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【裏】
03-1/2
しおりを挟む【68】の裏です。
何でこんなことになったんだろうか。
それもこれも、全部池田の所為だ。
「俺、高校ん時ちょっとヤバいのに目付けられてて……結果的に見ると、それを池田に助けられたことがある」
ぽつりと呟くと同時に苦い記憶が甦り、勝手に眉根が寄りそうになった。
それを堪えて新しい煙草に手を伸ばす。
火をつけ煙を吸い込めば、少しだけでも気分は落ち着く。
「それで疲れてるの、顔には出してないつもりだったんだけどな……何か気付かれて、知らない間に三人が病院送りになってた」
「そ、それは、玖朗が……?」
「本人は否定するけどな」
けれど、あれは池田の仕業だ。
当時を思い出してみると、池田は……今とあまり変わっていない。
どこか斜に構えて世界を眺める目、問い詰めても軽口ではぐらかす。
ぐるりと取り囲んでくる連中の人数がいつもより少ないことにはすぐに気付いた。
それに眉を顰めるよりも先に、三人が病院送りになったと知らされた。
池田の仕業だということはすぐに分かった。
まるで呼吸をするように、うっすら笑みを刷く人を小馬鹿にしたようなあの顔が脳裏に浮かんだ。
当時の池田は、まだ黒い髪に黒い目をしていた。
見た目こそ普通だったけど、今よりもっと普通じゃなかった。
そうだ、池田はあまり変わっていないけど、昔よりは今の方がまだ普通だ。
「挙句、残りとは派手に乱闘騒ぎ起こして皆で仲良く入院……高校、二年の時だっけな。ちょうど修学旅行の時期だったから」
巻き込んだ連中と仲良く病院に担ぎ込まれて、大部屋にぎゅうぎゅう押し込まれた。
諸悪の根源のくせに俺は軽傷で、翌朝には放り出されたけど。
ベッドの並びはどうだっただろう……昔に思いを馳せかけたその時、涼二が声を上げた。
「あ」
一体何を閃いたのか、視線が斜め上に向かっている。
それを尻目に、目的を思い出した。
目的は昔話じゃない、過去の記憶に浸るのは後だ。
「アイツ、自分には強力な後ろ盾があるんだっつって、時々突拍子もない無茶をするんだ。あの時も、結局警察沙汰にすらならずに誰かがどこかで揉み消した。アイツもそれをさも当然みたいな顔してて、ちょっとぞっとしたことがある」
そうだ。
池田はどこか危なっかしい。
普段と寸分変わらぬ笑みのまま、じゃあなと軽く手を振って崖から飛び降りそうな危うさがある。
多分、本人は気付いていないだろうけど。
……こいつはそれに気付いているんだろうか?
気付いているから、こんなに不安そうにしているんだろうか。
「……」
ちらりと前を盗み見て、ふと思考が弾けた。
この顔を……俺は多分、前に見たことがある。
「そういや、あの時片山も一緒だったな……兄貴、高校の時入院したことがあったろ」
「あ、はい……たしか修学旅……え?」
ぽつりとした問いかけに、頷く涼二が固まった。
視線が一度床に落ち、その顔に思案の色が乗る。
それをじっと眺めながら、記憶を探る。
俯く顔に見覚えがあるように思うのは、多分頭上から見下ろしていたからだ。
そうだ、俺は前にもこいつを見たことがある。
それも一度じゃない。
あの時と、あの時と、あの時。
どれもこれも白に包まれたあの空間で、確かに見た。
池田のベッドの隣にいたのは……確か、片山だ。
「あー……繋がった」
思わず声が漏れた。
繋がった。
池田がこいつに目を付けたのは、店じゃなくて病院だ。
あの病室に不似合いなチビが、確かにうろちょろとしていた。
気付くと同時に、溜息が漏れた。
「あの、繋がったって……何が?」
「……こっちの話」
まさか当人に漏らすわけにもいかず、訊ねてきた言葉をはぐらかす。
目を付けたのがあの頃なら、池田は片山が極度のゲイ嫌いだと知っていたはずだ。
それなのに、一体何だってこんな何年も経ってから手を出したんだか……
数年跨いでも尚、諦めきれないほど執着する何かがこいつにあるようには思えない。
良くも悪くも、こいつは普通だ。
真っ当な精神が真っ当な身体に宿る、どこにでもいる普通の子供だ。
それなのに、何だって。
片山にばれたら、きっとただじゃ済まない。
分かっていても手を出さずにいられない何かがあるようには到底見えない。
それなのに。
思わず頭を抱え込みそうになったと同時に、素っ頓狂な声が上がった。
「ああああ朝比奈さん!」
何事かと顔を上げると、涼二が飛び込んでくる勢いで身を乗り出した。
その顔は、心なしか青い。
「ま、まさか玖朗……さくらのことッ、こ、ころッ、ころして埋めたりとか、」
吐き出された突飛な発想に、一瞬思考が固まった。
「あー……ないないないない。それはないから心配するな」
「けど!」
咄嗟に否定してやると、それでもと食い下がってくる。
確かに俺は「池田は危ない」と言ったが、それだけで殺人に直結させるこいつは本当に単純だ。
この単純さは、確かに少し圭と似ている。
そう思うと、状況も忘れて思わず笑えた。
それを咄嗟に掌で隠したが、多分涼二は気付いただろう。
「あの……」
どこか恨みがましい目を向けられて「悪い」と一応謝るけれど、ひくつく口許はどうにもならない。
空咳で治めようにもどうにもならず、結局はそのまま話を続けることにした。
涼二は不満そうな顔をしているが、まあそこは見逃してくれとしか言いようがない。
涼二は本当に普通だ。
悪いことなど何も知らないような顔をしている。
縮こまりかけた背中を平手で叩き伸ばす片山の姿が目に浮かべば、ますます笑みは止まらない。
大分捻くれてはいるけれど、片山も性根は真っ直ぐとした奴だった。
真っ直ぐすぎて、俺には直視できなかった。
眩しすぎて。
多分、こいつの家の教育方針が既に体育会系だったんだろう。
親が片山の性根を育て、片山が涼二の性根を育てた。
そんな風景が容易く想像できるのが何となく不思議だ。
片山となんて、もう何年も顔を合わせていないのに。
「今の話は、同じような状況のときの池田の様子だよ」
「え?」
きょとんと目を丸くさせる涼二に、また吹きそうになった。
ころころと表情がよく変わるから、見ていて飽きない。
池田が心底楽しげにこいつに構う理由が、少しだけ分かったような気がする。
「メールで。高校のときはどんな感じだったかって聞いてきてたろ。そんな感じだよ。大事なことほど言わない。黙って動いて、問い詰めてもしらばっくれる。礼すら言わせない。自分勝手なのは昔からだ」
連ねる言葉に、涼二の目が不安に揺れる。
それに気付いて咳払い、何も無駄に不安がらせたいわけじゃない。
「けど、今回は相手が違う。池田は、片山に危害は加えない。絶対に。多分、さくらにも」
気を取り直しじっと目を見据えて告げれば、向かい合う表情がまた僅かに揺れた。
池田は片山に危害は加えない。
それは保障できる。
絶対と断言できる。
片山が大事にするさくらに対してだって、それは同じことだ。
大事なことほど口に出さずに勝手に動いて、問い詰めてみたところで軽口ではぐらかしてくる……そんな奴だが、裏切りはしない。
懐に迎え入れた人間は、驚くくらいに大事にする。
大事にされていると、自覚している俺が言うんだから間違いない。
自覚している俺が、池田は片山に懐いていると思うんだから、間違いはない。
目を逸らした方が負けだとばかりに、向けられてくる視線を受け止める。
と、涼二の方が先に目を逸らした。
一度視線が床に落ち、戻ってきた時には強い光を宿して。
「けど、」
どこか挑んでくるような視線だ。
睨める勢いのそれに内心頭を捻りかけた丁度その時、遠くから扉の開く音がした。
「ただいまー」
と同時に、呑気な声。
池田だ。
そう思うよりも先に、涼二が立ち上がった。
思わず感心するほど立派な反射神経だ。
駆け出す途中で床で滑れば、小さな身体は頭一つ分ほども身長差のある胸に突進する。
数秒前までの涼二の様子を知らない池田は、腹に突進してきた小動物に頭を捻っている。
が、どこか嬉しそうにも見えた。
すかさず腕に閉じ込めて噛み付く涼二をものともせずに、引きずるようにリビングまでやってくる。
親猫と子猫の感動の再会……なんて、頭の中で勝手にタイトルを付けて二人の様子を眺めていたところで、池田の目がこちらを向いた。
「くたびれたスニーカーがあるなーって思ったら、やっぱりお前か。何、早速二人で親睦深めてんの?」
くたびれたは余計だ。
「まあな。意外とお早いお戻りで」
それでも軽口に軽口を返せば、池田はだらしなく頬を緩めた。
いつもと全く変わらぬ気配、けれども脳内でぴんと音を立てて思考が弾ける。
こいつ、何かやってきたな。
直感的にそう思ったが、既に涼二にはあれだけ堂々と「大丈夫だ」と太鼓判を押してしまった後だ……今更態度は変えられない。
探る視線を向けてみるものの、池田はそれを綺麗に黙殺して呑気に土産を差し出している。
不穏な気配に不自然に心臓が鳴った。
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