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【本編】
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しおりを挟む池田の顔を見る気にはなれないが、帰って夕飯の支度の時間になるまで客間に篭っていれば、そうそう顔をあわせることもないだろう。
たしかあの部屋には鍵だって付いていた。
鍵かけて閉じこもっていれば、まさか池田だってドアを蹴破ってまで絡みにきたりはしないだろう。
大丈夫、頭も冷え……いや、冷えるどころか茹だっているけど、寝惚けてもいない今ならきっと妙な言動も取りはしない。
誰に宛てるでもない言い訳に言い訳を重ね、のろのろと踵を返す。
そうだ、途中でスーパーに寄って夕飯の材料を買って帰ろう。
今日は暑いから素麺だ。
千切り野菜と錦糸玉子乗っけて、だしはかつおと椎茸で取ろう。
野菜もだしも冷蔵庫できんきんに冷やして、冷たいポタージュも作ろう、デザートはカキ氷……流石に腹を壊しそうなメニューだが、むしろ望むところだ。
灼熱の外気と俺様特選ひえひえ晩御飯の一騎打ち……負けたら下痢が待っているが、勝っても何も起こらない、虚しい一番勝負。
むしろ池田だけ腹下せば大成功、みたいな。
トイレの住人となった池田を想像してふへへと笑えば、擦れ違ったバーコード頭のおっさんがぎょっとしたように飛びのいていく。
良いな、涼しそうな頭で。
なんて、思いはしても口にはしない、俺は人の身体的欠点は口にしない派だ、良い子だから。
ふらふらとスーパーに入り、中の冷気にちょっと癒されつつも買出しを済ませ、マンションに向かう。
早くあの極寒の部屋に入りたい。
早く。
エレベータの表示階数が上がっていく動きすらもどかしい。
目的の階まで着くと転げるようにして箱から飛び出し、のろのろと部屋に向かう。
何だか頭が痛い。
昨夜の頭痛がぶり返したんだろうか。
走ったりしたら吐きそうだ。
引っ繰り返るのは、取り敢えず客間に帰ってから……そう自分に言い聞かせ、半分以上這いつくばるような心持ちで部屋の玄関を開けた。
「うわ、」
途端に冷気。
物凄い冷気。
ここは魔界かというほどの冷気。
足の先から凍りつくような冷たさが這い上がってくる。
普段なら飛び上がるところだが、今はそれが逆に心地好い。
「あー……生き返るー……」
ふらふらと吸い寄せられるように部屋に入り、買い物袋ごと冷蔵庫に放り込む。
リビングに池田はいない。
取り敢えず「帰りました」の挨拶をしておこうかと思ったが、いないものは仕方が無いからと二秒で諦めた。
顔を合わせずに済むのならば、それに越したことはない。
頭が痛い。
客間に入ったら、ちょっとだけ冷房をつけよう、そうしよう。
そんなことを考えながら客間のノブに手をかけた、その時――
「ッあ、」
か細い、悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
それに何事かとのっそり顔を上げ……思考が凍り付いた。
「……ッ!」
咄嗟に悲鳴は噛み殺したものの、勢い余って閉じたドアが盛大な音を立てた。
中から「きゃ」なんて悲鳴が聞こえてくる。
拙い、気付かれた。
慌てて逃げ場を探すが、広々としたリビングに隠れられる場所なんかない。
右を見て左を見て断念、台所に目を遣り恐ろしい勢いで思考を巡らせる。
駄目だ、カウンタの陰に隠れたところで、すぐに見付かる。
トイレは……分かり易すぎる。
風呂は……使うために入ってこられたらもう目も当てられない。
結果、一番身近で且つ安全そうな部屋に飛び込んだ。
池田の私室だ。
部屋に飛び込み後ろ手で鍵を閉め、ベッドに飛び乗るともこもこの羽根布団の中にもぐりこむ。
えらいものを見てしまった。
どくどくと煩い心臓の音に連動するように、頭ががんがんと痛む。
眩暈と吐き気が同時にこみ上げてきて、きつく目を瞑った。
何だ今のは?
あそこは客間で、あのベッドは俺が今寝起きしているベッドだ。
その上に何で池田が座っていたんだ?
何で客間で、池田が腹の上に女乗っけてるんだ?
一瞬だけ見た白い肌がちらちら瞼の裏を掠める。
白い手が池田の頬に触ってた……多分キスしてたんだろう。
腹の上に乗っかった白い身体がゆらゆらしてた。
長い茶髪が肩からさらさら流れてた。
俺は童貞だけど、知識はある。
女の身体がゆらゆら揺れる動きと連動するように、視界がくらくらと歪む。
吐き気がして頭が痛くて、意識が遠のく。
「……」
何で。
何で?
何で……
ぐるぐると同じ疑問が旋回する意識が、回転に呑まれるようにして暗転した。
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