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巨星落つ闇の中
北極星はどこにあるのか
しおりを挟む────眩しい。
ざわめきに覆われ、ユエンは目を覚ました。
「メディカルチェック!」
眼の前に長岡と校医がいた。背中の感触はトランジョン前と同じ、繭のエントリーシートのまま。そしてぼんやりと見えるネオトラバース部部室の天井。おそらく、これは緊急排出コマンドによって排出されたことを示している。
「チェン、大丈夫か?!」
長岡が心配そうにこちらを覗き込んでいる。ユエンは疲労感に覆われていたが、ゆっくりと腕を動かして起き上がることができた。
「大丈夫……でも、何が……」
「悪い、俺たちもわからないんだ。だから聞くしか無いんだけど……」
そうか、柳の存在する座標上に到達するまで、現実世界でモニタリングができていることを示すアイコンが浮かばなかった。きっとトランジョン直後に彼らはこちらの位置を見失った。取得できた反応といえば、心電図や精神的な混乱の値くらいがせいぜいだっただろう。
「ああ、やっぱり詳細なモニタリングは不可能だっ……た……? ……あ…………!」
巡っていた思考が集結し、現状を思い出した。虚脱感を振り払って使命を果たそうと声を出す。
「クリス、シノは!」
長岡はユエンの背を支え、隣の繭を眺めた。
「……クリスは、まだ意識戻ってない」
クリスの繭の側には、根岸リリアと大分鞠也が佇んでいた。同じく緊急排出されたシートに横たわり、彼女は搬送されるところだ。生体反応は正常だが意識は戻らない。これは東雲柳と同じ場所におり、同じ状態になってしまったということだ。
「……帰ってこられないってことか?」
「れお、お前は知ってたのか」
ユエンを挟んで反対側の繭から、流磨の声が響く。さすがに連続のトランジョンに精神的な大きな負担、疲労感から、シートから身を起こせずにいるようだ。
どうやら3人ともが緊急排出されていたらしい。
「……れお」
玲緒奈は答えない。ただうつむいたまま、兄の問を受けている。周囲のざわめきはその問いを受けて止まる。
「ごめん、お兄ちゃん」
「…………なんで!」
「……ごめん……!」
玲緒奈も、流磨も涙を浮かべている。流磨は玲緒奈の袖口を掴んだ。彼女は身を固くし、俯いてその黒髪が顔を隠した。
「……なんで、じゃあなんで止めない……?!」
「言えないよ……!」
かすれた声で投げかけられた必死の訴えを、泣き出した玲緒奈の声が阻んだ。それから嗚咽が続く。玲緒奈は自分の方からも兄の胸元を掴んだ。その右手が皺を寄せ、まるで感情の乱れを可視化しているようだった。
「言えない……?」
「クリスちゃんが、どれだけシノくんのことが大好きなのか……私が一番よく知ってるの!」
「このままじゃふたりとも……!」
「じゃあ! もしクリスちゃんが行かなかったとしたら……シノくんだけが消えちゃうかもしれなかった、だけど……だけど……わ、私はそんなの嫌なの、だって……」
「れお……」
流磨は、普段の彼からは想像だにできない程の弱々しさで玲緒奈に呼びかける。きっとそれが合図だった。玲緒奈は子供のように泣きじゃくり、兄の胸元の手をより強く握る。
「だって……だってれおは、クリスちゃんに……シノくんがいなくなっても……っ、ま、前を向いて元気で生きていこうねなんて、絶対言えない……!」
「……そう、か……」
「シノくんのかわりにお兄ちゃんなんてどう? とか、そんなのも絶対言えない……いくらシノくんが言ったからって、無理、無理だよ……そうでしょ……?!」
「ああ……」
「どうすれば一番良かったのかも、わかんないよ……れおには、もう……お兄ちゃんにはわかるの……?」
玲緒奈の訴えも、流磨の感情も、ユエンには切実なものとして響いた。側で聞いている人間は、誰もが感じただろう。正しく行動できる人間など、本当に限られている。自分にそれができるのか。できるものだけが彼らを責められる。そしてそんな資格がある人間は、ここにはいない。
「……ごめん、れお……」
「……ううん……お兄ちゃんは、ふたりともがすごく大切だから……だから、わかってるの……」
「いや、ごめんな……」
「……どうしよう、ふたりとも帰ってこられなかったらどうしよう……」
「うん……」
玲緒奈は、流磨の胸に縋りついて力なく泣き出した。その髪は彼女をかばうかのように顔を隠し、流磨はまるで妹を守ろうとするかのように、ゆっくりと左手を上げてその肩を包んだ。
「うう……っ、やだ……クリスちゃん……シノくん……!」
「…………」
ユエンはシートから降り立ち、二人が身を寄せる繭へと近づいた。人垣がさっと道を開ける。
「玲緒奈ちゃん」
「ユエンさん……」
玲緒奈は涙を拭いながら振り返る。その下にいた流磨も、憔悴した様子で目を赤くしていた。
「流磨、さすがに疲れたか、連続だからな」
「……言い訳にならねえ」
体を鍛えているとはいえ、この負担は本職のアスリートでさえも憂慮すべきレベルに達していることだろう。現に自分だけの力でシートから降りて歩き出すことすらも、難しいように見える。
「シノにもクリスが言ってたけど、流磨も玲緒奈ちゃんも、少し休んでくれ」
思わぬ提案だといったように、玲緒奈が目を見開いた。
「……ユエンさんは?」
ユエンは、この兄と妹は、あの二人とは違うやりかたでこれからも共に絆を強めていくのだろうと思った。ユエンにもいるのだ。取り戻したい人間が。彼が戻ってきたとき、胸を張れる自分でありたい。
「大丈夫、処理を終わらせたらおれも休むから……ありがとう、それと……」
「はい……」
「クリスは、きっとシノを連れて帰ってくるつもりでいると、おれは信じることにした」
「……ユエン」
流磨が僅かに黒い目を輝かせた。まるでその可能性を信じていなかったかのような反応だ。流磨が一番忘れてはいけないことだろうに。
この思いは、流磨の言っていたことと同じだ。星を見上げる羊飼い。居場所がわからなくなったとき、ただ目指すべき光の粒。大きな星の燃える印だ。
「さっき電脳世界で見た、ふたりの間にあるものが……きっと現実世界に戻るための綱になる」
その時、電脳体験室の静寂を渋川のアナウンスが切り裂いた。
『おい、ユエンは来い』
「お呼びだ」
ユエンはウインクしてみせた。玲緒奈は、少しだけ安心したように微笑み、兄に向き直った。
「大丈夫か、お前も」
流磨はこちらを見上げたまま確認した。体を起こせないほどに疲れた人間に心配されるとは。
「心配してくれるんだな? ……大丈夫、皆を見てるうちに、おれも感化されたってだけだ」
「お兄ちゃん、何があったか聞かせて……」
「……あ、ああ……」
流磨は、長岡と玲緒奈に支えられて別室へと歩いていった。その背を見送りながら、ユエンは渋川のデスクに近づく。
「お前、何を見た? ……何かお前の中で変わったものがあるのか」
渋川レンは、ネオトラバースプレイヤーであると同時に別の顔も持つ。ユエンは、全てを見透かしたような質問に、今返せる答えを探した。
「やっぱり、人は感情で動いてる。だからそれを信じる価値を、おれは感じていい」
「ほー……?」
渋川はニヤリと笑った。
「今は、そう思います」
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