魔法執政官エイブラム・ウィルズの尋常ならざる日常

石田空

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禁書室の殺人は禁術法が適用されるのか否か

恋文の隠し事

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 エイブラムが鞄から取り出したのは、円陣の書かれた羊皮紙であった。エイブラムは自身の指を噛み切ると、血をじわりと羊皮紙に染み込ませた。
 途端に円陣が光り輝く。
 中から出てきたのは「クゥーン……」と鳴き声を上げる黒い犬だった。

「わあ! 可愛い!」
「妖精犬のクーシーだな。よし、ちょっと中身を確認してくれ」
「クゥーン……」

 クーシーは普通の犬のように愛らしく鳴いたかと思ったら、エイブラムの広げたラブレターの匂いを嗅ぎはじめる。

「この匂いの持ち主を探してもらえるか? 大切なことなんだ」
「クゥーン」

 クーシーは尻尾をブンブンと振り回してから、とことこと歩きはじめた。
 エイブラムはレイラを伴って、ふたりでクーシーの後をついていく。
 警備兵に挨拶をしてから、古書店を出ると、どんどんクーシーは脚を早めていった。

「クーシー、脚が早いですね……でも、エイプリルさんのラブレターの持ち主が、もし妻子持ちだったら、別の問題が発生しないですか?」
「不倫関係維持のための、殺人とかかい?」
「ええっと……はい」
「うん。それはないと思うよ。あとであのラブレターに付けられていた魔道具も確認してみるけどね」

 そうあっさりとエイブラムに否定され、それにレイラは首を捻りながらもクーシーに付いていった。
 やがて、路面列車を通り過ぎ、賑やかな商店街も経過していく。だんだん人通りが少なくなり、レイラはパレッタでまとめた髪を揺らして困る。

「あのう……こんなところに住んでる人って」
「ふむ。やっぱりか。エイプリルさんの無実は証明されそうだ」
「ええ?」
「ほら」

 だんだん拓けてきた場所には、石が並んでいた。
 どこにも名前が刻まれ、花が供えられている。
 墓場であった。クーシーが墓石のひとつの前で座るとブンブンと尻尾を振った。

「ご苦労」
「あのう……これって」
「エイプリルさんの墓だね」

 そこは亡くなったエイプリル主人の墓であった。思わずレイラは本を見る。

「つまり……エイプリルさんは、亡くなったご主人のラブレターに魔道具を付けてたってことですか?」
「あの皮カバーの焼けたあとを見てピンと来たんだ。付けられていた魔道具のせいで禁書になってしまったんだよ」
「そんな禁書になったのって……」
「あれは研究予算が足りない魔法使いがアミュレットと称して小遣い稼ぎで売っていた鍵さ。あれを使えば大事なものは見られる心配はないっていうね。そりゃ禁書になったら、魔法使いと解除法のわかる人間以外だったら読むことなんてまずないからね。そんなジョーク品が、よりによって禁術法のせいで冗談じゃ済まなくなってしまったのさ」
「じゃあこれだけ魔法学院や施設に寄贈しなかったのは……」
「……ラブレターを寄贈するのは、よっぽどの物好きだからね」

 そりゃエイプリルが「違います」「そんなことしてません」と言い張るはずだ。
 なによりも、主人のラブレターを後生大事に禁書にしてまで取っていただけだというのに。まさかそれが原因で大切な人が死んでしまったなんて、ジョークにしてもあんまりだ。

「……本当に、大切にしていただけですのにね。あのう、このラブレターは」
「これは魔法執政官が押収しないといけないものだから、押収しておこう。そしてそれがついうっかりと、容疑者にされてしまった女性に渡ったとしても、見ないでおこう。でも魔道具が壊れてしまったせいで、エイプリルさんも読めなくなってしまったからね。そこだけはどうにかしようか」

 そう言って、エイブラムは歩きはじめた。
 その姿を見て、レイラはにこりと笑う。

「はいっ」

****

 皮カバーにかけられている魔法を解くために、知人の解呪師たちに頼んで解除してもらい、皮カバーの魔道具の代わりにごくごく普通の鍵に付け替えておく。
 もう二度と悲劇が起こらないように。
 釈放され、無事に返却されたエイプリルは、ポロポロと涙を流していた。

「ありがとうございます、ありがとうございます……」
「エイプリルさんも災難でしたね、まさかあんなことになってしまうなんて」
「はい……」
「魔法使いも、自分基準で物事を推し量ってしまうため、自分が解除できるものは他も解除できると思いがちです。できれば魔道具は、一般の方々は触れない方がいいですよ」
「ありがとうございます……本当に……気を付けます」

 そう言って、エイプリルは何度もペコペコと頭を下げて、帰って行った。
 それを見送りながら「でも……」とレイラはエイブラムに尋ねた。

「どうしてご主人、禁術法の生命保険に入ったんでしょうか? あれのせいで、エイプリルさんも殺人容疑がかかっちゃったようなもんですし」
「ありゃ普通に、奥さんが大事だっただけだと思うよ。ややこしくなったのは、外野の横やりのせいだろうさ」
「横やり……ですか」

 レイラはシルバーフレームのメガネを押し上げながら首を捻ると、エイブラムは夕飯前にと、スコーンを囓った。ジャムはコケモモが一番いい。
 サクリと食べてから、エイブラムは言ってのけた。

「奥さんが大切にしているものが壊れてしまったから、なんとかしようとしたところを事故ってしまったんだろうさ。大方これを魔法学院の関係者にでも見せて修繕してあげたかったんだろうが、まあ……」
「……禁術法、どうにかならないんですかぁ?」

 レイラはむくれた顔で、紅茶をすすった。
 そもそもここまで話がややこしくなったのは、禁術法が制定されてなかったら、もっと早くに魔法修繕師に見せれば助かった話なのに、法律が邪魔をして、禁書にしてしまう魔道具の修繕に時間がかかるようになってしまったからだ。そんなただの日記すら禁書に変えてしまうようなもの、禁術法に大きく引っかかってしまう。
 エイブラムは紅茶の湯気が漂っていくのを眺めた。

「そりゃあな。何度だって『やめろ』とお偉方に言い続けるしかないさ」

 魔法使い以外には関係なかったはずの法律が、こうして一般人の日常生活すら脅かしている。ドミノ倒しは、なかなか止まってはくれないのだから。
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