星渦のエンコーダー

山森むむむ

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君に逢いたかった、ありがとうを言いたかった

君が一生懸命だったことは皆が知っている

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『────反応、ロストしました』

 部室内には無力感に、ため息が満ちる。エイジス・セキュリティ社員が、三人とものモニタリングデータを取得できなくなったことを告げたのが、今だ。
『C、R、Y、いずれも反応ありません』

 隠蔽者による妨害工作が多重に巡らされた中でも、島外への干渉のため隠された抜け道を作っているかも知れない。そう睨んだエイジス・セキュリティ社員や渋川とユエンの連携によって、どうにか座標の在り処を特定し、そこに向かうことまではできると考えられていた。
「座標は合ってたってことだよな? 反応が消えたってことは」
「そうだと思う……」
『おーい、確定事項はこっちが知らせる。今は分析中だー、噂話はやめー』
 参加メンバーの生徒たちが口々に、不安から現状を確認したがっていた。渋川の注意が響くが、口は閉じても不安は止まらない。
 その先のデータの細かな相互通信については、安全性について判断材料を持てない。逆にこの動きを捉えられ、隠蔽者からの攻撃さえ受ける可能性もあったために、こちらから知るための手を打てなかった。
 ただ彼らが帰るまで待つしかないのだろう、そんな空気へと変わる前に、東雲夕子がマイクを取った。

『皆さん、いつも息子と仲良くしてくれて、ありがとう』
 彼女は、肌や髪、瞳の色彩が柳とそっくりの女性だった。最初の指揮をとるメンバーとしての紹介で顔を知っているが、部員たちは彼女が自分から動こうとしている場面をまだ見たことがない。
 突然の介入に戸惑う年若い聴衆に、夕子は堂々と、そして彼らの目線まで降りて優しく話し始めた。
『お願いがあるの。聞いてください……私達の息子について』

◇◇◇◇

「わかった、連携のため君たちはそこにいてくれ。渋川くんと彼がスムーズに連携を取れるよう、助けてほしい。よろしく頼む」
 音声通信をオフにし、現状を確認したヴィンセントは車を降りる。妻のサファイアを送り届け、自らもエイジス・セキュリティの本社に赴かなければならない。娘の状態も確認が必要だ。病院についていき、ずっとそばにいたいことは山々だったが、彼女の行動を信じることにした。そして、現場スタッフ達に何かあれば連絡するように言い置いてきている。
 それに、息子が戻らないまま戦いを強いられている東雲夫妻が気がかりだ。
「ヴィニー」
「ああ、サファイア……」
 サファイアを車から降りさせ、彼女の肩を強く抱く。インフラ関連の復旧と防御は彼女の領分だ。
 ヴィンセントは彼女のパートナーとして連れ添ってきたが、その仕事においても彼女を尊敬していた。セキュリティの仕事はインフラがあった上で成り立つ。そして、サファイアもヴィンセントの仕事をリスペクトしてくれている。そしてこうして弱い部分をきちんと見せて、不安を吐露してくれる。
 自分を短縮形で呼ぶこの時がそうだ。二人きりになった瞬間、彼女は少女のように柔らかくなる。そうなったときにはきちんと受け止め、恋人だったときのように彼女を抱きとめると決めている。

「クリスは、ちゃんと戻ってくるかしら」
 排出され、搬送されたクリスに付き添った。そして彼女が戻る世界を守ることを決意した二人は、断腸の思いで病院を後にし、仕事に向かう。
「……あの子を見送る時、少し様子がおかしいと思わなかったか……」
 ヴィンセントがクリスタルを励ました時、彼女は悲しげに、苦しげに見えた。
「私は、違和感は感じてた……だけど、柳くんと……」
 サファイアもあの場にいた。顔は見ていなかったと思うが、何かを感じていたらしい。そして愛しい妻が良いあぐねている言葉を理解し、確認する。
「……心中、って言いたいのかな?」
「だって……」
「確かに衝撃的ではある……」
 サファイアは胸に飛び込んできた。体格の大きいヴィンセントが胸に抱けば、彼女の体は完全に覆われる。
「あの子が、強くなりたいって言ってたあの子が……」
 きっと、理由が問題なのだ。強くなりたいと言ったその理由も柳が理由なら、死んでしまいたいと思う理由にもなり得る。後から考えれば、矛盾はないことではあった。親としては悲しまずにいられないことだが。
「そうだな、そんな行動に出るとは……私も気づけなかった」

 クリスタルは基本的に、柳に影響されてか真面目に振る舞おうとしているところがあった。しかし時折見せる破天荒にも思える発想と幼少時の豊かな感情表現を思えば、そちらがクリスの本質であるとヴィンセントは感じている。そして、明るい元気な美しい娘だ。自分から死に近づくなんて、考えてみたこともなかった。
「帰ってきてほしいわ……」
 当然だ。ヴィンセントも同じことを思っている。今は不安を分かち合いながらも、前を向いて行動する時。彼女の肩を再び掴み、目をしっかりと合わせた。その名の通りの輝く瞳が潤んでいる。美しかった。
「そうだ、帰ってくる……帰ってきたときにあの子達が、またこの島で幸せに暮らせるように……」
 異なる責任を持っている。異なる立場で動いている。それでも夫婦として生活してきて、それでも異なることに嫌気がさしたことはない。不便は感じることもあったが、歩み寄り、譲り合い、そして幸せを維持してきた。
「ええ……ありがとう」

 クリスタルが帰ってきて、幸せの続きを始められるこの場所を守ろう。先程、そう約束したのだ。サファイアは笑顔で身を離す。伸び上がるような動作に、行ってきますのキスをしたいのだと自然に判断した。背丈にあわせて腰を折った。小さな唇が頬に触れた。
「行ってきてくれ」
「ヴィニー、あなたは私よりも危険に近い仕事なのよ……」
「危険の種類が違うというだけさ。君も気をつけてくれよ」
 彼女の部下がビルの内部に見えた。あのドアゲートをくぐれば、彼女は理知的で鋭い判断を下す強い女性に戻るだろう。
「大好きよ」
「私もだ、愛しているよサファイア……」
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