感情ジェネリック

石田空

文字の大きさ
8 / 10

しおりを挟む
 それから私と水無月さんは一緒に過ごすことが増えた。
 保健室に連れて行かれた私は、保健室でカーテンの敷居の中で、ふたりでご飯を食べることが増えた。
 水無月さんはいつも菓子パンを持ってきていた。対して私は昨日の残り物とご飯を詰めたお弁当で、それがいいのかどうかがわからなかった。
 その日の水無月さんは焼きそばパンとペットボトルのお茶を飲み、その横で私は特売品の野菜と肉を焼き肉のタレで炒めたなにかを食べながら話をしていた。
 保健室登校で学校の話題が特にない水無月さんと、家とスーパーと学校以外の話題がなにひとつない私だったけれど、不思議と互いに話が尽きることがなかった。
 多分、相性がよかったんだろう。あとふたりとも、やらかした兄のいる妹って共通項もあったから、専ら最近は互いの兄について話をしていた。

「ふーん、田無さん。兄貴嫌いだったんだ?」
「嫌いって程でもないけどね。ただ、私からしてみればどう扱えばいい年上って感じで。だから周りから自殺したからって腫れ物扱いされても、本当に困るんだよ。それより、うちの家がガタガタなことのほうが問題だしさ」
「なるほどね。たしかに」
「そういう田無さんは? お兄さんのこと結構好きだよね?」
「まあね。頭悪い人だし、すぐ手が出るし、あたしも何度も蹴られたり殴られたりしたけどね。でも嫌いじゃないよ」

 多分私たちの会話は、私たちのことを知らない人から見れば、問題のある会話にしか聞こえないだろう。だからふたり揃って貝のように必死で口を噤んでいたんだから。
 でも普通からずれてしまった今となっては、普通じゃないことってゴロゴロ転がっているってわかる。だからこそ、互いの兄に対する感想が真逆でも「まあ、そんなこともあるよね」で済ませられるところがあったんだ。
 そうこう言っている間に、予備鈴が鳴った。そろそろ教室に戻らないと授業に遅れちゃう。

「それじゃあ、また来るね」
「おう、また明日」
「うん」

 話ができる。話を聞いてもらえる。それだけで互いに救われることだってある。
 これがスクールカウンセラーだったら、ただ話を聞いてもらうだけで、会話のキャッチボールができない、友達との会話だったら、話題が次々と変わってしまうから、自分の気持ちや思いもいともたやすく消費されてしまうとなったら、一対一で話ができるっていうのは、それだけで貴重だったんだ。
 私は廊下を通る生ぬるい風が吹くのに気付いた。
 気付けば、季節がそろそろ夏に向かって動き出していた。

****

 私がトイレにいるとき、洗面所で誰かがしゃべっているのが聞こえた。
 女子は男子に聞かれたくない話題はだいたいここでするから、気まずいからしばらく出られないなあと思っていたら。

「最近智佐付き合い悪いね」

 友達が話していたことに、少し驚く。

「あの子と最近一緒にいるって聞いてるけど。ほら水無月さん」
「あの変わり者ねえ……ずっと一緒にいるから、ずっかりレズって噂流れてるけど」

 なんだそりゃ。女子はすぐに誰かと誰かが一緒にいるだけで付き合ってるって話をするからなあ。私はそれにイラッとし、ここで飛び出そうかと考えていたら、話が続いた。

「でもねえ、あの子の兄貴も人殺しだしさ、それに対して水無月さんも抵抗ないじゃん」
「水無月さんの友達だった子も、あの子もいずれ人を殺すとか言ってるしねえ」
「これ放っておいて大丈夫? 智佐、うちらが目を離した隙に殺されてない?」

 なんでだよ。私はだんだんと腹が立ってきた。
 水無月さんはすごくいろんなことを考えた上でしゃべっている子だ。彼女が彼女の地頭そのものでしゃべれない環境だったから馬鹿っぽい言動取っているだけで、よくも悪くもお兄さんが塀の中に入ったおかげでやっと解放されたのに。
 周りが勝手にラベルを貼るのか。私は思いっきりノズルを強く押したら、途端に友達は「ああ、人がいた!」と慌ててトイレから逃げていってしまった。
 逃げるくらいだったら、そんな話しなきゃよかったのに。

「なんでそうなるの……」

 人殺しの家族も、人殺しじゃないといけないのか。
 自殺者が出た家は、いつまでも背中を丸めて怖じ気づきながら生活しないといけないのか。兄の死を一生悼んでろっていうのか。
 それがエンタメなのだとしたら、いい加減にしてほしい。

「私は……感動ポルノじゃない」

 人に憐憫をかけられて、それでずっと怖じ気づくなんてまっぴらごめんだ。
 そもそもうちの家の環境を、誰も助けてくれないことのほうが問題なのに。私は思いっきり蛇口を捻り、ジャブジャブと手を洗いはじめた。手をジャブジャブ洗ったところで、私の気が治まる訳ではないけれど。なにもしないでひとりで背中を丸めているよりは、よっぽどマシだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。 保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。 「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...