79 / 694
第2章 魔術都市陰謀編
第79話 「鴉」のマルチェル。
しおりを挟む
「店からつけている奴はいないようだったが、念のための用心だ」
前を向いて歩きながら、マルチェルが言った。
その口元はほとんど動いていない。
さらに15分ほど歩いて2人がたどりついたのは、古びた商店風の建物だった。
マルチェルは道を挟んだ斜め向かいの雑貨屋に入って行く。
「2階を借りるぞ」
カウンターの店主にそれだけ言うと、案内も待たずに奥の階段を上って行く。
通りに面した部屋に入ると、中央に置いてあるテーブルセットを窓際に移動した。
「さて、あれが口入屋の建物です。出入口はわかりますね? ここからは根競べです。動きがあるまでじっくり待ちましょう」
そういうと、マルチェルは椅子の片方に腰を下ろして、くつろいだ。
ステファノも椅子を運んで、腰を下ろす。
「ああ、もうそれは外して良いですよ」
マルチェルに言われ、頭を触ったステファノはスカーフを被ったままであったことに気づき、慌てて外した。
「お返しします」
顔を赤くして差し出したが、マルチェルは受け取らなかった。
「お前のために用意したものです。何かの役に立つかもしれない。持っていなさい」
「わかりました」
女装するのは不本意であったが、ひょっとすると誰かを尾行することになるかもしれない。
ステファノはスカーフを丁寧に畳むと、腰の物入れに納めた。
そのまま2人は日が傾くまで見張りを続けたが、その日は何事も起こらなかった。
◆◆◆
翌日も朝食後早々に、マルチェルの後について口入屋の見張りについた。
この日は前日とは違う店を通り抜けたが、裏口には馬車が待っていて人目につかぬよう2人を運んでくれた。
「さて、今日はどうでしょう。動いてくれるとありがたいですが」
口ではそう言うが、マルチェルはさほど気にしていないようだった。
「動きが無かったらどうするのですか?」
ステファノは尋ねてみた。
「そうですね。口入屋の元締めを引っ張り出して、吐かせてみましょうかね。どうせ叩けば埃の出る体とわかっています」
こともなげにマルチェルは言った。
「素直に吐くでしょうか?」
証拠が無ければ白を切るのではないかと、ステファノは思った。
「吐きますよ。『吐いても吐かなくても1昼夜これと同じことをする』と教えてやると、皆吐きます」
当たり前のことを言う声音で、マルチェルは言った。
ステファノには「これ」とはどんなことを指すのか、確かめる勇気が無かった。
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
「来ても来なくても良いと思っていれば、気楽なものです。肩の力を抜いて待ちましょう」
時々交代で休憩を取りながら、2人は監視を続けた。
動きがあったのは、昼を過ぎてしばらく経った頃であった。
口入屋の店先がバタバタしたと思ったら、3人の男たちが表に出て来た。
「先頭にいるのが口入屋の元締めですね」
マルチェルがステファノに教えた。
「依頼人のところに向かうかもしれません。わたしが尾行してみます」
そう言うと、マルチェルは階段を下りて行った。
残されたステファノは、留守番役だ。入れ違いに怪しい人間が尋ねて来ないかどうか、見張りを続けることにした。
連絡を取るまでお互いの動きはわからないのであるから、行き違いになるのはあり得ることであった。
一人でする監視は難しい。行きかう通行人の姿をつい目で追ってしまい、店の監視を忘れてしまいそうになる。
ステファノは肩の力を抜いて、むしろぼんやりと口入屋の店先を眺めるようにした。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
皆さんの声を励みに執筆しております。
見張り場所で留守番をすることになったステファノ。
やがて明らかに怪しい人物が口入屋の前に現れます。
◆次回「第80話 ジェドーという金貸し。」
ドアが開くまでのわずかな間、成金主人は胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻と口元を押さえていた。確かに裏町に近い路地なので生活臭や馬糞の匂いが漂ってはいたが。
「でも、お貴族様には見えないよね」
ステファノとて客商売の端くれだ。身分を取り違えるようなことはない。
ネルソンがほんの少し服装を変えたら貴族にしか見えなくなるが、眼下の成金には何を着せてもただの悪趣味で終わるだろう。
……
前を向いて歩きながら、マルチェルが言った。
その口元はほとんど動いていない。
さらに15分ほど歩いて2人がたどりついたのは、古びた商店風の建物だった。
マルチェルは道を挟んだ斜め向かいの雑貨屋に入って行く。
「2階を借りるぞ」
カウンターの店主にそれだけ言うと、案内も待たずに奥の階段を上って行く。
通りに面した部屋に入ると、中央に置いてあるテーブルセットを窓際に移動した。
「さて、あれが口入屋の建物です。出入口はわかりますね? ここからは根競べです。動きがあるまでじっくり待ちましょう」
そういうと、マルチェルは椅子の片方に腰を下ろして、くつろいだ。
ステファノも椅子を運んで、腰を下ろす。
「ああ、もうそれは外して良いですよ」
マルチェルに言われ、頭を触ったステファノはスカーフを被ったままであったことに気づき、慌てて外した。
「お返しします」
顔を赤くして差し出したが、マルチェルは受け取らなかった。
「お前のために用意したものです。何かの役に立つかもしれない。持っていなさい」
「わかりました」
女装するのは不本意であったが、ひょっとすると誰かを尾行することになるかもしれない。
ステファノはスカーフを丁寧に畳むと、腰の物入れに納めた。
そのまま2人は日が傾くまで見張りを続けたが、その日は何事も起こらなかった。
◆◆◆
翌日も朝食後早々に、マルチェルの後について口入屋の見張りについた。
この日は前日とは違う店を通り抜けたが、裏口には馬車が待っていて人目につかぬよう2人を運んでくれた。
「さて、今日はどうでしょう。動いてくれるとありがたいですが」
口ではそう言うが、マルチェルはさほど気にしていないようだった。
「動きが無かったらどうするのですか?」
ステファノは尋ねてみた。
「そうですね。口入屋の元締めを引っ張り出して、吐かせてみましょうかね。どうせ叩けば埃の出る体とわかっています」
こともなげにマルチェルは言った。
「素直に吐くでしょうか?」
証拠が無ければ白を切るのではないかと、ステファノは思った。
「吐きますよ。『吐いても吐かなくても1昼夜これと同じことをする』と教えてやると、皆吐きます」
当たり前のことを言う声音で、マルチェルは言った。
ステファノには「これ」とはどんなことを指すのか、確かめる勇気が無かった。
「不思議なものでしてね。吐けと言うと意地でも吐かない奴が、吐かなくてもいいと言われると泣きながらしゃべり出すのです」
恐ろしいことをマルチェルは静かな口調で言った。
「苦痛を堪えるには理由が必要なのです。誰かを守るため、体を治すため、お金を稼ぐため。そういう理由を全部取っ払ってしまうと、人とは脆いものですよ」
こういう時のマルチェルは表情を失って仮面のような顔をしている。
これが「鴉」としての顔なのであろうか。
「来ても来なくても良いと思っていれば、気楽なものです。肩の力を抜いて待ちましょう」
時々交代で休憩を取りながら、2人は監視を続けた。
動きがあったのは、昼を過ぎてしばらく経った頃であった。
口入屋の店先がバタバタしたと思ったら、3人の男たちが表に出て来た。
「先頭にいるのが口入屋の元締めですね」
マルチェルがステファノに教えた。
「依頼人のところに向かうかもしれません。わたしが尾行してみます」
そう言うと、マルチェルは階段を下りて行った。
残されたステファノは、留守番役だ。入れ違いに怪しい人間が尋ねて来ないかどうか、見張りを続けることにした。
連絡を取るまでお互いの動きはわからないのであるから、行き違いになるのはあり得ることであった。
一人でする監視は難しい。行きかう通行人の姿をつい目で追ってしまい、店の監視を忘れてしまいそうになる。
ステファノは肩の力を抜いて、むしろぼんやりと口入屋の店先を眺めるようにした。
――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。
「ステファノたちの活躍をもっと読みたい」と思われた方は、ぜひ「お気に入り追加」「感想記入」をお願いいたします。
皆さんの声を励みに執筆しております。
見張り場所で留守番をすることになったステファノ。
やがて明らかに怪しい人物が口入屋の前に現れます。
◆次回「第80話 ジェドーという金貸し。」
ドアが開くまでのわずかな間、成金主人は胸ポケットから取り出した白いハンカチーフで鼻と口元を押さえていた。確かに裏町に近い路地なので生活臭や馬糞の匂いが漂ってはいたが。
「でも、お貴族様には見えないよね」
ステファノとて客商売の端くれだ。身分を取り違えるようなことはない。
ネルソンがほんの少し服装を変えたら貴族にしか見えなくなるが、眼下の成金には何を着せてもただの悪趣味で終わるだろう。
……
0
あなたにおすすめの小説
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ダンジョン学園サブカル同好会の日常
くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。
まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。
しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。
一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる