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甘いひととき

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 翌日のフラムは憔悴していた。
 朝一番に騎士団長が集う会議に召集されて、散々糾弾されたらしい。なんでも遠方の鉱山都市でセンチネルが獣化して暴走する事件が起こったらしいのだ。
 当人以外死者が出なかったのは幸いだったが、炭鉱夫と現地の兵が数人重軽傷を負った。その責任を追及されたのだ。
 どうやらセンチネルは近くの村で捨てられた孤児だったらしい。身寄りがないのをいいことに奴隷のような重労働を強いられていた。その結果、有害物質が蓄積し獣化してしまったのだろう。

「獣使いが事件を起こせば、常日頃から守護獣騎士団われわれを煙たがっている方たちがここぞとばかりに責めたてるんですよ」

 議場に同行したクライスが昼食の席で教えてくれた。アブニールが食事をしている時、必ず誰かしら同席している気がするのは、いい加減気のせいではないと気付いている。おそらく小食なアブニールがきちんと食事をしているか、心配でしょうがない者がいるのだ。

「いい大人が寄ってたかって八つ当たりとはみっともねえな。フラムを責めるのは筋違いってもんだろ」

 直接現場を目の当たりにしたわけでもないのに、アブニールは不快感に眉根を寄せた。アブニールも最近知った事だが、獣化には前兆がある。道具のように扱う前にきちんと獣使いについての理解を深めておけば、こんな悲劇は起こらず、哀れなセンチネルは命を落とさずに済んだ。
 何より、その全ての責をフラムが負わされたことに納得がいかない。

「ええ。ですが、彼らは獣使いというだけで十把一絡げですから」

「頭の固いお役人どもはこれだから嫌だね。てめえの無知を棚に上げやがって」

 苛々が止まらず毒吐かずにはいられないアブニールを、なぜかクライスはにこやかに見つめている。ずっと気付かないふりをしていたが、いいかげん生温かい微笑が鬱陶しくなってきた。

「なんだよ。にやにやして」

「いえいえ。叱られて可哀想なフラム団長のために憤慨していらっしゃるなぁと思いまして」

 なんとなく予想していたが、想定通りの言葉に嘆息する。

「別にフラムのことだけじゃねえ。獣化しちまったセンチネルだって、せめてもっといい主人に拾われてりゃ、もうちょっと長生きできたかもしれねえだろ。散々こき使われた挙句にこんなことになっちまって、やり切れねえだけだ」

 虚言ではないはずなのだが、うまく誤魔化せているだろうかという不安が胸によぎった。

「そうでしたか」

 と、口先で答えはしたものの、明らかに信じていないクライスは、聞いてもいないのにフラムが今執務室に居ることを教えてくれた。

「ああ、そうかよ」
 
 ぶっきらぼうに答えて食事を搔っ込み、居心地の悪さから逃れるように食堂を辞す。
 食器を下げて食堂から出たアブニールの手には飲み物を淹れるためのお湯とサンドウィッチの皿があった。執務室で書類仕事をしているフラムに届けろということらしい。
 ここへきてまだ四日しか経っていないというのに、これからアブニールが執務室に立ち寄ることを見抜かれている。
 おかしい。アブニールは人を欺くのも得意だったし、こんなふうに容易に行動を悟らせるようなヘマはしなかったはずなのに。
 ただ、頼まれた以上は投げ出すことも出来ず、食事を無駄にするのはもってのほかなので、仕方なく……本当に仕方なく、執務室に足を向ける。
 ノックの後に室内からの応答を待って部屋に入ると、フラムは一度顔を上げた。
 誰かが食事を運んでくれるだろうことは予想していたらしいが、視界に入ったのがアブニールなのが意外だったのだろう。再び書類に落とした視線がアブニールに向けられる。
 驚いた様子で二度見したフラムは、ややして苦笑いをした。

「悪いな。気を使わせたか」

 どういう経緯でアブニールがここに来たのか、見抜いているような口ぶりだった。
 
「いや、別に。ちょうど食事を終えたところだったし。ついでに、な。これはどこに置く?」

 アブニールは冷静に、しかし素っ気なくなりすぎない口調になるよう気を付けて言い、サンドウィッチの置き場を聞いた。

「ちょっと休憩するから、そこに置いてくれ。何か飲むか? っつってもここにはコーヒーしかないんだけどな」

「いや、俺が淹れる」

 指示通り、センターテーブルに皿を置いたアブニールは一緒に持参した熱湯で二人分のコーヒーを淹れた。

「砂糖はいくつ?」

 角砂糖の瓶を手に取りながら問う。

「そうだな。むせるほど甘いのが良い」

「じゃ、三つくらい入れとくか……。そんなにじろじろ見張らなくても、毒なんかいれねえよ」

 穴が開くほどの視線が妙に照れくさく、アブニールはフラムを軽く睨んだ。

「え? ああ、いや……、そういうつもりじゃねえよ。ただ……」

 アブニールも冗談のつもりだったが、フラムは妙に狼狽えた。何か口走りそうになって慌てた様子で言い淀む。

「なんだよ。はっきり言えよ。あんたらしくもない」

 それを言うなら、何を言いかけたのか気になってしょうがないアブニールも、らしくないのだが。

「いや。なんか……いいなと思っただけだ」

 なぜだろう。フラムの頬がみるみる赤くなる。

「何が?」

「ほんとに気にしないでくれ。上手く言語化できねえんだよ」

 フラムは頬を染めながら早口で言うと、仕事の手を止め、応接セットのソファに移動した。
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