飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第315話 標的鏡はいかがですか?

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「えっ? 何ですか、これ?」

 虚を突かれてステファノは高い声を上げた。

「歩合だよ。お前が考えた標的鏡ターゲット・スコープのな」

 何ということもないように、トーマは答えた。

「いや、1割でこの金額って……」
「軍が絡んだからな。あ、まだ入金はこれからだぜ? 楽しみにしておいてくれ」

 トーマによれば、標的鏡を軍に売り込めたらしい。特に、クロスボウに照準機能を持たせたものが、高く評価されたということであった。

「言葉が悪いが、クロスボウは誰にでも使える武器だからな。命中精度が上がるとなったら、その価値は大きいぜ」

 キムラーヤ商会が大量受注したクロスボウは板バネとラック機構を組み合わせた巻き上げ式のものだ。矢として放つボルトは弓用のものより短く軽い。
 クロスボウ自体も弓よりコンパクトで、取り回しやすい。

 巻き上げは歯車の組み合わせで力を必要としない。

 これらの特長を生かして、騎兵でも容易に使用できるところに運用上のメリットがある。

 戦術上の重要ポイントに素早く展開し、精確な面攻撃を仕掛けることができる。

「もちろん歩兵に持たせても役に立つ。剣術も知らない新兵が、1日の訓練で貴重な戦力になる」
「大した商売上手だな」

 滔々とうとうとまくしたてるトーマの弁舌に、ステファノは舌を巻いた。

「俺の手柄だと言いきれれば格好良いんだがな」
「違うのか?」
「まあ7割は人の力を借りた」

 実績のないキムラーヤが直接王立軍に食い込むのは難しい。そう考えたトーマは、一計を案じたのだと言う。

「ネルソン商会に根回しを頼んだのさ」
「え? うちは薬種問屋なのに」

 トーマの言葉はステファノを当惑させた。薬屋が武器を売り込むことなどできるのだろうか。

「まあな。直接どうこうってことじゃない。ギルモア侯爵家への橋渡しをしてもらったのさ」
「ああ、そっちか!」

 軍事において大きな発言力を持つギルモア家を通せば、王立軍に食い込めるかもしれない。トーマはそう考えたのだ。

「品物には自信があった。うちの工房が丹精込めたからな。試してもらいさえすれば売れるはずだって信じていたぜ」
「それにしても旦那様やギルモアご本家がよく取り合ってくれたもんだ」
「そこが俺の手柄さ」

 トーマはぐいと胸を張った。

お前の名前・・・・・を使わせてもらった」
「俺の名前?」
「ああ、標的鏡ターゲット・スコープの発案者はステファノでございますってな」

「それで図面に俺のサインを入れさせたのか……」

 ネルソンはトーマが見せた図面をじっと眺め、何かに納得したらしい。

「あれはたぶん、ギフトを使っていたんだな」

 トーマは腕を組みながらそう言った。

(きっと「テミスの秤」を使ったんだろう。商会や侯爵家、いや王国にとって利のある取引かどうかを測ったんだな)

「そこからはとんとん拍子だ。王立軍より早く、ギルモア家の正式武装に採用されてな。そっちの納品が先になる」
「今でも旦那様の発言力がそれだけあるってことだね」
「ギルモアのご当主様が即決されたらしい。さすがは侯爵閣下だ。肝が太いぜ」

 ギルモア家の当代侯爵はネルソンの兄デズモンドである。軍事に通じた果断の人であった。
 標的鏡の軍事的価値を一目で見抜いた。それ以前に、ネルソンが推す寄子のステファノが発案者と聞き、既に前のめりではあったらしいが。

「あれ? ギルモアのご本家相手に商売で儲けて良いのだろうか?」
「そういうのは気にしなくて良いらしいぞ。侯爵家としては必要な物を買うだけだからな」

 むしろ家人けにんが一枚かんでいるということで、安心材料になるらしい。言われてみればそういう考え方もあるのかと思うが、大物ならではの鷹揚おうようさであった。

「キムラーヤとしても、ギルモア侯爵家と王立軍に入り込めたのは大きな成果だった。お陰で俺も大きな顔ができるってもんさ」

 にっこり笑って、トーマは細長い木箱を取り出した。

「こいつは俺からの礼だ。ステファノ専用の標的鏡取りつけ台座ができ上がったんでな」
「やっとできたのか」
「何しろ一点物だからな。侯爵閣下や王立軍を待たせるわけにもいかないんで、順番が後になっちまった。だが、その分しっかり作り込んである。手は抜いてないぜ?」

 台座には一部が切れた円環状の板バネが2枚つけられており、ヘルメスの杖をはめ込むようになっていた。台座の上部には遠眼鏡がぴたりと乗るような加工がしてあり、革ベルトで固定する。

「あらかじめ台座と遠眼鏡を固定しておけば、現場・・ではユニットごと杖にはめ込んですぐに使える」
「取りつけてみるよ」

 言われた通りにセットしてみると、杖と台座、台座と遠眼鏡、どちらのマウントにも揺るぎはなかった。

「うん。しっかりしているね。方向も杖と一致している」
「遠眼鏡の方向は2つのつまみで微調整できる。こっちが上下の調整用で、こいつが左右の調整だ」
「わかった。試射場で試してみるよ」
「それから、これは俺の手作りだ」

 トーマは指の形がついた取っ手のようなものを取り出した。

「これは何だい?」
「試作品をダミーの杖に取りつけて構えてみたんだが、どうも持ちにくい。台座の下側にこいつを取りつけて、取っ手にしてみたんだ」

 杖の後ろから前方にスライドさせると、台座保持用の円環にかちりとかぶさって止まった。

「こういう形で握りグリップになるってわけさ」

 試してみると、ただの棒であった時よりもはるかに安定する。握りの太さや指溝の間隔は、ステファノの手に合わせてあった。

「このために俺の手形まで採寸したんだね」
「へへへ。しっくりくるか? 合わないところがあったら言ってくれ。すぐに直してやるぜ」
「ありがとう。すごくよくできているよ」

「まあな。こいつをひな形にしてクロスボウに応用させてもらった」
「クロスボウにも握りをつけたのかい?」
「ああ、あれもただの棒みたいな恰好だったからな。せっかく照準器をつけるんだ。正確に狙いをつけられるような形にしたってわけさ」

 トーマ自身は射撃の専門家ではない。ずぶの素人なのだが、こうしたら良くなるのではないかという発想力がトーマの真骨頂であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第316話 標的鏡の威力を試す。」

「頼んでいないことまでやってくれて、すまないね」

 ステファノはトーマの気配りに礼を言った。

「好きでやってることだから、気にするな。元は取れているしな」

 それは本当のことであろう。良くも悪くも、トーマは商売人であった。ステファノ専用の握りグリップはおまけのようなもので、クロスボウ用の汎用品で儲けを稼ぎ出していた。

「やっぱり新しい用途を考えることで、商売の道が開けるんだなあ。アカデミーに来た甲斐があったぜ」

 トーマは上機嫌であった。
 
 ……

◆お楽しみに。
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