凶悪ハニィ

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【本編】

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 池田は俺の思うがまま。

 何で?
 何でだ?
 そんなことを言われても素直に信じられない。
 池田が俺の思うとおりに動いたことなんて、殆ど無い。
 けど、仲直りをして欲しいと訴えたら即座に了承が返ってきた。
 すぐにでも行動に移しそうな唐突さで、通話が切れた。
 あの時池田は、どんな顔で「わかった」と言ったんだろう。
 想像してみようとしたけど、巧く頭に絵が浮かばなかった。
 涼二、と名前を呼んでくる声ならすぐにでも思い出せるのに。


 目が覚めると、海辺に居た。
 一瞬どこに居るのか分からずに頭を捻り、意識が覚醒すると同時にゆるゆる昨日のことを思い出す。
 朝比奈さんの誘いに乗ってでっかいトラックに乗り込んで、一晩。
 なんとトラックというのは後ろにベッド……というか、眠るためのスペースまであって、そこに転がって夜を明かした。
 夜通し運転していただろう朝比奈さんの姿は、今は運転席にはない。
 寝惚け眼で周囲を見渡していれば、乱暴な音と共にドアが開いた。
「お、起きたか。まだ客先だから、悪いけど見付かんねえようにこっそりな」
 唇の前で指を立てて告げる朝比奈さんに一つ頷いて、また身体を横にする。
 見付かったら拙いというのなら、起きているより転がっている方が良いだろうという判断でもあったし、まだもう少しまどろんでいたいというのもあった。
「……」
 昨夜、池田と電話をした。
 すっかり終わったと思っていた関係は、実は終わっていなかった。
 終わったつもりになっていたのは俺だけで、池田はそんなつもりはないと言っていた。
 わけが分からないと思うのに、それに心の何処がほっとしたのが分かった。
 あんなに何度も逃げたいと思ったのに、関係が完全に終わると思うと淋しかった。
 何でそう思うのかは分からない。
 いや……俺は多分、池田と友達になりたいんだろう。
 小間使いじゃなくて、雇用関係でもなくて、ただの友達に。
 朝比奈さんと池田みたいに……兄貴と池田みたいに。
 鋏を入れようとしても切れることの無い、細くても強い一本の繋がりが。
 池田のことは、怖いと思うけど嫌いじゃない。
 変だと思うけど、完全に離れたいとは思わない。
 じゃあなと別れを告げられて、漸くそれに気付いた。
 池田の怪我が治りきれば、夏休みが終われば、俺が夜の相手をする必要もなくなる。
 互いに互いの生活に戻って、そこから初めてまともな関係が築けるような気がする。
 あれさえなければ、池田の側にいるのは決して苦痛じゃない。
 あれさえなければ、池田の側は心地好い。
 ひたりと隣に寄り添うその気配は、じわりと肌に馴染んで内臓まで染み渡る。
 あの感じは、決して嫌いじゃない。
「……」
 転がしていた携帯を何気なく拾い上げて開くと、はたと思考が固まった。
 開いて最初に出る画面には、小さなカレンダーが付いている。
 今日の日付の部分には、赤く印が付いている。
 目に留まったのはそれじゃなく、その前の日の日付だ。
「……昨日、兄ちゃんの誕生日だ」
 すっかり忘れていた。
 誕生日の日に、兄貴は普通に仕事をして、それを終えたら俺がいないことに気付いて、池田の部屋に乗り込んだんだろうか?
 さくらと接触したのは、あの電話の時だけ?
 ……いや、その後に会ったかもしれない。
 言い訳みたいにそう思ったけど、違うと脳の片隅から声がするのに聞こえないふりは出来なかった。
 多分兄貴は、さくらとは会っていない。
 池田に追い返されて家に帰ると、そのまままんじりともしないで居間に座り込んでいたんだろう。
 その光景が易々と想像できて、心臓が痛んだ。
 電話をしようか。
 兄貴の携帯番号なんて覚えていないけど、家の電話番号なら分かる。
 連絡しようと思えばいつでも出来た。
 その連絡自体を、しようだなんて思いもしなかった。
 兄貴なんか、勝手に怒ってりゃいい、心配すればいいと、心のどこかで思っていた。
 それなのに、記念日を投げ出して俺のために走ったんだろ兄貴を思うと、居た堪れない罪悪感に息が苦しくなった。
 俺は何がしたいんだろう。
 痛む胸に眉を顰めれば、指が勝手に携帯の小さなボタンを押した。
 市外局番を指が辿ると同時に、車のドアがまた開いた。
 反射的に身体が跳ね上がり、はっとして慌てて携帯を閉じる。
「お待たせ」
 ひょっこり顔を覗かせた朝比奈さんに首を振ってみせる。
 後ろめたいことをしていたわけじゃないはずなのに、どくどく心臓が煩く鳴った。
 一旦携帯を閉じてしまうと、再び開く力は湧いてこない。
 大体、電話して一体何を話すんだ?
 話すことなんて何も思いつかない。
 拒絶のあの背中に、どうやって近付いたらいいのか分からない。
「どうした?」
 再び車が動き出したのに合わせて助手席に戻ると、運転席から朝比奈さんが声をかけてきた。
 シートベルトをかちりと締めて、隣を見遣る。
「何が?」
「またしょんぼりしてるけど」
「……」
 見透かされた。
 俺はそんなに思っていることが顔に出やすいんだろうか。
 前に池田にも言われたことがある。
 お前は思っていることが全部顔に出るから、隠そうとしても無駄だと。
 それを思い出すと何でもないと誤魔化すのも馬鹿らしくなって、素直に項垂れた。
「昨日、兄ちゃんの誕生日だったの思い出して……ちょっと、」
「一つ年食ったその日に弟が失踪か。忘れられない誕生日だな」
 俺の態度とは対照的に、朝比奈さんは軽く肩を揺らして笑った。
 面白がるみたいなその態度に、自然に眉根が寄る。
「……兄ちゃんが、嫌いなんですか?」
「好きだよ」
 即答。
 嫌味のつもりで吐き出した言葉に思わぬ返事で、驚いて運転席を振り返る。
 取り出した煙草を銜えながら、朝比奈さんは横目で笑った。
「片方が好きでも、片方が好きじゃなけりゃ長い付き合いなんて出来ないんだよ。お前と池田にちょっと似てるかもな」
 からかう口調に頭が傾ぎそうになった。
 意味が分からない。
 朝比奈さんは兄貴が好きだけど、兄貴が朝比奈さんのことを嫌っていると、この人はそう言っているんだろう。
 それが俺と池田にちょっと似ている?
 この場合、どっちが朝比奈さんでどっちが兄貴なのかが分からない。
 俺は池田を……決して嫌ってはいないし、池田にも多分……嫌われてはいない、と、思う……多分。
 それを思えば、俺と池田は普通に友達として付き合っていけるような気がする。
 なのに何で、うまくいかないんだろう。
「池田は多分、もう動いてるぞ」
「え?」
「だからお前は、池田や兄貴のことじゃなくてお前のことを考えろ」
 既にこっちを見ていない朝比奈さんの言葉は、やっぱり意味が分からなかった。





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