金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第四章

第二十話 リディラ、立つ!

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 リディラのクラスは最近ざわついている。なんだかコソコソと話している人たちがいる。時々クスクス笑った後で「ねー」などとこれみよがしに仲間内で同意しあっている。感じ悪い。リディラはその雰囲気が苦手だ。こういう状況は本で知っている。だいたいが妬みや嫉み、あるいは誰かを見下して良い気になっているような話だ。面倒くさい。だから知らんふりをしている。話の内容には興味ない。たとえ自分のことだろうとも。というか自分の話なら全く興味ない。
 「嫌だわ、またどなたかを悪く言っているみたい」
 リディラに小さな声で言ったのはララだ。リディラとララは学園で同じクラスになった。マーリンとタミラは隣のクラスだ。
 実はララも入学当初今ヒソヒソ話をしているグループに意地悪をされていた。「貧乏男爵のくせによく入学してきたわね」とか「お前の家って領地ないんだってな」とか。
 ララの男爵家は領地はないが事業が繁盛していて実際は貧乏ではない。派手な生活をしていないだけだ。現実を知らない者たちが誰かの話を間に受けているだけだが、ララも言い返すことをしなかったので悪口は日に日にエスカレートしそうになっていた。だが、天下のクイン侯爵家のリディラ・クインと仲が良いとわかったとたんに何も言われなくなった。
 だからララは悪く言われる辛さを知っている。今、ターゲットになっているのはビクトリアという黒髪黒眼の美少女だ。噂ではビクトリアは孤児院出身で、先頃貴族の家に養女として引き取られたという。
 いじわるをする女子生徒はおそらくビクトリアの美少女ぶりを妬み、男子生徒は美少女の気を引きたいが故のいじわるだろう。
 ビクトリアは仕草も話し方も上品で、生まれながらの気品がある。無駄に目立つことも災いしていた。
 いじわる女子生徒がいう。
 「ねぇねぇ、ビクトリアさま。孤児院て雑巾で自分の部屋を拭くって聞いたけど本当?私は雑巾て触ったことないから、どんな触り心地か教えてほしいわ」
 ビクトリアは何か言おうとしたが間髪入れず男子生徒が言う。
 「お前はなんで捨てられたの?いらない子だって言われたの?かわいそー」
 いつもは何を話しているのかわざとらしく小声だったものが、今日はクラスに聞こえるように話している。興味なかったリディラの耳にももちろん聞こえている。それはそれは耳障りに。
 あの男子生徒は知らないのだ。今この国の孤児院にいる大半の子どもたちは捨てられたのではなく、親と死別した者だということを。
 「私のうちでは孤児院のバザーでクッキーを買ってあげているんだけど、あれってビクトリア様がお作りになっていたのかしら」
 孤児院の子はクッキーを作るだけではない。小麦の栽培も手伝っている。掃除も裁縫も花壇の手入れも、孤児院からどこに行っても困らないように色々な技術を入った時から教えてもらっているのだ。お金を出して食べることしかできない貴族の子どもよりずっと有能だ。
 また別の男子生徒が言った。
 「お前の髪色、黒過ぎなんじゃね?煙突掃除もしてたのぉ?あははは」
 ビクトリアが何か言おうとする度に遮るように矢継ぎ早にからかわれる。ビクトリアは自分の意見を言えるタイミングがなかなかみつけられず拳を握って下を向いて机の一点を見ていた。
 孤児院出身は恥じることではない。これからも隠すつもりはない。だが恩恵ある孤児院や亡くなった親から譲り受けた黒髪まで揶揄されることは我慢できなかった。悔しい。その時、
 がたん。
 小さな音だが、一瞬でクラスが静かになった。リディラが立ち上がったのだ。今まで、クラスメイトのほとんどはリディラは人に興味がないと思っていた。声をかけて誘っても乗ってこないし、愛想笑いもしないからだ。だがララにはわかっていた。リディラはリディラの背景にある侯爵家や親戚の公爵家を見ながら声をかけて来る人には良い顔をしていないだけだと。
 だからクラスメイトたちは驚いた。リディラが明らかに怒っているのだ。そしてリディラが言った。
 「聞くに耐えないわ」
 はっきりと、ゆっくりと言った。
 「皆さま、ご存知ないの?孤児院にいる方々がどれほど有能か」

 休み時間にマーリンがリゼルを訪ねてきた。珍しい。しかも少し目が潤んでいる。男子生徒はついつい見惚れてしまう可憐さだ。だが、マグヌスとユリアンとリゼルにはわかる。冷静なマーリンがこんなに取り乱すなんて、何かあったのだと。しかもリゼルを訪ねてきた。
 「リディラに何かあったのか?」
 聞いたのはマグヌス。
 に反応したのはレイノルド。
 マーリンは何回か頷いた後に言った。
 「で、殿下…リディラ様が、とてもお怒りになっていて…」
 「リディラが?」
 マグヌスたちはそう言いながら体は走り出していた。
 「リディラはどこ?クラス?」
 走り出しながら振り向いて聞いたのはユリアンだ。
 「はい、そうです」
 マーリンの返事に「わかった、ありがとう」と答えて猛ダッシュした。リゼルは無言で走っている。リゼルの顔を見たマグヌスが「リゼル、何があっても冷静にな」と絶対無理だと思いながらも忠告した。もちろんリゼルの返事はなかった。

 3人がリディラのクラスについた時、入り口にはよそのクラスから沢山のギャラリーが集まっていた。クラスの中からリディラの怒る声が聞こえている。ギャラリーの中からタミラをみつけたユリアンが聞く。
 「どういうこと?」
 「あ、ユリアン様」
 タミラはかいつまんで経緯を説明した。ユリアンもマグヌスも「無理もない」と思った。
 マグヌスたちが来たことで、自然とクラスへの道が開いた。中に入るとリディラが立ち上がったまま話し続けている。
 「おわかりになった?孤児院にいらっしゃる方々にはそういう背景がありますのよ。そう、おわかりならその話は終わります。次の話に移りますわよ」
 何か一つ論破したようだ。
 「私たちはね、生まれてしまったら、子供のうちにはどうにもならないことがありますの。
 生まれた環境、持って生まれた容姿。これは子どもの力ではどうにもならないんです。それを個人の欠点や失敗のように言うのはどうかと思いますわ。どうにかできます?亡くなった親を生き返らせることがあなた方にできるの?親が居なくなって誰にも頼らずに生きていけるの?それができるならそれを知らない人たちに教えて差し上げて」
 「すごい」
 ユリアンは少し笑って見ていた。マグヌスも「流石リディラだな」と呟いた。
 「それから容姿のことも」
 とリディラが言いかけたときに誰かがマグヌスの呟きに気づいて言った。
 「あ、マグヌス殿下…」
 クラスの温度がまた少し下がった。まさかマグヌス殿下まで来るような大ごとになるとは。意地悪をしていた者たちはもう全く勢いを失っていたところに王族登場で追い討ちだ。もうおしまいにしてもらいたい。だが、リディラは黙ることがない。むしろマグヌス登場で顔が明るくなった。ユリアンは「嫌な予感」と言って笑う。
 「マグヌス殿下」
 リディラがマグヌスを呼んだ。
 クラスメイトたちはギョッとした。リディラの兄がマグヌスの側近候補なのは知っているが、リディラもマグヌスとこんな距離感なのか?
 「なんだ?」
 マグヌスが普通に答えた。意地悪組のクラスメイトたちは自分たちが怒らせた相手はかなりまずい相手だったことに今更ながら気づいた。
 「あの方々はビクトリア様の髪が黒いのは煙突掃除をしていたからかって言うんです。ビクトリア様の髪色とマグヌス殿下の髪色は同じですわよね。マグヌス殿下は煙突掃除をして髪が黒くなったのですか?」
 何ということを聞くのだ。と多くのギャラリーが青くなる。だがマグヌスは冷静に答えた。
 「いや、私の髪色は生まれつきだ。変えたくても変えられない生まれ持った色だ。だが私はこの髪色が気に入っている。父上も同じ色だしな」もっと言えば、可愛い弟のヴァジュラも同じ色だ。
 これはパンチの効いた一言だ。陛下まで出されたら意地悪組は顔も上げられない。だが、リディラは容赦しない。
 「では陛下にも今度聴いてみますわ」
 「え?煙突に入ったかって?」
 マグヌスが笑うように聞いた。リディラ強い。
 「そうだな、父上なら煙突に入ってそうだしな」
 マグヌス、サラッと言う、そして意地悪組に向かって付け加える。
 「煙突がどうとか言ったお前たち、私の髪色は生まれ持っての色だ。それから煙突掃除はこの国になくてはならない大事な仕事だ。あまり小馬鹿にして欲しくはない。それから孤児院に対する間違えた認識もあるようだな。それは私たちの努力が足りていないせいだ。すまない。ビクトリア嬢も我々の力不足ですまない」
 「いいえ、とても恐縮です。ご助言ありがとうございます」
 と言ってビクトリアは美しいカーテシーで礼をした。
 「い、いえ、はい…」
 恐縮して答えたのは意地悪組。
 「うわ…」
 と呟いたのはユリアン。
 マグヌスのこの「私たちの」と言う一言には、意地悪組とこちら側とは立場が違うという一線を引いた言葉だ。これはマグヌスのことも怒らせたなとユリアンは悟った。まぁ、だからといってマグヌスはこの先もずっと一線を引き続けるわけではなく、人となりを見て臨機応変に受け入れる人だ。あとはあの意地悪組の改心しだいだな。と思いながらも、ユリアン的にはあの子たちは…と、要注意のリストに入れた。
 ここまで黙っていたリゼルが口を開いた。
 「妹が騒がせて申し訳ない。一方的に言われて嫌な思いをしたことと思う。苦情や意見は我が家まで遠慮なく言って来てほしい。クイン侯爵家として真摯に対応させてもらう」
 これはリゼル・クインも怒らせたと誰もが理解した。
 それにしてもリディラは強い。正論で殴ってくる。
 「リディラ様、素敵」
 誰かが呟いた。

 帰りの馬車の中、リゼルはリディラに「あまり心配させないで欲しい。リディラが何か意地悪をされたのかと焦ったよ」と愚痴り、リディラは「何もしらない方々がなんであんな得意げにビクトリア様を語っているんだか」とまだ憤慨していた。
 そして二人して言う。
 「ああ、もう。早く癒しがほしい」
 「アロンちゃんとルゼルに早く会いたいわ」
 「…リディラ、今日はルゼルうさぎとカニアロンになってもらおうよ」
 「お兄様!名案!…そういえばお兄様ってウサギになったことあります?」
 「は?」
 「お兄様もウサギになってくださいな」
 なぜかリディラが拍手をして笑っている。良い笑顔だ。ウサギになっちゃおうかな。

 この時撮られたリゼルうさぎ、ルゼルうさぎ、アロンうさぎのうさぎ三兄弟の写真をマーリンたちが見るのはもう少し先のお茶会だった。
 
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