愛屋及烏の褥

石田空

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番というもの

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 カスパルに関節を外されたタネリは、すぐに騎士団に連行されていった。
 ここから白狼王国の現状や魔術師団の権力に対する言及がはじまるはずだが、今はそれどころではなかった。
 神殿に担ぎ込まれたユリウスとユール。幸いなことに、呪いにより失血死しかかっていたユールは、神殿による祝福により、今日一日ゆっくり寝れば全開するだろうと言われたが。

「……これは皇太子妃様が治癒魔術が使えたからこそ、なんとかなりましたが。ですが殿下の傷は」
「魔術による破壊魔術。呪いの塊をぶつけて衝撃波を撃つそれは、いくら魔術に対して無効化の加護を持ってらっしゃいます殿下でも、治りが遅いです」

 ベアトリスたち神官団は深刻な顔で、寝台に寝かせられたふたりを見た。
 あれだけ血の気が引いて白くなってしまっていたユールの頬には少しずつ赤みが戻ってきているものの、ユリウスの肌は白いままで、どんどんと体温が下がっていくのだ。
 彼には加護により魔術が一切効かない。もちろん本来ならば呪いも効かないのだが、例外は存在する。たとえば風魔術。風魔術で引き起こしたかまいたちはユリウスには一切効かないが、かまいたちを媒介にして大きく膨らんだ嵐の場合は普通に彼は吹き飛ばされる。
 衝撃波も本来は呪いの類でユリウスには効かないものだが、衝撃波に巻き込まれた熱された大気により焼かれてしまった。おまけに彼には治癒魔術は効かない。神官たちが使う祝福によりかろうじて傷口がこれ以上広がらないように塞き止めてはいるものの、無理矢理焼かれた部分を治す術がないのだ。
 それにアンジェリカは彼の手を握ってシクシクと泣いていた。

「ユリウスは……私を守って……」
「皇太子妃様……」

 今はアンジェリカは日頃泣きつく相手であるユールも昏睡状態なのだから、ひとりで立たなければいけなかった。それをハンナはオロオロしながらも、見守っていた。
 その中、ひとりだけ冷静だったカスパルが尋ねる。

「ベアトリス、本当に殿下の治療方法はないのか? あんただったら、方法がないなら最初から打つ手なしと言うはずだが」
「……本来、王族に与えられる魔術無効の加護の裏を掻かれてしまったら打つ手なしですが、今回に限りまだ助かる見込みはございます。ただ、これには皇太子妃様のお力添えがなくては無理です」
「……私?」
「はい。神託のこと、覚えてらっしゃいますか?」

 ベアトリスに言われたことを、アンジェリカは思い返す。

【狼の国、災いの実が実る。災いの実、獅子の国に降りる。
 森の奥の塔、狼の国の者が貫かれたとき、獅子の国に新たな繁栄が降りる。
 狼の国、獅子の国、共に手を取って歩くには、災いの実を取り除くべし】

 あまりにも抽象的過ぎて意味がわからなかったが、今の現状を預言していたように思える。
 災いの実は、おそらくは魔術師団のこと。アンジェリカ自身も、自分が白狼王国の魔術師団に少しずつアルファになるように体を作り替えられていたなんて知らなかったし、ユールは口止めの制約のせいでアンジェリカに教えることもできなかった。
 ただ森の奥の塔の話がおかしい。
 普通にタネリにより攻撃されて瀕死の重傷を負っているのは、ユリウスのほうなのだ。神託によれば貫かれたのはアンジェリカのほうなのに。
 そして災いの実を取り除くべしという忠告……これはタネリを捕縛したことにより、魔術師団を解散なり、権力の剥奪なりをして、彼らを弱体化無効化しろということだろうが。

「……あの神託はおそらくは現状を表しているとは思いますが、どこにユリウスを助ける方法が」

 アンジェリカが口にしたところ、その神託を初めて聞いたらしいカスパルはギョッと目を見開いている。アンジェリカはハンナと顔を見合わせる。

「ハンナはわかりますか?」
「申し訳ございません……私にはさっぱり……」
「ええっと、ベアトリス。俺が神託を勝手に解釈して大丈夫で?」
「ええ、カスパル様。おそらくこの中で意味がわかるのは、男性であるカスパル様くらいかと」

 本気でわからないという顔をするアンジェリカに、カスパルは「ええっと、ゴホン」と咳払いをした。本来ならばユールあたりが察して、すぐにベアトリスに抗議の声を上げていたんだろうが、残念ながら彼女はまだ眠ったままだ。

「大変申し訳ございませんが、姫様」
「はい、私がユリウスを助けられるなら」
「……ええっと、殿下と寝てください。性的な意味で」
「……はい?」

 なにを言い出すんだという顔をするアンジェリカと、本気でわかっていないハンナ。
 その中、淡々とベアトリスが解説をはじめた。

「はい。正攻法では、治癒魔術も祝福も殿下には通用しません。ただ例外処置として、番の介入があれば、なんとかなるかと思います」
「ま、待ってください……寝るもなにも……私はそもそも治癒魔術を試みましたが、ユリウスを治療することは困難で……」
「それはおそらく、皮膚越しに魔術を流し込んだのでは? 粘膜接触しながらは、試みてないのでは?」
「……っ!?」

 ようやくカスパルがいきなり言い出した意味がわかった。
 今昏睡状態であるユリウスを組み敷いた上で、治療しろと言っているのだ。
 アンジェリカは悲鳴を上げそうになる。

「そ、そもそも……神殿でこんなことして……」
「いえ、神官の治療法の中にも粘膜接触による治療法はありますので、そこは皇太子妃様が心配する必要はございません。ただ他の方に見せるものでもありませんから、殿下と皇太子妃様がふたりっきりになれる場所でしなければ意味がありませんが。ただ……皇太子妃様はおひとりで大丈夫ですか? その……」

 さすがにこれ以上はベアトリスも言いにくそうに言葉を濁してしまった。
 ずっとアンジェリカは閨事は全てユリウスに任せっぱなしで、熱に浮かされている内に終わってしまっていた。最初に思いっきり噛み付かれて以降はそこまで痛くはないが、自分ひとりでしたことはないし、ましてやそうしなかったら治癒魔術を使うこともできないと言われてしまった以上、腹をくくらなければならない。
 アンジェリカは顔を真っ赤にしつつ、ユリウスの頬を撫でた。神官たちの助力でこれ以上傷が広がらないだけで、塞がることもない。このままではユリウスの体力が底を突いた途端に死んでしまう。

「……わかりました。なんとかします。ただ、お願いですからふたりっきりにしてください」

 それだけを必死に懇願した。

****

 神殿の最奥にある寝台。
 どう考えても古代の儀式が行われていた場所だろうが。この国にも大昔は後宮で一夫多妻制という形ではなく、一対一の番が成立していたのだから、王族同士の番成立の儀を執り行う場所だったのかもしれない。
 アンジェリカは薄くてすぐに脱ぎ着できる寝間着に着替え、横たわっているユリウスの隣に座った。

「……ユリウス」

 彼がどんな気持ちで自分を番にしたのだろうと、唐突に思った。
 つくられたアルファであるアンジェリカをどのようにして知ったのかは聞いてない。彼が彼女が半狂乱になっても、黙って話を聞き、行為に及んだあとも綺麗に清めてからでなかったら離れることがなかった。
 狂ってしまっている発情期のときすらも、彼は彼女が苦しまないようにと、一週間寝台からほぼ動けなくなっていた彼女をかまっていた。
 それは義務なんだろう、番であったのなら誰でもよかったのだろう、そうずっとアンジェリカは思おうとしていた。思い込もうとしていた。実際に自分の気持ちがつくられたものじゃないという保証がどこにもなかったアンジェリカは、彼の愛を信じることができなかったが。
 今、彼が失われかけてやっと思い知ってしまった。
 愛に理屈はなく、理屈の利かないところで突き動かされる感情こそが愛なのだと。
 神官たちが必要最低限に着せてくれた彼の寝間着を脱がし、タネリに付けられたむごたらしい傷にアンジェリカは歯を噛んだ。それと同時にほっとした。
 今、彼女の胸はぐじぐじと痛んでいる。自分の伴侶の命が尽きかけて、初めて彼から向けられていた愛の重さを知った自分の愚かさは、彼の傷口が語っていた。
 アンジェリカは寝間着を脱ぐと、ユリウスのものも脱がして、その上に跨がった。

「……お願い、あなたがたくさんくれたもの、全部返すから……あなたを返して……私にはあなたが必要なの……愛してるの……」

 虐待のような教育を施され、自分も知らないうちにどんどんと自尊心が失われていた彼女を、それでもとずっと配慮してくれていたユリウス。彼女の慰めになるようにと、白狼王国の花を庭木に育て、季節の変わり目にオーロラを身に連れ出してくれたユリウス。彼女を使って誘き出さなかったら白狼王国の魔術師団の尻尾を掴めないからと、塔に閉じ込めたものの、彼女が苦しまないようにと快適な空間を誂えていてくれたユリウス。
 彼は言葉で語れないことが多かれども、行動は雄弁に彼女への愛を語っていた。
 アンジェリカはユリウスの唇を塞ぐ。かつて彼に初めて奪われたときは、ただ苦しいものだった。彼女は自信の魔力が流れるよう、なんとか彼の唇に吸い付き、彼に教えられた通りの方法で唇を奪い続ける。
 やがて体が潤ってくる。

(お願い……私の魔術、届いて……お願いだから……)

 今、彼女は花の匂いを纏わせているということを、彼女は知らない。ユリウスのフェロモンの香りは、香油で隠してもなお香るムスクの匂いだ。
 そしてアンジェリカの匂い。香油で被せられてもユリウスだけは彼女のフェロモンの匂いがわかる。石鹸と錯覚しそうなほどに淡いスズランの香りだった。
 番を必死に生かそうとするアンジェリカのフェロモンが魔力に換算され、少しずつユリウスの中に注ぎ込まれていた。
 ただの魔力であったのなら、ユリウスの加護が邪魔をして全く利かなかったが。
 愛しい番のフェロモンであったのなら、話は別だ。
 少しずつ治癒魔術が彼の中に流れ込みつつあった。
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