凶悪ハニィ

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【本編】

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 部屋に帰りつくと、玄関のドアを開けるなり足首から這い上がるように冷気が押し寄せてきた。
「あ、エアコン切って来なかっただろ」
 思わず咎める口調になって池田を睨むと、池田は視線を逸らすように横を向いてちらりと舌を見せた。
 こいつ、俺が寒いの嫌いだってわかってて絶対わざとやってると思う。
 こういうちょっとした嫌がらせに光熱費を惜しまないところが、ボンボンなんだろう。
 寿司食わせて喜ばせようとしたみたいなニュアンスのことを言ってみたり、こうやって嫌がらせに精を出してみたり、一体この男が何をしたいのかが分からない。
 舌打ちしたい気分になりながらも、取り敢えずは屈みこんで池田の靴を押さえてやった。
 スーパーから出る頃には、既に池田も松葉杖の煩わしさに嫌気がさしたのか、歩行の補助器具であるはずのそれを肩に担ぎ上げ俺の肩に手を置いてぴょこぴょこ跳ねながら移動していた。
 その方が本人も楽そうだし速度も速いってのも変な感じだけど。
「ご苦労さん」
 ぴょこんと跳ねて中に飛び込むついでみたいに、池田は屈んでいた俺の頭を一撫でしていった。
 流石に二週間も寝食を共にしていれば、俺の小間使いスキルも否応無しに上がるというものだ。
 池田の後に続いて部屋の中に入ると、そのまま真っ直ぐにエアコンを消しに行く。
 空調は家主の特権とか何とか言っていたけど、ここまで冷えてりゃ文句も言わないだろう。
「あ、消すなよ」
「えー……」
 そう思った矢先に飛んできた池田の声に、不満な声を上げずにはいられなかった。
 お陰で、夕方かけてもらっていたブランケットをまるで蓑虫みたいに身体にぐるぐる巻きつける羽目になった。
 連日の熱帯夜をテレビのニュースが放送しているこの時期に、どう考えてもおかしな格好だが……背に腹は変えられない、寒いものは寒いんだ。
 ブランケットでこてこてになった身体にひとまず満足して、台所に入り込む。
 スーパーで買ってきたのは桃缶だ。
 俺は嫌いなものも多いけど、好きなものだって多い。
 みかん缶よりパイン缶より、桃缶。
 ちなみに白桃よりは黄桃派だ。
 いつでも変わらぬこの味は、上等な寿司にびっくりした俺の胃を優しく癒してくれることだろう。
「玖朗、桃いる?」
「いらなーい」
 カウンタから声をかけるとすぐに返事があったので、缶の蓋を開けるとフォークを一本だけ持ってリビングに戻る。
 既にテレビをつけたらしい。
 何だか眠たくなるような声が、ウミガメの産卵を感動的に語っていた。
 養殖テレビっ子の池田は、お笑いよりはバラエティ、バラエティよりはドラマ、ドラマよりはドキュメント番組の方が好きらしい。
 逆に、ワイドショーの類は嫌いらしく、常に電源入りっぱなしのテレビにも拘わらず、その手合いにチャンネルが合わさっているところは一度も見たことがなかった。
 ローテーブルを挟んだ向い側のソファに腰を下ろして桃を齧っていると、池田がテレビの画面を指して笑った。
「あいつ、涼二に似てるな」
 ははは、と笑う声に誘われて画面に目をやってみれば、産まれた亀がのたのたと必死に海へと向かっている映像が映し出されている。
 空には黒い物体が幾つも不穏に旋回している……産まれたての亀を狙う鳥だ。
 眠たい声が、その緊迫した状況を眠たい声で語っている。
 池田が指したのは、その逃げ惑う亀の中でも一層鈍臭そうな、それはそれは悲壮感漂う一匹だった。
「……」
 俺、運動神経は結構悪く無い方なんだけど……池田にはこんなにも鈍臭そうに見えているんだろうか。
 そう思うと、薄ら暗い気分になった。
「じゃ、玖朗はあの鳥な。あー俺かわいそー頑張れ俺ー」
 テレビの画面に向かってエールを送るというのも、何だか変な感じだ。
 けど、こんな風に誰かと一緒にゆっくりテレビを見るなんて、随分と久しぶりのような気がする。
 気付けば、息を潜めるようにしてテレビ画面の小亀をじっと見据えていた。
 鋭い嘴に小突き回されながらも、のたのた海へ向かっている。
 地上ではこんな風なくせに、一旦海の中へ入るとあれだけ優雅に泳ぐなんて、亀って不思議な生き物だ。
 初めてその映像を見たときの感動は、水族館で水中を飛ぶペンギンを見たときと同じ類のものだった。
 転げまわっていた小亀が波に攫われるようにして海の中に消えると、どっと肩の力が抜けた。
 詰めていた息を吐き出してそれみたことかと池田を振り返り……心臓が跳ねた。
 テレビを見ていたはずの池田の目が、こっちに向けられている。
 その目に、唇に乗る微笑は、また初めて見るものだ。
 一体いつからそうだったのか、全く気付かなかった。


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