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次の日。私は昼休みにドキドキしながら図書館に向かった。
もしかしたら困らせてしまったかもしれない。もしかしたら嫌がられてそのまま音信不通になってしまうかも。でも、もしかしたら友達になれるかもしれない。
余計なことをしたかもしれない、踏み込み過ぎたかもしれない。しれない。しれない。
期待と不安がない交ぜになりながら、私はいつものように本棚を探したものの、いつも読んでいるファンタジー小説がないことに気付き、血の気が引いた。
あれ、まさか……誰かに借りられてる? 今までこの本に挟んでやり取りをしていたから、今まで誰にも借りられたことがなかったのに。あれ。
あのルーズリーフの中身を見られたらどうしよう。あれを勝手にどこかに貼り出されたらどうしよう。私nお腹の中はぐるんぐるんと不安で吐き気を催して、痛みを執拗に与えてくる。
私が本棚の前で立ち尽くしていたところで。
「あれ……田無さん?」
聞き覚えのある声がかけられ、私は反射的にピシャンッと背中を伸ばした。
「み、水無月さん……」
「あれ、本探してた? ごめん。ちょっと借りてたんだ」
「そ、そうなんだ……あれ、その本」
私がいつもルーズリーフを挟んで文通をしていたファンタジー小説は、ちょうど水無月さんが持っていた。それを彼女は大事そうに本棚に立てかけた。私は慌てて声をかけた。
「その本、好きなの?」
「うーん……どうだろ。嫌いではないかな。この話、全然明るくも優しくもないけど、ここじゃないどこかにつれてってくれる部分だけは憧れるかも」
「少しだけ、意外……」
「うん? あたしが本を読むこと?」
「そ、そうじゃなくって……本の感想って、好きか嫌いか、面白いか面白くないか以外だったら、語彙をたくさん使わないと語れないから……水無月さん、私よりもよっぽど語彙力豊富だと、すごいと思ったんだ……」
私は家に帰ったら現実が待っているからと、それを先延ばしにするために読書をして痛み止めにしている。私は文通の中で、少しばかり彼女の家の事情を知っているけれど。それでも彼女は馬鹿なフリをしたり、語彙力豊富に本の内容を語ったり、なんだかすごいなと思ってしまったんだ。
それに対して、水無月さんは怒る訳でも呆れる訳でもなく、ただ「ふーん」と言った。
「あたしからしてみれば、田無さんの方がよっぽどすごいと思うけど」
「え……私のすごいところなんて、どこにも……」
「だってさあ、田無さん。なんか家の事情、あたしのほうにも流れてきてたけどさ」
それに私はギクリとした。うちのお兄ちゃんが死んだこと、水無月さんも知っているんだ。でも水無月さんは淡々と続ける。それに私は内心「あれ?」と思った。
彼女は私に対して、腫れ物に障るような言動を一切取らないのだ。
「田無さん、普通から外れようとしないじゃん。あれって、地味にすごいことだと思うよ」
「……私はただ、それどころじゃなくって。うちの家、ぐちゃぐちゃだから、かまっている余裕がないというか……言い訳するのも面倒っていうか……」
「そうそれ。すごいよ。すごい。あたしの場合はさ、兄貴がやらかしたせいで、連帯責任みたいにすっかりとあたしが人殺しみたいなレッテル貼られてるもん。そりゃね、兄貴は乱暴者だよ。頭もあんまりよくないし、こっちが喧嘩で兄貴が知らないようなこと言ったらすぐ拳骨飛んでくるからね。とんだ横暴だよ」
「それは……」
「でもさ、兄貴は偉いよ。中卒だけどちゃんと仕事持ってたしね。でも運が悪かった。友達庇って殴りに行ってさ、それで院に入れられちゃってさあ」
私だと彼女の見てきたものは、それはそれは信じられないものだった。でも水無月さんはしゃんと背筋を伸ばしている。
「あの……教室に入るのは……」
「なんかねえ、先生が教室に入れてくんないの。他の子の迷惑になるからってさ。あたし、別に人殺してないのにね。なんかそんな扱いだからさ、友達とも縁切れたっつうかね、SNSとかアプリとか、軒並みブロックされちゃったからさ。犯罪者としゃべったら犯罪者が移るって奴? ばっかみたい」
「……それは、そうだよ、ね」
「あたしもさあ……なんとか自分なりに気丈に振る舞ってるつもりだったのにさ、傘貸してもらったことで、なんだか嬉しくなっちゃってさ。それで友達になりたいって思ったんだ。ねえ田無さん」
水無月さんはそれはそれは綺麗な目をしていた。
彼女は強い。お兄さんがやったことなんて、彼女からしてみれば降って湧いた災難なのに、悲観的にならない。悲観的になったら誰からも馬鹿にされているって被害妄想に陥るのに、彼女はそうじゃない。
だから目が澄んでいるんだ。
「友達にならない?」
私は、そんな彼女にふさわしい人間なんだろうか。
「わ、私で……よかったら」
彼女が思っているほど、私は上等な人間ではないけれど。
もしかしたら困らせてしまったかもしれない。もしかしたら嫌がられてそのまま音信不通になってしまうかも。でも、もしかしたら友達になれるかもしれない。
余計なことをしたかもしれない、踏み込み過ぎたかもしれない。しれない。しれない。
期待と不安がない交ぜになりながら、私はいつものように本棚を探したものの、いつも読んでいるファンタジー小説がないことに気付き、血の気が引いた。
あれ、まさか……誰かに借りられてる? 今までこの本に挟んでやり取りをしていたから、今まで誰にも借りられたことがなかったのに。あれ。
あのルーズリーフの中身を見られたらどうしよう。あれを勝手にどこかに貼り出されたらどうしよう。私nお腹の中はぐるんぐるんと不安で吐き気を催して、痛みを執拗に与えてくる。
私が本棚の前で立ち尽くしていたところで。
「あれ……田無さん?」
聞き覚えのある声がかけられ、私は反射的にピシャンッと背中を伸ばした。
「み、水無月さん……」
「あれ、本探してた? ごめん。ちょっと借りてたんだ」
「そ、そうなんだ……あれ、その本」
私がいつもルーズリーフを挟んで文通をしていたファンタジー小説は、ちょうど水無月さんが持っていた。それを彼女は大事そうに本棚に立てかけた。私は慌てて声をかけた。
「その本、好きなの?」
「うーん……どうだろ。嫌いではないかな。この話、全然明るくも優しくもないけど、ここじゃないどこかにつれてってくれる部分だけは憧れるかも」
「少しだけ、意外……」
「うん? あたしが本を読むこと?」
「そ、そうじゃなくって……本の感想って、好きか嫌いか、面白いか面白くないか以外だったら、語彙をたくさん使わないと語れないから……水無月さん、私よりもよっぽど語彙力豊富だと、すごいと思ったんだ……」
私は家に帰ったら現実が待っているからと、それを先延ばしにするために読書をして痛み止めにしている。私は文通の中で、少しばかり彼女の家の事情を知っているけれど。それでも彼女は馬鹿なフリをしたり、語彙力豊富に本の内容を語ったり、なんだかすごいなと思ってしまったんだ。
それに対して、水無月さんは怒る訳でも呆れる訳でもなく、ただ「ふーん」と言った。
「あたしからしてみれば、田無さんの方がよっぽどすごいと思うけど」
「え……私のすごいところなんて、どこにも……」
「だってさあ、田無さん。なんか家の事情、あたしのほうにも流れてきてたけどさ」
それに私はギクリとした。うちのお兄ちゃんが死んだこと、水無月さんも知っているんだ。でも水無月さんは淡々と続ける。それに私は内心「あれ?」と思った。
彼女は私に対して、腫れ物に障るような言動を一切取らないのだ。
「田無さん、普通から外れようとしないじゃん。あれって、地味にすごいことだと思うよ」
「……私はただ、それどころじゃなくって。うちの家、ぐちゃぐちゃだから、かまっている余裕がないというか……言い訳するのも面倒っていうか……」
「そうそれ。すごいよ。すごい。あたしの場合はさ、兄貴がやらかしたせいで、連帯責任みたいにすっかりとあたしが人殺しみたいなレッテル貼られてるもん。そりゃね、兄貴は乱暴者だよ。頭もあんまりよくないし、こっちが喧嘩で兄貴が知らないようなこと言ったらすぐ拳骨飛んでくるからね。とんだ横暴だよ」
「それは……」
「でもさ、兄貴は偉いよ。中卒だけどちゃんと仕事持ってたしね。でも運が悪かった。友達庇って殴りに行ってさ、それで院に入れられちゃってさあ」
私だと彼女の見てきたものは、それはそれは信じられないものだった。でも水無月さんはしゃんと背筋を伸ばしている。
「あの……教室に入るのは……」
「なんかねえ、先生が教室に入れてくんないの。他の子の迷惑になるからってさ。あたし、別に人殺してないのにね。なんかそんな扱いだからさ、友達とも縁切れたっつうかね、SNSとかアプリとか、軒並みブロックされちゃったからさ。犯罪者としゃべったら犯罪者が移るって奴? ばっかみたい」
「……それは、そうだよ、ね」
「あたしもさあ……なんとか自分なりに気丈に振る舞ってるつもりだったのにさ、傘貸してもらったことで、なんだか嬉しくなっちゃってさ。それで友達になりたいって思ったんだ。ねえ田無さん」
水無月さんはそれはそれは綺麗な目をしていた。
彼女は強い。お兄さんがやったことなんて、彼女からしてみれば降って湧いた災難なのに、悲観的にならない。悲観的になったら誰からも馬鹿にされているって被害妄想に陥るのに、彼女はそうじゃない。
だから目が澄んでいるんだ。
「友達にならない?」
私は、そんな彼女にふさわしい人間なんだろうか。
「わ、私で……よかったら」
彼女が思っているほど、私は上等な人間ではないけれど。
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