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戦後処理と後始末
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ユリウスはアンジェリカの献身でどうにか目を覚まし、無事に呪いで焼けただれた肌も完治したが。戦時中ということで、指揮に戻らないといけなかった。
「ユリウス、あなたの体はひとつです。また魔術師団に襲われたら……」
「それは問題ない。もうそろそろ向こうも停戦に応じてくれるだろうし、それにやらなくてはいけないことが多いからな。アンジェリカ」
アンジェリカは会えない時間を埋めるようにさんざんユリウスに揺すぶられた結果、かなり疲れてはいたが、それでもなんとか起き上がってユリウスに抗議をしたが、アンジェリカはすぐにユリウスに寝間着を着せられて髪をすくわれた。
「神官たちの傍から離れるな。ユールやハンナもいるだろうから、そこならば安全だろう。さすがに戦闘専門の魔術師であったとしても、表立って神官たちとはやり合えまい」
「……わかりました。どうぞご無事で」
「ああ」
すぐに着替えて神殿を出て行ってしまったユリウスを見送りつつ、アンジェリカは言われた通りに神官たちの元に向かった。
神殿では殿下が起きて停戦に向けて飛び出してしまったと聞いて、当然のように頭を抱えていた。カスパルに至っては「知ってた! 殿下はそういうお人だって知ってた!」と苦虫を噛み潰したかのような顔で飛び出してしまったのには、アンジェリカも唖然と見送るしかできなかったが。
アンジェリカが疲れながらも出てきたことに、ハンナは「皇太子妃様お疲れ様です」と急いで蜂蜜湯を出してくれた。それを「ありがとう」とアンジェリカは受け取り、ゆっくりとそれを飲みはじめた。
「……ユールの容態はどう?」
「はい。ユールさんは神官様たちの治療のおかげで、ようやく意識が回復しました。会えますよ?」
「ええ、お願い。案内してちょうだい」
アンジェリカはハンナに案内されるがままに、ユールの寝ている部屋に向かった。本来ならば大勢が寝泊まりできる入院室なんだろうが、今はユールの寝台以外は埋まっていない。彼女は大麦の粥を食べていたところで、アンジェリカと目が合って、彼女はぱっと立ち上がった。
「姫様! ご無事でなによりです!」
「それは私が言うところだわ。ユールのほうこそ……ごめんなさい。あなたにはつらい思いをたくさんさせてしまって。駄目ね、私にとってはあなただけが味方だったのに」
「いいえいいえ。わたくしのほうこそ、自分の身可愛さに本当のことをなかなか言えず……」
「そんなことないわ。本当のことを言ったら死んじゃうところだったじゃない。あなたが生きてくれてて……本当に嬉しい」
アンジェリカがハラハラと泣くのを、ユールもハンナもオロオロと見守っていたが。
やがてユールの寝台に椅子を集めて、アンジェリカとハンナは座った。ハンナは「ユールさんにこれなら大丈夫と」とユールにも蜂蜜湯を出すと、彼女もそれの器で掌を温めながら、口を開く。
「……今回の件で、やっと魔術師団にも調査のメスが入るでしょうね……長年白狼王国の王族から権限を奪っていましたから」」
「そうだったのね……私、ちっとも気付かなくって」
「それはそうですよ。彼らも狡猾ですから、傍目からは王族を敬っているようでしたから。ですが、姫様にしたことは、許されることではございません。人の第二の性を無理矢理弄るような真似、本来ならば決してするべきものではなかったのです」
そう言われ、アンジェリカは自分の胸に手を当てる。
どう考えても、アンジェリカを送ることで、獅子皇国を引っかき回すのが目的だったのだろうが、気になることが多過ぎる。
「オメガだと勘付かれる恐れがあるから私をアルファに仕立て上げたと言っていたけれど……結局どうして私だったのかしら? お姉様たちや弟たちではなくて」
「おそらくは、姫様が一番殿下と年が近かったからというのがひとつ。もうひとつは……恐らくですが、殿下が番にしたいと思わせたかったのがひとつでしょうね」
「それがどうしても理解できなかったの。ユリウスが私に対して接していたのは、結局番だったからなのかしら? 憐れみだったのかしら? それだけが……あの人にも聞くことができなかった」
アンジェリカの言葉に、ユールは「それは……」と言葉を濁すが、今まで黙って話を聞いていたハンナが口を開いた。
「皇太子妃様、殿下は皇太子妃様が輿入れする前から、後宮の手入れは本当に気合いを入れてらっしゃってましたよ」
「それは以前にカスパルに聞いたけれど……」
「それだけじゃないんですよ。殿下、私を後宮に残していてくださったのは、なにも私が行く場所がないからだけじゃないんです。もし皇太子妃様が後宮で困ったことがあったら、後宮暮らしの長いメイドがひとりいたほうがいいだろうって、私に何度も皇太子妃様のことよろしく頼むとおっしゃってましたから。この時点では、皇太子妃様が番になるかどうかも、わかってませんでしたのに」
「それは……」
アンジェリカが言葉を詰まらせていたら、ユールが息を吐いた。
「姫様、いい加減に観念してくださいませ。少なくとも殿下は姫様が嫁がれる際、形質がどうだろうが、魔術師団にどう言い含められていようが、姫様以外を妃にする気がなかったということでしょう。まあ、あの方ほんっとうに言葉が足りてませんから、いい加減誤解が解けたのですから、睦言のひとつやふたつ姫様に差し上げるべきとは思いますが」
「ユール、それはやめて……でも、そうね」
アンジェリカからしてみれば、ユリウスと番になり、ずっと不安だった。
いつかは獅子皇国の通例通りにたくさんの妃や愛妾を入れて後宮を埋め尽くしてしまうのではないか。自分を愛しているのは番だからという、気持ちの全く伴ってないものではないか。
だが、ユリウスは少しずつ本当に少しずつ、アンジェリカの不安を払拭していった。彼はなにを伝えても言葉では信用されないと判断し、常に行動を持って彼女を安心させようと試みていたことに、やっとアンジェリカも気が付いた。だからこそ彼を受け入れることができたのだ。
「私、やっとあの方に素直に『好き』と言えそうね」
「それはもっとじらしたほうがいいかと思いますけど」
ハンナがそう口を挟んだ。
「あの方がひと言足りないばかりに皇太子妃様を不安がらせたのは本当ですから、今度は皇太子妃様がじらしてもよろしいかと」
「……そこまで意地が悪いことはできないわ」
そう言って三人で笑い合っていたのだ。
****
「やっと尻尾を出したか……」
獅子皇国と白狼王国。長きに渡る戦は、原因や現状は、とてもじゃないが表立って言えるものでもなかった。
白狼王国に蔓延していた魔術的な人体実験。それを公表しようものならば、白狼王国は他国から糾弾された挙げ句に、国家は解体されていただろう。停戦協議で白狼王国にたびたび獅子皇国の皇族が赴いていたのだって、魔術師団の目をかいくぐって王族に接触し、魔術師団を糾明するための証拠を固めなければいけなかった。
そうは言っても、王族派のほとんどは魔術師団派の密偵が混ざっていたのだから、接触するのは骨が折れる作業であった。
本当にたまたま、何度目かの停戦協議とは名ばかりの白狼王国の王族との合同協議の最中、アンジェリカの虐待状況を確認し、彼女が魔術師たちによる人体実験を行われている可能性を拾えたのは僥倖中の僥倖であった。
騎士団の詰問の結果、なんとかタネリから魔術師団の行いを吐かせることに成功したのだから、やっと王国の現状を公表し、魔術師団解体の方向に着手できる。
ひとつ間違えば国家解体、さらに間違えれば魔術師団は白狼王国の国民全員を人質にしかねないのだから、一手一手を間違える訳にはいかない、長きに渡る戦いであった。
ユリウスがスタスタ騎士団の捕虜室から出て行ったのを、慌ててカスパルが追いかけていく。
「殿下、ほんっとうに勘弁してくださいよ。この仕事人間」
「しなかったら、この国がいつ傾いていたと思う。白狼王国の魔術師団の密偵がどれだけ混ざっていたと思うんだ。陛下だけに任せていたら、下手したらアンジェリカの祖国が真っ平らになるところだったのだから」
「それを姫様におっしゃってくださいよ。自分がどれだけ姫様にサンドバッグにされたと思ってんですか。そもそも、殿下は言葉が足りんのです。惚れてるならちゃんと口説けばよかったでしょうに」
「それではアンジェリカがあまりに不憫だ。彼女は愛される自信をすっかりと喪失していた。俺がどれだけ口説き落とそうとしても、きっと懐柔してくるとしか取らず、余計に心を閉ざしていただろうさ。だから俺は、彼女が心を開けるように準備をするしかできなかった」
本当にたまたま見つけた彼女の泣き声は、今でのユリウスの鼓膜にこびり付いている。
これが運命の番を見つけることじゃないのかとは、神官たちからの言葉であったが、調べてみた限り、番を見つけたときの衝撃というものは嗅覚から来るものがほとんどで、声がずっと残るというものは聞いたことがなかった。
アルファの神話が残っているせいか、アンジェリカはずっと脅えていた。自分を欲するのは番だからじゃないだろうか。アルファがオメガを組み敷いたから、人間の感情や思いとは違う、性衝動からじゃないだろうかと、彼女は悲観に囚われた顔をしていた。
それを見たら、ユリウスは彼女にただ甘い言葉を伝えたところで、きっと信じてもらえないだろうと諦めたのだ。魔術師団が悪かったのか、そもそも魔術師団に見張られているがために愛情を表立って伝えられなかった王家の人々が駄目だったのか、アンジェリカはものの見事に自尊心という自尊心を丁寧にへし折られていた。
だからこそ、彼女に「大丈夫」「信じていい」と言えるだけの場を整えないといけなかった。本来、獅子皇国は力で全てをねじ伏せるやり方でしか、物事の勝敗を決することがないが。それではアンジェリカの繊細な心がすぐに傷付き、彼女に心を閉ざされてしまうと判断したユリウスは、できる限り彼女が傷付かない方法を探し、戦争の大本の原因である魔術師団のあぶり出しという、一番難解な手段を取ったのであった。
彼ら視点では、番に溺れるアルファを作り出し、彼女が危険に及ぶと判断したらユリウスが身を挺して守るところまでは考えていたのだろうが。それこそがユリウスの狙いだったところまでは読めなかったのだろう。
それらの策を講じ、カスパルに伝えた際は、それはそれはもう嫌な顔をされたが、この乳兄弟はきちんとアンジェリカの気持ちもユリウスの案も汲み取った上で動いてくれた。
「やっと彼女を口説けるか」
「姫様、体持ちますかねえ……」
「変な言い方するな」
「はいはい」
ところで獅子皇国の男は伴侶への愛し方が重い。白狼王国の愛情は深いとされるが、獅子皇国の愛情は重いのだ。
これからこの番がどう左右するのかが、わからない。
「ユリウス、あなたの体はひとつです。また魔術師団に襲われたら……」
「それは問題ない。もうそろそろ向こうも停戦に応じてくれるだろうし、それにやらなくてはいけないことが多いからな。アンジェリカ」
アンジェリカは会えない時間を埋めるようにさんざんユリウスに揺すぶられた結果、かなり疲れてはいたが、それでもなんとか起き上がってユリウスに抗議をしたが、アンジェリカはすぐにユリウスに寝間着を着せられて髪をすくわれた。
「神官たちの傍から離れるな。ユールやハンナもいるだろうから、そこならば安全だろう。さすがに戦闘専門の魔術師であったとしても、表立って神官たちとはやり合えまい」
「……わかりました。どうぞご無事で」
「ああ」
すぐに着替えて神殿を出て行ってしまったユリウスを見送りつつ、アンジェリカは言われた通りに神官たちの元に向かった。
神殿では殿下が起きて停戦に向けて飛び出してしまったと聞いて、当然のように頭を抱えていた。カスパルに至っては「知ってた! 殿下はそういうお人だって知ってた!」と苦虫を噛み潰したかのような顔で飛び出してしまったのには、アンジェリカも唖然と見送るしかできなかったが。
アンジェリカが疲れながらも出てきたことに、ハンナは「皇太子妃様お疲れ様です」と急いで蜂蜜湯を出してくれた。それを「ありがとう」とアンジェリカは受け取り、ゆっくりとそれを飲みはじめた。
「……ユールの容態はどう?」
「はい。ユールさんは神官様たちの治療のおかげで、ようやく意識が回復しました。会えますよ?」
「ええ、お願い。案内してちょうだい」
アンジェリカはハンナに案内されるがままに、ユールの寝ている部屋に向かった。本来ならば大勢が寝泊まりできる入院室なんだろうが、今はユールの寝台以外は埋まっていない。彼女は大麦の粥を食べていたところで、アンジェリカと目が合って、彼女はぱっと立ち上がった。
「姫様! ご無事でなによりです!」
「それは私が言うところだわ。ユールのほうこそ……ごめんなさい。あなたにはつらい思いをたくさんさせてしまって。駄目ね、私にとってはあなただけが味方だったのに」
「いいえいいえ。わたくしのほうこそ、自分の身可愛さに本当のことをなかなか言えず……」
「そんなことないわ。本当のことを言ったら死んじゃうところだったじゃない。あなたが生きてくれてて……本当に嬉しい」
アンジェリカがハラハラと泣くのを、ユールもハンナもオロオロと見守っていたが。
やがてユールの寝台に椅子を集めて、アンジェリカとハンナは座った。ハンナは「ユールさんにこれなら大丈夫と」とユールにも蜂蜜湯を出すと、彼女もそれの器で掌を温めながら、口を開く。
「……今回の件で、やっと魔術師団にも調査のメスが入るでしょうね……長年白狼王国の王族から権限を奪っていましたから」」
「そうだったのね……私、ちっとも気付かなくって」
「それはそうですよ。彼らも狡猾ですから、傍目からは王族を敬っているようでしたから。ですが、姫様にしたことは、許されることではございません。人の第二の性を無理矢理弄るような真似、本来ならば決してするべきものではなかったのです」
そう言われ、アンジェリカは自分の胸に手を当てる。
どう考えても、アンジェリカを送ることで、獅子皇国を引っかき回すのが目的だったのだろうが、気になることが多過ぎる。
「オメガだと勘付かれる恐れがあるから私をアルファに仕立て上げたと言っていたけれど……結局どうして私だったのかしら? お姉様たちや弟たちではなくて」
「おそらくは、姫様が一番殿下と年が近かったからというのがひとつ。もうひとつは……恐らくですが、殿下が番にしたいと思わせたかったのがひとつでしょうね」
「それがどうしても理解できなかったの。ユリウスが私に対して接していたのは、結局番だったからなのかしら? 憐れみだったのかしら? それだけが……あの人にも聞くことができなかった」
アンジェリカの言葉に、ユールは「それは……」と言葉を濁すが、今まで黙って話を聞いていたハンナが口を開いた。
「皇太子妃様、殿下は皇太子妃様が輿入れする前から、後宮の手入れは本当に気合いを入れてらっしゃってましたよ」
「それは以前にカスパルに聞いたけれど……」
「それだけじゃないんですよ。殿下、私を後宮に残していてくださったのは、なにも私が行く場所がないからだけじゃないんです。もし皇太子妃様が後宮で困ったことがあったら、後宮暮らしの長いメイドがひとりいたほうがいいだろうって、私に何度も皇太子妃様のことよろしく頼むとおっしゃってましたから。この時点では、皇太子妃様が番になるかどうかも、わかってませんでしたのに」
「それは……」
アンジェリカが言葉を詰まらせていたら、ユールが息を吐いた。
「姫様、いい加減に観念してくださいませ。少なくとも殿下は姫様が嫁がれる際、形質がどうだろうが、魔術師団にどう言い含められていようが、姫様以外を妃にする気がなかったということでしょう。まあ、あの方ほんっとうに言葉が足りてませんから、いい加減誤解が解けたのですから、睦言のひとつやふたつ姫様に差し上げるべきとは思いますが」
「ユール、それはやめて……でも、そうね」
アンジェリカからしてみれば、ユリウスと番になり、ずっと不安だった。
いつかは獅子皇国の通例通りにたくさんの妃や愛妾を入れて後宮を埋め尽くしてしまうのではないか。自分を愛しているのは番だからという、気持ちの全く伴ってないものではないか。
だが、ユリウスは少しずつ本当に少しずつ、アンジェリカの不安を払拭していった。彼はなにを伝えても言葉では信用されないと判断し、常に行動を持って彼女を安心させようと試みていたことに、やっとアンジェリカも気が付いた。だからこそ彼を受け入れることができたのだ。
「私、やっとあの方に素直に『好き』と言えそうね」
「それはもっとじらしたほうがいいかと思いますけど」
ハンナがそう口を挟んだ。
「あの方がひと言足りないばかりに皇太子妃様を不安がらせたのは本当ですから、今度は皇太子妃様がじらしてもよろしいかと」
「……そこまで意地が悪いことはできないわ」
そう言って三人で笑い合っていたのだ。
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「やっと尻尾を出したか……」
獅子皇国と白狼王国。長きに渡る戦は、原因や現状は、とてもじゃないが表立って言えるものでもなかった。
白狼王国に蔓延していた魔術的な人体実験。それを公表しようものならば、白狼王国は他国から糾弾された挙げ句に、国家は解体されていただろう。停戦協議で白狼王国にたびたび獅子皇国の皇族が赴いていたのだって、魔術師団の目をかいくぐって王族に接触し、魔術師団を糾明するための証拠を固めなければいけなかった。
そうは言っても、王族派のほとんどは魔術師団派の密偵が混ざっていたのだから、接触するのは骨が折れる作業であった。
本当にたまたま、何度目かの停戦協議とは名ばかりの白狼王国の王族との合同協議の最中、アンジェリカの虐待状況を確認し、彼女が魔術師たちによる人体実験を行われている可能性を拾えたのは僥倖中の僥倖であった。
騎士団の詰問の結果、なんとかタネリから魔術師団の行いを吐かせることに成功したのだから、やっと王国の現状を公表し、魔術師団解体の方向に着手できる。
ひとつ間違えば国家解体、さらに間違えれば魔術師団は白狼王国の国民全員を人質にしかねないのだから、一手一手を間違える訳にはいかない、長きに渡る戦いであった。
ユリウスがスタスタ騎士団の捕虜室から出て行ったのを、慌ててカスパルが追いかけていく。
「殿下、ほんっとうに勘弁してくださいよ。この仕事人間」
「しなかったら、この国がいつ傾いていたと思う。白狼王国の魔術師団の密偵がどれだけ混ざっていたと思うんだ。陛下だけに任せていたら、下手したらアンジェリカの祖国が真っ平らになるところだったのだから」
「それを姫様におっしゃってくださいよ。自分がどれだけ姫様にサンドバッグにされたと思ってんですか。そもそも、殿下は言葉が足りんのです。惚れてるならちゃんと口説けばよかったでしょうに」
「それではアンジェリカがあまりに不憫だ。彼女は愛される自信をすっかりと喪失していた。俺がどれだけ口説き落とそうとしても、きっと懐柔してくるとしか取らず、余計に心を閉ざしていただろうさ。だから俺は、彼女が心を開けるように準備をするしかできなかった」
本当にたまたま見つけた彼女の泣き声は、今でのユリウスの鼓膜にこびり付いている。
これが運命の番を見つけることじゃないのかとは、神官たちからの言葉であったが、調べてみた限り、番を見つけたときの衝撃というものは嗅覚から来るものがほとんどで、声がずっと残るというものは聞いたことがなかった。
アルファの神話が残っているせいか、アンジェリカはずっと脅えていた。自分を欲するのは番だからじゃないだろうか。アルファがオメガを組み敷いたから、人間の感情や思いとは違う、性衝動からじゃないだろうかと、彼女は悲観に囚われた顔をしていた。
それを見たら、ユリウスは彼女にただ甘い言葉を伝えたところで、きっと信じてもらえないだろうと諦めたのだ。魔術師団が悪かったのか、そもそも魔術師団に見張られているがために愛情を表立って伝えられなかった王家の人々が駄目だったのか、アンジェリカはものの見事に自尊心という自尊心を丁寧にへし折られていた。
だからこそ、彼女に「大丈夫」「信じていい」と言えるだけの場を整えないといけなかった。本来、獅子皇国は力で全てをねじ伏せるやり方でしか、物事の勝敗を決することがないが。それではアンジェリカの繊細な心がすぐに傷付き、彼女に心を閉ざされてしまうと判断したユリウスは、できる限り彼女が傷付かない方法を探し、戦争の大本の原因である魔術師団のあぶり出しという、一番難解な手段を取ったのであった。
彼ら視点では、番に溺れるアルファを作り出し、彼女が危険に及ぶと判断したらユリウスが身を挺して守るところまでは考えていたのだろうが。それこそがユリウスの狙いだったところまでは読めなかったのだろう。
それらの策を講じ、カスパルに伝えた際は、それはそれはもう嫌な顔をされたが、この乳兄弟はきちんとアンジェリカの気持ちもユリウスの案も汲み取った上で動いてくれた。
「やっと彼女を口説けるか」
「姫様、体持ちますかねえ……」
「変な言い方するな」
「はいはい」
ところで獅子皇国の男は伴侶への愛し方が重い。白狼王国の愛情は深いとされるが、獅子皇国の愛情は重いのだ。
これからこの番がどう左右するのかが、わからない。
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