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優しさを分かち合う

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 向かい合う位置に腰を下ろしかけ、ふと思いついてフラムの隣に座りなおした。二人掛けのソファなので、並んで腰かけても窮屈になったりはしない。
 アブニールの大胆な行動に、フラムがぽかんと口を開けた、何とも間抜けな顔でアブニールを見ているのがおかしい。自然と口元に笑みが浮かんだ。

「いいだろ? 別にどこに座ったってさ。こっち側に座りたい気分だったんだよ」

 何も聞かれていないうちから言い訳のように口にする。
 昨晩、ベッドに並んで座った時の安心感を思い出し、フラムも同じように少しでも気分が軽くなればいいなと考えたのだ。とはいえあまりにもフラムが驚くので、アブニールまでじわじわと羞恥に襲われた。
 気持ちを落ち着けるために、サイドの髪を耳にかけつつコーヒーを飲む。

「今日はずいぶんサービスしてくれるんだな」

 フラムはそう呟くと思い出したように食事をはじめた。網焼きにしたカンパーニュにこんがり焼いた厚切りベーコンとトマト、レタスを挟んだ一品だ。

「まあ、な……」

 豪快にかぶりつく様になぜか目を奪われる。人の食事風景など特段面白みもないというのに不思議だ。

「あんたの仲間たちに託されちまったんだ。しょうがねえ」

 まあ、ともかく、食欲はあるようなので一安心である。
 ほろ苦いコーヒーを味わいつつ、アブニールは何か声をかけるべきかと思案した。
 でも、思い浮かぶのは陳腐な言葉ばかり。こんな上滑りな発言をするよりも、何を言わずそばにいてやるほうがよほどマシに思えて、アブニールは黙り込んでいた。

「もっと、国内外の隅々にまで獣使いに関する正しい知識が広まれば、今回のような痛ましい事件を未然に防ぐことが出来たはずなんだ」

 静寂の中、無言で食事を終えたフラムがおもむろに切り出した。視線は正面を向いていたが、アブニールに聞いてほしいのだと解釈し、耳を傾ける。

「後悔したところで、失われた命が戻らねえってことは分かってる。だが……救ってやりたかった」

 フラムは理不尽に責め立てられたことではなく、一人のセンチネルを救えなかった事実を悔いていた。

「あちこち転々としてる俺ですら、ここへ来るまで知らなかったくらいだからな」

 でもそれも仕方のないことかもしれない。何しろセンチネルやガイドと言った名称すら、最近になって使われ始めたのだ。

 だからフラムが自責の念に駆られる必要などないのだが、直接伝えたところで納得はしないだろう。フラムは存外、頑固だから。
 アブニールも人のことは言えないが、同じ頑固者同士だからこそ痛いほどに分かってしまう。

「獣使いに限らず、田舎の村落じゃ勉強も出来ず朝から晩まで家業を手伝うちびどもが多くいる。けどな、今の王様……あんたの兄貴になってから、少しずつだが、改善されてんだよ」

「そういえば、子供たちに最低限の教養を受けさせることが義務付けられたんだったな。貴族院を納得させるのにずいぶん苦心したと陛下がぼやいていらした」

 兄の事を尊敬しているのか、王の話をするとフラムの表情が少しだけ柔らかくなる。

「さすがに刑罰の対象になるとなれば、大人たちも従うしかない。ちょっとばかし強引な手だが、凝り固まった因習を打破するためには多少の荒療治が必要なんだよな」

 国民全員が幅広い知識を手に入れれば、経済面での国力増強につながる。現在だけに目を向けると働き手が減って痛手かもしれないが、長い目で見れば商売の幅が広がり国全体が豊かになるのだ。

「情けねえが、俺達一人一人の声はあまりにも小さい。だが、あんたには国全体に絶大な影響力を持つ頼もしい協力者がいるんだ。世の中適材適所だろ?」

 一度言葉を切ってコーヒーで喉を潤す。

「俺達に出来ることは、少しずつでも獣使いへの偏見や危険だという思い込みを無くしていくことだ。ちょうどいいことに、あんたは民を守る騎士なんだぜ? 獣使いが実は頼りになる存在だと印象付けることが出来る立場だろ? どれだけ悔いても、死んだ人間は戻ってこねえ。だけど、あんたたちの、いや、俺達の活躍次第で救える命は増えるんだ」

 どれほど悔いても、仲間たちは戻ってこない。それでもアブニールは仲間たちが命を落とした原因を探りたいと思った。そうすれば、十年前の悲劇を繰り返さずに済む。それは仲間たちへの手向けにもなる気がしている。

「お前も手伝ってくれるのか?」

「手伝うわけじゃねえだろ。これは俺の使命でもある」

 だから感謝される謂れはない。

「そうかい。でも、鼓舞してくれたのは間違いねえよな?」

 アブニールは今度は沈黙した。とっさに否定しかけた言葉を呑み込んだまでは良かったが、代わりの言葉が出てこなかった。

 フラムがカップをテーブルに戻す。そして、急に真剣な眼差しをアブニールに向けた。

「ニール。……あと少しお前の優しさに付け込んでも良いか?」

 随分とあけすけな頼み方だと目を丸くする。

「あんた、変なところで真面目だな。わざわざ口に出したら魂胆が見え見えだぜ?」
「口に出さなくたってお前は見抜くだろ」
「まあ、そりゃそうだ」

 アブニールもカップを空にしてソーサーの上に戻した。フラムの方に身体を捻り、両手を広げる。

「お好きにどうぞ?」

 抵抗の意志はないと身体で表現しながら誘うと、フラムが身体を近づけてきた。
 ふわっと甘い香りがする。嗅覚が鋭敏なため、香水の匂いはあまり好きではない。だというのに、フラムから香る匂いは嫌いではなかった。
 無防備になったわき腹を通って背中に回った両手に引き寄せられた。
 男らしく引き締まった肉体からは想像もつかないくらいの柔らかさで抱きしめられる。確かに細身だが同じ男なのだし、ここまで気を使わなくてもと笑ってしまう。

(あんたはほんとに変な男だよ)

 アブニールに触れる男の手はいつだって、暴力を振るうか、伸し掛かって暴こうとした。人として扱われないことに慣れてきた身体には贅沢な優しさだ。
 これではアブニールの方が癒されてしまいそうだが、あくまでも今はフラムを励ます為にここにいる。アブニールも応えるように背中に手を回し、片方の手で髪を撫でた。少し硬質だが、想像よりも触り心地が良かった。
 一度触れ合ってしまったら、不思議と離れがたくなってしまって、報告に来たレーツェルが扉をノックするまで、飽きることなく抱きしめあっていた。
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