後宮なりきり夫婦録

石田空

文字の大きさ
7 / 23

花妃の証言

しおりを挟む
 月鈴の言葉に、花妃は困ったように袖を口元で押さえ、空燕を見て、そして侍女の静芳を見た。
 彼女からしてみれば戸惑いに悲しみ、焦りが胸中を入り乱れて、息をするのすらひと苦労していることだろう。
 それは仕方がない。彼女の愛する陛下は未だに昏睡状態で目が覚めない。おまけに、元凶を捉えなければ二度と会えないと言われているのだが。
 それを言い切るのが信用できるかどうかがわからない方士であり、愛する陛下も影武者を立てているのだ。
 信じていいか、迷うのは誰だってわかる。

(お願いだから、頷いて欲しい……さすがに私たちだって、助かる可能性のある人間を見殺しにするのは気が引ける……だから)

 月鈴は祈る気持ちだったが、やがて花妃は口を開いた。

「……あなた方の言葉に嘘はないとお見受けします。静芳も助けてくださいましたしね。わかりました。わたくしでよろしければ、協力致しましょう」
「ご厚意に感謝する」
「ただし、わたくしは陛下を愛しております。その陛下の魂が尽きて二度と目が覚めないとおっしゃるのでしたら、わたくしはあなた方を許しませんことを、ゆめゆめ忘れないでくださいまし」
 暗に「失敗したら実家の権力を総動員して叩き潰す」と言われたことに、肝が冷えたが。とりあえず右も左もわからない後宮内で、後ろ盾ができたことだけはたしかだった。
「わかった。さすがに我々も国が傾くような真似は、致したくないので」

 月鈴はそこで一旦口を結ぶと、空燕に交替した。

「それでだが……兄上が倒れた日の予定は、文官たちから確認したが、不審な点が見当たらなかった。兄上が倒れるまでの間の、兄上と妃たちの一日の生活を教えてはいただけないだろうか?」
「わたくしも、全員分までは把握はしておりませんが……静芳。後宮内の妃のお話をしてくださる?」
「かしこまりました」

 静芳は袖の下に用意していた筆と紙で、さらさらと書きはじめた。

「現状、妃様方は、花妃様も含めて五人おられます。まだ陛下が即位されてから時間があまり立っておりませんので、どの妃様も懐妊はしておられません」
「五人か……兄上が倒れる前に会ったのは?」

 渡りのことは、警備の問題で必ず後宮に報告が入る。お忍びでの渡りは、よっぽどのことがない限り行わない。それに静芳に替わって花妃が答える。

「わたくし……ですね。わたくしの目の前で、陛下が倒れました。陛下は、週に三回、必ず妃の館に入りひと晩過ごされていました。その日の順番はわたくしだったんです」
「なるほど……」

 秋華も「泰然陛下は人ができている」と太鼓判を押していた。彼は特定の妃を寵愛することなく、順番と節度を守って妃たちと付き合っていたがために、妃同士もそれぞれ連絡を取り合っていたのだろう。

「順番が違えることは?」
「……ときおり月のものが異常を来せば、ずらすことがございますが。それでも週に三回の頻度は変わりませんでしたし、二週間に一度は必ずどの妃も陛下と館で生活を送っておりました」
「なるほど。すまんな、聞きづらい話をしてしまって」
「いえ……」
「他の妃たちのことを教えてはもらえないだろうか?」

 花妃が淡々と妃たちの話を語る中、月鈴は考え込んでいた。

(必ず週に一度は妃たちと会っていた……つまり、妃たちの中に方士がいた場合、その人にも必ず週に一度会っていて、そのときに外法を仕込まれた可能性もあると……しかし、思っている以上に泰然様は後宮に通い詰めだったようだな……)

 そこでふと、思いついたことを尋ねてみた。

「陛下はたびたび山茶花館に出かけ、療養中の方々を見舞っていたとお伺いしておりますが、どこで出かけてらっしゃったんですか?」
「ええ……これも二週間に一度……つまり五人の妃たちの渡りが一周回ったあとに、出かけてらっしゃっていました」
「ありがとうございます」

 そのときは、護衛を伴って山茶花館で兄たちを見舞って、嘆いている秋華や侍女たちを慰めていたのだろう。彼の性格上、ここで浮気をしていたとは考えにくい。
 全てを聞き終えてから、最後に月鈴は「静芳」と声をかけた。

「なんでしょうか?」
「もし花妃様がお許しくださるのだったら、昼食までの間だけでかまわないから、後宮内の案内をしてくれないだろうか?」

 途端に静芳が顔を赤く染めた。それに月鈴はキョトンとした。

「静芳?」
「い、いえ。なんでもありません。とにかく、後宮内の案内ですね? わかりました。ただ、先日も申しましたが、時間により妃様方の侍女が中心になって行動する時間が決まっております。その時間を遵守してくださるのでしたら」
「それでかまわない。あなたにはいつも助けてもらっているな。ありがとう」

 そう言って月鈴がにこりと笑ったら、またも静芳はそっぽを向いてしまった。
 花妃たちが帰って行ったあと、月鈴は困った顔で空燕を見上げた。

「私はなにか、静芳に対して失礼なことをしただろうか? 彼女には手伝ってもらって本当に感謝しているんだが」
「俺はなあ……月鈴。お前さんが人に対して本当に親切なところは気に入っているが、人をたらし過ぎるところは好かんなあ」

 そうチクリと言われて、思わず月鈴は目を細めた。

「人に親切にしたら勝手に好かれて困ると言うなら、誰にも親切にできないだろうが」
「まあ、そうなるな。それじゃ方士失格だ。仙人を目指す以上は徳を積まにゃどうにもならんからな。それはさておいて、俺もいい加減影武者稼業に戻らないといけないが」
「ああ……そうだな、すまない」

 残っている食事をさっさと平らげながら、空燕は告げる。

「少なくとも、敵はどこにいるかはわからんが、方士だということだけは間違いない。あまり油断するなよ。俺よりも方術に長けているとはいえど、そんなお前さんでさえも尻尾を掴ませないということは、相手はそろそろいつ仙人になってもおかしくない方士である可能性もあるんだからな」
「……わかっている。私もだが、ここで暮らす宮女たちがこれ以上魂を食らわれてはたまらないからな」

 まだ若い身空で生きた屍に替えられた挙げ句、方術で操られて屍兵として使役されるのは、外道にも程がある。
 これ以上宮女たちの魂を抜かれる訳にも、屍兵を増やされる訳にもいくまい。
 ふたりは解散してから、一旦月鈴は宮女の姿になり、静芳と約束の場所へと向かったのだ。

****

 静芳と約束の場所……医局で落ち合うと、そのままふたりで歩きはじめる。

「それにしても……それぞれの妃様たちを監視するのではなく、花の観察、ですか?」

 花を愛でてはんなりと笑う性分でもない月鈴を、半眼で静芳は眺める。それに対して月鈴は大きく頷いた。

「ああ、花にもいろいろあるからな。屍の腐敗を防ぐ花、屍兵が逃げる花、どちらでもなく美しく咲き誇るだけの花などなど……」
「要は今まで行方不明になった宮女たちが、その花壇に隠されている可能性もあると?」
「もちろん」

 実際、月鈴は桃の木を館内に焚き込めることにより、屍兵避けを施した。そして花妃にも桃の香油をあげたが、彼女はそれに対してなんの反応も示さなかった。あれは破邪の力の強いものであり、屍兵がいたら簡単に祓われてしまい、方士であったとしても操れなくなるというのに。
 だとしたら残る四人の妃の館を囲む庭を見て回り、それで屍兵の出所と方士の特定をしようと試みているのだ。

(もっとも……相手が空燕が指摘するような、既に仙人になりかけているような大物方士であった場合……私でも対処できるかどうかは怪しいが。だが放置していても、雲仙国のためにもならないからな)

 既に三人の皇帝陛下の魂が抜かれているが、方術修行に明け暮れ、なおかつ破邪を施した館で過ごした空燕は、確認したが三魂七魄どれをとっても削られた形跡がなかった。だから守る方法は月鈴のもので合っているのだろう。
 だが、敵が屍兵をつくるのに手段を選んでいないとしたら? 後宮であったら、宮女以外だと宦官以外は身動きがなかなか取れない。ここで屍兵をつくれば、捜査が大幅に遅れるのである。
 だからひとまず、花壇を見極めることにする。
 だんだんと、白と紅で色が霞んできた。

「おお……」
「このあたりは梅園ですね。先代の妃様がつくるのを命令し、これがあまりに美しいものなため、妃様が後宮を離れたあとでも残してらっしゃるんです。あの……この梅園はなにかしら怪しいことは……」
「梅もまた、破邪の花だな」

 そう月鈴が言う。

「縁起物として使われる花は、基本的に破邪の花と思ってくれてかまわない。方術でもそう学んでいる」
「はあ……私はてっきり、もっと難しい謂われがあるのかと思っていましたが」
「方術も民間に浸透しているからな。民間信仰で縁起物としてありがたがっているものは、大概は方術でも破邪のものだから尊ばれているものだ」

 梅の澄んだ匂いを嗅ぎながら、しばし静芳と月鈴は、梅見を楽しんでいた。
 それからしばらく歩く。
 もうしばらくすれば、他の妃たちの侍女が往来を歩くようになるため、花妃付きの侍女である静芳が歩き回るには難が出てくる。そのため急がねばならなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迦国あやかし後宮譚

シアノ
キャラ文芸
旧題 「茉莉花の蕾は後宮で花開く 〜妃に選ばれた理由なんて私が一番知りたい〜 」 第13回恋愛大賞編集部賞受賞作 タイトルを変更し、「迦国あやかし後宮譚」として5巻まで刊行。大団円で完結となりました。 コミカライズもアルファノルンコミックスより全3巻発売中です! 妾腹の生まれのため義母から疎まれ、厳しい生活を強いられている莉珠。なんとかこの状況から抜け出したいと考えた彼女は、後宮の宮女になろうと決意をし、家を出る。だが宮女試験の場で、謎の美丈夫から「見つけた」と詰め寄られたかと思ったら、そのまま宮女を飛び越して、皇帝の妃に選ばれてしまった! わけもわからぬままに煌びやかな後宮で暮らすことになった莉珠。しかも後宮には妖たちが驚くほどたくさんいて……!?

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

呪術姫の後宮物語

渡辺 佐倉
キャラ文芸
中華風ファンタジー世界の後宮もの短編です。 さくっと短めです。 十五の一族からそれぞれ一人ずつ後宮に嫁入りをする国のお話。 十五の一族の中でも最も権力や財力の無い一族から後宮入りに選ばれたのは李佳だった。 基本的に後宮では有力な一族の姫が優遇される。 一人ぼっちの生活になると思っていた李佳だが、噂によると王は姫たちが悲鳴を上げるほど不細工らしく……。 ※孤というのはこの世界の王様の一人称です。 他サイトにも同名義で同じものを載せています

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

処理中です...