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私が教室に戻ると、友達に「ねえ」と声をかけられた。
「最近保健室によく通っているみたいだけど」
「うん。友達がいるから」
「そのさあ、最近智佐が仲良くしてる子さあ……ヤバイ子だよ? 前にも言ったじゃん。お兄さんが人殺しだって」
「それがなに。別に水無月さんは人殺してないじゃない」
「わかんないよ? だって、家族が人殺しになったんだよ? なのに自分は関係ないって言えるの?」
「……あのねえ」
私は苛立って机をバンッと叩いた。
途端に他でしゃべっていた子たちが振り返る。私はそれを無視してがなり立てた。
「あのさあ、身内が人を殺したから人殺し扱い? 家族と四六時中一緒にいる訳でもないにの、ずっと世間様に頭下げてごめんなさいって言い続けないといけない訳? そんなのおかしいでしょ」
「で、でもさ……智佐。ならどうして保健室登校してるの……後ろめたいことがあるからじゃないの?」
「教室入りたくっても迷惑かけるから入れないだけなのに、どうして水無月さんが後ろめたいみたいな話になるの。勝手に決めつけるなよ」
私がだんだん声を荒げている中、「……なによ」と友達のひとりが声を上げた。
「自分だって兄が死にましたって被害者ぶってたのに、加害者の家族は庇うの? 自分はそれで忌引きとか使えてたのに!?」
「はあ!? 人ひとり死んだら無茶苦茶いろいろ面倒臭いんだよ! そもそも、私お兄ちゃんとほぼしゃべってなかったのに、勝手に周りから不憫がられるし、家族は意気消沈して家事が回らなくなるし、お兄ちゃんのアパートまで出かけていってずっと遺品整理で休みの日を潰してるのに、それのどこが被害妄想で得してんだよ。全然得なんかしてないわ!」
周りはポカンと口を開いてこちらを見ている。一部の子はびっくりしたらしく、先生を呼びに職員室に行ってしまった。
私はただ、演説していた。友達はもう私がおかしくなって意味不明なこと捲し立てているようにしか思えなかっただろうが、こちらも言わずにはいられなかった。
私を勝手に可哀想がるのだったら、被害は私だけだからまだいい。
勝手に私を可哀想扱いした挙げ句に、勝手になにもしてない水無月さんを加害者扱いはどうかしているって訴えたいだけだ。
「お兄ちゃんが勝手になんかしたからって、どうして妹にまで影響被らなきゃいけないの! 私たちの気持ちを勝手に決めつけるな! 私たちはただ、被害者の妹と、花街差の妹だった、それだけだ! 当事者以外の人が、勝手に人の気持ちを決めつけるのはやめろよ!」
一気に捲し立てたところで「なにやってるんだ!」と先生が駆け込んできた。
私たちが怒鳴り合いしているから、クラスの子が呼んできたんだ。私たちはそのまま、空き教室に連れられていった。空き教室が開けっぱなしになっているのは、生徒指導室に連れ込んだらそのまんま萎縮してしゃべらなくなるおそれがあるからだろうけれど、先生が「なにがあったんだ?」「なんで喧嘩したんだ?」と言っても、私たちは誰ひとりとして口を開かなかった。
途中で学年主任や風紀委員の先生までやってきて、私たちに代わる代わる話を聞き出そうとしたものの、結局誰も口を開くことなく、時間だけが過ぎていった。
とうとう、私たちは親を呼び出されて、それで一緒に帰ることにした。少しだけ驚いたのは、あれだけ意気消沈としていたお母さんが、少し小綺麗なアンサンブルを着て、学校までやってきたことだった。
「すみません……」
「いえ。多感な頃ですから」
先生がまた適当なことを言っている。私はムカついたまま、黙ってお母さんと一緒に登下校路を歩いて行く。
「……智佐、学校から呼び出しなんて、初めてじゃない」
「……そうだね」
「先生たちはなにも聞き出せなかったって言ってたけど」
「別に。友達が私の別の友達の悪口ばっかり言うから、私がキレて怒鳴ったら、びっくりしたクラスの子が先生呼びに行っちゃったんだよ。勝手に話を大事にされちゃったの」
「そう……」
「……その子もお兄ちゃんにいろいろあったって言ってたから、一緒に愚痴言い合っていただけ」
「そう……よかった」
なにがよかったんだろうなと、本当に久々にまともに会話をしたお母さんを横目で見ながら歩く。お母さんは、久々に綺麗に髪を整え、化粧をしていた。最近は本当に塞ぎ気味だったから、日の下でお母さんを見るのは本当に久し振りだったんだ。
「……お兄ちゃんのことばっかり言っていたから、それで智佐が拗ねたのだとばかり」
「……私、お兄ちゃんのことあんまり好きじゃない。今もそこまで好きじゃないけど。だけどブラック企業に酷使されたのだけは、可哀想だったなって思ってる」
もし、お兄ちゃんを一緒に住んでいるだけの誰かと思わず、少しは話をして、可愛い妹をしていれば、もうちょっとだけお兄ちゃんは生きていたんだろうか。私はお兄ちゃんの思い出、本当になさ過ぎてなにが好きでなにが嫌いかすら記憶にないんだ。
お母さんとは久々にこうして話ができたのに。
私たちは胸の痛さを抱えたまま、こうして家路に着くことにしたんだ。今日はお母さんが久々に元気になったから、お母さんの好きな町中華をつくろう。
麻婆豆腐と中華風野菜炒めと中華風スープ。全部中華風だけれど、気にしない。
「最近保健室によく通っているみたいだけど」
「うん。友達がいるから」
「そのさあ、最近智佐が仲良くしてる子さあ……ヤバイ子だよ? 前にも言ったじゃん。お兄さんが人殺しだって」
「それがなに。別に水無月さんは人殺してないじゃない」
「わかんないよ? だって、家族が人殺しになったんだよ? なのに自分は関係ないって言えるの?」
「……あのねえ」
私は苛立って机をバンッと叩いた。
途端に他でしゃべっていた子たちが振り返る。私はそれを無視してがなり立てた。
「あのさあ、身内が人を殺したから人殺し扱い? 家族と四六時中一緒にいる訳でもないにの、ずっと世間様に頭下げてごめんなさいって言い続けないといけない訳? そんなのおかしいでしょ」
「で、でもさ……智佐。ならどうして保健室登校してるの……後ろめたいことがあるからじゃないの?」
「教室入りたくっても迷惑かけるから入れないだけなのに、どうして水無月さんが後ろめたいみたいな話になるの。勝手に決めつけるなよ」
私がだんだん声を荒げている中、「……なによ」と友達のひとりが声を上げた。
「自分だって兄が死にましたって被害者ぶってたのに、加害者の家族は庇うの? 自分はそれで忌引きとか使えてたのに!?」
「はあ!? 人ひとり死んだら無茶苦茶いろいろ面倒臭いんだよ! そもそも、私お兄ちゃんとほぼしゃべってなかったのに、勝手に周りから不憫がられるし、家族は意気消沈して家事が回らなくなるし、お兄ちゃんのアパートまで出かけていってずっと遺品整理で休みの日を潰してるのに、それのどこが被害妄想で得してんだよ。全然得なんかしてないわ!」
周りはポカンと口を開いてこちらを見ている。一部の子はびっくりしたらしく、先生を呼びに職員室に行ってしまった。
私はただ、演説していた。友達はもう私がおかしくなって意味不明なこと捲し立てているようにしか思えなかっただろうが、こちらも言わずにはいられなかった。
私を勝手に可哀想がるのだったら、被害は私だけだからまだいい。
勝手に私を可哀想扱いした挙げ句に、勝手になにもしてない水無月さんを加害者扱いはどうかしているって訴えたいだけだ。
「お兄ちゃんが勝手になんかしたからって、どうして妹にまで影響被らなきゃいけないの! 私たちの気持ちを勝手に決めつけるな! 私たちはただ、被害者の妹と、花街差の妹だった、それだけだ! 当事者以外の人が、勝手に人の気持ちを決めつけるのはやめろよ!」
一気に捲し立てたところで「なにやってるんだ!」と先生が駆け込んできた。
私たちが怒鳴り合いしているから、クラスの子が呼んできたんだ。私たちはそのまま、空き教室に連れられていった。空き教室が開けっぱなしになっているのは、生徒指導室に連れ込んだらそのまんま萎縮してしゃべらなくなるおそれがあるからだろうけれど、先生が「なにがあったんだ?」「なんで喧嘩したんだ?」と言っても、私たちは誰ひとりとして口を開かなかった。
途中で学年主任や風紀委員の先生までやってきて、私たちに代わる代わる話を聞き出そうとしたものの、結局誰も口を開くことなく、時間だけが過ぎていった。
とうとう、私たちは親を呼び出されて、それで一緒に帰ることにした。少しだけ驚いたのは、あれだけ意気消沈としていたお母さんが、少し小綺麗なアンサンブルを着て、学校までやってきたことだった。
「すみません……」
「いえ。多感な頃ですから」
先生がまた適当なことを言っている。私はムカついたまま、黙ってお母さんと一緒に登下校路を歩いて行く。
「……智佐、学校から呼び出しなんて、初めてじゃない」
「……そうだね」
「先生たちはなにも聞き出せなかったって言ってたけど」
「別に。友達が私の別の友達の悪口ばっかり言うから、私がキレて怒鳴ったら、びっくりしたクラスの子が先生呼びに行っちゃったんだよ。勝手に話を大事にされちゃったの」
「そう……」
「……その子もお兄ちゃんにいろいろあったって言ってたから、一緒に愚痴言い合っていただけ」
「そう……よかった」
なにがよかったんだろうなと、本当に久々にまともに会話をしたお母さんを横目で見ながら歩く。お母さんは、久々に綺麗に髪を整え、化粧をしていた。最近は本当に塞ぎ気味だったから、日の下でお母さんを見るのは本当に久し振りだったんだ。
「……お兄ちゃんのことばっかり言っていたから、それで智佐が拗ねたのだとばかり」
「……私、お兄ちゃんのことあんまり好きじゃない。今もそこまで好きじゃないけど。だけどブラック企業に酷使されたのだけは、可哀想だったなって思ってる」
もし、お兄ちゃんを一緒に住んでいるだけの誰かと思わず、少しは話をして、可愛い妹をしていれば、もうちょっとだけお兄ちゃんは生きていたんだろうか。私はお兄ちゃんの思い出、本当になさ過ぎてなにが好きでなにが嫌いかすら記憶にないんだ。
お母さんとは久々にこうして話ができたのに。
私たちは胸の痛さを抱えたまま、こうして家路に着くことにしたんだ。今日はお母さんが久々に元気になったから、お母さんの好きな町中華をつくろう。
麻婆豆腐と中華風野菜炒めと中華風スープ。全部中華風だけれど、気にしない。
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