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第4章 魔術学園奮闘編
第259話 お前は思いのほか社交的らしいな。
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17:30、ステファノはいつもより早く試射場を訪れた。チャンが現れる前に、そのことをドリーに告げるためだ。
「今日は女生徒を連れてくるのか。トーマといい、マリアンヌ女史といい、今日の女生徒といい、お前は思いのほか社交的らしいな」
試射場を社交場にされてはかなわないと思ったのか、ドリーはいささか皮肉な口ぶりで言った。
「ご迷惑をおかけしてすみません。誘っているつもりはないのですが、なぜか頼みごとをされる機会が増えてきました」
(それはお前が目立つことをしているせいだろうが? 自覚がないのか、こいつ?)
ドリーはステファノのセリフに呆れながらも、そこまで鈍感であれば致し方ないと逆にすっきりした。
「それでそのチャンとやらは、どうしてほしいと言っているのだ?」
「魔力制御の手解きをしてほしいと」
「同じ新入生のお前にか……?」
これが普通の生徒なら、デートの口実にされているのではないかと疑うところだ。しかし、相手はステファノである。さすがに、そこまで物好きな女生徒はいるまい。
「それでこの場所を借りたいというわけか。やれやれ面倒な話だな」
ドリーの声に投げやりなものが混ざるのはやむを得ないことであった。
「さすがにこれ以上こんなことはないと思います」
「どういう意味だ。これ以上とは?」
問いただされたステファノはミョウシンの瞑想を手助けした話と、「調合の基本」でチューターを務めることになったいきさつをドリーに告げた。
「ふははは。何だ、お前。引っ張りだこじゃないか?」
職場を社交場のように利用されて不機嫌になりかけていたドリーが、豪快に笑いだした。ステファノが振り回されている様子が、あまりにも滑稽に見えたのだ。
「全然うれしくありませんよ。こっちがありがたいと思えるのは、イボンヌ先生の個別指導くらいのものですから」
「お前、それを人に言うなよ。イボンヌ女史は男子から人気が高いぞ」
「ドリーさんも随分人気があるそうですよ」
ステファノはスールーとサントスから聞いた話を受け売りで伝えた。
「いやいや、レベルが違うぞ。私はこんな性格だからな。寄って来るのはどうも『虐められたい性癖』の連中だけらしい」
「確かにサントスさんは、そうかもしれません」
「あのもじゃもじゃか? はは、アレは傑作だった。頬を張ってやったら、なぜか余計なついてきて往生したぞ」
年上の女性にあこがれるというのは思春期の少年によくあることらしい。いちいち気にしていたらきりがないと、ドリーは手を振って払い除ける仕草で片づけた。
「で、どういう指導をするつもりだ、チャンに?」
「トーマの場合は潜在的なギフトを持っていたのでヒントだけで良かったのですが、今回は魔力のイメージを与えてやろうと考えています」
「魔力が視えない人間には指導のしようがないからな」
それが「不立文字」という言葉に表される状況である。相手に理解できない概念は伝えようがないのだ。
「ミョウシンさんのケースがサンプルになりました。チャンには魔力が視えませんが、視えたことにして暗示を掛けます」
ステファノが考案したこの「暗示指導法」は、後に魔力操作の指導方法を根本から変えることになる。
その第一歩がこの日に刻まれたのであった。
◆◆◆
「あの、こんにちは」
初めて訪れる魔術試射場に、チャンは肩をすくめておずおずと入って来た。
「チャン、こっちに来てくれ。ドリーさんに紹介するから」
入り口で固まっているチャンに、ステファノは声を掛けた。じっとしていては何も始まらない。
「ドリーさん、同級生のチャンです。この場をお借りして魔力操作の練習をさせてもらいます。
「チャン、こちらはここの監視係を務めるドリーさんだ。この時間は特別に開けてもらっている」
ようやく奥に入って来たチャンを、ステファノはドリーに紹介した。
「あの、時間外にお邪魔してすみません」
「ああ、迷惑でないとは言わんがそう固くなるな。大したことではない」
あまり恐縮されるとドリーの居心地も悪くなる。
3人は椅子に腰を下ろした。
「早速だけど、瞑想の練習をここでしてもらう。この場所を選んだのは、万一の事故を防ぐためだ。ドリーさんに立ち合いをお願いした」
「あくまでも万一の備えだ。あまり気にすることはないぞ。魔術を出せない程度の魔力が暴走したところで、腹痛を起すくらいのものだ」
あっけらかんとしたドリーの様子に、チャンの緊張も少しは和らいだようだ。
「わかりました。お願いします」
ここではステファノが師である。チャンはきちんと礼を執った。
「初めに行っておくが、今日教えることは我が家に伝わる『秘伝』だ。人に伝えないのはもちろん、今日あったことは決して口外しないでくれ。できるね?」
「はい。秘密は守ります」
無理を言って頼み込んだのはチャンの方である。秘密を守るのは当然であった。
「じゃあ、そこの床にあぐらをかいて」
「はい」
ステファノはミョウシンと同じように、チャンに禅定印を組ませた。
傍らではドリーが興味深げにその様子を見ている。
「いつものように細く、長く呼吸をして。ゆっくり……」
ステファノはチャンの脳に直接語りかけるかのように、静かに単調な声をかけ続けた。
「ゆっくり吸ってー、ゆっくり吐くー。そう。気をらくーにして」
「吸った息はのどを通ってー、お腹に下がって来るー。そしたら、吐いてー。息はお腹から上ってー、外に出るー」
チャンは深呼吸を繰り返し、単調な指示に意識を集中した。心は落ちつき、凪の状態となった。
「そのまま続けてー。お腹まで下がった気はー、丹田でぐるぐる回る。ぐるぐるー」
「はい、吐いてー。練られた気は熱を帯びています。熱くなった気がのどを通ってー、外に出るー。」
ステファノはチャンの意識を巧みに誘導して、「現実の呼吸」と「気の動き」を同一視させた。
大切なのはイメージだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第260話 ステファノはチャンにイドを意識させる。」
「吸ってー。動いているのは『イド』と呼ばれるものです。丹田で回してー」
ステファノはチャンにイドを意識させる。
「ゆっくり吐いてー。イドはまた『陽気』といわれる魔力の源でもあります。はい、吸ってー」
ステファノはほんのわずかずつ自分のイドをチャンの体に送り込む。チャンの呼吸に合わせて、体内を上下させるのだ。
ほんのわずかに熱を持たせて。
ステファノが用いたのは、小さな、小さな風魔術であった。チャンが来る前にドリーには使用の許しを得ていた。
ドリーの「蛇の目」に、かすかな魔力が観える。
……
◆お楽しみに。
「今日は女生徒を連れてくるのか。トーマといい、マリアンヌ女史といい、今日の女生徒といい、お前は思いのほか社交的らしいな」
試射場を社交場にされてはかなわないと思ったのか、ドリーはいささか皮肉な口ぶりで言った。
「ご迷惑をおかけしてすみません。誘っているつもりはないのですが、なぜか頼みごとをされる機会が増えてきました」
(それはお前が目立つことをしているせいだろうが? 自覚がないのか、こいつ?)
ドリーはステファノのセリフに呆れながらも、そこまで鈍感であれば致し方ないと逆にすっきりした。
「それでそのチャンとやらは、どうしてほしいと言っているのだ?」
「魔力制御の手解きをしてほしいと」
「同じ新入生のお前にか……?」
これが普通の生徒なら、デートの口実にされているのではないかと疑うところだ。しかし、相手はステファノである。さすがに、そこまで物好きな女生徒はいるまい。
「それでこの場所を借りたいというわけか。やれやれ面倒な話だな」
ドリーの声に投げやりなものが混ざるのはやむを得ないことであった。
「さすがにこれ以上こんなことはないと思います」
「どういう意味だ。これ以上とは?」
問いただされたステファノはミョウシンの瞑想を手助けした話と、「調合の基本」でチューターを務めることになったいきさつをドリーに告げた。
「ふははは。何だ、お前。引っ張りだこじゃないか?」
職場を社交場のように利用されて不機嫌になりかけていたドリーが、豪快に笑いだした。ステファノが振り回されている様子が、あまりにも滑稽に見えたのだ。
「全然うれしくありませんよ。こっちがありがたいと思えるのは、イボンヌ先生の個別指導くらいのものですから」
「お前、それを人に言うなよ。イボンヌ女史は男子から人気が高いぞ」
「ドリーさんも随分人気があるそうですよ」
ステファノはスールーとサントスから聞いた話を受け売りで伝えた。
「いやいや、レベルが違うぞ。私はこんな性格だからな。寄って来るのはどうも『虐められたい性癖』の連中だけらしい」
「確かにサントスさんは、そうかもしれません」
「あのもじゃもじゃか? はは、アレは傑作だった。頬を張ってやったら、なぜか余計なついてきて往生したぞ」
年上の女性にあこがれるというのは思春期の少年によくあることらしい。いちいち気にしていたらきりがないと、ドリーは手を振って払い除ける仕草で片づけた。
「で、どういう指導をするつもりだ、チャンに?」
「トーマの場合は潜在的なギフトを持っていたのでヒントだけで良かったのですが、今回は魔力のイメージを与えてやろうと考えています」
「魔力が視えない人間には指導のしようがないからな」
それが「不立文字」という言葉に表される状況である。相手に理解できない概念は伝えようがないのだ。
「ミョウシンさんのケースがサンプルになりました。チャンには魔力が視えませんが、視えたことにして暗示を掛けます」
ステファノが考案したこの「暗示指導法」は、後に魔力操作の指導方法を根本から変えることになる。
その第一歩がこの日に刻まれたのであった。
◆◆◆
「あの、こんにちは」
初めて訪れる魔術試射場に、チャンは肩をすくめておずおずと入って来た。
「チャン、こっちに来てくれ。ドリーさんに紹介するから」
入り口で固まっているチャンに、ステファノは声を掛けた。じっとしていては何も始まらない。
「ドリーさん、同級生のチャンです。この場をお借りして魔力操作の練習をさせてもらいます。
「チャン、こちらはここの監視係を務めるドリーさんだ。この時間は特別に開けてもらっている」
ようやく奥に入って来たチャンを、ステファノはドリーに紹介した。
「あの、時間外にお邪魔してすみません」
「ああ、迷惑でないとは言わんがそう固くなるな。大したことではない」
あまり恐縮されるとドリーの居心地も悪くなる。
3人は椅子に腰を下ろした。
「早速だけど、瞑想の練習をここでしてもらう。この場所を選んだのは、万一の事故を防ぐためだ。ドリーさんに立ち合いをお願いした」
「あくまでも万一の備えだ。あまり気にすることはないぞ。魔術を出せない程度の魔力が暴走したところで、腹痛を起すくらいのものだ」
あっけらかんとしたドリーの様子に、チャンの緊張も少しは和らいだようだ。
「わかりました。お願いします」
ここではステファノが師である。チャンはきちんと礼を執った。
「初めに行っておくが、今日教えることは我が家に伝わる『秘伝』だ。人に伝えないのはもちろん、今日あったことは決して口外しないでくれ。できるね?」
「はい。秘密は守ります」
無理を言って頼み込んだのはチャンの方である。秘密を守るのは当然であった。
「じゃあ、そこの床にあぐらをかいて」
「はい」
ステファノはミョウシンと同じように、チャンに禅定印を組ませた。
傍らではドリーが興味深げにその様子を見ている。
「いつものように細く、長く呼吸をして。ゆっくり……」
ステファノはチャンの脳に直接語りかけるかのように、静かに単調な声をかけ続けた。
「ゆっくり吸ってー、ゆっくり吐くー。そう。気をらくーにして」
「吸った息はのどを通ってー、お腹に下がって来るー。そしたら、吐いてー。息はお腹から上ってー、外に出るー」
チャンは深呼吸を繰り返し、単調な指示に意識を集中した。心は落ちつき、凪の状態となった。
「そのまま続けてー。お腹まで下がった気はー、丹田でぐるぐる回る。ぐるぐるー」
「はい、吐いてー。練られた気は熱を帯びています。熱くなった気がのどを通ってー、外に出るー。」
ステファノはチャンの意識を巧みに誘導して、「現実の呼吸」と「気の動き」を同一視させた。
大切なのはイメージだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第260話 ステファノはチャンにイドを意識させる。」
「吸ってー。動いているのは『イド』と呼ばれるものです。丹田で回してー」
ステファノはチャンにイドを意識させる。
「ゆっくり吐いてー。イドはまた『陽気』といわれる魔力の源でもあります。はい、吸ってー」
ステファノはほんのわずかずつ自分のイドをチャンの体に送り込む。チャンの呼吸に合わせて、体内を上下させるのだ。
ほんのわずかに熱を持たせて。
ステファノが用いたのは、小さな、小さな風魔術であった。チャンが来る前にドリーには使用の許しを得ていた。
ドリーの「蛇の目」に、かすかな魔力が観える。
……
◆お楽しみに。
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