凶悪ハニィ

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【本編】

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 けど、一体何を食いに行くつもりなのかは知らないが、高校生になったばかりの学生の財布に常々五千円も一万円も入っているとは思わないで欲しい。
「牛丼くらいならいけるけど、カレーは微妙かな。そういうので良いなら行けるけど、無理なら却下な」
 というか、たった一回の食事でこの中身が更に半分になるというのも遣る瀬無い。
 ぱたんと財布を閉じ、後生大事に懐に仕舞うまでもないそれを鞄の上に放り出すと、脱ぎっぱなしになっていた上半身に服を着込む。
 池田の家は真夏に極寒の地だけど、この客間だけは俺の自由に出来るからあまりエアコンは付けていない。
 慣れていない所為か、逆に何だか身体がだるくなってしまうからだ。
 今日の夕飯は……そうだ、寒いから鍋にしよう。
 肉と野菜と豆板醤買って、キムチ鍋。
 これがいい。
 部屋着からすっかり着替え終えると、話は終わったとばかりに池田を捨て置きもう一度リビングに出る。
 寒い。
 熱々の茶碗蒸しが食いたい。
 テレビ横のローボードの中には、池田が食費用にと一つ財布を置いておいてくれている。
 それを取り出すと、まるで引ったくりをして逃げる犯罪者みたいな素早さでリビングから出た。
 俺は暑いのと寒いのとどちらか、と言われれば、はっきりきっぱり寒い方が苦手だ。
 昔、毛布に包まって部屋でカタカタと震えていると、捨てられた小動物のようだと兄貴が指差し笑ったことがあって……以降寒さがもっと嫌いになった。
 余談だが、暑さに茹だっていれば、まるでアシカのようだと言われたこともある。
 何でアシカなんだ、そういう時はトドなんじゃないのかと訊ねたら、お前はトドほど大きくないと一蹴されてしまった。
 お陰で俺は、アシカとトドも嫌いだ。
 廊下を抜けて玄関で靴を履いていると、松葉杖を肩に引っ掛けて池田が跳ねてきた。
「置いてくなよ涼二」
「?」
 手足を不自由にしている割に、池田は結構アグレッシブだ。
 飛んだり跳ねたりは当たり前だし、夜にふと思い立ったように「煙草買ってこよ」とか何とか言いながら出て行ったりもする。
 そういうときにお使いにやるための俺なんじゃないの? とか、思わないでもなかったけど……当の池田自身が全く気にする素振りも見せなかったので、そのままにしておくことにした。
 まあ、四六時中閉じこもっていたら、たとえ自分の家だったとしても息が詰まるだろうしな。
 それに、この家めちゃくちゃ寒いしな。
 ……それはエアコン消せば解決する問題だけどな。
「何?」
 いそいそと右足に靴を履く池田に、そう訊ねずにはいられなかった。
 仲良く並んで買い物に行くんだろうか?
 ぽつねんと立ち尽くす俺とは裏腹に、靴を履いた池田は大変溌剌とした顔でしゃきんと背筋を伸ばす。
「さて、行くか」
「行くって、何処に?」
 間髪入れずに問いかけると、池田はどこか呆れたような顔で、松葉杖の頭で頬をぐりぐりしてきた。
「痛い痛い痛い」
「晩飯食いに出るって言ったろ?」
「痛……え?」
 それは断ったはずだ。
 切々と松葉杖での攻撃に対する苦情を訴えていた口が、さらりと吐き出された池田の言葉にぽかんと開く。
 池田は、俺の疑問を正しく理解しながらも、それを鼻息で吹き飛ばすような意地の悪い笑みを覗かせた。
「飯の決定は家主の特権な」
 つまり、池田がこうと言えば、俺に拒否する権利はないのだと。
 既に底を尽きかけたあの財布の中身を、たった一食の飯ですっからかんにしろと?
「……」
 傍若無人な主張に、言葉が出てこなかった。
 俺は寒いのとアシカとトドと、それから池田が嫌いだ。



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