飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
161 / 694
第4章 魔術学園奮闘編

第161話 スールーとサントス。

しおりを挟む
 朝食時間に食堂に集まったのは新入生50名であった。国を代表する学園としてはいかにも人数が少ない。
 アカデミーには学年という概念はなく、必要な単位を取得したと認められたところで卒業を許される。すなわち学位の授与である。

 とはいえ何事にも目安というものがある。通常は2年から3年で単位を修得し卒業していくのが普通であった。

 2年目以降の学生は現在60名いる。卒業できずに学園を去って行った者たちもいた。

 食堂や浴場の利用時間帯は新入生とそれ以外とにわけられている。しかし、これも目安であった。
 上級生の総数が新入生よりも多いので、そのままわかれると上級生は常に混雑を経験することになる。

 それを嫌う者はあえて新入生の利用時間帯に紛れ込んで食事をし、入浴する場合があった。
 彼らには一定の特徴がある。

 群れるのを嫌う一匹狼か。
 誰とでも和せる社交家であるか。

 偶然にもステファノの目の前に、両方のタイプが1人ずつ座っていた。

「君はステファノだろう? 僕はスールーだ。2年目さ。よろしくな」

 さっと手を伸ばして握手を求めて来たのは、金髪碧眼の女性であった。低い鼻とそばかす、垂れ下がった眉が特徴的である。

「わからないことがあったら、遠慮なく聞いてくれ。わかることは教えるし、わからないことは一緒に聞いてやるよ」
「ありがとうございます。どうしてわざわざ1年生の食事時間に来てるんですか?」
「深い意味はないよ。新しい生徒と友達になれたら面白いじゃないか? お互いに知らないことを教え合ったりね」

 その言い方だと、上級生同士の間では全員と友達になったということだろうかと、ステファノは少々呆気に取られた。
 さすがに59人全員と友達になれるとは思えないのだが。

「友達と言っても固く考える必要はないよ? 僕が勝手に思っているだけだからね。こうやって口が利ければ、もう友達さ」

 しかし、良くしゃべる。それでいて食事の速度はステファノ以上であるところが驚異的であった。

「僕っておしゃべりと食事が早いだろう? みんな驚くんだ。コツを教えようか? 息をしないんだよ」
「えっ?」
「嘘だよ! 息をしないと、死んじゃうよ? ごめんねー、スールー・ジョークなんだよ」
「はあ。先輩、ちょっと変わってるって言われませんか?」

 さすがにステファノも驚いて、聞き返した。しかし、嫌な気分にならないのは、スールーの人柄が明るいからなのだろうか。

「君はさ、何て言うか人目を気にしない人だね。その服装とか?」
「変でしょうか?」
「僕も平民だから変だとは思わないよ。でも変なんだよ、ここでは」

 アカデミーならではの習慣みたいなものがあるのだろうか? そうであれば聞いてみたいとステファノは思った。
 ステファノも好き好んで他人と違うことをやりたいわけではないのだ。

「アカデミーってお貴族様とお金持ちが多いだろう? かく言う僕の家も田舎の資産家さ。そうなるとアカデミーってのは『見栄の張り合い』みたいなことになりがちなのさ」
「親御さんの方が一所懸命になるってことですか?」
「まあね。お貴族様はともかく、平民からアカデミー入学者が出るのは滅多にないことだからね」

 本人の出世はもちろん、「家」としても箔がつく。借金をしてでも良い格好をさせてやりたいと思うのが一般の家族というものだと言う。

「そうかあ。旦那様は服を新調してやると言って下さったんだけどなあ。もったいないと思って断っちゃったんです」
「ふうん。くれると言うのに断るって、やっぱり君は変わってるね。ネルソン商会と言えば大店中の大店じゃないか。君の服くらいで懐が痛むわけないのにさ」
「でも、僕は使用人ですからね」

 ステファノは首をすくめた。

「そんなことは関係ないよ。これはさ、店としての世間体の問題なんだよ」
「うーん。だとすると、これで良かったかもしれません。うちの旦那様は世間体を気にするタイプではないので」

 大体、店構えからして目立たないようにしているくらいである。ステファノの服装などどうでも良いのではないか?

「自分としてはこの方が気兼ねなく動けて良かったと思いますよ?」
「凄いね。そこまで割り切れるなら意味があるかも。お貴族様とか本当のお金持ちは新品の服なんて何とも思っていないだろう? 僕たち庶民組とは落ちつきが違うんだよね」

 中以下の資産家や弱小貴族出身者はどうしても見栄を張ることに無理がある。例えば服を汚すような行動には躊躇が生まれてしまうのだ。

「高貴なお貴族様出身となるとそんなことはまったく気にしないからね。もっとも、周りの取り巻きが身を挺して盾になってくれるけど」
「そんなに凄いんですか?」
「そりゃあそうさ。いつだって上位貴族に気に入られたいと思うのが、下位貴族の習性ってもんさ。……ここだけの話だよ」

 ジロー・コリントは伯爵家の次男だと言っていたから、それなりに高い身分であるはずだ。取り巻きもついているかもしれない。

「でも、そんな取り巻きがついていたら却って負担にならないのかな?」

 奉仕を受けるからには、それなりの面倒も見てやることになる。それがお貴族様の上下関係ではないのかとステファノは思っていた。

「まあね。だから、本当の意味で取り巻きを維持できるのは伯爵以上のちゃんとした家柄だけじゃないかな。後は余程領地に恵まれた豊かなお貴族様とかね」
「ははあ」

 やはり世の中は「権力」と「財力」が物を言うのか。ヨシズミが言う「再生ルネッサンス」とやらはお金持ちが世の中を変えることらしいが……。

「俺にはあまり関係ない世界のようです」
「でも、早速ジロー卿と仲良くなったみたいじゃないか?」
「え? 何で知ってるんですか?」
「聞いたのさ。僕のお友達にね?」

 昨日の今日でもうあの事を知っているとは……。どれだけの情報網を構築しているのであろうか、この人は。
 ステファノは得体の知れない恐ろしさのようなものをスールーに対して感じていた。

「武力や財力はいずれ過去のものになる。世界はきっと変わって行く」

 ステファノの目をまっすぐ見詰めて、スールーはその青い目を輝かせた。

「情報は力なり。情報を制する者が世界を制する。僕はそう思うんだ」

 この人は真剣なんだ。ステファノはそう感じた。
 趣味や酔狂で生徒全員と「友達」になっているわけではなく、「力」としての「情報」を求めてそうしている。

 学生である今から、既に将来のための布石を打っているのだ。

「先輩はアカデミーを出たら何をするつもりなんですか?」
「さあね。政治や軍務に興味はない。民間で商売でもやることになるだろうね。その中身がまだ決まらないんだよ」
「これから決めるということですね?」
「まあね。君は相当面白いから、面白いことを仕出かしそうだ。何か面白い商売のネタがあったら紹介してくれたまえよ」

 それが目的で自分の前に座ったのか……。そう思うと若干げんなりするステファノであるが、この先輩を人脈に持つことは自分にとっても価値がありそうに思えた。

「先輩には敵わない気がしますよ? 僕は田舎者なんで世間のことを何も知らないんです。よろしくお願いします」
ここアカデミーは普通の世間とはだいぶ違うから、気にしなくても良いと思う。この子みたいに変な子もいるし」

 スールーは自分の横で黙々と朝食を取る男子生徒を示して言った。

「えーと。この方も上級生ですよね?」
「ああ、その通りだ」
「……」

 自分に注目が集まっているというのに、その男子生徒はスープ皿から顔を上げず、黙々とスプーンを口に運んでいる。

「おい、サントス。お前の話をしているんだぞ。自己紹介くらいできないか?」
「……」
「いえ、自己紹介なら下級生の僕からするべきでしょう。サントス先輩ですか? 自分はネルソン商会から派遣されたステファノです。魔術科で勉強いたします」
「……が濃い」

「えっ?」

 下を向いたままサントスが何か呟いた。

「済まないね。この子は声が小さいし、臆病で、人見知りで、肌が弱いんだ」
「……も弱い」
「ああ。ついでにお腹も弱いそうだ」

 サントスは上級生であるが、年齢で言えばステファノよりも下に見えた。小柄で色白、髪は茶色で顎の下まで伸ばしていたが、蓬髪と言った方が良い程ぼさぼさであった。
 鼻までかかる前髪の間から物を見ているようであった。

「失礼ですが、良くアカデミーに入れましたね?」
「……」
「正しいコメントだが、君に言われたくはないそうだ」

「えぇー?」

 ステファノは意表を突かれた。人見知りという割には随分な「返し」である。

「サントスは人見知りだが、性格は辛口で毒舌なんだ。気にしないでくれ」
「いや、気にするでしょう!」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第162話 ステファノ、誘いを受ける。」

「言った通り、僕たちはチームなんだ。サントスには『才能』を見出す『目』がある。僕にはそれを生かす『頭脳』がある」
「『頭脳』じゃなくて『悪知恵』だ」
「そのサントスが今年の新入生50名から選んだ逸材が、ステファノ、君というわけなんだ」
「逸材じゃなくて『変わり種』だ」

「何か嬉しくありません」

 ステファノは憮然として言った。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

処理中です...