金に紫、茶に翡翠。〜癒しが世界を変えていく〜

かなえ

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第四章

第三十二話 参観自粛中のタビアス侯爵家〜デビス何かに気づく

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 バンッ!ドサッ!
 タビアス侯爵家のデビスの部屋から荒々しい音がしている。学園での出来事を見かねたタビアス侯爵がデビスに自室での謹慎を申し渡したのだ。それを不服とするデビスが本やらクッションやらを投げているのだ。…割れ物を投げないあたり、まだ理性が残っているようだ。
 タビアス侯爵はデビスの部屋の前まで来たものの、その物音を聞くとため息をついて廊下で待機しているデビス付きの従者に言った。
 「はぁ…。物音が落ち着いたら教えてくれ」

 デビスが落ち着いたのはそれからかなり経ってからだった。従者の知らせを受けタビアス侯爵が部屋を訪ねた。
 「デビス、入るぞ」
 「…父上…」
 デビスは泣き腫らした目で父侯爵を見た。
 「デビス…今回のこと、父は非常に残念だ」
 「…キエル副団長の養女だと、知らなかったのです…ただの孤児院出の世間知らずとしか…」
 「お前は何もわかっていないのだな」
 侯爵は心底ガッカリした様子でため息をついた。 
 「私が常日頃、侯爵家嫡男としてのプライドを持てと話していたのは侯爵という地位の高さで周りを威圧しろと言っていたのではない。
 相手がどの家門のご令嬢かだとか、そういう問題ではないのだ。相手が名門貴族であっても平民であっても、侯爵家の人間として人としてのあり方をきちんと人々に見せるようにという意味であったのだ。
 領地があり、領民がある侯爵家の嫡男として、人々の信頼を得られるような人物になれと言っていたのだ。
 私たちの領地には貴族より平民が多い。平民たちの働きがあって私たちの領地が成り立っている。領地にも孤児院がある。お前は領地の孤児院の子の鉛筆を踏み折るのか?」
 「い、いえ…」
 「我々の代わりに鉱山を切り開いてくれる平民たちにの仕事を当たり前だと思っているのか?」
 「い、いえ…」
 「兄が廃嫡となって急に跡継ぎ扱いされるようになったお前に気持ちの負担があることもわかる。だが、それをビクトリア嬢へ当たり散らすのは全く違う。
 侯爵家は偉いのではない。侯爵家はそれだけの責任を伴うものなのだ。
 …私もお前の兄が居なくなった後、このような話をする時間が持てなかったという反省もある。今回のことはお前の不安や焦りが起こしたことだろうと思っている。だが、ビクトリア嬢は我が家の事情など関係ない。今回のことは我が家が一方的に悪い」
 「…我が家ですか?」
 「お前は我が家の息子だろう?お前のしたことは全て我が家の責任だ」
 「…あ…、父上」
 ずっと青ざめて聞いていたデビスの目がじわじわと潤んでくる。
 「ち、父上…」
 デビスの10歳上の兄が体調不良で廃嫡になったのは半年ほど前だ。
 実際はどうかわからない。だが、デビスにしてみたら何でもできる素晴らしい兄だった。侯爵家嫡男として様々な勉強に励んでいたし、近年は父とともに領地経営を始めていた、そんな兄がふいにいなくなった。重度の鉱物アレルギーがあることがわかったのだ。鉱山事業で領地を支えているタビアス家にとっては致命的なアレルギーだ。両親はそれでも跡取りとして兄をそのままにと切望したが、兄自身が責任感から廃嫡を申し出た。最終的に兄のアナフィラキシーショックを間近で見た両親が、廃嫡に同意した。そのまま兄は転地療養のため国外に行ってしまった。そして嫡男の勉強がデビスに回ってきた。今まで歳の離れた可愛い無邪気な次男という立場だったものが、周りが自分を跡取りとして見るようになった。親しかった使用人の子どもたちが急によそよそしくなった。母も兄のことがあってから過剰に心配するようになり、寒い日は外に出るな、水辺に近づくな、あれはダメこれもダメと言い出した。父も頼もしい兄がいなくなり、また一人で領地経営をすることで留守がちになった。
 自分もまだ兄がいなくなった気持ちの整理ができていない、そんな生活の中で学園生活が始まった。
 クラスにいたビクトリアは見事な黒髪で目立つ少女だった。気にして見ているとやがてビクトリアが最近孤児院から伯爵家に引き取られた養女だという噂が入ってきた。最初は、孤児院から急遽貴族の淑女教育を受け始めたビクトリアが、急に嫡男勉強を始めた自分と重なってみえた。だが、嫡男勉強に四苦八苦する自分と違い、ビクトリアは上品でそつなく、淑女教育に苦労しているようには見えなかった。…自分と同じではなかった。そう思ってしまってからはビクトリアがにくたらしくてたまらなくなった。しかも、意地悪をしても辛くなる様子がない。それも自分の存在の小ささを笑われているようで不愉快だった。さらに自分の意地悪がきっかけでクイン侯爵家のリディラとも仲良くなった。全く面白くない。ビクトリアへの苛立ちは日に日に増した。
 そして、昨日の出来事だ。
 自分は悪くないはずだった。自分を不愉快にさせるビクトリアが悪いはずだった。自分は侯爵家の嫡男なんだから、孤児院出のビクトリアに何がわかるんだと思った。だけどビクトリアは、デビスには侯爵家嫡男というしか取り柄がないと言った。冷静になると、半年前まではその嫡男ですらなかった。
 本当だ。自分には何もない。
 デビスは泣いた。声も出さずに涙だけ流した。
 「ビクトリア嬢が許してくれなかったとしても近々謝罪に行くぞ。…キエル副団長が訪問を許可してくれればの話だがな…。
 とにかくビクトリア嬢に怪我をさせなくて、そこだけは本当に良かった」
 タビアス侯爵はそう言うと、夕食は食卓に来るようにと言った「母上もとても心配しているから、顔を見せてやりなさい」

 タビアス侯爵が部屋から出た後もデビスは泣き続けた。
 兄上に会いたい。使用人の子どもたちとまた遊びたい。その前にビクトリアに謝らなければ…
 自分は勝手にビクトリアと自分を重ねてイライラしていただけだったのだ。確かにビクトリアは自分に何も悪いことはしていない。自分ばかりがビクトリアに悪いことをしていた。そう思うとビクトリアに怪我をさせなくて良かったと思った。もしあの時、誰かがデビスを止めずにビクトリアの手を踏み、怪我をさせていたとしたら…それがもし治らないような怪我であったら… その時は責任をとってビクトリアを妻として迎えなければならなかっただろう。
 「…え?」
 ビクトリアを妻として迎える?…なんだ?嫌じゃないぞ…。
 「…あ?あれ?」
 デビスの涙が出て止まっていた。

 一方この頃、学園は参観二日目で、体育の剣術授業でルゼルが堪えきれず
 「桃側手根屈筋!上腕二頭筋!」
 と小さく叫んでいた。

 
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