伝わっていると思われた。
 「4人とも良く来てくれましたね。こちらにいらっしゃい」王妃は金色の髪に青い瞳でにこやかに言った。「ユリアン、貴方益々お兄様に似てきたわね」ユリアンの父コーク公爵は王妃の兄だ。ユリアンを見る王妃の目はいつも叔母の目になる。ユリアンはユリアンで王妃様は父に似ていると思っている。そしてこの場にいる者たちは王妃とユリアンは似ていると思っている。コーク家は秀才一族な上に美形一族でもあるのだ。
 4人は王妃に促されヴァジュラの元にやってくる。
 ヴァジュラを見て真っ先に「はわわわわぁ」と両手を口元に持っていき翡翠色の目をパチパチさせて言ったのはルゼル。それを見てウッと射抜かれた者は多数。
 「父王に似ているが可愛いだろう」と言ったのはマグヌス。王妃はそれを聞いて堪えきれずクスッと笑う
 「はいっ、とっても可愛いです。眠っていても男らしさがあってとってもかっこいいです」と言ったのはリゼル。心底そう思っているらしい。弟のルゼルを語る時と同じ瞳だ、間違いない。
 確かにクイン家にはいない顔立ちだろう。目を開けていなくても…というか眠っていても力強さを感じさせる赤子などクイン家以外にもそうそういない。マグヌスはゴリマッチョな弟が誇らしい。
 「あにゅうえ。あかちゃんはなにできたの?」とユリアンの袖を軽く引いてリオンが聞いた。王妃に抱かれているヴァジュラはどう見ても歩けるようには見えない。1人でどうやってここまで来たかが気になっているようだ。
 「赤子はね、母親から生まれるんだよ。私とリオンは母上から。ヴァジュラ様は王妃様から。だから歩けなくてもちゃんとここまで来られたんだよ」とユリアンは人は女性の腹から生まれると簡単な説明をしてやった。あの言い方、いつかヴァジュラに同じことを聞かれたら同じように答えようと思うマグヌスだった。
 「おなかのまえは、どこにいるでしゅか?」とリオン。「お空の神様のところにいるとバトラーは言っていたよ」バトラーとはコーク家の執事長だ。リオンが生まれた時、同じ質問をユリアンがしていたのだ。秀才一族の執事は様々に臨機応変さが必要そうだ。
 「かみしゃま?ああ!」リオンは1人何かに納得したようだった。その時ヴァジュラが目を覚ました。気づいたリオンが「あ、おはよ」と自然に言った。ほわっと微笑んで言ったリオンはとても愛らしかったが、ユリアンは王族に対してその言葉遣いは失礼だとたしなめた。
 しまったという顔で「あ」と言うリオンと、目を開けたヴァジュラを見て「はわわわぁ」とびっくりまなこで言うルゼルの並びは非日常の感情が表情に現れていてなかなかのレア感だ。画家達の手が素早く動く。
 王妃が「ユリアン、気にしないでちょうだい。それより自然にご挨拶できる弟を褒めてあげましょう。リオン、ご挨拶が上手ですね」と優しく微笑んで言うとリオンは紫色の瞳をキラキラさせて「ありがとござましゅ」と言ってからペコリと頭を下げた。続けて王妃が「ヴァジュラにもっとお話しして良いのですよ」と言う。リオンがパァっと微笑みユリアンを見上げる。ユリアンもにっこり頷く。するとリオンが一歩前に出てヴァジュラに少し顔を寄せ「はじめまちて。ゔぁじゅらしゃま。りろん・こーくでしゅ」続けて「かみしゃまところ、おてんき?おはないっぱい?」とドキドキを隠しきれない様子で手をニギニギして聴いている。どうやら自分のイメージする神様の国の確認をしたいらしい。
 その横にルゼルが来て上気した顔で「しゃか、しゃか」とリオンに言う。シャカシャカ?と皆が不思議に思っていると、リオンがウンと頷き、ヴァジュラに向き直り「かみしゃまところ、しゃか、あるましゅ?」と聞いた。「『坂』のことだな」と翻訳したのはユリアン。一同、ああなるほどと同時に、何故?とも…。その時ヴァジュラが「ああ~うぅ」と大きな声をあげた。
 するとリオンとルゼルが少し肩をピクリとさせ「あるって!」「あう!」と言って互いを見た。その後ルゼルが少し翡翠色の目に涙を溜めてヴァジュラを心配そうに見た。「だいじょぶ。ゔぁじゅらしゃま、もう、おうひしゃまだっこっこよ」とリオンが紫の瞳で覗き込むようにしてルゼルの頭をなでた。母王妃に抱っこされているから心配ないとなだめているようだ。2歳児が2歳児を慰めている。もう画家達の手が止まらない。

 つたないリオンの説明によると、ルゼルが今一番辛いのは転んだ時なのだそうだ。中でも坂道は転びやすく、下り坂で転ぶと普通に転ぶより痛いらしい。でもルゼルは兄や姉が痛くないおまじないをしてくれるのでなんとか我慢できるのだが、神様のところにいたヴァジュラにはそのような人がいなかった(母王妃も兄マグヌスもここにいるのだから)、だからもし神様のところでヴァジュラが転んで1人で辛い思いに耐えていたのだとしたらと思うと泣いてしまうのだそうだ。

 説明を聞いた後、リゼルは我が弟はなんと優しく愛らしくいじらしいのだと感動し、リオンとマグヌスはリオンの舌足らずな話し方の愛らしさと友達の心情をなんとか伝えようと必死ないじらしい姿に胸打たれ、大人たちは同様に思いつつ、2人の弟組をいっぱしの目で見ている3人の5歳児にあたたかい気持ちにされ、王妃は「画家だけではダメ。書記もこれからは控えさせなければ」と強く思い、ヴァジュラはまたスヤスヤと眠りについたのだった。
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