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スコーンをひと口頬張る
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給料が今月も振り込まれたのを確認し、私は「ほお」と息を吐いた。
最近は花冷えも少し治まったし、桜は寒くて見てられなかったけれど、牡丹桜くらいだったら見ながらベンチでご飯もいいかもしれない。
最近は魔法少女活動とカフェイン抜き活動のおかげで、少しだけ胃の調子も戻りつつある。そんなこんなで久々にデパ地下グルメを堪能しようと、久々の定時上がりでデパートに入ったところで。
「……イギリスフェア?」
イギリスのグルメやグッズフェアというもののチラシが目に飛び込んできた。うちは新聞を取ってないし、情報検索はもっぱらスマホだけれど、セキュリティーの問題であんまりいろいろインストールしてなかったから、会社帰りに立ち寄るデパートのフェアすらまともに知らなかった。
とりあえずエスカレーターで催し物会場に出かけると、プンといい匂いが立ちこめてきた。
「わあ……」
イギリスの料理はまずいともっぱらの評判ではあるけれど、現地に行った人たちからは「おいしかった」と「まずかった」の二分割の意見でいまいち実情がわからない。ちなみに語学留学で行ったことのある同僚曰く「素材の味を生かしている郊外の料理はおいしいんだけどね……」と言葉を濁していた。本当に場所によるらしい。
ちなみに「紅茶に合うものはだいたいおいしい」「朝ご飯は割とマシ」という意見が多く、お茶菓子は評判みたいだった。それでも「口がパサパサになるから、本当に物による」とも教えてもらった。複雑なんだな。
私はなにげなく立ち寄ってみた。
イギリス式ティータイムセットは軒並み人が並んでいる。ジャムやレモンカードを売ってくれるみたい。あとキュウリのサンドイッチ。不思議なことに、イギリス式お茶会用のキュウリのサンドイッチは驚くほどおいしい。キュウリのピクルスをバターと一緒にパンで挟んだだけなのに、どうしてこうもおいしくなるのか、レシピを見様見真似でつくってみてもいまいちよくわからない。
ショートブレッドに、ビスケット。それにスコーン。お茶会用のお菓子はどれも盛況だ。私もなにか食べようかなあと、どの列に並ぶかを考えていたら。
「ナナ様!」
「はい? ちょっと、リリパス」
「ナナ様、大変です! 闇妖精が!」
「ええ……またぁ」
これだったら戻ってくる前には売り切れになってそうだなあと、少しだけがっかりする。実際に閉店間際なせいで、お茶会セットは半分は品切れなのだから、残りが食べられたら御の字だろう。
私ががっかりしていたら、リリパスは言う。
「それではこの建物の屋上に行きましょう!」
「待って」
「ミュミュウ?」
「待って、ここの屋上に闇妖精が出たの?」
「はい、魔法少女の出番です!」
やめて、デパートの、しかも逃げ場のない場所で暴れたら、大変なことになってしまう。
今まではなんだかんだ言って死傷者が出なかったんだから、ここでだって出す訳にはいかない。私は「カレイドスコープ、オープン!」と叫んで、急いで走りはじめた。
魔法少女になるととことん体が軽い。非常階段を走っていてもアラサーの体は悲鳴を上げることなく、心臓を痛めることなく駆け上がり、屋上へと向かった。
****
屋上は突然現れた怪物のせいで、泣きそうな声で避難誘導している店員さん、なんとか押し合いへし合い非常階段から逃げ降りようとしているお客さんで混雑していた。
「すみません、どいてください。どいてください。どいてくださいーっっ!」
私は必死で掻き分け掻き分け、屋上のど真ん中に躍り出た。
最近できた屋上の花見用ガーデン。夏になったらビアガーデンが設置されるそこは、今はどうやって持ち込んだのか桜の木を持ち込んできて、少し季節の遅れた夕桜を楽しませてくれていた。
そしてその花びらの舞う中暴れている闇妖精。前もキメラのようになっていたと思ったけど、今回も巨大な体を震わせて、体をうねうねうねされて暴れていた。
「ねえ、これいったいなんの闇妖精!? キメラに見えるけど!」
「ミュミュウ……これはミミズと蝉の特性を混ぜているのかと!」
「蝉は季節外れじゃないかな!? まだ夏じゃないですけど!」
「ミュミュウ……」
うねうねしている闇妖精は、こちらを見た途端に、いきなり大きな羽を羽ばたかせてきた……途端に、「ジリリリリリリリリリリリリリリ」と大きな音を立ててくる。蝉、蝉の特性があるって言ってたけど、この羽音のことか! このけたたましさは、たしかに蝉だけれど。大きさが変わるとこれだけうるさいものなの!? 鼓膜がやぶれるんじゃないかというくらいに、その音は大きい。でも耳を塞いでいたら、カレイドタクトを振るうこともできない。
「これ、ものすっごくうるさいけど! 近付かないと闇オーラも吸収できないよね!?」
「ミュミュウ……困りましたぁ」
「こらあ、リリパスっ!」
リリパスも闇妖精の羽音には参ったらしく、耳を折り曲げてしまって、まともに考えることができなくなってしまっている。でもそれはこっちもだよ。
どうする。どうする。私はおろおろしながら屋上を見渡す。
普段は出ているだろう屋上のちょっとした遊具コーナーも今は皆逃げてしまって誰もいない。あとは桜の樹に、ソフトクリームのスタンドくらいか……。
今は闇オーラが足りないせいで、タクトの中のオーラを遠くから放出させて攻撃することもできない。だとしたら、なんとかして耳を塞いで殴りかかるしかない。
私はどうにかスカートからなにか出てこないかとガサガサ探す。
「ナナ様?」
「……耳栓、ない?」
「ミュミュウ……」
「耳栓があったら、そのまま殴りに行くけど」
「前から思ってましたけど、ナナ様って割と武闘派ですね?」
「こちとら田舎生まれの田舎育ちですぅ、戦わないといけないときは戦わないとやってられなかったんですぅ」
田舎は一度上下関係が決まったら卒業するまでがっつり固定されてしまう。舐められてはいけないと、やられたら即やり返さないとあとあと大変なことになるんだ。
それはさておいて。私はなんとかスカートの中から元のアラサー社会人の持っていたスマホ会社のティッシュを見つけると、それを丸めて耳に突っ込んだ。
「よっし、やるぞぉ」
「が、頑張ってくださいませ!」
「うんっ!」
私はそのまま大きく跳躍した。
多分魔法少女も、もっと賢かったりもっと魔法にバリエーションがあったりしたら、華麗に可憐に活躍できたんだろうなあとは思うけれど。
遅れてやってきた魔法少女には、少々そんな戦い方は荷が重い。昔取った杵柄な喧嘩殺法で勘弁してほしい。一気に殴りかかると、カレイドタクトを脳天に突きつけて、闇オーラを吸収しはじめた。
「私は、スコーンが食べたいんだぁぁぁぁぁぁ!」
「ミュ、ミュウ……」
リリパスの呆れた声が響いた。
****
私が急いで降りていった先では、店員さんたちが困惑した顔で上を見ていた。今回は変身を解くか解くまいか迷った末「紅茶が飲みたい」「カフェインと一緒にスコーンが食べたい」という己の欲求に従い、変身したままだった。
「あの、まだスコーンセット食べられますか!?」
「はい? はい、大丈夫ですが。先程から屋上でなにやら騒ぎがありまして……あれ解決したんですかねえ?」
「なんとかなったみたいですよ」
目の前に魔法少女がいても、妖精の鱗粉のおかげで誰もなんとも思わない。私の言葉に店員さんは困惑気味に「そうなんですね?」と言いながらも接客してくれた。
「それではスコーンセットですが、付け合わせのジャムはどうなさいますか。こちらから二種類お選びできますよ」
「ええっと……」
いちごジャム、ラズベリージャム、ブルーベリージャム、季節限定さくらんぼジャムにちょっと変わったマルベリージャムにカラントジャム、そしてレモンカードが選べた。
やっぱりイギリスを感じるとなったらこれだよなあと、「レモンカードとマルベリージャムでお願いします!」と頼んだ。
スコーンは少し温めてくれ、紅茶とジャム二種類、そしてクロテッドクリームを添えて出してくれたのを、私はリリパスを連れて席に着いて頬張りはじめた。先程の闇妖精の騒動のせいで皆が逃げてしまったのに加え、今は夜だからディナーのほうに人が流れてしまったから、びっくりするほど人がいないため、ゆっくりと食べることができた。
「マルベリーってなんですか?」
「桑の実だよ。ちなみにカラントはすぐりね」
「ミュミュウ……あとこの黄色いのは?」
「これがレモンカード。レモン味のバターだよ。おいしいよ。食べる?」
「ミュミュウ……」
スコーンを縦に裂くと、そこにスプーンでレモンカードを添え、少しクロテッドクリームも加える。クロテッドクリームは材料こそ同じ生乳ながら、バターよりもしつこくない軽いクリームで、イギリスのお茶会には割と重宝されている。
少しリリパスにも分けてあげ、私は「あーん」といスコーンを食べた。スコーンの小麦の香りが鼻を抜け、さくっとした食感ともちっした中の柔らかさを同時に感じる。香り付け程度にしか添えなかったレモンカードの甘酸っぱさとクロテッドクリームの軽やかな旨味もいい感じだ。
「おいしい……ああ、本当はティータイムに行きたかったなあ」
まあ無理だけど。休みの日に食べに行こうものなら、もうスコーンセットなんて売り切れてるだろうし。平日だから残ってただけだから。でもこのレモンカード本当においしいな。小瓶を買ったらパンに塗りつけて食べたい。
私がそうしみじみと思っていたらリリパスは目をキラキラとさせていた。
どうもこの子はお子様舌ではあるものの、おいしいものはわかるらしい。
「おいしい?」
「おいしいですの! 甘い!」
「まあレモンカードは甘いもんだしね。マルベリージャムもいる?」
「はあい!」
スコーンをもっもっと食べ、紅茶を飲む。この紅茶の苦みが口の中をさっぱりとさせてくれ、おいしさと楽しさを際立たせてくれる。やっぱり、お茶はこうでないと。
私は帰りにレモンカードの小瓶とにしんの瓶詰めを買って、帰ることにした。イギリスフェアがまだ続くようだったら、今度はショートブレッドやビスケットも買おうとそう思いながら。
最近は花冷えも少し治まったし、桜は寒くて見てられなかったけれど、牡丹桜くらいだったら見ながらベンチでご飯もいいかもしれない。
最近は魔法少女活動とカフェイン抜き活動のおかげで、少しだけ胃の調子も戻りつつある。そんなこんなで久々にデパ地下グルメを堪能しようと、久々の定時上がりでデパートに入ったところで。
「……イギリスフェア?」
イギリスのグルメやグッズフェアというもののチラシが目に飛び込んできた。うちは新聞を取ってないし、情報検索はもっぱらスマホだけれど、セキュリティーの問題であんまりいろいろインストールしてなかったから、会社帰りに立ち寄るデパートのフェアすらまともに知らなかった。
とりあえずエスカレーターで催し物会場に出かけると、プンといい匂いが立ちこめてきた。
「わあ……」
イギリスの料理はまずいともっぱらの評判ではあるけれど、現地に行った人たちからは「おいしかった」と「まずかった」の二分割の意見でいまいち実情がわからない。ちなみに語学留学で行ったことのある同僚曰く「素材の味を生かしている郊外の料理はおいしいんだけどね……」と言葉を濁していた。本当に場所によるらしい。
ちなみに「紅茶に合うものはだいたいおいしい」「朝ご飯は割とマシ」という意見が多く、お茶菓子は評判みたいだった。それでも「口がパサパサになるから、本当に物による」とも教えてもらった。複雑なんだな。
私はなにげなく立ち寄ってみた。
イギリス式ティータイムセットは軒並み人が並んでいる。ジャムやレモンカードを売ってくれるみたい。あとキュウリのサンドイッチ。不思議なことに、イギリス式お茶会用のキュウリのサンドイッチは驚くほどおいしい。キュウリのピクルスをバターと一緒にパンで挟んだだけなのに、どうしてこうもおいしくなるのか、レシピを見様見真似でつくってみてもいまいちよくわからない。
ショートブレッドに、ビスケット。それにスコーン。お茶会用のお菓子はどれも盛況だ。私もなにか食べようかなあと、どの列に並ぶかを考えていたら。
「ナナ様!」
「はい? ちょっと、リリパス」
「ナナ様、大変です! 闇妖精が!」
「ええ……またぁ」
これだったら戻ってくる前には売り切れになってそうだなあと、少しだけがっかりする。実際に閉店間際なせいで、お茶会セットは半分は品切れなのだから、残りが食べられたら御の字だろう。
私ががっかりしていたら、リリパスは言う。
「それではこの建物の屋上に行きましょう!」
「待って」
「ミュミュウ?」
「待って、ここの屋上に闇妖精が出たの?」
「はい、魔法少女の出番です!」
やめて、デパートの、しかも逃げ場のない場所で暴れたら、大変なことになってしまう。
今まではなんだかんだ言って死傷者が出なかったんだから、ここでだって出す訳にはいかない。私は「カレイドスコープ、オープン!」と叫んで、急いで走りはじめた。
魔法少女になるととことん体が軽い。非常階段を走っていてもアラサーの体は悲鳴を上げることなく、心臓を痛めることなく駆け上がり、屋上へと向かった。
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屋上は突然現れた怪物のせいで、泣きそうな声で避難誘導している店員さん、なんとか押し合いへし合い非常階段から逃げ降りようとしているお客さんで混雑していた。
「すみません、どいてください。どいてください。どいてくださいーっっ!」
私は必死で掻き分け掻き分け、屋上のど真ん中に躍り出た。
最近できた屋上の花見用ガーデン。夏になったらビアガーデンが設置されるそこは、今はどうやって持ち込んだのか桜の木を持ち込んできて、少し季節の遅れた夕桜を楽しませてくれていた。
そしてその花びらの舞う中暴れている闇妖精。前もキメラのようになっていたと思ったけど、今回も巨大な体を震わせて、体をうねうねうねされて暴れていた。
「ねえ、これいったいなんの闇妖精!? キメラに見えるけど!」
「ミュミュウ……これはミミズと蝉の特性を混ぜているのかと!」
「蝉は季節外れじゃないかな!? まだ夏じゃないですけど!」
「ミュミュウ……」
うねうねしている闇妖精は、こちらを見た途端に、いきなり大きな羽を羽ばたかせてきた……途端に、「ジリリリリリリリリリリリリリリ」と大きな音を立ててくる。蝉、蝉の特性があるって言ってたけど、この羽音のことか! このけたたましさは、たしかに蝉だけれど。大きさが変わるとこれだけうるさいものなの!? 鼓膜がやぶれるんじゃないかというくらいに、その音は大きい。でも耳を塞いでいたら、カレイドタクトを振るうこともできない。
「これ、ものすっごくうるさいけど! 近付かないと闇オーラも吸収できないよね!?」
「ミュミュウ……困りましたぁ」
「こらあ、リリパスっ!」
リリパスも闇妖精の羽音には参ったらしく、耳を折り曲げてしまって、まともに考えることができなくなってしまっている。でもそれはこっちもだよ。
どうする。どうする。私はおろおろしながら屋上を見渡す。
普段は出ているだろう屋上のちょっとした遊具コーナーも今は皆逃げてしまって誰もいない。あとは桜の樹に、ソフトクリームのスタンドくらいか……。
今は闇オーラが足りないせいで、タクトの中のオーラを遠くから放出させて攻撃することもできない。だとしたら、なんとかして耳を塞いで殴りかかるしかない。
私はどうにかスカートからなにか出てこないかとガサガサ探す。
「ナナ様?」
「……耳栓、ない?」
「ミュミュウ……」
「耳栓があったら、そのまま殴りに行くけど」
「前から思ってましたけど、ナナ様って割と武闘派ですね?」
「こちとら田舎生まれの田舎育ちですぅ、戦わないといけないときは戦わないとやってられなかったんですぅ」
田舎は一度上下関係が決まったら卒業するまでがっつり固定されてしまう。舐められてはいけないと、やられたら即やり返さないとあとあと大変なことになるんだ。
それはさておいて。私はなんとかスカートの中から元のアラサー社会人の持っていたスマホ会社のティッシュを見つけると、それを丸めて耳に突っ込んだ。
「よっし、やるぞぉ」
「が、頑張ってくださいませ!」
「うんっ!」
私はそのまま大きく跳躍した。
多分魔法少女も、もっと賢かったりもっと魔法にバリエーションがあったりしたら、華麗に可憐に活躍できたんだろうなあとは思うけれど。
遅れてやってきた魔法少女には、少々そんな戦い方は荷が重い。昔取った杵柄な喧嘩殺法で勘弁してほしい。一気に殴りかかると、カレイドタクトを脳天に突きつけて、闇オーラを吸収しはじめた。
「私は、スコーンが食べたいんだぁぁぁぁぁぁ!」
「ミュ、ミュウ……」
リリパスの呆れた声が響いた。
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私が急いで降りていった先では、店員さんたちが困惑した顔で上を見ていた。今回は変身を解くか解くまいか迷った末「紅茶が飲みたい」「カフェインと一緒にスコーンが食べたい」という己の欲求に従い、変身したままだった。
「あの、まだスコーンセット食べられますか!?」
「はい? はい、大丈夫ですが。先程から屋上でなにやら騒ぎがありまして……あれ解決したんですかねえ?」
「なんとかなったみたいですよ」
目の前に魔法少女がいても、妖精の鱗粉のおかげで誰もなんとも思わない。私の言葉に店員さんは困惑気味に「そうなんですね?」と言いながらも接客してくれた。
「それではスコーンセットですが、付け合わせのジャムはどうなさいますか。こちらから二種類お選びできますよ」
「ええっと……」
いちごジャム、ラズベリージャム、ブルーベリージャム、季節限定さくらんぼジャムにちょっと変わったマルベリージャムにカラントジャム、そしてレモンカードが選べた。
やっぱりイギリスを感じるとなったらこれだよなあと、「レモンカードとマルベリージャムでお願いします!」と頼んだ。
スコーンは少し温めてくれ、紅茶とジャム二種類、そしてクロテッドクリームを添えて出してくれたのを、私はリリパスを連れて席に着いて頬張りはじめた。先程の闇妖精の騒動のせいで皆が逃げてしまったのに加え、今は夜だからディナーのほうに人が流れてしまったから、びっくりするほど人がいないため、ゆっくりと食べることができた。
「マルベリーってなんですか?」
「桑の実だよ。ちなみにカラントはすぐりね」
「ミュミュウ……あとこの黄色いのは?」
「これがレモンカード。レモン味のバターだよ。おいしいよ。食べる?」
「ミュミュウ……」
スコーンを縦に裂くと、そこにスプーンでレモンカードを添え、少しクロテッドクリームも加える。クロテッドクリームは材料こそ同じ生乳ながら、バターよりもしつこくない軽いクリームで、イギリスのお茶会には割と重宝されている。
少しリリパスにも分けてあげ、私は「あーん」といスコーンを食べた。スコーンの小麦の香りが鼻を抜け、さくっとした食感ともちっした中の柔らかさを同時に感じる。香り付け程度にしか添えなかったレモンカードの甘酸っぱさとクロテッドクリームの軽やかな旨味もいい感じだ。
「おいしい……ああ、本当はティータイムに行きたかったなあ」
まあ無理だけど。休みの日に食べに行こうものなら、もうスコーンセットなんて売り切れてるだろうし。平日だから残ってただけだから。でもこのレモンカード本当においしいな。小瓶を買ったらパンに塗りつけて食べたい。
私がそうしみじみと思っていたらリリパスは目をキラキラとさせていた。
どうもこの子はお子様舌ではあるものの、おいしいものはわかるらしい。
「おいしい?」
「おいしいですの! 甘い!」
「まあレモンカードは甘いもんだしね。マルベリージャムもいる?」
「はあい!」
スコーンをもっもっと食べ、紅茶を飲む。この紅茶の苦みが口の中をさっぱりとさせてくれ、おいしさと楽しさを際立たせてくれる。やっぱり、お茶はこうでないと。
私は帰りにレモンカードの小瓶とにしんの瓶詰めを買って、帰ることにした。イギリスフェアがまだ続くようだったら、今度はショートブレッドやビスケットも買おうとそう思いながら。
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