凶悪ハニィ

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【本編】

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 池田に連れて行かれたのは、マンションを出てからたった三分で着く寿司屋だった。
 回らない寿司屋だ。
 がらがらと入り口を開けて中に入った池田の後に続き、カウンタ席しかない店内を見た瞬間に、どっと体温が下がっていくのが分かった。
 テーブル席が無い。
 カウンタ席も数えるほどしかない。
 メニューが無い、値札も無い。
 そして何より、カウンタの中に陣取っているおっさんの顔が滅茶苦茶怖い。
 俺はここで、腹いっぱいにもなれないのに財布の中身を空っぽにするのか。
 絶望で気を失いそうだった。
 池田は慣れた様子で気さくに店のおっさんと喋り、そして俺の前に次々と寿司を差し出してきた。
 てかてか光る、見たことも無いような色をしたマグロに、生唾が湧くどころか恐れ多くて思わず拝みそうになった。
 終始青褪めてもそもそ寿司を頬張る俺を、おっさんは変な生き物でも見つけたみたいな顔をして見ていた。
 おっさん、客商売でその態度は拙いんじゃないの?
 そう思ったが、そのくらい自分の行動が不審だったという自覚があった所為で何も言うことは出来なかった。
 しかし、だ。
 いざお会計、となると途端に池田は俺を店から放り出し……というか突き飛ばし、俺は店で何か不祥事でもやらかした客みたいに、外の道路に転がり出た。
 道行く人がぎょっとした目でこっちを見て、俺がそれに気付くと慌てて目を逸らされる。
 ちびっ子ゆえの舐められきった遣る瀬無い体験は山ほどあったが、どちらかといえば兄貴担当のこういう手合いの体験は初めてだったので、どこか新鮮……とか思いつつも、やっぱりちょっと悲しかった。
 道端に転がったまま通り過ぎていく人を眺めていると、暫くしてから出てきた池田が目を丸くさせた。
「何転がってんの?」
「……」
 アンタが突き飛ばしたから、転がってんのよこの馬鹿力。
 それでもいつまでも転がっているわけにもいかないと立ち上がり、ひょこひょこの池田に合わせてゆっくりと歩き始めると、ギプスの左手が頬に触ってきた。
「何か赤くなってない?」
「……」
 それは、アンタの松葉杖の所為だと思うよ。
 自由すぎる池田にげんなりと肩が落ちる。
 酷く疲れた気分で店を出てからたった三分で帰り着くマンションを素通りすると、方向転換しかけていた池田がたどたどしい歩調で追ってきた。
 何というか……松葉杖、無い時の方がこの男は活き活きしているような気がする。
 とんてん聞こえてくる松葉杖が地面を小突く音が、大変ぎこちない。
「何処行くんだよ」
「スーパー。先帰ってて良いよ」
「あれ、腹一杯なんなかった?」
「胸いっぱいになった」
 まあ、腹も膨れたけどな。
 確かに腹は膨れたが、慣れないその上等なお味に、腹以上に胸が一杯になった。
 何かこう、とっつきやすい味でも舌に味わわせてやらないことには、晩飯を食ったという気になれそうにない。
 池田は俺の返事に心底驚いたように目を丸くさせ、それから何か難しい顔をして視線を空に投げた。
「っかしいな、寿司なら万人が喜ぶと思ったんだけどな……」
 リサーチ不足だったか、と、まるで独り言のように呟いている。
 しきりに頭を捻る池田を横目に、何となく変な気分になった。
 もしかして、俺を喜ばせようとしたのか?
 ニュアンス的にはそう聞こえる。
 けど何で?
 小間使いの俺の機嫌を取るような真似を、池田がする必要は無いはずだ。
 それなのに何でそんなことをしようと思ったんだろうか?
 池田のうちにやって来てから、漸く二週間……良く頑張ったねのご褒美、とかか?
 わけが分からずにちらちら横目で様子を窺ってみたが、池田の目がこっちに向けられることはなかった。


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