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【第参章 戦いの黒幕】 武器商人が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
第二十八話 同盟締結は、戦争の引き金
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歴史書によると。
武田信玄を最も恐れた織田信長は……
信玄の後継者となった四郎勝頼の妻に、織田家中で最も優れた才能を有する娘を送り込もうと企む。
使者に大量の贈り物を持参させた上で、武田家と織田家の『同盟』を申し込んだ。
「信長殿が手元に置いて大切に育てた愛娘を、四郎の嫁に?
それは真か!?
願ったり叶ったりの話ではないか!
直ちに承諾したとの返事を送れ!」
信玄は、こう言って大いに喜んだという。
◇
「戦国時代の同盟なんか『当て』にならない。
信長は、信玄を最も恐れていたから同盟を申し込んだだけ。
一方の信玄は、信長からの大量の贈り物に心を開いたから同盟を受け入れただけ。
戦いたくない相手だから同盟し、都合が悪くなったらさっさと破棄するんでしょ?」
こう思う人が多いかもしれないが……
大きな『勘違い』である。
同盟締結の儀式は、どの時代も厳かに行われるのが常であった。
夫婦として生涯愛し合い、一生添い遂げることを誓う結婚式を挙げるかのように。
「一方が攻められれば、もう一方が必ず援軍を送って守ると誓う。
一方が倒れそうになったときは、もう一方が必ず全力で支えると誓う。
武田家と織田家は一蓮托生ぞ!」
互いにこう言って『盟友』の誓いを立てた。
ちなみに。
この『一蓮托生』という言葉には……
善悪に関係なく仲間として行動し、運命を共にするという意味を持つ。
「善悪に関係なく」
この表現が非常に曲者である。
要するに。
同盟相手が善人か悪人かは全く関係ないのだ。
同盟相手が他国を侵略するなどの悪逆非道な行為に及んだとしても、盟友の誓いを破ることは決して許されない。
これほどに重いからこそ……
同盟を結ぶと、周囲に重大な『脅威』を齎すことになる。
「あの両家が同盟を結んだだと!?
それはまずいぞ!
奴らがいつ束になって襲い掛かって来るか、分かったものではない!
兵を集め、武器弾薬を集めよ!
国境に軍勢を集結させよ!」
と。
周囲の大名はこうして警戒を強め、同盟勢力を『敵視』した。
同盟締結は、戦争の引き金にもなる危険極まりない行為なのだ!
日、米、韓が軍事演習などで結束を強める度に、中国と北朝鮮が起こす反応。
ロシアを仮想敵とする、米、英、独、仏などの北大西洋の軍事同盟が拡大していくのに激怒し、戦争まで起こした某独裁者の反応。
これらを見れば……
同盟締結が、戦争の引き金ともなり得ることがよく分かる。
ならば。
同盟相手の行動が正しくないからと、同盟を破棄すればどうなるか?
「『裏切り者』め!
地獄へ落ちろ!」
当然ながら、轟々たる非難の声が上がる。
固い忠誠を誓った者たちが去ることはないだろうが……
損得勘定で従った者たちは、こんな疑念すら抱くに違いない。
「己の誓いすら守れない『無能』な主であったか。
こんな奴を信用していいのか?」
と。
当たり前の話として。
信用できない人間には、誰も付いて行かない。
次々と味方が去っていき、最後は必ず滅び失せる運命が待つ。
こういう事例は歴史において枚挙にいとまがない。
◇
「止むを得ず誓いを破ってしまう場面など、いくらでもあるではないか」
こう思う人もいるかもしれない。
一般的にはそうだが……
武田信玄と織田信長は、一般人ではない。
むしろ戦国屈指の『英雄』である。
理由は、平凡な人間とは異なる価値観を持っているからだ。
お金を得ること。
楽しみを追及すること。
有名になること。
この3つに全く『執着』しようとない。
「わしは、この国の主ぞ。
この国に住む民を守る責任がある。
悪という悪を根絶やしにし、この国の平和と安全を達成することこそ我が使命ではないか。
そのためならば……
銭[お金]を捨て、楽しみを捨て、悪名を負うことも厭わない。
これは、支配者として生まれたわしの『宿命』なのじゃ!」
強烈な使命感に突き動かされ、高い理想を掲げてただただ真っ直ぐに突き進む人物。
このような人物が、軽い気持ちで盟友の誓いを立てることなど有り得るだろうか?
信玄という男は……
協調性に欠け、非常識で、不器用で、特にこれという手腕もないが、損得勘定がなく、まるで子供のような並外れた純粋さを持ち、決めたことを徹底的に実行する人間であった。
そして、信長もまた『同種』の人間であったのだ。
同種の人間だからこそ、盟友となった。
2人は互いを『リスペクト[ありのままの相手に敬意を持つという意味
]』していたのだろう。
戦国屈指の英雄同士なのだから、当然と言えば当然か。
◇
歴史書によると。
『織田信長の愛娘』とも呼ばれた信長の姪を妻に迎えた当の勝頼本人は……
どうやら、妻に本気で惚れたらしい。
勝頼とその妻が『同種』の人間であったからこそ、互いに強く惹かれた可能性は十分にある。
2人にとってこの結婚は、政略結婚などではなかった。
互いの生き方に共感する盟友との『出会い』であった。
本物の夫婦を見た人々は、結婚する前から恋人同士だったのではないかと疑い、完全な政略結婚だと聞くと驚きの声を上げたという。
それほどの時を置かずに夫婦は男子を授かった。
2人の関係を知ってか知らずか……
男子が産まれたときの信玄の喜びようは、尋常ではなかったと伝わっている。
「あの2人に男子が産まれたと!?
さすがは、あの信長殿が手元に置きたいと願った娘じゃ。
真にあっぱれな話ではないか!
『信勝』と名付けよ。
信長殿の愛娘が産んだ男子ならば、間違いなく武田の嫡流を継ぐのに相応しい人物となろう!」
元服という儀式が済んでいないにも関わらず……
しかも産まれたばかりの男子に、源氏の名門である武田の嫡流を継ぐのに相応しい名前を与えたこと。
これは当時の習慣では有り得ない、異常な出来事である。
信玄の喜びようが尋常ではなかったことを証明するエピソードだ。
信長の愛娘が結んだ糸は、こうして固い絆となる『はず』であった。
ところが……
歴史の歯車は、ここからあらぬ方向へと回しだしてしまう。
運命の悪戯か?
それとも、人間の性なのか?
◇
遠江国・浜松城[現在の静岡県浜松市]に、一人の客人が来ている。
表向きは室町幕府の使者ということになっているが……
織田信長の使者でもあることは誰が見ても明らかであった。
幕府の使者を装いながら、信長の使者も兼ねることができる人間は一人しかいない。
両方に属していた明智光秀のみである。
「光秀殿。
信長殿のご意向は、いかがでござろう?
まさか信玄の味方に付くことはないと信じてはいるが」
「家康殿。
それがしは、信長様にこうお伝えしました。
『帝と朝廷、そして室町幕府を支えて天下人に最も相応しい位置におられるからこそ……
日ノ本中の人々から、天下人に相応しい御方と認められるような振る舞いこそ肝要なのだ』
と」
「仰る通りです」
「このように考えれば……
我らは4つのことを重視せねばならない」
「4つですか」
「第一に、約束を守ること。
信長様は……
家康殿だけでなく、信玄殿とも同盟を結ばれている。
一方に味方すれば、もう一方との誓いを破ることになる」
「どちらの味方にもなれないと?」
「表向き、には」
「……」
「第二に、弱き者を守ること。
信玄殿の後継者である四郎勝頼殿に嫁がれた姫様は……
決して政略結婚の道具などではない。
むしろ困難な使命を全うした、かけがえのない宝物として扱うべきだ。
姫様の身に危険を及ぼさないためにも、表向きは家康殿に味方できない」
「……」
「第三に、友を選ぶこと」
「友を選ぶ?」
「真の友とは、互いの生き方に共感する人同士がなれるもの」
「真の友ですか」
「信長様と同じ生き方をしようとされている家康殿こそ、真の友に相応しい御方。
表向きにはどちらの味方もできないが……
裏で家康殿を最大限に支援するべきであると」
「おお!
真に忝ない!」
◇
しばらくすると……
家康は、第四が何なのか気になり始めた。
「ところで光秀殿。
第四とは、何なのでしょう?」
「第四は……
戦国乱世を終わらせて平和を実現するために、『最も』大事なこと」
「最も大事なこと?
それは何です?」
「『秩序』である」
「秩序!?
ああ、なるほど……」
「家康殿。
正直な話、秩序というのは非常に曲者でもある」
「曲者?」
「秩序を守るためならば……
約束を破ることも、弱き者を見捨てることも、友を敵とせねばならないこともあるからだ」
「……」
【次話予告 第二十九話 室町幕府の秩序とは】
「大井川を境に分け取りとする」
武田信玄とこう約束したと言い張る徳川家康に対し、明智光秀はこう答えます。
「そんな単純な話で『決着』できると、真にお考えだったのか?」
と。
武田信玄を最も恐れた織田信長は……
信玄の後継者となった四郎勝頼の妻に、織田家中で最も優れた才能を有する娘を送り込もうと企む。
使者に大量の贈り物を持参させた上で、武田家と織田家の『同盟』を申し込んだ。
「信長殿が手元に置いて大切に育てた愛娘を、四郎の嫁に?
それは真か!?
願ったり叶ったりの話ではないか!
直ちに承諾したとの返事を送れ!」
信玄は、こう言って大いに喜んだという。
◇
「戦国時代の同盟なんか『当て』にならない。
信長は、信玄を最も恐れていたから同盟を申し込んだだけ。
一方の信玄は、信長からの大量の贈り物に心を開いたから同盟を受け入れただけ。
戦いたくない相手だから同盟し、都合が悪くなったらさっさと破棄するんでしょ?」
こう思う人が多いかもしれないが……
大きな『勘違い』である。
同盟締結の儀式は、どの時代も厳かに行われるのが常であった。
夫婦として生涯愛し合い、一生添い遂げることを誓う結婚式を挙げるかのように。
「一方が攻められれば、もう一方が必ず援軍を送って守ると誓う。
一方が倒れそうになったときは、もう一方が必ず全力で支えると誓う。
武田家と織田家は一蓮托生ぞ!」
互いにこう言って『盟友』の誓いを立てた。
ちなみに。
この『一蓮托生』という言葉には……
善悪に関係なく仲間として行動し、運命を共にするという意味を持つ。
「善悪に関係なく」
この表現が非常に曲者である。
要するに。
同盟相手が善人か悪人かは全く関係ないのだ。
同盟相手が他国を侵略するなどの悪逆非道な行為に及んだとしても、盟友の誓いを破ることは決して許されない。
これほどに重いからこそ……
同盟を結ぶと、周囲に重大な『脅威』を齎すことになる。
「あの両家が同盟を結んだだと!?
それはまずいぞ!
奴らがいつ束になって襲い掛かって来るか、分かったものではない!
兵を集め、武器弾薬を集めよ!
国境に軍勢を集結させよ!」
と。
周囲の大名はこうして警戒を強め、同盟勢力を『敵視』した。
同盟締結は、戦争の引き金にもなる危険極まりない行為なのだ!
日、米、韓が軍事演習などで結束を強める度に、中国と北朝鮮が起こす反応。
ロシアを仮想敵とする、米、英、独、仏などの北大西洋の軍事同盟が拡大していくのに激怒し、戦争まで起こした某独裁者の反応。
これらを見れば……
同盟締結が、戦争の引き金ともなり得ることがよく分かる。
ならば。
同盟相手の行動が正しくないからと、同盟を破棄すればどうなるか?
「『裏切り者』め!
地獄へ落ちろ!」
当然ながら、轟々たる非難の声が上がる。
固い忠誠を誓った者たちが去ることはないだろうが……
損得勘定で従った者たちは、こんな疑念すら抱くに違いない。
「己の誓いすら守れない『無能』な主であったか。
こんな奴を信用していいのか?」
と。
当たり前の話として。
信用できない人間には、誰も付いて行かない。
次々と味方が去っていき、最後は必ず滅び失せる運命が待つ。
こういう事例は歴史において枚挙にいとまがない。
◇
「止むを得ず誓いを破ってしまう場面など、いくらでもあるではないか」
こう思う人もいるかもしれない。
一般的にはそうだが……
武田信玄と織田信長は、一般人ではない。
むしろ戦国屈指の『英雄』である。
理由は、平凡な人間とは異なる価値観を持っているからだ。
お金を得ること。
楽しみを追及すること。
有名になること。
この3つに全く『執着』しようとない。
「わしは、この国の主ぞ。
この国に住む民を守る責任がある。
悪という悪を根絶やしにし、この国の平和と安全を達成することこそ我が使命ではないか。
そのためならば……
銭[お金]を捨て、楽しみを捨て、悪名を負うことも厭わない。
これは、支配者として生まれたわしの『宿命』なのじゃ!」
強烈な使命感に突き動かされ、高い理想を掲げてただただ真っ直ぐに突き進む人物。
このような人物が、軽い気持ちで盟友の誓いを立てることなど有り得るだろうか?
信玄という男は……
協調性に欠け、非常識で、不器用で、特にこれという手腕もないが、損得勘定がなく、まるで子供のような並外れた純粋さを持ち、決めたことを徹底的に実行する人間であった。
そして、信長もまた『同種』の人間であったのだ。
同種の人間だからこそ、盟友となった。
2人は互いを『リスペクト[ありのままの相手に敬意を持つという意味
]』していたのだろう。
戦国屈指の英雄同士なのだから、当然と言えば当然か。
◇
歴史書によると。
『織田信長の愛娘』とも呼ばれた信長の姪を妻に迎えた当の勝頼本人は……
どうやら、妻に本気で惚れたらしい。
勝頼とその妻が『同種』の人間であったからこそ、互いに強く惹かれた可能性は十分にある。
2人にとってこの結婚は、政略結婚などではなかった。
互いの生き方に共感する盟友との『出会い』であった。
本物の夫婦を見た人々は、結婚する前から恋人同士だったのではないかと疑い、完全な政略結婚だと聞くと驚きの声を上げたという。
それほどの時を置かずに夫婦は男子を授かった。
2人の関係を知ってか知らずか……
男子が産まれたときの信玄の喜びようは、尋常ではなかったと伝わっている。
「あの2人に男子が産まれたと!?
さすがは、あの信長殿が手元に置きたいと願った娘じゃ。
真にあっぱれな話ではないか!
『信勝』と名付けよ。
信長殿の愛娘が産んだ男子ならば、間違いなく武田の嫡流を継ぐのに相応しい人物となろう!」
元服という儀式が済んでいないにも関わらず……
しかも産まれたばかりの男子に、源氏の名門である武田の嫡流を継ぐのに相応しい名前を与えたこと。
これは当時の習慣では有り得ない、異常な出来事である。
信玄の喜びようが尋常ではなかったことを証明するエピソードだ。
信長の愛娘が結んだ糸は、こうして固い絆となる『はず』であった。
ところが……
歴史の歯車は、ここからあらぬ方向へと回しだしてしまう。
運命の悪戯か?
それとも、人間の性なのか?
◇
遠江国・浜松城[現在の静岡県浜松市]に、一人の客人が来ている。
表向きは室町幕府の使者ということになっているが……
織田信長の使者でもあることは誰が見ても明らかであった。
幕府の使者を装いながら、信長の使者も兼ねることができる人間は一人しかいない。
両方に属していた明智光秀のみである。
「光秀殿。
信長殿のご意向は、いかがでござろう?
まさか信玄の味方に付くことはないと信じてはいるが」
「家康殿。
それがしは、信長様にこうお伝えしました。
『帝と朝廷、そして室町幕府を支えて天下人に最も相応しい位置におられるからこそ……
日ノ本中の人々から、天下人に相応しい御方と認められるような振る舞いこそ肝要なのだ』
と」
「仰る通りです」
「このように考えれば……
我らは4つのことを重視せねばならない」
「4つですか」
「第一に、約束を守ること。
信長様は……
家康殿だけでなく、信玄殿とも同盟を結ばれている。
一方に味方すれば、もう一方との誓いを破ることになる」
「どちらの味方にもなれないと?」
「表向き、には」
「……」
「第二に、弱き者を守ること。
信玄殿の後継者である四郎勝頼殿に嫁がれた姫様は……
決して政略結婚の道具などではない。
むしろ困難な使命を全うした、かけがえのない宝物として扱うべきだ。
姫様の身に危険を及ぼさないためにも、表向きは家康殿に味方できない」
「……」
「第三に、友を選ぶこと」
「友を選ぶ?」
「真の友とは、互いの生き方に共感する人同士がなれるもの」
「真の友ですか」
「信長様と同じ生き方をしようとされている家康殿こそ、真の友に相応しい御方。
表向きにはどちらの味方もできないが……
裏で家康殿を最大限に支援するべきであると」
「おお!
真に忝ない!」
◇
しばらくすると……
家康は、第四が何なのか気になり始めた。
「ところで光秀殿。
第四とは、何なのでしょう?」
「第四は……
戦国乱世を終わらせて平和を実現するために、『最も』大事なこと」
「最も大事なこと?
それは何です?」
「『秩序』である」
「秩序!?
ああ、なるほど……」
「家康殿。
正直な話、秩序というのは非常に曲者でもある」
「曲者?」
「秩序を守るためならば……
約束を破ることも、弱き者を見捨てることも、友を敵とせねばならないこともあるからだ」
「……」
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「大井川を境に分け取りとする」
武田信玄とこう約束したと言い張る徳川家康に対し、明智光秀はこう答えます。
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と。
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