飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第217話 火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした。

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 次の日から、ステファノはどこに移動するにも「杖」を持って歩くようになった。

 アカデミー内は帯剣禁止であったが、杖を禁止する規則はない。魔術学科が存在する学校である。杖を持ち歩いても不思議ではなかった。
 事実、短杖ワンドではなく長杖スタッフを持ち歩く生徒や講師もいたのである。

 ただ、ステファノが持ち歩くのはモップの柄を斬り落としたものであり、どう見てもただの「棒」であった。
 さすがにそんなものを持ち歩く人間はいない。

 魔術発動具として好まれるのは年月を経た天然木であり、磨きこまれた銘木であった。

 さらにおかしなことには、その「棒」には黒いロープをぐるぐる巻きにして括りつけてある。
 墨染の綿ロープ「みずち」であった。

 何かしらの念を籠めた物と見えなくもないが、それにしても安っぽい。物売りの道具のように見えてしまうのだった。

 そしてステファノは、常時道着を着て歩くようになった。

 黒い道着に皮手袋、安っぽい棒に括りつけた黒縄。それに背嚢を背負って歩く。
 わけのわからない格好というよりほかない。

 それでもアカデミーは貴族と金持ちが集まる上品な場所であった。
 あからさまに嘲り笑うような人間は滅多にいない。ただ陰でひそひそと噂されるだけであった。

(噂くらい何でもないな。面と向かって言って来る奴はいないから、痛くもかゆくもない)

 もっと早くからこの出で立ちで歩けば良かったと、ステファノはむしろ後悔していた。

 四六時中持ち歩けば棒が手になじむ。そしてまとわせたイドが棒になじむのだった。

(体の一部になるとはこのことだな)

 土曜日の1限目は「スノーデン王国史初級」であった。庶民階級のステファノは王国の歴史にまつわることなど何も知らない。おとぎ話か吟遊詩人の歌で聞いたことくらいしか、昔の出来事を知らないのだ。

 教えてくれるというのであればぜひ教わりたい科目であった。

 定刻通りに現れた講師は思いのほか若く、エメッセと名乗った。まだ20代ではなかろうか。
 顔にニキビをいくつも作ったやせぎすの男であった。

「この授業では王国史を学んでもらいます」

 教室に集まっていたのは今までで一番少ない5名の生徒であった。やはりすべてが1年生で、しかも全員魔術学科であった。お貴族様も1人いた。

 ジローの姿はやはりない。

 教室はおろか、寮でもあの日以来見掛けたことがなかった。魔術科の単位を取れない1学期を捨てて、家に帰っているのかもしれない。
 あるいはアカデミー自体を諦めたか?

 ステファノから見れば、一度の失敗ごときで貴重なアカデミー在学資格を投げ捨てるなど考えられない。ジローはいずれ戻って来るのだろうと考えていた。

 もっと言えば、人のことよりも自分のことで精いっぱいであった。

「一般学科の生徒は勉学で身を立てようという人たちなので、入学前に基礎の勉強を済ませている人がほとんどです」

(それで一般学科からこういう基礎科目を受ける人が少ないのか)

「この講座の生徒数は少ないですが、歴史を学ぼうという意思を持って集まってくれた君たちに王国史の基礎をしっかり伝えたいと思います」

 エメッセは真面目で几帳面な性格のようだった。

「早速王国の誕生について振り返りましょう。王国の始まりとは戦国時代の終わりとも言えます。150年続いた戦乱の中で武器や戦術は進化を遂げ、戦いは激しく、凄惨な物になって行った」

 それは魔術史の課題でステファノが調べた内容と合致していた。古い時代には、戦争は農民同士の殴り合いが中心であったのだが。

「戦国初期から中期にかけては農民兵が戦の主流でした。後期になってようやく職業軍人同士の殺し合いになったのです」

「農民兵主流の時代には、お互いになかなか手を出さずに距離を置いてにらみ合う状態が長かったのです。そこで戦いを起すためには将が自ら先頭に立つ必要がありました」

 そのために行われたのが「一騎討ち」という戦闘方法であった。

 両軍を代表する将が前線から進み出て名乗りを上げ、1対1で殺し合う。
 その個人戦の勝敗を以て全軍の勝敗とみなしたのだ。

「この時代に重要だったのは『個人としての強さ』です。いわゆる『武勇』と呼ばれたものですね」

 軍団同士の勝敗が個人の勝ち負けで決まるとしたら、強い将のいる勢力が勝ち続けることになる。

「豪族の長そのものが強ければ申し分ないですね。だが、もし討たれて死んだらそこですべてが終わってしまうかもしれない」

 そう考えると、長本人が一騎討ちに乗り出すのはリスクが高すぎる。

「そこで生まれたのが、強い武者を代理に立てるという仕来たりです」

 そのような武者は長本人の血縁であることもあったが、より強い人材を求めた結果、他人を招き入れて軍団の代表とすることが一般的になった。

「兵全体が職業軍人に変わる以前、一騎討ち専門の将という職業軍人が存在したのですね」

 彼らは強かった。強くなければ傭兵として生きていけない。彼らの持つ技術が戦場武術として確立されていった。

「聖スノーデンもそうした傭兵から身を起した1人だと考える人もいます。しかし、私の考えは違います。なぜなら時代が合わないからです」

 聖スノーデンが現れた戦国末期、一騎討ちは既に廃れ、職業軍人からなる正規兵同士の団体戦が戦争の主流となっていた。

「何よりも戦国末期には火薬が発明されて、戦の在り方を根本的に変えようとしていました」

 ステファノには聞きなれない言葉であった。「火薬」とは何か?

「火薬という言葉を聞いたことがない人? 全員ですか。手を降ろしてください。火薬とは人間が作り出した物質です」

「主成分は木炭、硫黄そして硝石です」

「火気に触れれば激しく燃え上がり、大きく膨張します」

(まるで火魔術の説明を聞いているような)

 エメッセは生徒たちに噛んで含めるように言った。

「火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした」

(そんな物があることを、なぜ誰も知らないんだろう?)

「恐るべき威力がありながら、現在の人が火薬のことを知らないのはなぜでしょう?」

 エメッセがステファノの疑問を言葉にした。

「我々には火魔術があるからです。火薬にできることはすべて火魔術で再現できます。しかもコストを掛けることなく。より安価な火魔術が高価な火薬を世の中から駆逐したのです」

(だが、火魔術では再現できないことがある。圧倒的な火薬の優位性……)

「火薬の唯一の長所は、『魔力がなくても使える』点です」

 そればかりは魔術で再現できない。魔力がなくても使える魔術がない限りは。
 それができるなら、それはもはや魔術ではない。

「戦国末期、戦場には白煙が漂い、硫黄の匂いが死者の体に染みついていました。それをすべて過去の物としたのが聖スノーデンでした」

 敵の火薬には水を浴びせ、使えない物にした。自らは縦横に飛び回り、火を投げ、風で斬りつけ、雷を落とした。

「当初、聖スノーデンはモーリー一族を頼っていたのですが、裏切りに会います。辛くも窮地を脱した彼はついに自ら王を名乗り、スノーデン王国建国を宣言しました」

 エメッセは声の調子を変えた。

「さて、ここでお待ちかねチャレンジの課題を発表します。これほどの豪傑であった聖スノーデンを、どうしてモーリーは裏切ったのでしょう? そんなことをすれば自らが討たれると考えなかったのでしょうか? どこに勝算があったのでしょう?」

 1人で万余の軍を圧倒する力を誇る聖スノーデンである。これに敵対しようと考えるにはどんな理由があったのか?
 確かに、不審極まりない行動だとステファノは思った。

「どんな内容でも結構です。来週のこの時間に自分が考える理由をレポートにまとめて提出してください。完全に証明できなくても結構です。歴史学上の意見として考慮する価値がある物であれば、私の判断で当講座修了の資格を差し上げます。思い切った発想をお待ちしていますよ」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第218話 神の認識は初代法王聖スノーデンが聖教会を開いた時に始まりました。」

「当初神の声を聞くことができるのは聖スノーデンただ1人だったそうです。その後法王の座を譲る際に後継者に贈られた聖しゃくが、神の声を聞く道具とされています」

(うん? それは「魔道具」じゃないのか? そしておそらくは魔力を必要としないタイプの)

「先生、質問しても良いでしょうか?」
「ああ、君はステファノ君だね。4人しかいない教室だからね。良いとも、どんな質問だね?」

「聖スノーデンが後継者に授けた聖笏とは、魔道具ではありませんか?」
「ふむ。魔術師らしい質問だね。聖笏はいわば秘物であって一般には公開されていない。したがって学者が手を触れることもできません。本当のところはわからないのです。但し、血統的にギフトを持たない貴族からも法王が出ているところを見ると、聖笏とは魔道具である可能性が高いというのが通説になっています」

「仮に魔道具だとすると、それは聖スノーデンが作ったということになりますか?」
「それも仮説の一部ですね。可能性はあると思います」
  
 ……

◆お楽しみに。
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