かつて勇者の反逆令嬢

石田空

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三章 婚約破棄と革命組織

2話

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 そのまま中庭を通って案内された先には、白いテーブルにたっぷりのお菓子を並べた、いかにもお茶会の場という場面だった。たしかに、お見合いらしい現場だ。
 そこで立ち上がって礼をしてきたのは、黒い髪を無理矢理ひとつにまとめた男性であった。年はティオボルドと変わらないだろうが、その金色の瞳の獰猛さは、貴族の嫡男と呼ぶにはやや無理があるように思えた。
 ドレスコートがひどく似合わず、筋肉で肩幅から胸板、太股までパツンパツンに張っているのが目に入る。

「ようこそ、レニー嬢! 我が屋敷へ!」

 その声は腹から出た声で、ブルブルと耳の奥が震えて、キィーン…………と音が突き抜けていく。
 ティオボルドは事前に手て防いでいたが、もろに声を聞いたハンナは、足元がおぼつかなくなって倒れそうになったので、慌ててレニーが彼女の腰に手をかけて支えた。

「……招待にあずかり光栄です、ヴェアナー様」

 レニーの剣呑とした態度も、ヴェアナーは腹から出る声は、ちっとも気にしてないという素振りだった。

「いやいや、日頃から男装をし、剣を振るっておられる変わり者のご令嬢とお伺いしておりましたが! 今日はずいぶんと愛らしい格好ですなあ!」

 そう豪快に笑い飛ばされ、またも耳がキィーンとなる。
 ハンナがまたもヘロヘロになって倒れそうになっているのを、今度はティオボルドが支えているのを横目に、レニーは口を開いた。

「……それで、俺のことをどこでご覧になったんでしょうか? 俺は貧民街と屋敷を往復しておりましたが、ヴェアナー様とお会いしたことは一度もありませんので」

 レニーはできる限り、剣呑とした声色を使う。相手を挑発しているつもりだが、レニーの内面はともかく、今の外見はただのごくごく普通の令嬢なのだ。ふんわりと柔らかなドレスに、手に日傘を持つ様は、ただ愛らしい。黒く長く伸びた髪も、ルビー色の挑発的な色を帯びた瞳も、相手を牽制するにはいささか心元ない。
 しかし意外なことに、先程からこちらを豪快に笑い飛ばしていたヴェアナーの金色の瞳が、いささか揺れた。
 ……これはただの脳筋じゃない。彼は、古典魔法を普通に使える。
 レニーはそう判断し、手元の日傘を強く握った。日傘全体に強化タイティングをかけると、足を大きく踏み出した。
 コルセットが胸から腰を圧迫し、ドレスの裾が太股の動きを制限して動きづらい。しかし短期予知プレディクションでヴェアナーの動きを読む。
 あちらもすでに短期予知プレディクションを使っていたのだろう。レニーが大きく日傘を振るった先で、手首で日傘の動きを止めた。そのまま掴んで折ろうとするところを、レニーがヴェアナーの腹目掛けてヒールで蹴り上げたために、一瞬だけ隙が生まれ、日傘を奪い返して、床に着く。
 ふたりが突然やり合いはじめたことに、ハンナが悲鳴を上げる。

「お嬢様! いったいなにを考えてらっしゃるんですか!?」
「……そもそもおかしいな、これは」

 ハンナが顔面蒼白でふたりがやり合っている中、ティオボルドは顔をしかめながらも冷静に、ふたりが戦っているのを見た。それにハンナはお下げを揺らして抗議する。

「いったいなにがおかしいんですか? 襲い掛かったお嬢様ですか、それともお嬢様を殴ろうとしているヴェアナー様がですか? そもそもどうして見合いの席で見合い相手と決闘をしなくてはならないんですか……!」

 パニックを起こして一気にまくしたてるハンナに、ティオボルドは若干頬を緩めて答える。

「レニー様は、ときおり古典魔法を使ってらっしゃるが。ヴェアナーも使っているみたいだなと」
「それのなにがおかしいんですか……!」
「……そうなることが事前にわかっていたみたいだからな。でなかったら、わざわざこの場で見合いなんてしない」

 わざわざ決闘の場にふさわしいように、ヒールのレニーでも戦えるように、庭は石ひとつ片付けられてしまっている。これならばヒールが刺さって抜けなくなったり、蹴躓いてバランスを崩すこともない。
 何故わざわざ、レニーに戦い方を合わせるのか。
 そもそもそれ以前に、レニーがヴェアナーを襲うことがわかっていたのがおかしいのだ。
 ハンナは目を瞬かせて、ティオボルドを見る。

「なにが言いたいんですかぁ……」
「……俺もその辺りの管轄じゃ働いたことがないから詳細は知らないが、ミイルズ教団のお抱え聖女は、今代じゃほとんど誰も使うことのできない魔法を使うらしい」
「お嬢様みたいな、古典魔法を……?」
「レニー様も、実践向けの魔法しか使えないし、聖女の使うような奇跡に等しい魔法なんかは使えないさ。その聖女は……大陸全ての森羅万象をことごとく予言できるらしい」

 それにハンナは返す言葉が見つからなかった。
 どう考えても、今レニーと戦っているヴェアナーは、ミイルズ教団の聖女の予言を受けて行動しているように思える。
 つまりは、ミイルズ教団がレニーに対してなにかしら思うところがあるということだ。
 ……この大陸は、かつて勇者が魔王を討伐して以来、一度たりとも大陸を股にかけるような戦争は行われていない。それらは全て、ミイルズ教団による徹底した監視社会によるものだが、もし現状に不満を持っている貧民街にいる者たちの存在が知られれば……レニーが彼らに資金援助をしていることを知られれば。

「お嬢様ぁ、もう帰りましょうよぉ……わたし、嫌ですよぉ、お嬢様の身になにかがあったらと思うとぉ……」

 とうとうハンナは耐え切れずに泣き出してしまった。それを困った顔でティオボルドは眺める。

「ハンナ、君はずいぶんとレニー様のお見合いに賛成していたじゃないか。いいのかい?」
「いいのかいもなにもぉ……わたし、レニー様がミイルズ教団に捕まるのなんて嫌ですしぃ」

 ワンワンと泣き出した声を聞きながら、レニーはヒールでヴェアナーの腹を蹴りつつ、跳躍する。

「落ち着け、ハンナ。俺はまだ誰にも捕まっちゃいない」
「お嬢様! では、何故……」
「そんなの決まってるだろ。ヴェアナー」

 ようやくヴェアナーは手を休めた。ヒールで大きく蹴りを入れたにもかかわらず、ヒールは彼のドレスコートを貫くことはなかった。強化タイティング短期予知プレディクションか、それとも聖女の使う特殊な魔法か。どっちにせよ、既に神殿騎士を辞めているはずの彼は、未だにミイルズ教団が背景にあるということだけは理解ができた。

「これは俺に対する警告、ということでいいか?」
「はっはっは……! レニー嬢はまこと聡明なお方で助かりますなあ!」
「ふざけた茶番はもういい。お前、ティオボルドと違って、まだミイルズ教団と繋がりを断ってないないということでいいだろう?」
「それはもう……我らが麗しの聖女エデルの名の元に、世界を再び混沌に返すような種を、芽吹く前に摘まねばなりませんからなあ……!」

 その言葉に、レニーは止まった。
 レニーは未だに、今代のミイルズ教団の聖女の名前を知らなかった。
 聖女エデル。エデル。それは勇者アビーの恋人と、そっくりそのまま同じであった。
 ……アビーもエデルも、今代ではそこまで珍しい名前ではない。むしろどちらも魔王討伐の英雄の名として慕われ、子供に男だったらアビー、女だったらエデルと命名の際に勧められることは多い。
 そこで動揺してどうする。
 レニーは跳ね上がる心臓を鎮めて、日傘を手首にかける。もう戦う気はないという、意思表示だった。

「それで? 今回は警告で留めて、ミイルズ教団にでも報告するのか?」
「順序が逆ですな。私はミイルズ教団より、おかしな公爵令嬢の監視と警告をするよう通達されました。ええ、ええ。あなたはたしかに、ミイルズ教団の教義からはずいぶんと反する存在。そもそもミイルズ教団に心を預けぬ者など、前代未聞ですからな」
「馬鹿なことを……人の頭ん中を盗み見ることが教義だって言うのか? それができない人間のありとあらゆるものを奪ってか?」
「それらは大事の前の小事です。魔王の因子があるものを探す際に、邪魔になるのでどけたまでの話」
「邪魔だと……?」

 ヴェアナーの仰々しくも人を挑発させる物言いに、レニーは内心イラリとした。そもそもレニーのメイドであるハンナは、魔力が足りなく当然ながら礼拝で伝心テレパスを使うことなどできない。それを教義のためには仕方ないと切って捨てるのだ。
 おまけに、魔王の因子を見つけるための処置だと言い放っている。
 現在進行形で行われていることは、魔王の所業でないとどうして言い切れるのか。
 貧民街の地下水道で鍛錬を行っている人々のことを思った。彼らのほとんどは、この大陸においていないものとして扱われている者たちだ。
 大事の前の小事で、彼らは存在することすら許されていないのか。

「あんたたちのやり方は、たしかに合理的なのかもしれねえ。が、ちっとも綺麗じゃねえよ。全然好きになれねえ」

 レニーがそう吐き捨てるが、ヴェアナーはニタリと笑う。
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