先輩を追いかけて東京に行こうとしたら京都大学を目指していた件

鷹橋渚

文字の大きさ
12 / 25

なんくるないさ~

しおりを挟む
「顔面と胸骨の骨折。特に頬骨の損傷が顕著で、後は肝臓と脾臓の若干の機能不全。内臓の方は点滴を落として徐々に治して行きましょう。二週間程で内臓は完治するでしょう。頬骨の骨折はくっつくかどうか分かりません。骨ですからリハビリをしてどうこうという事もありませんしね。」

極めて不健康そうな女医がドデカイ腹を抱えながら言った。眼には虫の裸眼ような分厚いメガネをかけている。

「どうも、ありがとうございました。本当に申し訳ございません。子供の不祥事でございまして。」

仕事が忙しい父親に変わって、故郷から駆けつけた母親が泣きながら最敬礼をして頭をさげた。根路銘の家柄は医者や弁護士、裁判官などの国家権力が絡むとその力に極端に弱い。子供には強い母でも権力にはからっきしだ。ケガをした子供の麻琴の方が気恥ずかしくなる。実に脱力感・・・

彼の母から許しを得て千鶴も同席している。

医師の眼の奥が光り、麻琴に向き直った。そして、メガネを右人差し指で直しながらボソッと言った。

「根路銘君、今回の事故はケンカですか?ケンカでも、もし、一方的に殺られたのでしたら、私は医師として警察に届けなくてはなりません。」

女医は正義感丸出しで言った。

「ひっ!いえ!愚息の戯れ事でございまして、決して警察にご厄介になるようなことはしておりませんで・・・」

母親は完全にビビっている。残念な親だと思う。

「私はお子さんに話を伺っています。お母様のお話を聞いているのではありません。」

女医はピシャリと言った。

「は!はい!麻琴!ど!どうなの!無いんでしょ?」

どれだけ内に強い親なんだ全く。母親より始末が悪いのは父親だ。ケガして入院したと聞いて、真っ先に仕事に逃げた。沖縄で黙んまりを決め込んだ。麻琴は人間不振になりそうだ。

「何にもないです。」

彼は諦めたように訥々と呟いた。

「頬骨が元通り再生される可能性は何%ですか?また、このIR総合病院に運ばれて来たとき整形外科的術式として選択されたモノはなんでしょうか?また、どのくらいの期間で頬骨は回復しますでしょうか?彼はまだ若いのです。これ以上、傷を追っては可哀想です。」

三人の視線が一斉に千鶴に集まった。

「いや、それはですね・・・」

急に医師が口ごもった。そして、大きく溜め息を着いて。

「この話は非常にデリケートでナーバスなお話ですから、インフォームドコンセントといたしましては、ご家族以外の第三者にはお話できかねます。」

女医は、突っ張った言い方をした。どうやら、千鶴の物言いが大人過ぎて、気に食わなかったらしい。

母親もそうだ。好きな男の目の敵のような眼で千鶴を見ている。女逹の闘いを傍目に観ながら麻琴は可笑しくてたまらなくなった。

「・・・と、とにかく説明しましたからね!」

女の医師は逃げるように病室を出ていった。母親は母親で。

「こんな、心強い彼女がいれば私なんていらないでしょ?前の彼女さんとは大違い。頭がよろしくていいわね。それじゃあね!」

そう悪態をついて、二つ年上のW大に通う姉の住む高田馬場に急いで行ってしまった。

かなりのオカンムリだ。病室には患者である麻琴と家族ではない全くの部外者の千鶴が残った。

「クソババア、こんなときに梨沙と千鶴を比べるか?礼儀を知らないにも程があるぜ。」

反駁するように麻琴は吐き捨てた。

その時、包帯でグルグル巻きにされて、口だけしゃべれる程度に開いている彼の頭を千鶴はそっと抱きしめた。

「麻琴には私がいる。あなたのケガや病気は医者になった私が治す。絶対。だから、安心して。なんくるないさ~(心配ないよ。大丈夫。大丈夫。)。」

なんくるないさぁ・・・

麻琴は呟いた。

彼は胸が熱くなり身体が打ち震え、嗚咽を繰り返した。

「ちづ・・・」

「ん?・・・」

「なんくるないさぁって、言うな。」

「何で?」

「俺、そのキーワード言われると泣くから。絶対泣くから・・・そんなに優しくするな・・・」

梨沙と同じ言葉を言われて、彼女を思い出したからではない。

改めて千鶴に『なんくるないさ~』と言われ、彼女に甘えきってしまいそうな自分がいて怖いのだ。

彼女は来年、東京大学理科三類に行く頭のいい女の子。中堅私大を目指している自分とは釣り合わない。

今は違うと彼女は言うかも知れないが、きっとバグる時がいずれ来る。

「泣きなよ。泣いていいんだよ。私だけがキミの味方なんだから。」

彼女はもっと強い力で彼を抱き寄せた。

「なぁ、ちづ?」

「ん?」

「お前ってさぁ・・・」

「うん。」

「前から知ってたけど、胸、おっきいな・・・ムチムチだぜ・・・」

千鶴は顔を真っ赤にして照れた。と同時に思い切り麻琴の頭を掌で張り倒して再び女医を呼ぶ羽目になった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...