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【冒険家の転寝】
二人は犬猿の仲。頼れるお姉さんなしにはやって行けない。
しおりを挟む「起きろ。起きろー。おーきーろー!!」
黒い下げ髪をした女性が、緋色の髪を乱し放題に寝ている女性をひたすら揺り動かしていた。その勢いたるやベッドもうなる程だが、緋色の髪の女性は未だに反応しない。
「全く…死んだように眠るとは、よく言ったものだ」
ため息を一つつくと、黒髪の女性―ミキ・ヒロセは洋服棚の前に立てかけてあった刀を取り出した。
「悪く思うな、イヴェタ。これも仲間としての務めだ」
言うなり、ミキは刀を大きく振りかぶり、その"みね"で激しい音がするほどに、イヴェタという緋色の髪の女性の腹を叩きつけた。
「ぎゃぁぁぁ!!あたしの夢を邪魔する悪魔が!!」
「続きは今晩までとっておけ。寝たままオルを迎える気か」
「その時は夢の中で出迎えてあげれば良いじゃない!ミキ、もうちょっと頭をやわらかーくしなきゃだよ!」
「お前の頭は柔らかすぎて流れ出しそうなくらいだな。頭をかち割って、つなぎでも入れてみようか」
「つなぎって何!あたし、料理されるの?」
どうでも良いやり取りを続けながら、ミキは部屋の暖炉で湯を沸し、茶の葉をポットの中に放り込んだ。
「我々二人で居るとやはり調子が狂うな。オルが仲立ちしてくれるとだいぶ違うんだが」
「今、ちょうど同じ事言おうとしてたんだー」
「それはどうも、気が合うことだな。調子は全く合わないがな」
「ミキって、なんか一言多いよね」
その後も、どこかかみ合わないやり取りが数十分にわたって続いた。
「はぁー、オル早く帰ってこないかなぁ」
ベッドにもたれかかるようにして、イヴェタはけだるそうに大きなため息を一つついた。一方のミキは、茶を入れた後のポットを片付け、流しで洗っているところだった。
「そんなにあいつが恋しいか。私もだ、気が合うな」
「おんなじ皮肉を二回も言わないでよぉ」
「大丈夫だ、三回目は無いと思うぞ。なぜなら、今帰ってきたからな」
「えっ!ホント?」
「ああ、窓の外を見てみろ。豪華な事にお供がいるようだぞ」
聞くが早いか、だらけた姿勢を一瞬にして改めたイヴェタは窓に向かって一直線に駆け出した。
「オルー!!おかえりー、あたしだよー!!」
「おい、あまり身を乗り出すな。落ちても知らんぞ」
眼下には確かに、青髪の剣士オルタンスの姿があった。そしてその後ろには、白衣、黒マント、青のローブにそれぞれ身を包んだ三人の男が続いていた。
「ねねね、ミキ!ちょっとあれ見てよ!オルったら三人も男引き連れてるよ?」
「我々の中では一番の美人だからな。道中、何かあったとしてもおかしくは無いだろう」
「何それ、あたしが一番ブスって事?」
「別に私がイヴェタより美しいとは言っていないだろう?」
「そーだよね、どう考えたってミキが一番ダサいもんね。そのわけ分かんない青装束とか、緑のはちまきとかさぁ」
「性格は明らかにお前の方が醜いがな」
この時、お互いに理性のたがが外れつつある事にもちろん二人は気づいていなかった。
「うっさいなぁこの毒舌!根暗!やっぱミキには青とか緑とか暗い色がお似合いだよね」
「頭が足りないくせに口だけは達者だな。いっぺん、斬られてみるか?」
「あんたなら、その前にあたしに盛大に燃やされるのがオチね!」
互いにヒートアップして、もはや聞くに堪えないほどの口げんかに成り果てようとしていたその時だった。
―バタン!!
部屋が揺れんばかりのすさまじい音を立てて、戸が開いた。
その瞬間、二人は凍ったようにその場に立ち竦んだ。
「ただいま。…随分騒がしかったようだけど、今まで何をしていたのかな?」
「あ…あの…えーと…」
「私は何も知らないぞ」
青髪の剣士オルタンスが、不気味なくらいに穏やかな笑みをたたえて戸の前に立っていた。後ろには、その様子を見て呆気にとられている三人の男が居る。
「ごめんなさい、研究者さんたち。ちょっとの間だけ扉を閉めて、外で待っててもらってもいいかしら?」
「ああ、別に構わないよ」
「…これから何が起こるんだ?」
「気にしないで大人しく待ってようぜ?…たぶん、見ちゃいけない気がする」
ぼそりと呟いたサイモンの方を、オルタンスが一瞬ちらりと見た。
「ごめんなさい!今の、聞こえてましたか?」
あわてて直立し、頭を下げるサイモンをオルタンスは優しく撫でてやった。
「いいの。正直な男の子は嫌いじゃないわ」
「は、はい…ありがとうございます」
分かりやすいほどに顔を赤らめたサイモンだが、その表情には幾分か危機を脱した安堵の様子も見て取れた。
「じゃ、約束どおり扉を閉めてくれる?」
「分かった。我々は暫く外に居よう」
パトリシオがオルタンスの指示に応じて、部屋の外へと下がってゆっくりと扉を閉めた。
―それから程なくして、部屋の中から二人の女性の悲鳴が上がった。
「うぎぃぃぃぃっ!!ぐむぅぅぅうぅうぅ!!」
「ひっ、ひゃあ…んがっ、むがむがっ…ぎぃ!!」
研究者三人は、冷や汗を垂らしながらそれを聞いていた。
「およそ、この世のものとは思えない声だよね」
「猿轡か何かをはめられているんだろう」
「…あのお姉さん、敵にまわしたら殺されるな」
悲鳴が止まったのは、それから五分ぐらい後の事だった。
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