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パニアグアの双子の姉妹
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クラウディアがクリスティナのふりをして授業を受けに行くと、クラスメイトたちの視線が冷たい。
同じ学院に十年もいれば、おのずとグループや派閥ができてしまう。
王都出身の貴族たちは王都出身のグループ、遠方からの貴族たちは遠方たちの貴族のグループ。あとは倶楽部活動や委員会活動を行っていたら、行動を共にすることが多い。
残念ながらクラウディアもクリスティナも、初等部時代に王子を殴った経緯のせいで、どのグループも引き取り拒否を起こしてしまい、必要があったら余り物のグループに入るしかなかった。
言語学を学んだあと、隣のクラスとの合同でダンス演習に向かうこととなったが。
「パニアグアさん、あなたのパートナーが見つかりませんか?」
「……申し訳ございません」
普段であったら、社交界において最低でも一曲は踊れるようにと稽古を付けられるのだが、今日の参加人数が足りずに、クリスティナのふりをしているクラウディアだけ、パートナーが足りなかった。
本来、隣のクラスにはクリスティナの婚約者がいるはずなのに、当てが外れたのである。
ダンス講師は困ったように言う。
「あなたの婚約者、少々素行に問題がございます。今連れてきてくれれば、今日の授業の遅刻は不問にしますから、連れてらして」
「……わかりました」
そう言って、クラウディアはダンスホールを出る。
その間もひそひそと声が聞こえた。
「本当に……授業には出席しない、お茶会には顔を出さない……これだから不心得者は」
「聞こえますわ、下品でしょう?」
「下品な方に下品だと思われてもね……」
それにクラウディアはぎゅっと制服の裾を掴んで出て行った。
(本当に好き勝手言って……! 王都の貴族なんて、陰険なのしかいないじゃない!)
王都出身の令息たちは面子を気にしてか、一度クラウディアが殴って以降一切こちらに関わってこなくなったからまだいい。
しかし王都出身の令嬢と来たら、パニアグア姉妹の素行のひとつひとつに難癖を付けては、遠巻きにして嘲笑してくるのだから、クラウディアはそのたびに睨みつけていたが。大人しい性分のクリスティナにはそれができず、言われっぱなしであった。
(こういうときくらい、守ってあげればいいでしょう、クリスの婚約者なんだったら……!)
学院内の素行が原因で、王都と縁の深い貴族たちから婚約の申し込みは一切来なかったが、逆に気概があると、遠方の貴族からはそれなりに来た。
クラウディアの婿にとやって来たのは、サンディアゴ男爵の次男であるセシリオであった。王都ともそれなりに縁が深い貴族が婿入り打診をしてきたのは珍しかったものの、クラウディアは彼のことが正直胡散臭く見えていた。
彼はとにかく穏やかで物事に波風を立てるのを嫌う傾向があったのである。そのために、クラウディアが王都出身の令嬢たちに嫌味を言われても、真っ向から庇ってくれた試しは一度もない。
そしてクリスティアの嫁入りを打診してきたのは、王都よりだいぶ離れた辺境伯の息子のエルベルトであり、こちらも一度たりともクリスティナのことを庇った試しがなかった。
クラウディアの彼の印象は「クリスを泣かせる素行の悪い男」であった。
婚約を断るにしても、クラウディアがセシリオと結婚した上で家督を継いでからでなければ、真っ向から破談することもできないが。クリスティナの怖がりで臆病な性分を知っていたら、彼を断ったあとにまともな婚約打診が来るかがわからないというのが悩みであった。
考えれば考えるほど頭が痛かったが、まずは授業をまともに受けるために、授業に出てこないクリスティナの婚約者を探し出さなければいけなかった。
クラウディアは空き部屋のひとつひとつを覗き込み、音楽室を通り過ぎたところで、中庭で誰かが眠っているのを見つけた。
王都では珍しい真っ黒な髪は、中庭の緑に埋もれることはない。
「……いた」
そう溜息をついて、クラウディアは走り出した。
クリスティナのふりをしないといけない。そう思いながら、中庭の近くになると走るのを止め、ペタペタと歩きはじめた。
やがて。中庭の花が咲き誇る中、行儀悪くもベンチに横たわって眠っているクリスティナの婚約者……エルベルトに声をかけた。
「あ、あの」
クリスティナのふりをして、声を控えめに出すが、エルベルトは目を閉じたままピクリとも動かない。
「あ、あの。困ります。授業に戻りましょう」
やはりエルベルトは返事をしない。クラウディアは何度目かの溜息をついた。
(もう授業をさぼってしまおうか……でも、クリスの卒業がかかっているんだものね)
仕方なく、クラウディアがそっと手を伸ばしてエルベルトの肩を揺すぶろうとしたとき。
その手首をきつく捕まれたと思ったら、そのまま捻られ、地面に押し付けられる。
手首が折れるんじゃないかという恐怖、いきなり乱暴を働かれた恐怖で、気丈なクラウディアでさえ、息をするのを忘れる。
やがて、こちらにいきなり技を仕掛けてきたエルベルトが、驚いたように目を瞬かせた。金色の眼光には困惑が滲んで見える。
「なんだ……クリスティナ……か?」
「は、はい……あのう、授業……」
「前にも言ったと思うが、俺が寝ているときに触るな。こうなるのがわかっているだろう」
(知らない……そんなの知らない……!)
だんだん時間差で恐怖が迫り、鼓動が激しく叩かれる音を聞きつつ、そういえばとクラウディアは気付いた。
元々辺境伯領は、国境沿いに存在している。そのために紛争が頻発し、当然ながら代々の辺境伯が武芸一式を身につける必要があった。
エルベルトは王都出身の令嬢からは不心得者として遠ざけられていたものの、遠方の令息からは人気が高いのは、彼がとにかくフェンシング、アーチェリー、乗馬と、武芸一式に長けている影響だろう。
クラウディアが頷くことも、抗議することもできずに、押し付けられたまま固まっていたら、やっとエルベルトが押し付けていた力を緩め、掴んでいたクラウディアの手を引っ張って立たせた。
「……ダンスの授業なんぞ、受けなくても問題ないだろ」
「こ、困ります……私が」
「どうして」
「……これ以上、授業を休むことができませんから」
そういえば。クラウディアはクリスティナ以上に授業を休んでいるにも関わらず、全く卒業できないという恐怖を感じていないエルベルトに違和感を覚えた。
「……エルベルト様は、どうして授業休んでらしても、卒業できるんですか?」
「嫌な授業を取らなきゃいいだろ。共通授業で興味のないものだったら、選択授業で補えばいい」
「ああ……」
彼が選択授業で武芸一式を抑えているから、その出席日数で、共通授業の出席日数を補っていたらしい。一見武骨で不心得者ではあるが、彼は要領がいいのだと、今更ながら気付いた。
(だとしたら、クリスティナが卒業できないってしても「知らない」って言われてしまうかも……)
クラウディアはどう説得したものかと、困り果てて考えあぐねていたが。
意外なことにエルベルトのほうが溜息をついた。
「……なんだ、それに出れば卒業できるのか?」
「えっと……」
「できるのか?」
念押しするために、小さくクラウディアが頷いた。
そのままエルベルトがクラウディアを置いて、すたすたと歩きはじめた。
「あ、あの……授業は」
「はあ? これから行くんじゃないのか」
「あ、は、はい……ありがとう、ございます」
エルベルトは小さく舌打ちをして、そのままクラウディアを置いていこうと歩きはじめる。
ふたりの足のコンパスが違うために、慌ててそれをクラウディアは小走りで着いていく。
(悪い人じゃないんだったら、もうちょっとクリスに優しくしてあげればいいのに)
クリスティナがエルベルトのことを怖がっているのは、クラウディアにたびたび泣きつくために知っていた。
彼が素行が悪いかどうかは、判断ができなかった。実際に危うく手首を折られかけたが、彼の性格を考えていなかったクラウディアの判断ミスとも言える。
そもそも彼は踊れるんだろうか。そのことを気にしながら、彼女は小走りで彼の黒い髪を追いかけて行った。
同じ学院に十年もいれば、おのずとグループや派閥ができてしまう。
王都出身の貴族たちは王都出身のグループ、遠方からの貴族たちは遠方たちの貴族のグループ。あとは倶楽部活動や委員会活動を行っていたら、行動を共にすることが多い。
残念ながらクラウディアもクリスティナも、初等部時代に王子を殴った経緯のせいで、どのグループも引き取り拒否を起こしてしまい、必要があったら余り物のグループに入るしかなかった。
言語学を学んだあと、隣のクラスとの合同でダンス演習に向かうこととなったが。
「パニアグアさん、あなたのパートナーが見つかりませんか?」
「……申し訳ございません」
普段であったら、社交界において最低でも一曲は踊れるようにと稽古を付けられるのだが、今日の参加人数が足りずに、クリスティナのふりをしているクラウディアだけ、パートナーが足りなかった。
本来、隣のクラスにはクリスティナの婚約者がいるはずなのに、当てが外れたのである。
ダンス講師は困ったように言う。
「あなたの婚約者、少々素行に問題がございます。今連れてきてくれれば、今日の授業の遅刻は不問にしますから、連れてらして」
「……わかりました」
そう言って、クラウディアはダンスホールを出る。
その間もひそひそと声が聞こえた。
「本当に……授業には出席しない、お茶会には顔を出さない……これだから不心得者は」
「聞こえますわ、下品でしょう?」
「下品な方に下品だと思われてもね……」
それにクラウディアはぎゅっと制服の裾を掴んで出て行った。
(本当に好き勝手言って……! 王都の貴族なんて、陰険なのしかいないじゃない!)
王都出身の令息たちは面子を気にしてか、一度クラウディアが殴って以降一切こちらに関わってこなくなったからまだいい。
しかし王都出身の令嬢と来たら、パニアグア姉妹の素行のひとつひとつに難癖を付けては、遠巻きにして嘲笑してくるのだから、クラウディアはそのたびに睨みつけていたが。大人しい性分のクリスティナにはそれができず、言われっぱなしであった。
(こういうときくらい、守ってあげればいいでしょう、クリスの婚約者なんだったら……!)
学院内の素行が原因で、王都と縁の深い貴族たちから婚約の申し込みは一切来なかったが、逆に気概があると、遠方の貴族からはそれなりに来た。
クラウディアの婿にとやって来たのは、サンディアゴ男爵の次男であるセシリオであった。王都ともそれなりに縁が深い貴族が婿入り打診をしてきたのは珍しかったものの、クラウディアは彼のことが正直胡散臭く見えていた。
彼はとにかく穏やかで物事に波風を立てるのを嫌う傾向があったのである。そのために、クラウディアが王都出身の令嬢たちに嫌味を言われても、真っ向から庇ってくれた試しは一度もない。
そしてクリスティアの嫁入りを打診してきたのは、王都よりだいぶ離れた辺境伯の息子のエルベルトであり、こちらも一度たりともクリスティナのことを庇った試しがなかった。
クラウディアの彼の印象は「クリスを泣かせる素行の悪い男」であった。
婚約を断るにしても、クラウディアがセシリオと結婚した上で家督を継いでからでなければ、真っ向から破談することもできないが。クリスティナの怖がりで臆病な性分を知っていたら、彼を断ったあとにまともな婚約打診が来るかがわからないというのが悩みであった。
考えれば考えるほど頭が痛かったが、まずは授業をまともに受けるために、授業に出てこないクリスティナの婚約者を探し出さなければいけなかった。
クラウディアは空き部屋のひとつひとつを覗き込み、音楽室を通り過ぎたところで、中庭で誰かが眠っているのを見つけた。
王都では珍しい真っ黒な髪は、中庭の緑に埋もれることはない。
「……いた」
そう溜息をついて、クラウディアは走り出した。
クリスティナのふりをしないといけない。そう思いながら、中庭の近くになると走るのを止め、ペタペタと歩きはじめた。
やがて。中庭の花が咲き誇る中、行儀悪くもベンチに横たわって眠っているクリスティナの婚約者……エルベルトに声をかけた。
「あ、あの」
クリスティナのふりをして、声を控えめに出すが、エルベルトは目を閉じたままピクリとも動かない。
「あ、あの。困ります。授業に戻りましょう」
やはりエルベルトは返事をしない。クラウディアは何度目かの溜息をついた。
(もう授業をさぼってしまおうか……でも、クリスの卒業がかかっているんだものね)
仕方なく、クラウディアがそっと手を伸ばしてエルベルトの肩を揺すぶろうとしたとき。
その手首をきつく捕まれたと思ったら、そのまま捻られ、地面に押し付けられる。
手首が折れるんじゃないかという恐怖、いきなり乱暴を働かれた恐怖で、気丈なクラウディアでさえ、息をするのを忘れる。
やがて、こちらにいきなり技を仕掛けてきたエルベルトが、驚いたように目を瞬かせた。金色の眼光には困惑が滲んで見える。
「なんだ……クリスティナ……か?」
「は、はい……あのう、授業……」
「前にも言ったと思うが、俺が寝ているときに触るな。こうなるのがわかっているだろう」
(知らない……そんなの知らない……!)
だんだん時間差で恐怖が迫り、鼓動が激しく叩かれる音を聞きつつ、そういえばとクラウディアは気付いた。
元々辺境伯領は、国境沿いに存在している。そのために紛争が頻発し、当然ながら代々の辺境伯が武芸一式を身につける必要があった。
エルベルトは王都出身の令嬢からは不心得者として遠ざけられていたものの、遠方の令息からは人気が高いのは、彼がとにかくフェンシング、アーチェリー、乗馬と、武芸一式に長けている影響だろう。
クラウディアが頷くことも、抗議することもできずに、押し付けられたまま固まっていたら、やっとエルベルトが押し付けていた力を緩め、掴んでいたクラウディアの手を引っ張って立たせた。
「……ダンスの授業なんぞ、受けなくても問題ないだろ」
「こ、困ります……私が」
「どうして」
「……これ以上、授業を休むことができませんから」
そういえば。クラウディアはクリスティナ以上に授業を休んでいるにも関わらず、全く卒業できないという恐怖を感じていないエルベルトに違和感を覚えた。
「……エルベルト様は、どうして授業休んでらしても、卒業できるんですか?」
「嫌な授業を取らなきゃいいだろ。共通授業で興味のないものだったら、選択授業で補えばいい」
「ああ……」
彼が選択授業で武芸一式を抑えているから、その出席日数で、共通授業の出席日数を補っていたらしい。一見武骨で不心得者ではあるが、彼は要領がいいのだと、今更ながら気付いた。
(だとしたら、クリスティナが卒業できないってしても「知らない」って言われてしまうかも……)
クラウディアはどう説得したものかと、困り果てて考えあぐねていたが。
意外なことにエルベルトのほうが溜息をついた。
「……なんだ、それに出れば卒業できるのか?」
「えっと……」
「できるのか?」
念押しするために、小さくクラウディアが頷いた。
そのままエルベルトがクラウディアを置いて、すたすたと歩きはじめた。
「あ、あの……授業は」
「はあ? これから行くんじゃないのか」
「あ、は、はい……ありがとう、ございます」
エルベルトは小さく舌打ちをして、そのままクラウディアを置いていこうと歩きはじめる。
ふたりの足のコンパスが違うために、慌ててそれをクラウディアは小走りで着いていく。
(悪い人じゃないんだったら、もうちょっとクリスに優しくしてあげればいいのに)
クリスティナがエルベルトのことを怖がっているのは、クラウディアにたびたび泣きつくために知っていた。
彼が素行が悪いかどうかは、判断ができなかった。実際に危うく手首を折られかけたが、彼の性格を考えていなかったクラウディアの判断ミスとも言える。
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