せびりあ物語

熊取 建

文字の大きさ
2 / 4
【冒険家の転寝】

二人は犬猿の仲。頼れるお姉さんなしにはやって行けない。

しおりを挟む



「起きろ。起きろー。おーきーろー!!」

黒い下げ髪をした女性が、緋色の髪を乱し放題に寝ている女性をひたすら揺り動かしていた。その勢いたるやベッドもうなる程だが、緋色の髪の女性は未だに反応しない。

「全く…死んだように眠るとは、よく言ったものだ」

ため息を一つつくと、黒髪の女性―ミキ・ヒロセは洋服棚の前に立てかけてあった刀を取り出した。

「悪く思うな、イヴェタ。これも仲間としての務めだ」

言うなり、ミキは刀を大きく振りかぶり、その"みね"で激しい音がするほどに、イヴェタという緋色の髪の女性の腹を叩きつけた。

「ぎゃぁぁぁ!!あたしの夢を邪魔する悪魔が!!」

「続きは今晩までとっておけ。寝たままオルを迎える気か」

「その時は夢の中で出迎えてあげれば良いじゃない!ミキ、もうちょっと頭をやわらかーくしなきゃだよ!」

「お前の頭は柔らかすぎて流れ出しそうなくらいだな。頭をかち割って、つなぎでも入れてみようか」

「つなぎって何!あたし、料理されるの?」

どうでも良いやり取りを続けながら、ミキは部屋の暖炉で湯を沸し、茶の葉をポットの中に放り込んだ。

「我々二人で居るとやはり調子が狂うな。オルが仲立ちしてくれるとだいぶ違うんだが」

「今、ちょうど同じ事言おうとしてたんだー」

「それはどうも、気が合うことだな。調子は全く合わないがな」

「ミキって、なんか一言多いよね」

その後も、どこかかみ合わないやり取りが数十分にわたって続いた。


「はぁー、オル早く帰ってこないかなぁ」

ベッドにもたれかかるようにして、イヴェタはけだるそうに大きなため息を一つついた。一方のミキは、茶を入れた後のポットを片付け、流しで洗っているところだった。

「そんなにあいつが恋しいか。私もだ、気が合うな」

「おんなじ皮肉を二回も言わないでよぉ」

「大丈夫だ、三回目は無いと思うぞ。なぜなら、今帰ってきたからな」

「えっ!ホント?」

「ああ、窓の外を見てみろ。豪華な事にお供がいるようだぞ」

聞くが早いか、だらけた姿勢を一瞬にして改めたイヴェタは窓に向かって一直線に駆け出した。

「オルー!!おかえりー、あたしだよー!!」

「おい、あまり身を乗り出すな。落ちても知らんぞ」

眼下には確かに、青髪の剣士オルタンスの姿があった。そしてその後ろには、白衣、黒マント、青のローブにそれぞれ身を包んだ三人の男が続いていた。

「ねねね、ミキ!ちょっとあれ見てよ!オルったら三人も男引き連れてるよ?」

「我々の中では一番の美人だからな。道中、何かあったとしてもおかしくは無いだろう」

「何それ、あたしが一番ブスって事?」

「別に私がイヴェタより美しいとは言っていないだろう?」

「そーだよね、どう考えたってミキが一番ダサいもんね。そのわけ分かんない青装束とか、緑のはちまきとかさぁ」

「性格は明らかにお前の方が醜いがな」

この時、お互いに理性のたがが外れつつある事にもちろん二人は気づいていなかった。

「うっさいなぁこの毒舌!根暗!やっぱミキには青とか緑とか暗い色がお似合いだよね」

「頭が足りないくせに口だけは達者だな。いっぺん、斬られてみるか?」

「あんたなら、その前にあたしに盛大に燃やされるのがオチね!」

互いにヒートアップして、もはや聞くに堪えないほどの口げんかに成り果てようとしていたその時だった。


―バタン!!

部屋が揺れんばかりのすさまじい音を立てて、戸が開いた。

その瞬間、二人は凍ったようにその場に立ち竦んだ。

「ただいま。…随分騒がしかったようだけど、今まで何をしていたのかな?」

「あ…あの…えーと…」

「私は何も知らないぞ」

青髪の剣士オルタンスが、不気味なくらいに穏やかな笑みをたたえて戸の前に立っていた。後ろには、その様子を見て呆気にとられている三人の男が居る。

「ごめんなさい、研究者さんたち。ちょっとの間だけ扉を閉めて、外で待っててもらってもいいかしら?」

「ああ、別に構わないよ」

「…これから何が起こるんだ?」

「気にしないで大人しく待ってようぜ?…たぶん、見ちゃいけない気がする」

ぼそりと呟いたサイモンの方を、オルタンスが一瞬ちらりと見た。

「ごめんなさい!今の、聞こえてましたか?」

あわてて直立し、頭を下げるサイモンをオルタンスは優しく撫でてやった。

「いいの。正直な男の子は嫌いじゃないわ」

「は、はい…ありがとうございます」

分かりやすいほどに顔を赤らめたサイモンだが、その表情には幾分か危機を脱した安堵の様子も見て取れた。

「じゃ、約束どおり扉を閉めてくれる?」

「分かった。我々は暫く外に居よう」

パトリシオがオルタンスの指示に応じて、部屋の外へと下がってゆっくりと扉を閉めた。

―それから程なくして、部屋の中から二人の女性の悲鳴が上がった。

「うぎぃぃぃぃっ!!ぐむぅぅぅうぅうぅ!!」

「ひっ、ひゃあ…んがっ、むがむがっ…ぎぃ!!」

研究者三人は、冷や汗を垂らしながらそれを聞いていた。

「およそ、この世のものとは思えない声だよね」

「猿轡か何かをはめられているんだろう」

「…あのお姉さん、敵にまわしたら殺されるな」

悲鳴が止まったのは、それから五分ぐらい後の事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...