学園アルカナディストピア

石田空

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学園抗争編

バイトと不穏な影

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 スピカは寮に戻り、夕食の時間にようやく皆に合流した。ナブーの店でバイトをすることになったと言うと、アレスは「ふーん」と声を上げた。

「まあ、ナブー先輩のとこだったらいいんじゃねえの? 少なくともあの人に喧嘩を売ろうとする奴はいないだろ」
「そうだよねえ?」

 ナブーの持つアルカナ【魔法使い】はなにがどう強いのかはいまいちわからない。彼が手品をしているところ以外、皆見たことがないからだ。
 ただ彼がのんびりと歩いているだけで、人波がざっと割れる。皆が皆関わりたがらないのだ。ナブー本人は元気そうな上に温厚な性格だからアルカナ集めで無理矢理後輩からアルカナカードをカツアゲする真似もしない。
「命知らずがナブー先輩に喧嘩を売って、血祭りにでも上げられたんじゃないか? なぜかカウスさんまで敵にまで回したくないって言っていたし」とはスカトの意見である。いちいち喧嘩について詳しいのはなぜだろうとスピカは思ったが、ひとまず黙っておくことにした。
 スピカの報告に、ルヴィリエは少しだけ不満そうに頬を膨らませる。

「もーう、私がドレス代くらい見てあげるって言ったのにぃ!」
「悪いよ、そんなの。それに私がやってみたいんだからさあ」
「んー……でもこのひと月でアルカナ集めもずいぶん落ち着いてきたじゃない?」
「そういえばそうだね」

 最初は活発だったアルカナ集めも、ひと月経った今となっては、表立って行われなくなったように、少なくとも新入生からは見える。
 現にスピカがひとりで図書館にいても襲撃されなくなったし、食堂で待ち伏せを食らって戦わざるを得なくなったことも、今はそこまで多くない。
 しかしアルカナ集めであともうちょっとでアルカナが集まるという人を、スピカたちは聞いたことがなかった。

(どういうことだろう? 【世界】や【運命の輪】なんて、それぞれひとりずつくらいしかいないだろうけど。他のアルカナだったら集められそうなのに、もうちょっとで集められるって人の話、全然耳にしないや)

 学園アルカナに通っていたら、肌で感じるヒエラルキーの厳しさを思えば、切実にアルカナ集めをして【世界】に爵位を欲しいとお願いしたい人たちだっているだろう。
 スピカはそもそもそんなことしようものなら、自分のアルカナを【世界】にばらさないといけないから嫌だが、切実な願いを持つ人たちの気持ちがわからない訳ではない。
 スピカが首を捻っていたら、ルヴィリエはひっそりと言う。

「なんかさあ……路地裏とか町とかでアルカナ集めが横行しているって噂があるの」
「え……? 町で? でもそういえば……町で働いている人たちは、大アルカナなんだっけ?」
「そう。貴族が連れてきている使用人たちは小アルカナも混ざっている上に、基本的に寮にいるから、アルカナ集めしている人たちもそう簡単には手を出せないみたいなんだけれど……町で働いている人たちや路地裏だったら、いるからねえ」
「それ、生徒会執行部や革命組織を敵に回さないのかな?」

 町で暴れれば学園の治安維持に努めている生徒会執行部が飛んでくるし、路地裏で暴れればそこを根城にしている革命組織が黙っていないだろう。そんなことはスピカでもわかるが。
 アレスは「いや、どうだろ?」と軽く首を振った。

「なりふりかまってられねえ奴らって、本当になりふりかまってられねえから。生徒会執行部からだってアルカナカードを奪おうとするだろうさ」
「でも生徒会執行部の人たちって、治安維持ができるくらいじゃ強いんじゃないの?」
「窮鼠猫を噛むって言わない? もう卒業したら後がない、ヒエラレルキーに我慢ならねえって奴だったら、そんなの無視するだろ。もし俺だって願いを叶えてくれるのが【世界】じゃなかったら、そんなおいしい話と思ってやってたかもしんねえもん」
「……【世界】じゃなかったら乗ってたんだ」
「でも俺、貴族も王族も嫌いだし」

 スピカはアレスの言葉に、思わずきょろきょろと辺りを見回す。寮でなかったらきっと【世界】により監視されていただろうが、幸いにもここには【世界】の関係者はいないようだった。
 ルヴィリエは「話を戻すけど」とスピカの肩をポンと叩いた。

「スピカが働いている店だって、もしかしたら狙われるかもだから、私ははっきり言って反対ー!」
「でもナブー先輩の実家の店だし……」
「もう! だからアレスも言ってたでしょ!? なりふりかまってられないお馬鹿さんは、そもそも話が通る行動を取らないんだってば! そんな相手が出るかもな場所で戦うのは危ないでしょ!?」
「うーん……でも。私はルヴィリエと友達でいたいし」
「え、なあに?」

 ルヴィリエはスピカの言葉に、わからないとブルーブロンドの髪をリボンと一緒に揺らした。スピカは頷いた。

「友達だからって、お金では信頼は買えないでしょ。信頼してもらうためにも、ルヴィリエにお金を出させるような真似はできないよ」
「スピカ……!」

 それに感激したように、ルヴィリエはぎゅーっといつものように抱き着く。
 いつもの行動を褪めきった顔で一瞥していたアレスは、ちらっとスカトに話を振った。

「そういや、お前はカウス先輩と知り合いなんだろ? なんか聞いてねえの?」
「聞いてないのかって言われてもなあ。入学してから特に大きな接点もないし」
「あっそう」
「でも、なんか変だなとは思ってる」
「うん?」

 スカトは天井を仰ぎながら、指を折りつつ離す。

「僕が何度か沈めた奴ら、今もアルカナ集めを続けているみたいなんだよな」
「……なにを沈めたとか突っ込まないからな、俺は」
「まあ聞けって。そいつら、何故か持っているアルカナカードが毎回違うんだ」
「そりゃ、集めているアルカナカードではなくて?」
「いや。自分が使用するアルカナカードが毎回違うんだ」
「はあ……?」

 アレスが声を上げてスカトを見る。スカトは真面目くさった顔で頷いた。

「アルカナカードは所持者以外使えないはずなのに。おかしいだろ、こんなの」
「いや……そんな能力はあるっちゃあるけど、それにしたって、毎回違うってのはいくらなんでもおかしい」
「それって、なんらかの不正が行われてるってこと?」

 話を聞いていたルヴィリエが、スピカに抱き着いたまま聞くと、アレスが声を上げる。

「不正ってなんだよ。たしかにおかしいけど。でもこれってなんの不正になるんだ?」
「アルカナカードを偽装していたとか。でも生徒会執行部は毎回毎回しっかりしているのに、そんな不正を見逃すのかなあ?」
「……誰かのアルカナの力……っていうのは?」

 スピカがおずおずと言う。それに四人は黙り込んでしまった。
 アルカナの偽装は【運命の輪】だってしているが、力までは偽装しきれない。しかしスカトの言い方では、毎回違うカードの力を使って戦っているのだ。【愚者】だってアルカナの力をコピーできるが、見たことないものまではコピーできないし、魔力量が続くこと限定という縛りが存在している。そんな何度も何度もカードを偽装しながら力をコピーというのも、魔力のことを思えば現実的じゃない。

(なにが起こっているんだろう……?)

 考えるだけ、埒が明かなかった。

****

 スピカがナブーに紹介されて出かけた服飾店は、彼女の人生の中でもほとんど見たことがないようなドレスがたくさんかけられ、そのドレスに合わせたヘッドドレスや装飾品も並び、そのきらびやかさにめまいを起こす。
 スピカが挨拶をすると、店員たちはにこやかに会釈をしてくれる。

「教会の方だとお聞きしました。こちらそれぞれをお客様用に仕分けていますから、それらを取りに来られたお客様に渡してくださいね」
「ええっと、代金などは……」
「前払いでいただいていますから、渡してくださるだけで結構ですよ。この時期が稼ぎ時ですから、それ以外の時期は比較的暇なんですよ」
「なるほど、わかりました」

 スピカはそこら辺で少しだけほっとした。

(もし接客でドレスを選ばないといけないとかだったら、私だとボロが出るかもしれなかったけど、受け渡しだったら私でもなんとかなりそう。ナブー先輩には感謝しないとな。あとでバイトを紹介してもらったお礼をさせてもらおう)

 店に並んでいたら、すぐにあちこちから使用人がやってきた。

「すみません、こちらで予約した服を引き取りに伺ったのですが」
「はい、伝票を確認させてもらってもよろしいでしょうか?」
「こちらになります」

 やってくる人々は礼儀が正しく、バイトのスピカに対しても丁寧だ。
 一生懸命に服の受け渡しをしていたら、あっという間に夜になった。そこでナブーがひょっこりと顔を出すと、店員たちはぱっと彼に向かってお辞儀した。

「やあ、フロイライン。初日はどうだったかな?」
「ナブー先輩! ありがとうございます。初日でも今回の仕事は比較的なんとかなりました。お客様が多かったのは大変でしたけど、皆さん親切でしたし」
「それはなにより」
「坊ちゃま! スピカさんはよく働いてくれましたので助かりましたよ!」
「ええ!」

 店員さんたちが次々とうやうやしく言葉をかけるのに、スピカは「へえ」と内心思った。

(私の中でナブー先輩は不審人物カテゴリーだったんだけど、この人本当に豪商のひとり息子なんだなあ……それにしても。なんでこんな時間に店に来たんだろ?)

 スピカははてと思っていたら、ナブーが「さて」と店員たちを見回す。

「最近はこの辺りもアルカナ狩りが横行していてね。危ないから、皆も閉店作業が終わったら速やかに寮に待避して欲しい」
「かしこまりました」
「坊ちゃま、お気遣い痛み入ります」

 それに寮で皆と話していたことが頭に浮かび、スピカの気分も沈む。

「あのう、ナブー先輩。なんかきな臭い噂が飛び交ってますけど」
「ふむ。一応聞いていたからね、フロイラインも見つかったら危ないと思って見に来たのだけれどね」

 そう言ってくるりとナブーが杖を回すと、不意に杖を掴んで、店の入り口に向けた。

「やあやあ、もう既に閉店作業中なのだけれどね」

 そうナブーが声をかけた先にいた人たちを見て、スピカは喉を鳴らした。見知らぬ先輩たちが、鋭い目つきで店の周りを徘徊していたのだ。
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