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第2章 魔術都市陰謀編
第78話 食い逃げよりも簡単?
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「なるほど。場違いな大物に目をつければ良いのですね」
「そういうことです」
ステファノは誰が誰だか、顔を知らない。名前も素性も知らない人間たちの往来を見て、「場違いな」客を見つけ出さなければならない。
身なりや振る舞い、ふとした挙措動作――。
「あ、そうか」
何かが腑に落ちたように、ステファノは顔を明るくした。
「何か気づきましたか?」
「うちの飯屋で、やってたことだなと思って」
「飯屋で見張りですか?」
マルチェルが怪訝そうな顔をすると、ステファノは照れくさそうに笑った。
「食い逃げされないように、それとなく客の様子を見ることがあったんです。それと同じことをやればいいかなと思って……」
「なるほど。他の客と様子が違うという点で言えば、同じことですね」
1人の客の中身を知ろうとするのではなく、他の客との違いを捉える。
その「違い」の正体も知らない状態で。
統計学で言えば「クラスター分析」のアプローチに近い。複数ある「属性」の組み合わせが似通った物同士をグルーピングして行くと、明らかに存在するグループ間の相違が浮き彫りになる。
飯屋で言えば、「普通の客」対「食い逃げ犯」。
今回のケースで言えば、「普通の客」対「暗殺の黒幕」だ。
「食い逃げよりも黒幕の方が目立つはずですよね?」
「ふふ。お前の店で食い逃げをするのは難しそうです」
マルチェルもステファノの使い方を、大分心得てきたようだ。
「もし気になる客がいたら、顔を覚えておきます」
ステファノには映像記憶がある。
「頼みます」
2人を載せた馬車はネルソン商会へと帰りついた。
それぞれに着替えや身支度を行い、再び顔を合わせたのは30分後のことであった。
今度は馬車ではなく、徒歩で通用口から店を出た。
マルチェルはいつもの落ちついた執事風の服ではなく、動きやすい普段着のような服装に着替えていた。
ステファノはといえば、着替えが無いのでいつもの服装であった。
「これを被っておきなさい」
マルチェルに渡されたのは、黒いつばつきの帽子であった。適度にくたびれたその帽子を目深にかぶると、目元を隠すことができる。
「気休めですが、無いよりましでしょう」
ふと違和感を覚えて見直すと、マルチェルはポケットに片手を入れ、背中を丸め気味にして歩いている。それだけで、いつもとは別人の印象であった。
「ついてきなさい」
ぶらぶらと歩きだしたマルチェルは、時々街角の店をのぞきながら10分程歩き回った。
「ここに入りますよ」
立ち止まったのは、一軒の本屋の前であった。
ドアを開けて店に入ると、薄暗い店内には天井まで届く書棚が列をなして並んでいた。棚にはぎっしりと本が納められており、向こう側が見えない。
店内は暗く、埃っぽい。換気が良くないのか、かび臭い臭いもする。
マルチェルは足を停めずに、ずんずんと店の奥、棚の裏に入り込んでいく。足元に気を取られながら、ステファノは遅れないように急ぎ足で続いた。
奥では店主が本の整理をしていた。マルチェルはわずかにうなずいて見せると、その横を通り過ぎてカウンターの裏に入り、奥のドアを開けた。
ドアを抜けると細い廊下であった。まっすぐな廊下の先にまたドアが見える。
マルチェルはドアの前で足を停め、上着を脱いで腕に掛けると、ズボンのポケットから鍵を取り出してドアのカギ穴に差し込んだ。
かちゃりと軽い音を立てて、錠が開いた。
「その帽子はここに置いて行きなさい。代わりにこれを……」
上着の内ポケットから地味なスカーフを取り出して、ステファノの頭に被らせた。
中背で華奢、顔つきが幼いステファノは、そうするとちょっと見には男か女かわからなくなった。
「少し下を向いて、小股で歩いてみなさい」
真面目な声で言い、マルチェルはドアを開けて外に出た。片手で髪を乱し、すがめになっている。
肩を前に落としているので、先程迄より背が低く見えた。
「じゃあ行くぜ」
少しかすれた声で言うと、マルチェルは再び歩き出した。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
皆さんの声を励みに執筆しております。
「現場」に出たマルチェルさんは一味も二味も違います。
「ギルモアの鴉」として鳴らした裏の顔が出て来るのでしょうか……。
◆次回「第79話 「鴉」のマルチェル。」
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
……
「そういうことです」
ステファノは誰が誰だか、顔を知らない。名前も素性も知らない人間たちの往来を見て、「場違いな」客を見つけ出さなければならない。
身なりや振る舞い、ふとした挙措動作――。
「あ、そうか」
何かが腑に落ちたように、ステファノは顔を明るくした。
「何か気づきましたか?」
「うちの飯屋で、やってたことだなと思って」
「飯屋で見張りですか?」
マルチェルが怪訝そうな顔をすると、ステファノは照れくさそうに笑った。
「食い逃げされないように、それとなく客の様子を見ることがあったんです。それと同じことをやればいいかなと思って……」
「なるほど。他の客と様子が違うという点で言えば、同じことですね」
1人の客の中身を知ろうとするのではなく、他の客との違いを捉える。
その「違い」の正体も知らない状態で。
統計学で言えば「クラスター分析」のアプローチに近い。複数ある「属性」の組み合わせが似通った物同士をグルーピングして行くと、明らかに存在するグループ間の相違が浮き彫りになる。
飯屋で言えば、「普通の客」対「食い逃げ犯」。
今回のケースで言えば、「普通の客」対「暗殺の黒幕」だ。
「食い逃げよりも黒幕の方が目立つはずですよね?」
「ふふ。お前の店で食い逃げをするのは難しそうです」
マルチェルもステファノの使い方を、大分心得てきたようだ。
「もし気になる客がいたら、顔を覚えておきます」
ステファノには映像記憶がある。
「頼みます」
2人を載せた馬車はネルソン商会へと帰りついた。
それぞれに着替えや身支度を行い、再び顔を合わせたのは30分後のことであった。
今度は馬車ではなく、徒歩で通用口から店を出た。
マルチェルはいつもの落ちついた執事風の服ではなく、動きやすい普段着のような服装に着替えていた。
ステファノはといえば、着替えが無いのでいつもの服装であった。
「これを被っておきなさい」
マルチェルに渡されたのは、黒いつばつきの帽子であった。適度にくたびれたその帽子を目深にかぶると、目元を隠すことができる。
「気休めですが、無いよりましでしょう」
ふと違和感を覚えて見直すと、マルチェルはポケットに片手を入れ、背中を丸め気味にして歩いている。それだけで、いつもとは別人の印象であった。
「ついてきなさい」
ぶらぶらと歩きだしたマルチェルは、時々街角の店をのぞきながら10分程歩き回った。
「ここに入りますよ」
立ち止まったのは、一軒の本屋の前であった。
ドアを開けて店に入ると、薄暗い店内には天井まで届く書棚が列をなして並んでいた。棚にはぎっしりと本が納められており、向こう側が見えない。
店内は暗く、埃っぽい。換気が良くないのか、かび臭い臭いもする。
マルチェルは足を停めずに、ずんずんと店の奥、棚の裏に入り込んでいく。足元に気を取られながら、ステファノは遅れないように急ぎ足で続いた。
奥では店主が本の整理をしていた。マルチェルはわずかにうなずいて見せると、その横を通り過ぎてカウンターの裏に入り、奥のドアを開けた。
ドアを抜けると細い廊下であった。まっすぐな廊下の先にまたドアが見える。
マルチェルはドアの前で足を停め、上着を脱いで腕に掛けると、ズボンのポケットから鍵を取り出してドアのカギ穴に差し込んだ。
かちゃりと軽い音を立てて、錠が開いた。
「その帽子はここに置いて行きなさい。代わりにこれを……」
上着の内ポケットから地味なスカーフを取り出して、ステファノの頭に被らせた。
中背で華奢、顔つきが幼いステファノは、そうするとちょっと見には男か女かわからなくなった。
「少し下を向いて、小股で歩いてみなさい」
真面目な声で言い、マルチェルはドアを開けて外に出た。片手で髪を乱し、すがめになっている。
肩を前に落としているので、先程迄より背が低く見えた。
「じゃあ行くぜ」
少しかすれた声で言うと、マルチェルは再び歩き出した。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
皆さんの声を励みに執筆しております。
「現場」に出たマルチェルさんは一味も二味も違います。
「ギルモアの鴉」として鳴らした裏の顔が出て来るのでしょうか……。
◆次回「第79話 「鴉」のマルチェル。」
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
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