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一件落着と新たな問題

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 ギリギリではあったがセンチネル誘拐事件は解決に至った。
 男爵は王都に連行されると、命惜しさに洗いざらい罪を告白した。センチネルのみを誘拐して監禁していたのは、やはり来る建国記念祭に獣化させたセンチネルをけしかけるためだったらしい。
 王の居城の厳重な警備を突破するよりはるかに容易く、街道に集まった人々にセンチネルに対する恐怖を植え付ける絶好の好機と、以前金銭的な援助を受けたヴェレーノ侯爵に協力を求められたのだそうだ。
 つまり自分は侯爵に逆らえず、仕方なく従っていた。まあ、よくある言い訳である。そうは言っても王暗殺計画に加担したことは間違いなく、男爵は爵位を剥奪され投獄されることになった。後に正式に刑罰が言い渡されるだろうが、数年で解放されるような軽い罰ではすまないだろうとのことだ。
 以上の顛末を、アブニールはフラムから直接聞くことになった。まだ大丈夫だというのに、フラムからガイディングを受けることになったのだ。

「お前の協力のおかげで、罪なきセンチネルたちを救うことが出来た。本当にありがとな」

 寝台の上で手をつないだまま、フラムが満足そうに笑う。

「結局俺は、捕まったふりをしただけだけどな」

 数日間世話になった分の礼としては足りない気がして、やはり金銭を渡す約束を取り付けようとするのだが拒否された。

「そもそもガイディングが必要なセンチネルの保護も俺たちの仕事のうちの一部なんだ。気にすんなよ」

 それでも納得いかず食い下がると、なら騎士団に入るかと勧誘される。正直、悪くない誘いではあったが、今更団体で行動するには、アブニールは一人に慣れすぎてしまった。それに手に入れればまた失う恐怖と隣り合わせになる。大切な者が居なくなる凄絶な痛みを知っているからこそ、アブニールは思いきれない。

「ところで、センチネルたちは相方と再会できたのか?」

 この話題はこれ以上続けたくなくて、別の話題を持ち出した。

「ああ。中には最近保護されたばかりで治療中の者もいたし、センチネル側にも栄養失調やメンタルケアで治療が必要な者もいるから出て行った奴は半数くらいだけどな」

「出て行って大丈夫なのか?」

 ならず者に依頼してセンチネルを集めていた男爵は捕まったが、その男爵を陰で操っていた黒幕は未だ野放しのままだ。元の木阿弥になってしまうのではないか。

「さすがに一人捕まったばかりですぐに同じ手はつかわないだろ。また何か別の謀略を考えているところだろうぜ」

「また獣使いを利用して?」

「さあな。ただ、あの人にとっちゃ同じ空気を吸っていることすら許しがたい存在だからな。ただ、たとえ侯爵が彼らを利用するのだとしても、不確定のうちは獣使いの自由を奪うことは出来ねえんだよ。彼らには彼らの生活があるんだからな」

「それもそうか」

 フラムの言い分はもっともで、アブニールは納得してひとつ頷いた。それから、じわじわと笑みがこみあげ、思い出し笑いをする。

「それにしてもあんた。ほんとに王子様だったんだな。あんな堅物みたいな喋り方も出来んのか」

 男爵家で見たフラムは、今目の間で寛ぐフラムとは似ても似つかない。話口調まで別人のようだった。無事事件が片付いた今となっては、あの時の堅苦しい口調が少々笑えてしまう。

「そこは格好いいって思ってほしいけどな」

 揶揄われて面白くないのか、フラムは眉根を寄せて不満を漏らした。

「うーん」

 拗ねてしまったフラムを前に、アブニールは思いを巡らせた。
 確かにセンチネルたちを救出に来たフラムは高潔で勇猛な騎士そのものだったが、その前に今のフラムを知ってしまったアブニールには違和感の方が強かった。

「ま。格好良かったんじゃねぇの?」

 にやけそうになるのを堪えながら口先で褒めるも、フラムはアブニールの心まで見透かしたように鼻で笑った。

「心にもない褒め言葉ありがとよ」

 アブニールの反応が気に食わないのか、完全にへそを曲げてしまったが、アブニールにとっては今のフラムの方が親しみを覚えるのだから仕方がない。別に今だって十二分に男らしいのだから、腹を立てる必要などないというのに。

「っと、そうだ。大事な事伝え忘れてた」

 不貞腐れていたはずのフラムは、そう言うとアブニールを注視した。しばらくじっと見つめたかと思うと、なぜか気まずそうに目をそらす。挙句の果てには長嘆した。

「な、なんだよ……?」

 人の顔を散々見つめておいてため息とはずいぶんな態度である。と思うと同時に、普段物怖じしないフラムが言い淀む内容がどんなものなのか、戦々恐々とした。緊張感に耐え切れなくなり急かすと、未だ躊躇っている様子でフラムが口を開く。

「兄がお前に会いたいと言っている」

「……は? あんたの兄さんって」

 先代の王の子供は多いが、フラムにとっての兄と言えば一人しかいない。彼は父の崩御とともに戴冠し、現在の王になった。つまるところアブニールに会いたいと望んでいる人物は、当代の王である。

「じょ、冗談だろ? 俺はしがない平民だぜ?」

 我ながら情けないが声が震えている。しかし一般市民が王様に謁見するというのは、そのくらいハードルの高い事なのだ。本来なら一生に一度遠目に見られてラッキーという相手に直接会うなど到底無理だ。

「そもそも何のために……今回の礼か? んなもんいらねえよ。そもそも俺の方が礼をするつもりで協力したんだし」

 どうにか逃れたくて言い募るアブニールに対し、フラムはずっと渋面を浮かべている。それは悪あがきするアブニールを責めているというよりは、自分自身を責めているように見えた。

「それもあるが、……その、兄上は俺がお前を気に入っていることを見抜いたらしい。もともと洞察力の優れたお方なんだ。俺はあくまで事務的に報告したはずなんだが……、すまん! つまり俺の所為なんだ!」

 フラムにしては珍しく素直に頭を下げている。

「兄上は前々から俺に理解者がいればと憂いていらして……、それもあってお前に会いたいと望んでいらっしゃるのだと思うんだ。挨拶だけでもいいんだ。どうか、会ってもらえないか」

 平身低頭で頼み込まれては、固辞するのも気が引ける。それに、ただ挨拶をするだけならばボロを出さずにすむかもしれない。何より兄を安心させたいというフラムの願いに応えてやりたい気持ちが生まれた。

(いやいや、なんで俺が……。でも、こんなしおらしい態度とられちゃ……なあ)
 
 アブニールは唸りながら悩み抜いた挙句、観念してため息を吐いた。

「わかったよ。会えばいいんだろ」

 そのため息に乗せて、不承不承に受け入れた。
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