バッドエンド後の乙女ゲームでこれ以上なにをどう頑張れと言うのですか

石田空

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贈り物が届いたら腰を抜かした

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 正月に入り、午前中は置屋の芸妓たちが一斉に晴れ着を着て、お世話になっているお茶屋や料亭、旅館に挨拶周りに向かう。
 基本的に晴れ着は新着しないといけない風習なため、パトロンのいない芸妓はどうにか予算を工面して用意する。
 私たち見習い芸妓もまた、ひいこら言いながら新着した晴れ着に袖を通してから、いよいよ出かける。
 この正月の芸妓の挨拶回りを見に、正月でどこの見世も休みでも、近場の人たちは様子を見に来ている。
 基本的に立方の姉さんたちは、既にパトロンもいて、私たちでは到底及ばないようなどう見たって職人技な友禅染を着て、帯をしっかりと締めているものだから、いつもの座敷衣装よりも薄めの化粧であっても華やぎ、そちらのほうに視線が集中しているものの、中には地方のほうをまじまじと見ている物好きもいる。特に音楽にうるさい人なんかは、地方の興行を目的にしている人たちもいるから、いい腕の地方に目をかけている人なんかもいる。

「新年、あけましておめでとうございます」

 私たちはお茶屋に挨拶に向かうと、店主さんはころころと笑う。

「そちらさん、ずいぶんと景気がいいみたいじゃないか。立方はいつにも増してお呼び出しが多くって、それに加えて地方が豊作なんだって?」

 私たちの先頭に立って挨拶しているお母さん……置屋を取り仕切っている人のことだ……にそう言うと、お母さんはころころと笑う。

「ええ、ええ。今年もどうぞご贔屓に」
「うん。正月が明けたら、是非ともお呼びするさ」

 こうして一件一件挨拶を回ってから、ようやくおせち料理にありつけた。
 前世であったら、おせち料理なんて一日で飽きてしまうものだけれど、ここだったら、本当に三日間なにも料理をつくらないぞという強い意志の元でつくられているから、全体的に味付けが長持ちさせるために濃い。
 外回りで冷えた体がさらに冷えたような気がすると思いながら、ようやく私たちの休みとなったのだ。

「そういえばときをさん。昨晩ははぐれてしまったけど、逢引されてたんですって?」
「え……どうして?」

 やっと冬休みだと思っていたところでしおんに爆弾発言をかまされ、私は挙動不審になる……そもそも、幸哉さんに危ないからと置屋まで送ってもらったけれど、誰にも見られてなかったと思っていたんだ。
 それにはあっさりとしおんが言う。

「だって男衆の方たち見てたらしいから。孝雄さんも言ってたわ」
「ああ……そっちかあ……お母さんや姉さんたちに知られたらなに言われるかわかったものじゃないから、あんまり言いふらさないでね」
「そりゃ誰にも言わないけど。でもときをさん、前に商家の方とお話しなさってたでしょう? あの方?」
「早乙女様のこと……?」
「ええ! あの方、若いのにもう座敷に上がれるようなこねを持っているからって、姉さんたちが狙ってらしたから……もしその方とお知り合いなら、知られたらまずいわよね」
「ええ……」

 私はそれにげんなりとした。
 芸妓は、ご贔屓客を持てば持つほど格が上がるとされている。基本的にお茶屋や料亭に入るとなったら一見さんはお断りだし、それをクリアできるとなったら、当然若くても実力者となる。
 ここにやって来るお客さんは、よくも悪くも遊び好きの金持っているおじさんが多いもんだから、若くて綺麗な男がお客さんとして現れた場合は、取り合いとなってしまうのだ……いくら金持ちだって、財布の中身は有限だ。全員のご贔屓にはなってくれないし、旦那と言って、吉原内でひとりの芸妓専門の客になるのだって、芸妓たちの奪い合いだ。
 私たちはまだ見習いだから、こうして置屋で手配してもらっているものの、芸妓として一人前になったら、着物の準備も髪結いの手配も全部自分でしなければならないから、パトロンたるご贔屓や旦那の存在は必要不可欠になってくる。
 姉さんたちのことを思ったらわからなくもないけれど、私としてみれば幸哉さんが素敵なことは、登紀子ひとりが気付けばよかっただけの話なのになともんにょりとしてしまう。
 私がぐんにゃりとしている中、お母さんが「ちょっとときを、来てくれる?」と呼ばれた。
 座敷でクレームが来た場合は、裏で呼ばれることもあるけれど、今日はそもそも挨拶回りしかしてないんだから、クレームなんて来ようがない。
 私はしおんに「ちょっと行ってくるね」とひと言添えてから、お母さんの使っている部屋へと向かった。
 お母さんは困った顔をしていた。

「はい、なんでしょうか?」
「いえね……あなた宛に贈り物が届いたんだけれど」
「え……贈り物ですか?」
「ええ。ふたつ」

 それに心臓が跳ね上がりそうになる。
 幸哉さんであったら、今日も正月の挨拶回りに出ていると聞いたから、そこで贈り物の手配をしてくれたんだろうと思うけれど。
 もうひとつは本当に心当たりがない。

「……失礼ですが、どなたからでしょうか? 私、心当たりがないのですけれど」
「ええ。見習い芸妓に唾つけておく青田買いの客はいないこともないけれど、こんなことは本当に珍しいから。ひとつは早乙女様。あなたの初座敷にいらっしゃった方だけれど。もうひとつは本当にねえ……」

 お母さんは本気で困っているようだった。

「……もうひとつのほうだけれど、あれは鬼龍院様からのものなのよ」

 気絶しなかった私を、誰かものすごく褒めて欲しい。
 お母さんのそのひと言で、私は意識が遠のき過ぎて、宇宙が見えたかと思った。
 よりによって。よりによって。お前。一回も姿見せずに、いきなりお母さん攻略に来たのか。
 鬼龍院誠一。
『華族ロマネスク』のメイン攻略対象にして、全ての諸悪の根源。ファンからは「ラスボス」の名を、声を当てた有名声優の存在と共に欲しいままにしているキャラだ。
 基本的に彼のルートは、なにも知らず、誰のルートにも入らず、彼のルートだけしていれば、ただの普通の乙女ゲームだ。
 借金で首の回らなくなった柳田家の支援と引き換えに、登紀子との婚約を求めてきた、黒い噂の付きまとう成金。
 正直無茶苦茶怖がりながらも、借金を返す当てのない柳田家は、苦渋の決断として登紀子を彼の元に嫁がせることになるけれど。
 彼のルートに入ったら、ただただ楽しいことしか待っていない。
 初めての舞踏会。初めての観劇。初めての別荘。
 なにもかも楽しく、本当に彼と結婚してよかったと、子供を宿して幸せに終わるというエンディングを迎える……。
 ……そう、他のルートさえ全くしなければ、ただただ普通の溺愛なのだ。
 他のルートでは、柳田家をいかに理不尽に借金漬けにするかと暗躍しまくり、時にはそのときの攻略対象殺されるし、時には柳田家が物理的に炎上するし、いったい鬼龍院ルートはなんだったんだ。あれは壊れた登紀子の見た優しい夢だったんじゃないかと、ネットでは阿鼻叫喚の声が轟いていた。
 お母さんは浮かない顔だ。

「……正直ね、私はあの方にあまり顔を売らないほうがいいと思うのよ。お客様を差別してはいけないとは言うけどね。あの方は後ろ暗い商売をなさっているみたいだから、うちのお客様や他の子たちへの影響が心配だから。でも逆恨みも怖いからねえ……どうする?」

 正直、吉原は痴情のもつれと逆恨みで大勢人が死んだ歴史が存在している。
 お母さんも上客だと素直に喜べない鬼龍院誠一イズなによ。
 私は困り果てる。
 幸哉さんが贈り物をくれたのは、単純に親切だろうけれど、鬼龍院さんはどう考えたって下心全開だから受け取るのは怖いけれど、受け取らないのももっと怖い。
 私は結局は「どちらもいただきますし、お礼状も書きますが、鬼龍院様のものは預かってもらってもよろしいでしょうか?」と箱を開けるのを拒んだ。
 それにはお母さんも「それが妥当ね」とだけ言った。
 仕方なく、私は幸哉さんからの贈り物の桐の箱だけ持って帰った。
 待っていたしおんは、驚いた顔で、私の持ってきたものを見ていた。

「どうしたの? こんなもの……」
「……早乙女様からの贈り物。昨日あまりにも寒々しい格好をしていたから、もうちょっと温かくしなさいって怒られたの」
「まあ」

 それにしおんはくすくすと笑いはじめた。

「なあに?」
「いえ……驚いたの。姉さんたちに贈り物をする人たちって、ものすごく背伸びをして、高級品ばかり贈る中、なんだか所帯じみていると思ってしまってね……でも、贈り物って、着ないと日の目を見ない中、素直に相手の身になる贈り物を与える人って、素敵ね」

 それには少しだけ納得した。
 可愛いから、人気だからと、判を押したようなものをもらっても「無難なものをくれたんだな」としか思えないのは、前世のキャバクラ時代でさんざん思ったことだ。
 そう考えると、幸哉さんはやっぱり優しいんだな。
 そう思って桐の箱を開けると、冬用の長羽織が入っていた。どこかに挨拶に行くような着物用コートの道行と違い、長羽織は本気で普段使い用だ。
 細やかな鹿の子文様が入っていることからして、高級品だろう。手触りもいいし、なによりも温かい。

「素敵……」

 私はそれをぼんやりと見ていたら、しおんは訴えてくる。

「ときをさん、これをきちんと着ていたほうがいいわ」
「そ、そりゃあ、これは冬の間温かくしていてと言われて贈られたものだけれど……」
「相手のことを思ってなかったら、こんなにいいものを渡せないもの。どうせお礼状は出すんでしょうけど、会ったときに着ていたほうがいいでしょう? さすがに座敷に出る際には着ていけないけど、それ以外では着られるんだから」
「……それもそうね」

 早速着ることになった羽織を、私は抱き寄せた。羽織には桐の香りが移っていた。
 いろいろ不安なことは付きまとうけれど、この匂いがそんな怖いものから遠ざけてくれるような気がした。
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