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ぬっぺっぽう
十
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店子は傾いた男と百合たちを連れ、店へと案内してくれた。
どうも本当にお茶屋だったらしく、一室を貸してくれた。
「本当に、こちら直せますか……?」
「接ぐから、完全に元に戻せるって訳じゃないさ。だが、いい見た目にはしてくれようぞ」
傾いた男はからからと笑った。それに店子はほっとしたように息を吐き「どうぞよろしくお願いします」と頭を下げて出て行った。
百合は男の荷物を眺めていた。
「……ひとり旅にしてはずいぶんと多いですね?」
「なにぶん修理するもんが多いからね。じゃあ金継ぎをはじめようか」
「金継ぎですか……」
金継ぎは漆塗りの一種である。漆を使って器を継ぎ、その継ぎ目を美しく見えるよう金粉を施す。継ぎ目を継ぐことはいくらでもできるが、家宝を美しい芸術にまで昇華できる人間はそこまで多くはない。
男は荷を崩すと、さっさと用意をはじめた。
「そこの坊主。漆は大丈夫かい?」
「うるしって?」
「強い樹液さ。少し匂いを嗅いだり触ったりするだけでかぶれて爛れる奴もいるんだが」
「うーん? 多分大丈夫」
「そうかい、そいつはよかった」
男はそう言いながら、持ってきていた石を取り出すと、その石で店子から預かった器の破片を磨きはじめた。
「それは?」
「やすりさ。まずは破片をひとつひとつ磨きかけるのさ」
「まあ、そうですよね」
百合はそれをしばらく眺めていると、男はときどき破片を眺めながら、その都度割るのだ。それに小十郎は驚いて目を剥く。
「直すんじゃなかったのか……?」
「さっきも言ったけれど、せっかくだからきちんと直してやりたいさ。ただ継がれただけじゃ、いい品が浮かばれない」
「でも粉々に」
「粉々になんかしちゃいねえさ」
男は小十郎の唖然とした言葉も、次々とかわしてしまった。
今度は男は粉と液体を混ぜはじめた。その液体は独特のにおいがし、小十郎は鼻を抑える。
「……臭い」
「臭いって感じるのはいいことさ。異物がわかるってことだからなあ。あとあんまり近付くんじゃねえぞ。かぶれるからな」
小十郎はぴゃっと百合を盾にしてしまったが、百合は大人しくそれを眺めていた。
(この方……私には一度も漆の確認をしていない)
漆は肌で触ると弱い人間はかぶれるし、ひどいときは顔が腫れ上がる。だから漆を使って継ぎを行う場合も合わない人間は作業中は遠ざかるのが基本であったが。
百合は男をまじまじと見た。
(私がかぶれないことを、この方は知っている……?)
百合の見た目は限りなく彼女が人間だった頃に近い見た目であり、年頃の娘がかぶれないよう事前に言うはずだが。もし小十郎に指示をしていなかったら百合も見落とすほどの違和感だったが、小十郎には普通に警告をしているのだ。
(どうして……?)
百合が歯がゆく思いながらも、男の作業工程は進んでいく。
粉と漆を練り上げたもので、あれだけバラバラだった器を継いでいく。それらをきちんと固定させてから、一旦作業は終わった。
「まずは漆を固めねえといけねえからなあ」
「すぐには直せないんだな」
「ははは、漆は生物だから、その都度加減を見ながらじゃなきゃなんともならねえもんさ。絡繰りみたいにゃいかねえなあ」
「……!」
百合は思わず息を飲んだが、男は気付かないふりして、部屋を出て行った。
「ちょっと店子にどれだけ泊まれるか聞いてくらぁ。そういや、姉さんたち宿はどうすんだい?」
「これから探そうかと」
「今から探すってんならやめときな。京は日帰りならばいざ知らず、宿はなかなか取れやしないよ。野宿したくねえなら、大人しく俺と一緒に泊まりな」
言いたいことだけさっさと言って退散した男を、百合は唖然と眺めていた。
「師匠?」
「いえ……あの方。何者でしょうか」
「腕はすごいから、すごい職人だなとは思うけど」
小十郎に言われて、百合は思わず目を剥いた。
あれだけ無造作に壊してから継いだと思っていた器。まだ金粉すら振られてないというのに、見事に椿の模様になっている。ここに更に漆を塗り、金粉を振れば、地の器と共に見事な細工となるだろう。
「あの方、本当に……」
百合はぽつんと漏らした。
****
宿の滞在は七日間。その間に茶器を仕上げるということになった。
食事が次々運ばれてくるが、百合はそもそも食事ができない上に、男は酒ばかり飲む。食事は全て小十郎が食べていた。
「なんだか味がしねえな」
「はっはっは。京は海が遠いから、どうしても乾き物ばかりになるからなあ」
「そうなのか? でも漬物はおいしい」
「この辺りの野菜は割と新鮮なのさ。あんたたちからもらった野菜もまた美味いもんだったしなあ」
そう言いながら男は酒を飲む。それを見かねて百合は口を挟む。
「あのう……酒を飲むならせめてあてで漬物でも。ほら、小十郎。この方に漬物を」
「ガキは食え食え。食えるときに食っとかねえと動けねえからなあ。それに、このお師匠さんだって修理しなけりゃなるめえし、直ってねえのにいつまでも動くのは都合が悪いしな」
「……あなた、やっぱり」
百合は男を見た。
やけに腕のいい職人。それでいて泥棒をこかすような反射神経が鋭い。そして百合が人間じゃないとさっさと見抜いた。
「ああ、見た目が違うから気付かなかったかい。八百比丘尼に呪われたおひいさん」
「……あなた。あのときの、尼僧様が連れていらっしゃった……?」
しかし百合はあのときにたったひと晩で人間の頃の百合そっくりな絡繰り人形をこしらえてくれた男のことを、思い出そうとすればするほど、頭にもやがかかって思い出せない。だが少なくともこれだけ傾いてはいなかったはずだ。
百合が混乱しているのを、男はにやにや笑って眺めている。
「果心居士。まあ、なんでもできるなんでも屋だなあ」
男はそう答えて、酒をかっくらった。
どうも本当にお茶屋だったらしく、一室を貸してくれた。
「本当に、こちら直せますか……?」
「接ぐから、完全に元に戻せるって訳じゃないさ。だが、いい見た目にはしてくれようぞ」
傾いた男はからからと笑った。それに店子はほっとしたように息を吐き「どうぞよろしくお願いします」と頭を下げて出て行った。
百合は男の荷物を眺めていた。
「……ひとり旅にしてはずいぶんと多いですね?」
「なにぶん修理するもんが多いからね。じゃあ金継ぎをはじめようか」
「金継ぎですか……」
金継ぎは漆塗りの一種である。漆を使って器を継ぎ、その継ぎ目を美しく見えるよう金粉を施す。継ぎ目を継ぐことはいくらでもできるが、家宝を美しい芸術にまで昇華できる人間はそこまで多くはない。
男は荷を崩すと、さっさと用意をはじめた。
「そこの坊主。漆は大丈夫かい?」
「うるしって?」
「強い樹液さ。少し匂いを嗅いだり触ったりするだけでかぶれて爛れる奴もいるんだが」
「うーん? 多分大丈夫」
「そうかい、そいつはよかった」
男はそう言いながら、持ってきていた石を取り出すと、その石で店子から預かった器の破片を磨きはじめた。
「それは?」
「やすりさ。まずは破片をひとつひとつ磨きかけるのさ」
「まあ、そうですよね」
百合はそれをしばらく眺めていると、男はときどき破片を眺めながら、その都度割るのだ。それに小十郎は驚いて目を剥く。
「直すんじゃなかったのか……?」
「さっきも言ったけれど、せっかくだからきちんと直してやりたいさ。ただ継がれただけじゃ、いい品が浮かばれない」
「でも粉々に」
「粉々になんかしちゃいねえさ」
男は小十郎の唖然とした言葉も、次々とかわしてしまった。
今度は男は粉と液体を混ぜはじめた。その液体は独特のにおいがし、小十郎は鼻を抑える。
「……臭い」
「臭いって感じるのはいいことさ。異物がわかるってことだからなあ。あとあんまり近付くんじゃねえぞ。かぶれるからな」
小十郎はぴゃっと百合を盾にしてしまったが、百合は大人しくそれを眺めていた。
(この方……私には一度も漆の確認をしていない)
漆は肌で触ると弱い人間はかぶれるし、ひどいときは顔が腫れ上がる。だから漆を使って継ぎを行う場合も合わない人間は作業中は遠ざかるのが基本であったが。
百合は男をまじまじと見た。
(私がかぶれないことを、この方は知っている……?)
百合の見た目は限りなく彼女が人間だった頃に近い見た目であり、年頃の娘がかぶれないよう事前に言うはずだが。もし小十郎に指示をしていなかったら百合も見落とすほどの違和感だったが、小十郎には普通に警告をしているのだ。
(どうして……?)
百合が歯がゆく思いながらも、男の作業工程は進んでいく。
粉と漆を練り上げたもので、あれだけバラバラだった器を継いでいく。それらをきちんと固定させてから、一旦作業は終わった。
「まずは漆を固めねえといけねえからなあ」
「すぐには直せないんだな」
「ははは、漆は生物だから、その都度加減を見ながらじゃなきゃなんともならねえもんさ。絡繰りみたいにゃいかねえなあ」
「……!」
百合は思わず息を飲んだが、男は気付かないふりして、部屋を出て行った。
「ちょっと店子にどれだけ泊まれるか聞いてくらぁ。そういや、姉さんたち宿はどうすんだい?」
「これから探そうかと」
「今から探すってんならやめときな。京は日帰りならばいざ知らず、宿はなかなか取れやしないよ。野宿したくねえなら、大人しく俺と一緒に泊まりな」
言いたいことだけさっさと言って退散した男を、百合は唖然と眺めていた。
「師匠?」
「いえ……あの方。何者でしょうか」
「腕はすごいから、すごい職人だなとは思うけど」
小十郎に言われて、百合は思わず目を剥いた。
あれだけ無造作に壊してから継いだと思っていた器。まだ金粉すら振られてないというのに、見事に椿の模様になっている。ここに更に漆を塗り、金粉を振れば、地の器と共に見事な細工となるだろう。
「あの方、本当に……」
百合はぽつんと漏らした。
****
宿の滞在は七日間。その間に茶器を仕上げるということになった。
食事が次々運ばれてくるが、百合はそもそも食事ができない上に、男は酒ばかり飲む。食事は全て小十郎が食べていた。
「なんだか味がしねえな」
「はっはっは。京は海が遠いから、どうしても乾き物ばかりになるからなあ」
「そうなのか? でも漬物はおいしい」
「この辺りの野菜は割と新鮮なのさ。あんたたちからもらった野菜もまた美味いもんだったしなあ」
そう言いながら男は酒を飲む。それを見かねて百合は口を挟む。
「あのう……酒を飲むならせめてあてで漬物でも。ほら、小十郎。この方に漬物を」
「ガキは食え食え。食えるときに食っとかねえと動けねえからなあ。それに、このお師匠さんだって修理しなけりゃなるめえし、直ってねえのにいつまでも動くのは都合が悪いしな」
「……あなた、やっぱり」
百合は男を見た。
やけに腕のいい職人。それでいて泥棒をこかすような反射神経が鋭い。そして百合が人間じゃないとさっさと見抜いた。
「ああ、見た目が違うから気付かなかったかい。八百比丘尼に呪われたおひいさん」
「……あなた。あのときの、尼僧様が連れていらっしゃった……?」
しかし百合はあのときにたったひと晩で人間の頃の百合そっくりな絡繰り人形をこしらえてくれた男のことを、思い出そうとすればするほど、頭にもやがかかって思い出せない。だが少なくともこれだけ傾いてはいなかったはずだ。
百合が混乱しているのを、男はにやにや笑って眺めている。
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