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前編
第1話(1/2) - ひとりの少女と猫と祈りと
しおりを挟む轟音を聞いた。始めに見えたのは瞳が焼けるような光の奔流。続いて、平野に雷が落ちたかのような、獣の威嚇を百度重ねたような音。雷のあとは、風だった。風圧に躰が飛ばされそうなのを堪えて、しかし何か細かいものがぴしぴしと顔をかばう腕に当たる。その小さな衝撃で、だんだんとジュリーの小さな躰は後ろに下がっていくようだった。実際に下がっていたかもしれない。
爆発の渦中にあった人物はどうなったか。彼の姿も、あの大きな獣の姿も土埃に隠れて見えない。
「お兄様……ヤマト様!」
当然のように、返事はなかった。
******
同じ時間、同じ場所。私は毎日、同じお祈りをしている。
そうすれば、いつか願いが叶うと聞いた。願いは体の大きさには関係ないのだと。日々を積み重ねれば、想いも積み重なるのだと。それは力で、いつか、神様を動かせるのだと。いつもと違う黒い服を着た隣のクラスの先生が、泣きながら私に教えてくれた。何を泣く事があるのだろう? たったそれだけのことで悲しいことが無くなるのならば、泣くより先にやることがある。そうして私は、その日から毎朝、同じお祈りをしている。
家に帰ってドアを開けるとジュリーが出迎えてくれた。ただいま、と言いながらその猫を抱きあげる。ただいま、ってどんな意味なのだろう。朝ご飯は、昨夜の残りのコーンスープに、帰りに買ってきた焼きたてのバゲット。本当は今朝は違うスープにするはずだったのに作りすぎてしまったのだ。
学校の支度を済ませるとジュリーが機嫌良さそうに寄ってくる。いってきますを言って、挟まないようにゆっくりと玄関のドアを閉めた。
学校はいつも通りの賑やかさだった。日課の授業をこなし帰ろうとすると、階段の下で先生に呼び止められた。
「帰る前にテラスでお茶でもいかがですか? ジュリー」
「嬉しいです、エリー先生、今日はいい天気ですからテラスに行きましょう?」
「それはいい」
先生は綺麗な姿勢でテラスのほうに歩き始めた。
テラスはいつもどおり暖かく心地良い。先生は偶に、おいしいお菓子を頂いたと言って私をお茶に誘ってくれる。
先生のフルネームはエル=カミーノ。別名、怪人鬼面相。私が入学するより随分前からいるらしい。あだ名も生徒から生徒へ受け継がれていて、私も人から聞いてそれを知った。だけど怒っている先生は確かに、鬼の様な顔をしている。鬼って、見たことはないけれど。
私はこの街から出たことがない。大人になったら色々なところに行けるらしいから、いつか会えるだろうか。
先生が切り株のようなケーキを運んできた。白いクリームが、ベリーのソースでデコレーションされてお皿に乗っている。
「シフォン・ケーキを焼いたのよ」
「あなたが元気そうでいることが、何よりの救いです」
お喋りを遮るみたいに、突然先生が呟いた。それに、機嫌が良いと思っていたのに、少し悲しそうな顔になってしまった。ケーキはとても美味しく、紅茶もとても上手に淹れられたと思っていて、だから驚いた。
「何を悲しむことがあるのですか? 私は毎日お祈りしているし、生活には不満はありません。それにとても元気です。今日も運動の授業で一番をとったのよ?」
「そうね……ひとりで困っていることはないかしら、ご飯とか、大丈夫? ちゃんと暖かくして寝ている?」
「大丈夫です、ご飯はずっと手伝っていたし分かります。寝るときはジュリーがお布団に入ってくるから暑いくらいだわ。お買いものをし過ぎてバッグがいっぱいになったのは困って、お役所の方に手伝って貰ったけれど……だけど、先生が心配するようなことはないの」
そこまで一気に言うと、先生は少し驚いたようだった。悲しそうな顔じゃなくなってよかったと思う。
「ふふ、そうね、ダメだわ、年をとるとね、説教臭くなっちゃって」
「そうです、それに、私はまだ子どもだけれど、すぐに大きくなるんですから。先生の背丈はすごく高いけれど、きっと、先生だってうかうかしてられないわ」
先生は笑って、十年は早いわよ、と言った。
「ゆっくり成長すればいいじゃない、色んなものを見て、色んなことを聞いて、そうすれば最後には、そりゃあもう大きくなれるわよ」
色んなものを見て、色んなことを聞いて。大人にならないと色々なところへ行けないのに、大人になるためにそれが必要ならば、大人はどうやって大人になったのだろう。
今日もいつもの朝。空はよく晴れていてローズヒップの色をしている。朝は好きだけれど、朝焼けは嫌いだ。理由もなく不安になる。
「おはようございます」
いつも通りの挨拶、だけど今日は人が少ないようだ。少し得した気分。神様が私の方を見てくれるかもしれない。跪いて、いつもの時間、いつものお祈り。今日の積み重ね、一枚一枚、積んでいく。想いが天に届く高さになったら、それに乗って神様にご挨拶したいと思う。
「あー、お嬢さん、ちょっといいかな」
眼を瞑っていたから気づかなかった。後ろに男がいた。
このとき、彼、つまりヤマトと出会ったのだ。
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