飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第3章 魔術覚醒編

第143話 マルチェルはステファノの演舞に極意を見た。

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「早かったですね」

 マルチェルはそう言って、ステファノをソファに座らせた。

 もちろん言葉とは裏腹に、ステファノが苦労したであろうことはその肌の色、精悍さを増した体つきなどから見て取れる。
 何よりも、立ち姿や動きの中でのバランスが変わった。体の軸がぶれなくなった。これは意識したからと言ってできることではないので、ステファノが9日間を有意義に過ごしていたであろうことがそれだけでわかるのだ。

「旅で何を学んだか。何を得たかを聞きましょうか」

 マルチェルの問いに対して、ステファノは既に答えを用意してあった。

「はい。自分は旅で魔術を失い、魔法を得ました」
「『魔法』ですか? それはどのような体系でしょうか?」

 マルチェルは楽し気に聞いた。

「ここから先は、見て頂いた方が早いと思います」

 ステファノは迷わずソファーから立ち上がった。にっこりと微笑んで、マルチェルがそれに続いた。

 中庭に出たステファノは、マルチェルに自分の套路とうろを見てほしいと告げた。
 套路と聞いてマルチェルはピクリと眉を動かしたが、何も言わず、ステファノに披露を促した。

 ステファノも自分が何をどう工夫したと説明することなく、気息を整え、套路の動きに没入した。
 呼吸1つの間で、ステファノの気配が変わったことをマルチェルは実感した。

 ゆるゆると流れる動きの中に、ステファノの「意」が満ちていることをマルチェルは見て取る。
「受け」の形、「払い」の形には侵しがたい「意」が満ちている。その「意」こそがステファノの「術」であろう。

 そこには踏み込む外敵を阻むステファノの「領域」があった。

 見えない敵を圧し、掴み、投げる。自ら数えきれない回数を繰り返した動きの中に、ちらりちらりと垣間見える「刃」は何なのか? あれはステファノの独創であるはずだ。あの「意」は何だ?

 マルチェルの皮膚が危険を察知して、ピリピリとひきつる。手を出せば肌を焼くとわかっている炎が、あそこにある。
 余裕を捨て、マルチェルは食い入るようにステファノの動きを見ていた。

 答えを得る前にステファノの套路は終わった。

 いったいあれは何だったのか? あの張り詰めた気配はどこから来るのか?

 声を発しようとしたマルチェルは背筋に刃を当てられたように、ぞくりと震えた。

 ステファノは知らぬ間に「型」の動きを始めていた。
 だが、見慣れ、親しんだその動きがまったく違う意味を持つように見える。

(何だ、あれは?)

「意」は同じものであるはずなのに、「受け」が、「払い」が、近寄ろうとするものを捉えて弾けるように閃く。
 打たれれば熱く、蹴られれば痺れる。ステファノの技にはその力があった。

 攻め入る者を拒む「意」はしかし、歪んだ心を持たなかった。
 殺意なき「威」。

 目の前に停められた拳のように、強さを持ちながらその威は優しかった。

 動きを納めたステファノに対して、マルチェルは拳を包んだ両手を捧げた。

「見せてもらいました、『不殺の威』。それはお前の極意であり、お前の覚悟を示すものでしょう。わたしはお前を誇りに思う」

 マルチェルにとって「極意」とは修行の果てに得られるものではなかった。そもそも修行に終わりなどない。
「極意」とは術者の姿勢であり、求める道である。

「極意」とは終着点ではなく、出発点であるはずであった。ステファノの技には、はっきりとした意思が、「極意」が込められていた。

「10日を経ずしてここまで到達するとは……。良き師を得ましたか?」
「はい。3人め、いえ、4人めの師と巡り合いました」

 ドイル、マルチェル、そしてヨシズミを師と数えたところで、ステファノは1人数え足りないことに気づいた。バンスが1人めの師であった。

「そうですか。それは幸運でしたね。イデアの習得にも進捗はありましたか?」

 マルチェルはステファノの労をねぎらいつつ、一抹の寂しさも味わっていた。

「はい。ヨシズミとおっしゃる師から、イデアの法を学んでいます」
「ふむ? 術ではなく法ですか」
「はい。ヨシズミ師はこの世界の魔術はあり方を間違っていると……」

「待ちなさい」

 マルチェルはステファノを静かに止めた。

「そこから先は、旦那様とドイル氏を交えて聞かせてもらった方が良さそうです。旦那様のご都合を伺いましょうか」

 そう言って、マルチェルはステファノを連れてネルソンの執務室を訪ねた。

 ◆◆◆

「旦那様、よろしいでしょうか?」
「マルチェルか? 入りなさい」

「ステファノが帰りましたので、ご挨拶に連れて参りました」
「旦那様、ただいま戻りました」

 マルチェルに促されて、ステファノは挨拶をした。室内にはネルソンの他にドイルもいた。
 2人は応接セットに腰掛けて話をしていたところのようだった。

「予定より早かったようだな。うむ。陽に焼けて、体もさらに引き締まったようだ」
「はい。毎日体を動かす生活をしていたので、体力がついたようです」

 応接セットのローテーブルには、分厚い本が数冊と、ネルソンの物と思しきノートが2冊置かれていた。
 研究について議論していたところだろうか?

「旦那様、本日お時間の余裕はございますか?」
「うーん。薬の処方についてドイルと相談していたところだが、どうもうまく進まなくてな。少し時間を空けて考え直した方が良いかと話していたところだ。何かあったのか?」

 ネルソンは行き詰っていたようで、凝り固まった肩をほぐしながらマルチェルに尋ね返した。

「はい。今度の旅でステファノが新しい師に巡り合ったと申します。その方が、この世界の魔術は間違っていると言っているそうで」
「ほう? 常識のある人のようじゃないか?」

 他人事と聞き流していたドイルが身を乗り出して来た。

「はい。ステファノの型演舞が長足の進歩を遂げているのも師のお陰と聞きました。ぜひ詳しい話を旦那様とドイル様に聞いていただきたいと存じまして」
「ふうむ。ステファノ、今お前がしていることも、その師から教わったことか?」
「はい。イドの制御についていろいろと教わっております」

 ネルソンは「テミスの秤」を用いてステファノの魔力を診ていたようだが、「イドの繭」で体を覆ったステファノに不思議な手応えを感じていた。

「そこにいるはずなのに、魔力の手応えが薄い」
「ふうん? 面白いね。僕も一緒に話を聞かせてもらって良いかい?」
「はい。それが良いだろうとわたしも考えておりました」

 ドイルは既に持ち前の好奇心を働かせている様子であった。

「ふむ。ならばいっそのこと、その師という人も呼んではどうだ?」
「よろしいですか?」
「ああ。この中に貴族はおらんからな。格式ばる必要もない」

 ネルソンはドイルを見て頬を緩めた。共に家名を捨てた身の2人である。

「あの……、十数年も山に籠っていた人なんで身形みなりとか礼儀作法に関しては大目に見て下さい」
「ほう? そりゃあ大した変人だな。ギルモア好みじゃないのか? なあ、ネルソン」
「お前が言うかね? 大人になったもんだ。ふふふ」

 話はとんとん拍子に決まり、ステファノがヨシズミを宿まで迎えに出向くこととなった。5人で昼食を摂りながら話を聞こうという趣向であった。

 表に出たステファノは、ヨシズミが宿にいてくれればよいがと考えながら行商宿に向かって歩き始めた。

 ネルソン商会がある通りは言うまでもなく街の1等地であった。そこを離れて行商宿がある一角に近づくと、何となく暗く、湿った感じの街並みに変わって来た。気のせいではなく、空気にもすえた匂いが漂っている。

 田舎町に育ったステファノは気にもしていなかったが。

 とある角を曲がったところで、前方が騒がしくなったことにステファノは気がついた。誰かが往来で大声を上げている。

「誰か! そいつを掴まえてくれ! ひ、ひったくりだー!」

 よたよたと駆け出して来るのは、白いひげの老人であった。その前を若い男が、人混みを縫うように身軽な動きで走って来る。手には老人から奪ったと思われる手提げ袋があった。

 ステファノの眼の前まで迫っていた男は、「イドの繭」のせいで気づくのが遅れたのであろう。衝突寸前になってステファノを突き飛ばそうとした。

「どけ! このガキっ! えっ?」

 何がどうなったかもわからず、男は3メートルほど宙を飛んで地面に叩きつけられた。

「ああっ! 止めて……。捕まえて……。はあ、はあ。荷物を……」

 息も絶え絶えに老人が歩いて来る。もう走る元気もなさそうだ。

「お爺さん。盗られた荷物はこれですか?」

 ステファノの手には男から奪い返した手提げ袋があった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第144話 衛兵詰め所にてステファノ素性を疑われる。」

「泥棒はこいつだな? よし! 引っ立てろ。爺さんと若い方のお前は話を聞くから一緒に来てもらう」

 指揮者らしい年配の衛兵が、老人とステファノに声を掛けて来た。

(まいったな。長くならなければ良いんだが……)

 ステファノは内心閉口したが、逆らってどうなるものでもないのでおとなしく衛兵に同行した。

「すぐそこに詰め所があるから、そこまで来い」

 ……

◆お楽しみに。
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