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第一話.時計屋の話
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放課後、僕はなぜかまっすぐ家に帰る気になれなかった。別に用事があるわけでもない。ただ、頭のどこかで何かが引っかかっている。
「古時計商会」
ヒバリが話していたあの店の名前。坂の途中、図書館の先、細い道。
少し遠回りになるけれど、歩いてみることにした。春の夕方は、日が長くなっている。風が冷たくて、制服のシャツが少し揺れる。
図書館の前を通り過ぎて、坂を下る。このあたりは昔からある住宅街で、歩道も狭く、車もあまり通らない。民家の塀越しに植木の影が伸びていて、風が吹くたびに木の葉がカサカサと音を立てる。
「このあたり、かな……」
ヒバリが言っていた“細い道”を探す。
でも、いくら探しても、それらしい路地は見つからない。
何本か、路地に入ってみた。でも、古時計商会なんて看板はどこにも見当たらない。木の看板?そんなものがあれば目に留まるはずだ。
諦めて帰ろうかと思ったとき、不意にある違和感に気づいた。
――どの道を、どの順番で歩いたのかが、思い出せない。
いや、記憶が飛んでいるわけじゃない。さっき入った路地も、角を曲がった場所も、見覚えはある。だけど、それがどう繋がっていたのか、地図が頭の中でぐにゃりと歪んでいる。
「……変だな」
時計を見ると、思っていたより時間が経っていた。もうすぐ18時。こんなに長く歩いていたつもりはなかった。
ふと、何かに気づいて後ろを振り返る。住宅の隙間に、細い通路のような影が見えた。
まるで、僕がそれに気づくのを待っていたかのように。
数歩、近づいてみる。でもそこにはただ、古い板塀と、ゴミ置き場があるだけだった。看板も、店の入口も、何もない。
けれど、僕の目はあるものを見逃さなかった。
ゴミ置き場の奥、地面に落ちていた小さな紙片。拾い上げると、そこにはこう書かれていた。
【古時計商会】
ご利用ありがとうございました。
時間の返却はできませんのでご注意ください。
まるでレシートのようなその紙は、ところどころ焦げたように茶色くなっていて、端がひらひらとちぎれかかっていた。
僕は急に、肌寒くなった。
帰り道、何度も振り返りながら歩いたけれど、もうあの通路は見当たらなかった。いや、最初からなかったのかもしれない。紙は、ポケットにしまってある。誰かに見せるつもりはなかった。
次の日、ヒバリは朝から機嫌が良かった。
「昨日、帰りに寄っただろ」
「……何の話」
「古時計商会」
僕は、笑いかけようとしてやめた。ヒバリは何も言わず、口の端だけで笑った。
「古時計商会」
ヒバリが話していたあの店の名前。坂の途中、図書館の先、細い道。
少し遠回りになるけれど、歩いてみることにした。春の夕方は、日が長くなっている。風が冷たくて、制服のシャツが少し揺れる。
図書館の前を通り過ぎて、坂を下る。このあたりは昔からある住宅街で、歩道も狭く、車もあまり通らない。民家の塀越しに植木の影が伸びていて、風が吹くたびに木の葉がカサカサと音を立てる。
「このあたり、かな……」
ヒバリが言っていた“細い道”を探す。
でも、いくら探しても、それらしい路地は見つからない。
何本か、路地に入ってみた。でも、古時計商会なんて看板はどこにも見当たらない。木の看板?そんなものがあれば目に留まるはずだ。
諦めて帰ろうかと思ったとき、不意にある違和感に気づいた。
――どの道を、どの順番で歩いたのかが、思い出せない。
いや、記憶が飛んでいるわけじゃない。さっき入った路地も、角を曲がった場所も、見覚えはある。だけど、それがどう繋がっていたのか、地図が頭の中でぐにゃりと歪んでいる。
「……変だな」
時計を見ると、思っていたより時間が経っていた。もうすぐ18時。こんなに長く歩いていたつもりはなかった。
ふと、何かに気づいて後ろを振り返る。住宅の隙間に、細い通路のような影が見えた。
まるで、僕がそれに気づくのを待っていたかのように。
数歩、近づいてみる。でもそこにはただ、古い板塀と、ゴミ置き場があるだけだった。看板も、店の入口も、何もない。
けれど、僕の目はあるものを見逃さなかった。
ゴミ置き場の奥、地面に落ちていた小さな紙片。拾い上げると、そこにはこう書かれていた。
【古時計商会】
ご利用ありがとうございました。
時間の返却はできませんのでご注意ください。
まるでレシートのようなその紙は、ところどころ焦げたように茶色くなっていて、端がひらひらとちぎれかかっていた。
僕は急に、肌寒くなった。
帰り道、何度も振り返りながら歩いたけれど、もうあの通路は見当たらなかった。いや、最初からなかったのかもしれない。紙は、ポケットにしまってある。誰かに見せるつもりはなかった。
次の日、ヒバリは朝から機嫌が良かった。
「昨日、帰りに寄っただろ」
「……何の話」
「古時計商会」
僕は、笑いかけようとしてやめた。ヒバリは何も言わず、口の端だけで笑った。
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