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プロローグ
プロローグあるいはエピローグ
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煌びやかな夜会。王都では定期的に開かれる夜会会場は、貴族たちの情報収集の格好の場であった。
豪奢なシャンデリアの下、先日まで王立学院に通い、ようやく社交界デビューしたばかりの令嬢たちが談笑をしている。
「聞きましたか? 例の双子」
「ああ、パニアグア子爵令嬢の?」
「あちら、妹のほうが家督を継いだそうですわ」
「まあ……」
それにクスクスと令嬢たちは笑う。
最近巷では、ロマンス小説のような婚約破棄の話題で持ちきりであった。
パニアグア子爵は男児に恵まれることはなく、容姿が瓜ふたつながらも、性格が真逆な双子の姉妹のいずれかが婿を取って家督を継ぐこととなっていた。
王立学院に通っている間、勝ち気な姉のクラウディアが家督を継ぎ、学院内でも人気の高かったサンティアゴ男爵の次男のセシリオと婚姻を結ぶとのもっぱらの噂ではあったが。
クラウディアの後ろをちょこちょことついてきていた妹のクリスティナのほうが家督を継ぎ、セシリオと結婚するという噂が出回っていた。
それを聞いた令嬢たちは、溜飲が下がる思いがしていた。
クラウディアはお茶会に誘ってもすぐに断る。勉強はできても礼儀作法がなっていない。言動が貴族令嬢の常識から外れている。とにかく気が強く棘のある言動が目立つために、友人らしい友人がいなかった。おまけにクリスティナをいじめていたというのがもっぱらの噂である。実際に、この場にいる誰もが、クラウディアの声を聞いたことはあっても、クリスティナの声を聞いたことがなかった。
クラウディアの婚約者だったセシリオは温和で礼儀正しい令息であり、学院時代から人気が高かったものだから、余計にクラウディアはやっかみを買い、しゃべったこともないクリスティナには同情の目が向けられていた。
「ひどい人でしたものね、姉のほうは」
「まったくですわ。口汚いですし、粗忽ですし」
「でも、婚約破棄された女をもらうのなんて、もう後妻に入るしかないんじゃなくて?」
「まあ、学院卒業した身で、何十歳も離れた方と結婚?」
下世話な言葉が飛び交う中、令嬢のひとりは扇子で口元を抑えて、密やかに囁く。
「それが……不心得者のドローレスの元に嫁いだんですって……!」
「まあ……!」
「あら? でもドローレスは妹のほうと婚約していたのではなくて?」
エルベルト・ドローレスは学院内ではたいそう評判の悪い令息であった。授業には出ない、言葉遣いが乱雑、その上乱暴者。女学生からは大変に嫌われたものであったが、その一方なぜか男子学生からは人気があった。
「そりゃ決まっていますわ。普通はあれだけの不心得者と婚約だなんて、嫌に決まっていますもの。その上あの方は辺境伯を継ぐのでしょう? あんな紛争地帯に嫁ぎたい人はいまして?」
「妹のほうでしたら、あの不心得者とやってはいけないでしょう。だから姉のほうの婚約者に泣きついたのでしょうね」
「姉のほうでしたら、まだドローレスと上手くやっていけるのではなくて?」
「どちらも不心得者ですものねえ……」
くすくすくすくす。
誰もが「いい気味」とは口にはしなかった。どれだけクラウディアが不心得者で評判の悪い令嬢であったとしても、彼女たちも貴族教育を受けている身。どれだけ嘲っていても、それを口に出すような愚かな真似はしない。
その愚かさが原因で婚約破棄をされた令嬢の二の舞には、誰だってなりたくなかったのである。
****
王都より馬車を走らせて一刻ほど。
パニアグア子爵領にある小さな教会は、新しい領主とその婿の結婚式が執り行われていた。
領主の結婚式にしては、教会前で式を挙げる夫婦を見守る人の数は少なく、家族と屋敷のわずかな者たちだけで執り行われていた。
子爵領は基本的にハーブの生産が国内でも上位であり、薬やお茶として売買される他、染料としても使用されていた。
そのため、領主の婚姻衣装にもハーブの染料は使われ、柔らかなクリーム色に染め上げたドレスを着て、髪飾りとして月桂樹の葉でつくった冠を被るのが、この領地での一般的な結婚式の礼装であった。
「おめでとう、クリス!」
式の参列者の中で一番盛大に歓声を上げていたのは、花嫁とそっくりそのまま同じ顔をした娘であった。
花嫁と同じく編み上げられた栗色の髪、森の奥のような翠の瞳の娘が、にこやかに笑っていたのである。参列用のドレスは簡素な服であり、靴は靴底の分厚い乗馬ブーツを履いていた。
「お姉様……ありがとうございます。エルベルト様も」
花嫁ははにかんでセージにローズマリー、矢車草を束ねたブーケを持って微笑んだ。
彼女が腕を組んでいる青年は、人好きのする笑みを浮かべて、誰よりも祝うふたりを見た。子爵領の結婚装束を着る花婿は、ハーブで染められたドレスコートを着て、アイスシルバーの髪に油を軽く撫でつけていた。優しい瞳には空の蒼が浮かんでいる。
「ありがとう、わざわざ辺境伯領から」
「妹の結婚式を祝うのは当然よ。セシリオ。クリスを泣かせたら、私は辺境伯領からでも追いかけていってあなたを謝らせるから、そのつもりでいてちょうだい」
「手厳しいな、クラウディアは」
「まあ、俺が選んだ女だからな」
そう言って花嫁の姉の腰を抱くのは、黒い髪に夕日の金を浮かべた青年であった。参列のためにドレスコートを着ているものの、腰にはサーベルを差し、鋭い雰囲気を隠そうともしない。それにクラウディアは笑う。
「威嚇しないで、エルベルト。クリスの結婚式なんだから」
「まあ、な……クリスティナ」
「は、はい……っ」
クリスティナは緊張した面持ちで、エルベルトを見た。かつては婚約者同士だったのだが、どうにもこのふたりは水と油でそりが合わず、互いの式に参列していてもなお、噛み合わせが悪かった。
彼女が緊張しているのを見かねて、「エルベルト」とクラウディアが睨み付けると、エルベルトは小さく肩を竦めた。
「そうふたりがかりで責め立てるな。結婚おめでとう。それだけだ」
そうポンと投げて寄越された祝福の言葉に、クリスティナは目を白黒とさせたあと、はにかんだ。
「ありがとうございます」
「幸せになってね。絶対よ?」
「はい、お姉様も……住む場所が変わっても、私たちはずっと一緒ですから」
「当然よ?」
そう言ってクリスティナのブーケを持つ手ごと、クラウディアはぎゅっと掴んだ。
それをそれぞれの伴侶に家族、屋敷の者たちが目を細めて見守っていた。
クラウディア・パニアグアと、クリスティナ・パニアグア。
同じ栗色の髪と翠の瞳を持つ双子の姉妹であるが、気性は真逆であった。
姉のクラウディアはとにかく気が強く、思ったことは衣着せず直球で言う性分のせいで、周りと軋轢を起こしがちであった。
一方の妹のクリスティナはとにかく気が弱く、なにかあったらよく泣き、クラウディアの背中を追ってばかり。彼女のことをよく知る人でなければ声を一度も聞いたことがないと言われる程度には、人付き合いが苦手であった。
ロマンス小説よろしく、気の強い姉は気の弱い妹を虐げた結果、罰が当たって婚約者も家督も奪われ、辺境に嫁入りという名の追放をされたと噂が流れているが、果たして本当にそんな話だったのだろうか。
結婚式で参列しているふたりを見て、誰がそれを真実だと思えるというのか。
これは、クラウディアとクリスティナ……クラウとクリスが幸せに婚約破棄して、婚姻するまでの話。
豪奢なシャンデリアの下、先日まで王立学院に通い、ようやく社交界デビューしたばかりの令嬢たちが談笑をしている。
「聞きましたか? 例の双子」
「ああ、パニアグア子爵令嬢の?」
「あちら、妹のほうが家督を継いだそうですわ」
「まあ……」
それにクスクスと令嬢たちは笑う。
最近巷では、ロマンス小説のような婚約破棄の話題で持ちきりであった。
パニアグア子爵は男児に恵まれることはなく、容姿が瓜ふたつながらも、性格が真逆な双子の姉妹のいずれかが婿を取って家督を継ぐこととなっていた。
王立学院に通っている間、勝ち気な姉のクラウディアが家督を継ぎ、学院内でも人気の高かったサンティアゴ男爵の次男のセシリオと婚姻を結ぶとのもっぱらの噂ではあったが。
クラウディアの後ろをちょこちょことついてきていた妹のクリスティナのほうが家督を継ぎ、セシリオと結婚するという噂が出回っていた。
それを聞いた令嬢たちは、溜飲が下がる思いがしていた。
クラウディアはお茶会に誘ってもすぐに断る。勉強はできても礼儀作法がなっていない。言動が貴族令嬢の常識から外れている。とにかく気が強く棘のある言動が目立つために、友人らしい友人がいなかった。おまけにクリスティナをいじめていたというのがもっぱらの噂である。実際に、この場にいる誰もが、クラウディアの声を聞いたことはあっても、クリスティナの声を聞いたことがなかった。
クラウディアの婚約者だったセシリオは温和で礼儀正しい令息であり、学院時代から人気が高かったものだから、余計にクラウディアはやっかみを買い、しゃべったこともないクリスティナには同情の目が向けられていた。
「ひどい人でしたものね、姉のほうは」
「まったくですわ。口汚いですし、粗忽ですし」
「でも、婚約破棄された女をもらうのなんて、もう後妻に入るしかないんじゃなくて?」
「まあ、学院卒業した身で、何十歳も離れた方と結婚?」
下世話な言葉が飛び交う中、令嬢のひとりは扇子で口元を抑えて、密やかに囁く。
「それが……不心得者のドローレスの元に嫁いだんですって……!」
「まあ……!」
「あら? でもドローレスは妹のほうと婚約していたのではなくて?」
エルベルト・ドローレスは学院内ではたいそう評判の悪い令息であった。授業には出ない、言葉遣いが乱雑、その上乱暴者。女学生からは大変に嫌われたものであったが、その一方なぜか男子学生からは人気があった。
「そりゃ決まっていますわ。普通はあれだけの不心得者と婚約だなんて、嫌に決まっていますもの。その上あの方は辺境伯を継ぐのでしょう? あんな紛争地帯に嫁ぎたい人はいまして?」
「妹のほうでしたら、あの不心得者とやってはいけないでしょう。だから姉のほうの婚約者に泣きついたのでしょうね」
「姉のほうでしたら、まだドローレスと上手くやっていけるのではなくて?」
「どちらも不心得者ですものねえ……」
くすくすくすくす。
誰もが「いい気味」とは口にはしなかった。どれだけクラウディアが不心得者で評判の悪い令嬢であったとしても、彼女たちも貴族教育を受けている身。どれだけ嘲っていても、それを口に出すような愚かな真似はしない。
その愚かさが原因で婚約破棄をされた令嬢の二の舞には、誰だってなりたくなかったのである。
****
王都より馬車を走らせて一刻ほど。
パニアグア子爵領にある小さな教会は、新しい領主とその婿の結婚式が執り行われていた。
領主の結婚式にしては、教会前で式を挙げる夫婦を見守る人の数は少なく、家族と屋敷のわずかな者たちだけで執り行われていた。
子爵領は基本的にハーブの生産が国内でも上位であり、薬やお茶として売買される他、染料としても使用されていた。
そのため、領主の婚姻衣装にもハーブの染料は使われ、柔らかなクリーム色に染め上げたドレスを着て、髪飾りとして月桂樹の葉でつくった冠を被るのが、この領地での一般的な結婚式の礼装であった。
「おめでとう、クリス!」
式の参列者の中で一番盛大に歓声を上げていたのは、花嫁とそっくりそのまま同じ顔をした娘であった。
花嫁と同じく編み上げられた栗色の髪、森の奥のような翠の瞳の娘が、にこやかに笑っていたのである。参列用のドレスは簡素な服であり、靴は靴底の分厚い乗馬ブーツを履いていた。
「お姉様……ありがとうございます。エルベルト様も」
花嫁ははにかんでセージにローズマリー、矢車草を束ねたブーケを持って微笑んだ。
彼女が腕を組んでいる青年は、人好きのする笑みを浮かべて、誰よりも祝うふたりを見た。子爵領の結婚装束を着る花婿は、ハーブで染められたドレスコートを着て、アイスシルバーの髪に油を軽く撫でつけていた。優しい瞳には空の蒼が浮かんでいる。
「ありがとう、わざわざ辺境伯領から」
「妹の結婚式を祝うのは当然よ。セシリオ。クリスを泣かせたら、私は辺境伯領からでも追いかけていってあなたを謝らせるから、そのつもりでいてちょうだい」
「手厳しいな、クラウディアは」
「まあ、俺が選んだ女だからな」
そう言って花嫁の姉の腰を抱くのは、黒い髪に夕日の金を浮かべた青年であった。参列のためにドレスコートを着ているものの、腰にはサーベルを差し、鋭い雰囲気を隠そうともしない。それにクラウディアは笑う。
「威嚇しないで、エルベルト。クリスの結婚式なんだから」
「まあ、な……クリスティナ」
「は、はい……っ」
クリスティナは緊張した面持ちで、エルベルトを見た。かつては婚約者同士だったのだが、どうにもこのふたりは水と油でそりが合わず、互いの式に参列していてもなお、噛み合わせが悪かった。
彼女が緊張しているのを見かねて、「エルベルト」とクラウディアが睨み付けると、エルベルトは小さく肩を竦めた。
「そうふたりがかりで責め立てるな。結婚おめでとう。それだけだ」
そうポンと投げて寄越された祝福の言葉に、クリスティナは目を白黒とさせたあと、はにかんだ。
「ありがとうございます」
「幸せになってね。絶対よ?」
「はい、お姉様も……住む場所が変わっても、私たちはずっと一緒ですから」
「当然よ?」
そう言ってクリスティナのブーケを持つ手ごと、クラウディアはぎゅっと掴んだ。
それをそれぞれの伴侶に家族、屋敷の者たちが目を細めて見守っていた。
クラウディア・パニアグアと、クリスティナ・パニアグア。
同じ栗色の髪と翠の瞳を持つ双子の姉妹であるが、気性は真逆であった。
姉のクラウディアはとにかく気が強く、思ったことは衣着せず直球で言う性分のせいで、周りと軋轢を起こしがちであった。
一方の妹のクリスティナはとにかく気が弱く、なにかあったらよく泣き、クラウディアの背中を追ってばかり。彼女のことをよく知る人でなければ声を一度も聞いたことがないと言われる程度には、人付き合いが苦手であった。
ロマンス小説よろしく、気の強い姉は気の弱い妹を虐げた結果、罰が当たって婚約者も家督も奪われ、辺境に嫁入りという名の追放をされたと噂が流れているが、果たして本当にそんな話だったのだろうか。
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