これが私の歌声だ

石田空

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【ちょっとこれ見てみ。マジでアカウント消すかどうか考えないといけない】

 ある日私が宿題をしていると、唐突に東雲くんからアプリのメッセージが入った。張られているアドレスを訝しがりながら見て、私はびっくりする。
 それはひと言SNSのアドレスであり、キラキラとしたネイルで女の子だとわかるアカウントが見えた。

【新曲歌いました~♪】

 そのアカウントが宣伝している動画アカウントは、どこからどう見ても、私と東雲くんのものだった。
 どう考えてもそのひと言アカウントの持ち主は御坂さんで、よりによってあの子はネットでまで大嘘をついていたのだ。
 わざわざネットでまで嘘つかなくってもいいのに。なんで私から歌を盗ろうとするの。やめてよ。人気者だったら、無神経になにをやってもいいの。
 悲しいよりも、悔しいよりも「なんでそんなことするの?」という虚無が勝り、なんとも言えない不愉快さが胸中を占めていった。
 でも。その中で御坂さんのアカウントにあれこれ話しかけている人が目に入った。

【突然失礼します。『ひるドキッ』のADアカウントです。いい歌声ですね。よろしかったら火曜コーナーの『ご近所の金メダリスト』で取材をしたのですが、よろしいでしょうか?】

 それは地元ローカル局のお昼番組のアカウントからの申し出だった。
 私は思わず東雲くんにメッセージのやり取りをしているアドレスを付けた上で、メッセージを送った。

【どうしよう……御坂さんがテレビに取材されてる。これ、マジでアカウント消したほうがいいかな?】
【はあ!? いくらなんでも、地元でわざわざ嘘だってばれるようなことはしないとは思うけど】
【私たちの育てたアカウントなのに……どうしよう……】

 私がもっと早くに「やめて」「それは私たちのアカウント」と言えればよかったのに。でも、私。そんな人前で歌えないよ。
 しばらくしたら、唐突に通話が入った。

「はい……」
『木下。お前歌えるか?』
「え……?」
『あれはお前の歌だろ。いくらなんでも、それを御坂に取られていい訳ないし、御坂はあそこまで歌えないよ』
「で、でも……私。人前で歌えない……」
『木下、お前気付いてたか? 俺としゃべっているときは、そんなにどもらなくなったこと』

 そう言われて、私は思わず自分の口元に手を当てる。
 ……いつもは、本当にしゃべるのが駄目で、上手くやり取りすることができなかったのに。いつの間に東雲くんとちゃんとしゃべることができるようになったんだろう。
 私が考え込んでいる間に、東雲くんが語りかけてきた。その声色はひどく優しい。

『大丈夫だ。お前の歌はすごいよ。ちゃんと歌える。人前でだって、大丈夫』
「東雲くん……私」
『乱入しよう。どうせ御坂のことだから、テレビ局の前で歌うって宣言するから』
「……うん」

 テレビ局の前で歌うなんてこと、私にできるのかな。ただでさえ人前で歌えないのに。でも。
 私は東雲くんがつくってくれたアカウントを見た。
 アカウントのコメントひとつひとつが、【歌うっま!】【プロみたい】【オリ曲歌わんの?】と温かい。
 このアカウントを盗られて、本当にいいの? 私たちふたりで育ててきたのに。
 ……やっぱり嫌だな。そう思ったら、心が決まった。
 歌う曲は、御坂さんに合わせる。
 これは、私の歌声だ。
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