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電車の入場券はお持ちですか?─パラレルラインへようこそ─

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 メールの返信が来て、バイトの面接日の案内が送られてきた。

「本当にメールが届いた」

 面接日は俺もちょうど予定がなかったから、その日で問題ないとメールを送り返したら、そちらにはすぐ返信が来た。

【お待ちしております】

 面接場所はチラシに書かれている駅を指定され、チラシと睨めっこして、自転車を転がすこと十分。
 俺はただ首を傾げて、自転車を邪魔にならない場所に寄せていた。

「……本当にあったんだ」

 半見鉄道沿いに走っただけで、たしかに同じような駅が見つかった。
 ただ普段知っているここの私鉄のどの駅よりも、パラレルライン後悔駅のほうが真新しい印象を受けた。
 近未来的な青を基調としたデザインの駅だった。屋根が大きく丸いのが、斜めの形に乗っている。まるでここだけ建て替え工事が行われた後のように、バリアフリーで駅から駅前の道に出るところまででこぼこが全部取り払われているから、自転車が乗り上げてもベコンという感触がしない。
 俺の知っている半見鉄道のよく言えば牧歌的、悪く言えば古臭い雰囲気とは似ても似つかない。
 それ以外に、気になる点がいくつか。
 改札口がやけに小さいことに加え、駅にもかかわらずホームどころか、駅前にも人が全くいないということ。いくら無人駅とはいえども、改札機は最低でもふたつは用意するだろうところ、ひとつしかない。これじゃ数人駅を通っただけでもう混雑してしまうだろうに。
 ここが映画のセットだと言われても信じてしまいそうなくらいに、つくりものめいていて、人がいない。
 まさかと思うけれど、これ映画かなんかのセットのエキストラ募集のチラシだったんだろうか。私鉄の使っていない駅は、ときどき映画撮影に使われるらしいけれど、それにしたってなあ……。
 俺が途方に暮れて、辺りを見回していたところで。

「おや、いらっしゃいませ。入場券はお持ちですか?」
「へあっ?」

 いきなり爽やかな声をかけられて、思わず変な声を上げた。
 こちらに声をかけてきたのは、きっちりと制服を着込んだ駅員さんだった。
 ただ、俺が知っている半見鉄道の制服にしては、なんかSFっぽいデザインな気がする。気のせいか紺と言うよりも青に近い制服といい、制服に入っている白くて太いラインといい。バイト中にずっと見ていた駅員さんたちよりも、なんとなく小奇麗に思える。
 でもこんなつくりものめいた制服を着ていてもしっくりときているのは、これを着ている駅員さんの顔立ちがいいせいだろう。
 垂れ目で柔和な雰囲気を醸し出しつつも、筋の通った鼻筋といい、笑みを浮かべている唇のラインといい、舞台俳優のように目を引く顔立ちをしている。その上身長も高いものだから、この制服の着こなしも様になっているんだ。
 ドラマはほとんど見ないけど、俳優だと言われたら納得する。
 やっぱりこれ、映画のエキストラの募集だったのかな。
 俺は典型的な日本人顔で、のっぺりとしていて特徴がない。たしかに売店として立っていたとしても、俺に会ったことある人会ったことある人が「あそこにいなかった?」と行ったこともない場所で俺の話題をするくらいには、ありふれた顔をしているから。身長だって低くはないけれど取り立てて高くはないし、髪だって普通が過ぎる。
 俺はそう思いながら、意を決して声をかけた。

「入場券は持ってないんですけど……バイトの面接に来ました」
「おや……まだお若いのにですか?」

 駅員さんは俺のことを不思議そうに眺めてきた。なんだか変な反応だな。

「あれ? 若いとバイトしちゃ駄目なんですか?」
「いえ。そもそも若い方がチラシを見つけることが珍しかったので」

 いまいち会話が噛み合わない。どうにも据わりが悪くて俺が困り果てていたら、柔和な駅員さんが胸に手を当てた。

「ようこそ、パラレルライン後悔駅へ。私は駅長の住吉晴すみよしはるです」

 それに俺は面食らった。
 駅員さんかと思っていたら、駅長さんだったのか。若く見えるから、駅員さんなのかなと踏んでいたんだけれど。それとも、これが映画のエキストラの面接試験だったんなら、ここで面白いこと言わなかったら駄目なのかな。
 とは言っても、俺も人を面白がらせるようなことは言えないし、どうしたもんか。俺は口をパクパクさせながらも、どうにか言葉を引きずり出した。

「こ、んにちは。俺は福島徳夫ふくしまとくお、ですっ。愛称はフクちゃんとかフク、ですっ」

 バイト面接の定型文を言っておけばいいのに、ついつい受けを狙っておかしな言葉を捻り出してしまった。しまった、いくらなんでも滑る。
 俺があわあわとしていたら、駅長さんは「プフッ」と噴き出してしまった。
 えっ、受けた?

「……フフッ、まさか面接でこんなこと言ってくるとは思いもしませんでした」
「はあ……そりゃどうも……?」

 俺は背中を丸めて笑っている駅長さんを、途方に暮れた顔で眺めていた。
 どうもこの人、笑いのツボが独特過ぎるらしい。俺の上滑りしているギャグ、特に面白いとも思っていないんだけれど。
 しばらく目尻に涙が浮かぶまで笑っていた駅長さんは、ようやく目尻の涙を拭って顔を上げた。

「でも、本当によろしいんですか? こちらの駅ですけど」
「いや。週四でこの時間帯の仕事だったら渡りに舟だったんで。ですけど、そもそもここ、人がいなさ過ぎて……映画のエキストラって皆こういうもんなんですか?」

 俺の言葉に、駅長さんはキョトンとした顔をする。

「ええ? 映画? なんでですか?」
「えっ?」

 また噛み合わない。根本的な会話といい、笑いのツボといい、どうにもこの駅長さんと噛み合わないことが多過ぎて、いまいち据わりが悪い。
 駅長さんはしばらく「うーん」と首を傾げたあと、ようやく思い至ったという顔になった。

「ああ、パラレルライン後悔駅なんていう変な名前だから、これが映画セットだと思い至った訳ですね」

 そのひと言に、俺はほっとした。

「なんだあ……、やっぱり嘘臭い名前だって思ってたんじゃないですか」
「そりゃ後悔駅だったら、百歩譲って日本のどこかにあるかもしれないですけど、パラレルラインの名称はいろいろと嘘臭いじゃないですか」

 そこで駅長務めている人が、なんでこんなことサラッと言うんだよ。
 思わず頭を抱えそうになったものの、どうにもさっきまで据わりが悪くて落ち着かなかった雰囲気が霧散していた。
 笑いのツボが独特かと思いきや、この駅長さんは意外と会話上手だったらしい。
 駅長さんは俺の言葉に「違いますよ」と教えてくれた。

「ここの路線がこういう名前なのには、きちんと意味がありますから」

 駅長さんが更に言葉を重ねようとしたとき、こちらにカツカツと足音が響いてくるのに気が付いた。今まで誰もいなかったはずなのに。
 人通りが全くなかった駅前に、影が伸びてきた。その影はずいぶんと慌ててこちらに近付いてくる。
 やがてこちらに姿を見せた人を見て、俺はキョトンとしてしまった。
 髪をひっつめ髪にまとめてはいるものの、どう見たって無理矢理まとめただけで、髪の癖があちこちからピンピンと散らばってしまっている。肩に背負っている鞄も着ている通勤用パンツスーツも、どことなく着崩れてしまっているし、靴に至っては履き潰してしまったらしくベコンベコンと音を立てている。
 明らかにボロボロな女性に、俺はどうしようと思っていたら。
 俺より先に駅長さんが口を開いた。

「ようこそパラレルラインに。入場券はお持ちですか?」
「入場券って……これでしょうか?」

 女性は鞄から一枚紙を取り出す。それは皺が付いてしまっていたけれど、駅長さんは気にする素振りを見せることなくそれを覗き見る。

「確認しました……新しい路線に乗り換えをご希望ですか?」
「えっ?」

 俺とボロボロの女性は、ほぼ同時に同じことを言った。
 意味がわからなかった。
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