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大晦日になったら神社に行った
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最後のお客さんをお見送りし、皆でぞろぞろと置屋へと帰る。
ようやく今年最後の座敷を終えたので、あとは年越しを待って新年の挨拶回りに出かけたら、芸妓にとって久々の休みにありつける。
最近はとにかくずっとお酌をして作り笑いを続けていたものだから、顔の凝りがひどくなっていた。
「お疲れ様。ようやく休みだね」
「しおんもお疲れ様。なんかずいぶんなお客さんに貼り付かれて大変だったでしょ?」
「お母さんの贔屓客の方みたいだったからね。さんざん泣かれてしまったわ」
しおんはそう言ってにこやかに笑う。
最近はしおんの三味線の腕にしとやかさも合わさって、見習いながらもしおんは上客を掴みつつある。
私はというと、若い男性がやたらめったらと声をかけてくるようになった。若い人の中にはお座敷遊びの作法もなっていない人が多いから、そのたびに姉さんににこやかにストップをかけられて、密かに呼ばれて旅館や料亭の方々に追い出されている。
騒ぎにしたくはないものの、あまりに遊び方の作法がなってない人たちが跋扈すると、他の置屋からも睨まれてしまうために、アカン客は早めに追い返すというのがしきたりとなっていた……余談だけれど、幕末でやたらと京の芸妓から江戸から来た侍が嫌われていたのかは、座敷のマナーを知らないで、芸妓と娼妓を一緒くたにしたトラブルが後を絶たなかったかららしい。吉原は京の島原をモデルにして生まれた花街だし、島原よりも商人文化が広がっているものの、お客さんのマナーに悩むのはどの時代の客商売でも同じらしい。
私たちは置屋に帰ると、めいめい浴衣に着替えて化粧を落としながら話す。
「でも正月の挨拶までは暇でしょう? なら神社にお参りに行かない? 初詣」
「うーん、そうだなあ……でも、しおんは孝雄と行かないの? どうせ男衆も挨拶回りまでは暇しているでしょ」
「えっ……!」
途端にわかりやすいくらいにしおんは顔を赤らめた。かーわいい。
私は一緒に行きたい人なんて、ここにはいないもんなあ。ふたりはデートできる距離感なんだから、一緒に行ったらいいんだよ。
私はそう思いながら化粧がしっかり落ちたのを確認し、保湿用の椿油を顔に伸ばしてからそろそろ布団に戻ろうとしたとき、しおんに浴衣の袖を掴まれた。
「た、孝雄さんとふたりでなんて、行けないから……一緒に行って……お願いよ」
最後のほうは掠れるような声で、思わず噴き出してしまった。
可愛い。この話がヤンデレオンリーな乙女ゲームの世界とは思えないくらいに、いい恋愛をしているしおんを羨ましく思いながら、私は頷いた。
「まあ、今回だけよ」
****
大晦日になり、寺では除夜の鐘が鳴り響く。
その音を耳にしながら、私たちは明かりを頼りに神社へと歩いて行く。雪は降ってはいないけれど、底冷えするような肌寒さだ。
私たちは綿入れに襟巻きをぐるぐる巻きにして歩く。仕込み期間を思えば大分懐に余裕が生まれ、冬でも麻のうっすい着物を着なくて済むようになったとはいえど、それでも着物用コートを買う余裕はなくて、ブルブル震えていた。
「せめてちゃんちゃんこでも着てこればよかったのに」
温かそうなちゃんちゃんこを、普段の長法被の上に羽織っている孝雄に呆れられた顔で言われる。無茶言うなよ。いくらオフとはいえど、この辺りにお参りに来る人なんて皆顔見知りなんだから、顔見知りの前でそんな気の抜けた格好はできないでしょ。寒いけど。
ほとんどの店は正月が明けるまでお休みな中、蕎麦屋と甘酒屋の屋台だけが神社の近くの道沿いに並び、初詣に来た人々が並んで買っていた。
私たちも寒さに耐えきれず、甘酒を買って飲んでから、神社の境内へと進んでいった。
並んでいるのは私たち芸妓だけでなく、孝雄のような男衆に、吉原の中で店を営んでいる店主たち。どこもかしこも年に一度の休みだとばかりに、奉公さんたちや女中さんたちもいるようだった。
ようやく私たちの番になったとき、前で祈願をしていた人に押された。
「ああ、すまんね。お嬢さん」
「い、いえ……! あれ?」
思いっきり人波に流されて、どうにか列に戻ったときには、しおんと孝雄を見失ってしまった。
うーん、あのふたりにはお世話になっているし、今日くらいはふたりっきりにさせてあげたいから、私は適当に祈願を済ませてから、ひとりで帰るか。これだけ人が多かったら、危なくもないしね。
私はそう高を括って手を合わせてから、ひとり置屋に戻ろうと神社を出ようとしたとき。
「ときをさん?」
心臓が跳ねるかと思った。
こんな年越しの時期だというのに、どうしてこの人がいるのか。
長く黒いインパネスコートは、和風な顔立ちの幸哉さんにもひどく似合っていた。
私はどうにか平常心平常心と思いながら、笑顔をつくった。
「早乙女様、ご無沙汰しております。朝が来たら元旦だというのに、どうしてこのような場所で?」
「いえ、元旦だからですよ。明日は朝から一日この辺りに挨拶回りをしますから、宿に泊まっていたんです」
「まあ……お商売の?」
「はい。この辺りの皆さんにはお世話になっておりますから、きちんと挨拶せねばと思っていました」
そういえば幸哉さんの商売の内容は、聞いてないから知らない。吉原をターゲットにしているということは、服飾とかその辺りだろうか……特に一人前になった芸妓はパトロンがいない限りは自腹でなんでもかんでも買わないといけないから、パトロンのいない芸妓は安くても見栄えのする着物を入手するのは必須項目だし。
私がそんなことを思っていると、幸哉さんが辺りを見回した。
「……もしかして、とみをさんはたったひとりで参拝を?」
「ああ、連れがいたんですけどはぐれてしまいまして。でもすぐそこですから、これから真っ直ぐ帰ればすぐ合流できますよ」
「危ないですよ。置屋まで送らせてください」
そうきっぱりとした態度で言われ、私は目を剥きそうになった。
幸哉さんは誠実さを全面に出してくる人だから、こんなに過保護な態度を取ってくるとは思ってもいなかった。
「大袈裟ですよ。そこまでしなくても」
「夜におひとりでときをさんを帰らせるのは、普通に嫌ですよ。女性がひとりで歩くのも、今日は幾許か明るいとはいえ、心許ないですし」
その言葉に、少しだけじんわりと温かいものを感じた。
他の攻略対象だったら、決まって言うのだ。
「あなたは美しいから、放っておいたら大変だ」と。
それは他の人であったら褒め言葉だしときめくポイントなんだろうけれど、登紀子にとってはこれ以上にない地雷ワードだ。
自分は見た目以外にいいところがないのかと。
彼女はたしかに綺麗だけれど、その見た目以外を尊重されたことがない。だから平気で彼女の尊厳は陵辱されるんだ。
その点、幸哉さんは「女性がひとりで歩くのは危ない」と当たり前なことを当たり前に言っているのだ。だからこそ、登紀子も彼の言葉には傷付くことがない。
私はしばらく自分の胸に手を当てて、考えあぐねた。
登紀子、幸哉さんこう言ってくれているけれど、行って大丈夫だと思う? 少なくとも、他の攻略対象よりはましだと思うんだけれど。
私の中の彼女は、力なく微笑んでいた。どうももう少しばかり彼と一緒にいたいらしい。そう決まったら、私は小さく頷いた。
「……わかりました。置屋まででしたら」
「ありがとうございます、ぜひとも送らせてください」
「はい」
こうして私たちは、一緒に帰りはじめた。
幸哉さんは私が着ている着物を見て、不思議な顔をした。
「ときをさん……こんなに寒い中で、綿入れだけなんですか?」
「ええ、恥ずかしい話、まだ見習いですから。でも仕込み中のときよりは、お金に不自由しなくなったし、大分着物もましになったんですよ?」
「それはよろしくない。冬になったら病が流行るでしょう? 体は温かくしたほうがいいですよ。わかりました。今度、いえ。今月中にそちらに着物を送りますから、どうぞ温かくしてください」
「え、ええ? そこまでしていただかなくても結構ですよ……」
「……今は、自分はそこまでしかできませんから。ときをさんには、元気でいて欲しいんです。本当に心の底から」
「……早乙女様」
ときめきたい。本当だったらここで精一杯胸を高鳴らせたいのに、高鳴っているこれは明らかに警鐘だった。
普通はここで好きな人から着物をもらえることで喜べばいいんだけれど、この世界はあくまで『華族ロマネスク』の世界なのだ。
……服をくれるってイベントを、別のキャラでやったことがあるなあと、心臓がまたも痛くなっていた。
ようやく今年最後の座敷を終えたので、あとは年越しを待って新年の挨拶回りに出かけたら、芸妓にとって久々の休みにありつける。
最近はとにかくずっとお酌をして作り笑いを続けていたものだから、顔の凝りがひどくなっていた。
「お疲れ様。ようやく休みだね」
「しおんもお疲れ様。なんかずいぶんなお客さんに貼り付かれて大変だったでしょ?」
「お母さんの贔屓客の方みたいだったからね。さんざん泣かれてしまったわ」
しおんはそう言ってにこやかに笑う。
最近はしおんの三味線の腕にしとやかさも合わさって、見習いながらもしおんは上客を掴みつつある。
私はというと、若い男性がやたらめったらと声をかけてくるようになった。若い人の中にはお座敷遊びの作法もなっていない人が多いから、そのたびに姉さんににこやかにストップをかけられて、密かに呼ばれて旅館や料亭の方々に追い出されている。
騒ぎにしたくはないものの、あまりに遊び方の作法がなってない人たちが跋扈すると、他の置屋からも睨まれてしまうために、アカン客は早めに追い返すというのがしきたりとなっていた……余談だけれど、幕末でやたらと京の芸妓から江戸から来た侍が嫌われていたのかは、座敷のマナーを知らないで、芸妓と娼妓を一緒くたにしたトラブルが後を絶たなかったかららしい。吉原は京の島原をモデルにして生まれた花街だし、島原よりも商人文化が広がっているものの、お客さんのマナーに悩むのはどの時代の客商売でも同じらしい。
私たちは置屋に帰ると、めいめい浴衣に着替えて化粧を落としながら話す。
「でも正月の挨拶までは暇でしょう? なら神社にお参りに行かない? 初詣」
「うーん、そうだなあ……でも、しおんは孝雄と行かないの? どうせ男衆も挨拶回りまでは暇しているでしょ」
「えっ……!」
途端にわかりやすいくらいにしおんは顔を赤らめた。かーわいい。
私は一緒に行きたい人なんて、ここにはいないもんなあ。ふたりはデートできる距離感なんだから、一緒に行ったらいいんだよ。
私はそう思いながら化粧がしっかり落ちたのを確認し、保湿用の椿油を顔に伸ばしてからそろそろ布団に戻ろうとしたとき、しおんに浴衣の袖を掴まれた。
「た、孝雄さんとふたりでなんて、行けないから……一緒に行って……お願いよ」
最後のほうは掠れるような声で、思わず噴き出してしまった。
可愛い。この話がヤンデレオンリーな乙女ゲームの世界とは思えないくらいに、いい恋愛をしているしおんを羨ましく思いながら、私は頷いた。
「まあ、今回だけよ」
****
大晦日になり、寺では除夜の鐘が鳴り響く。
その音を耳にしながら、私たちは明かりを頼りに神社へと歩いて行く。雪は降ってはいないけれど、底冷えするような肌寒さだ。
私たちは綿入れに襟巻きをぐるぐる巻きにして歩く。仕込み期間を思えば大分懐に余裕が生まれ、冬でも麻のうっすい着物を着なくて済むようになったとはいえど、それでも着物用コートを買う余裕はなくて、ブルブル震えていた。
「せめてちゃんちゃんこでも着てこればよかったのに」
温かそうなちゃんちゃんこを、普段の長法被の上に羽織っている孝雄に呆れられた顔で言われる。無茶言うなよ。いくらオフとはいえど、この辺りにお参りに来る人なんて皆顔見知りなんだから、顔見知りの前でそんな気の抜けた格好はできないでしょ。寒いけど。
ほとんどの店は正月が明けるまでお休みな中、蕎麦屋と甘酒屋の屋台だけが神社の近くの道沿いに並び、初詣に来た人々が並んで買っていた。
私たちも寒さに耐えきれず、甘酒を買って飲んでから、神社の境内へと進んでいった。
並んでいるのは私たち芸妓だけでなく、孝雄のような男衆に、吉原の中で店を営んでいる店主たち。どこもかしこも年に一度の休みだとばかりに、奉公さんたちや女中さんたちもいるようだった。
ようやく私たちの番になったとき、前で祈願をしていた人に押された。
「ああ、すまんね。お嬢さん」
「い、いえ……! あれ?」
思いっきり人波に流されて、どうにか列に戻ったときには、しおんと孝雄を見失ってしまった。
うーん、あのふたりにはお世話になっているし、今日くらいはふたりっきりにさせてあげたいから、私は適当に祈願を済ませてから、ひとりで帰るか。これだけ人が多かったら、危なくもないしね。
私はそう高を括って手を合わせてから、ひとり置屋に戻ろうと神社を出ようとしたとき。
「ときをさん?」
心臓が跳ねるかと思った。
こんな年越しの時期だというのに、どうしてこの人がいるのか。
長く黒いインパネスコートは、和風な顔立ちの幸哉さんにもひどく似合っていた。
私はどうにか平常心平常心と思いながら、笑顔をつくった。
「早乙女様、ご無沙汰しております。朝が来たら元旦だというのに、どうしてこのような場所で?」
「いえ、元旦だからですよ。明日は朝から一日この辺りに挨拶回りをしますから、宿に泊まっていたんです」
「まあ……お商売の?」
「はい。この辺りの皆さんにはお世話になっておりますから、きちんと挨拶せねばと思っていました」
そういえば幸哉さんの商売の内容は、聞いてないから知らない。吉原をターゲットにしているということは、服飾とかその辺りだろうか……特に一人前になった芸妓はパトロンがいない限りは自腹でなんでもかんでも買わないといけないから、パトロンのいない芸妓は安くても見栄えのする着物を入手するのは必須項目だし。
私がそんなことを思っていると、幸哉さんが辺りを見回した。
「……もしかして、とみをさんはたったひとりで参拝を?」
「ああ、連れがいたんですけどはぐれてしまいまして。でもすぐそこですから、これから真っ直ぐ帰ればすぐ合流できますよ」
「危ないですよ。置屋まで送らせてください」
そうきっぱりとした態度で言われ、私は目を剥きそうになった。
幸哉さんは誠実さを全面に出してくる人だから、こんなに過保護な態度を取ってくるとは思ってもいなかった。
「大袈裟ですよ。そこまでしなくても」
「夜におひとりでときをさんを帰らせるのは、普通に嫌ですよ。女性がひとりで歩くのも、今日は幾許か明るいとはいえ、心許ないですし」
その言葉に、少しだけじんわりと温かいものを感じた。
他の攻略対象だったら、決まって言うのだ。
「あなたは美しいから、放っておいたら大変だ」と。
それは他の人であったら褒め言葉だしときめくポイントなんだろうけれど、登紀子にとってはこれ以上にない地雷ワードだ。
自分は見た目以外にいいところがないのかと。
彼女はたしかに綺麗だけれど、その見た目以外を尊重されたことがない。だから平気で彼女の尊厳は陵辱されるんだ。
その点、幸哉さんは「女性がひとりで歩くのは危ない」と当たり前なことを当たり前に言っているのだ。だからこそ、登紀子も彼の言葉には傷付くことがない。
私はしばらく自分の胸に手を当てて、考えあぐねた。
登紀子、幸哉さんこう言ってくれているけれど、行って大丈夫だと思う? 少なくとも、他の攻略対象よりはましだと思うんだけれど。
私の中の彼女は、力なく微笑んでいた。どうももう少しばかり彼と一緒にいたいらしい。そう決まったら、私は小さく頷いた。
「……わかりました。置屋まででしたら」
「ありがとうございます、ぜひとも送らせてください」
「はい」
こうして私たちは、一緒に帰りはじめた。
幸哉さんは私が着ている着物を見て、不思議な顔をした。
「ときをさん……こんなに寒い中で、綿入れだけなんですか?」
「ええ、恥ずかしい話、まだ見習いですから。でも仕込み中のときよりは、お金に不自由しなくなったし、大分着物もましになったんですよ?」
「それはよろしくない。冬になったら病が流行るでしょう? 体は温かくしたほうがいいですよ。わかりました。今度、いえ。今月中にそちらに着物を送りますから、どうぞ温かくしてください」
「え、ええ? そこまでしていただかなくても結構ですよ……」
「……今は、自分はそこまでしかできませんから。ときをさんには、元気でいて欲しいんです。本当に心の底から」
「……早乙女様」
ときめきたい。本当だったらここで精一杯胸を高鳴らせたいのに、高鳴っているこれは明らかに警鐘だった。
普通はここで好きな人から着物をもらえることで喜べばいいんだけれど、この世界はあくまで『華族ロマネスク』の世界なのだ。
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