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第4章 魔術学園奮闘編
第316話 標的鏡の威力を試す。
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「頼んでいないことまでやってくれて、すまないね」
ステファノはトーマの気配りに礼を言った。
「好きでやってることだから、気にするな。元は取れているしな」
それは本当のことであろう。良くも悪くも、トーマは商売人であった。ステファノ専用の握りはおまけのようなもので、クロスボウ用の汎用品で儲けを稼ぎ出していた。
「やっぱり新しい用途を考えることで、商売の道が開けるんだなあ。アカデミーに来た甲斐があったぜ」
トーマは上機嫌であった。
「キムラーヤ商会の素早さには感心するよ。その調子で圧印器の方もよろしく頼む。こっちは民需用も見込めるからね。うちの商売にピッタリだ」
スールーの実家は大手の商会ではあるが、物作りに関してはそれほど強くない。自前の工房は持っていなかった。
「商品さえ準備してくれたら、販路を広げて見せる」
圧印器や光撮影器も、量産段階に入っていた。まだまだ改良点はあるだろうが、完璧になるのを待っていては他人に先を越されてしまう。まずは商いを形にすることが必要であった。
「安心してくれ。鉄粉を鋳込む工程は安定したそうだ。もう溶けすぎて粒がなくなるなんてことはないぜ? 撮影器もうちの担当業務は箱を作るようなものだからな。下請けで十分だ」
「感光ガラスの製法も安定した。保存が利かないのが難点だが、刷り版器で複製が作れるからな。そのまま刷っても良いし、木版に起こし直しても良い。木版に至っては多色刷りまでできる」
ガラスから紙へ、紙から木版へと複写できることが情革研システムの優れた点であった。
「伝送管、気送管、そして光撮影器の3テーマに関しては、この僕が論文を書き進めている。骨組みと総論は任せてもらうが、細かい各論、技術的解説はそれぞれ担当に回すよ?」
「それぞれといっても、ほとんどトーマで良い」
「ええ、俺? 論文は苦手だぜ。中身を考えるのは良いけど、文章はサントスさん書いてよ」
トーマはアイデアマンであって、それを煮詰めたりするのはサントスの方が上手い。適材適所ということであろう。
「魔術関係のところはもちろんステファノに任す」
伝声管に関しては拡声器、気送管に関しては魔道具タイプの空気圧縮ユニットがそれであった。
「了解です。気送管は足踏みタイプの圧縮機が完成してますよね? 魔道具タイプを併記する必要あります?」
魔道具を使うとなれば、当然魔術師を確保する必要がある。誰でも使える足踏み式1つで十分ではないかと、ステファノは考えた。
「魔術は便利だからな。魔術師を用意できる環境であれば、魔道具タイプを選ぶと思うぜ?」
魔術と道具の両方を知っているトーマは、ステファノと意見が異なった。
「人間てのは楽をしたがるものなのさ」
「それはそうだね。水魔術を使えるのに水汲みをやりたがる人はいないか」
「そういうこと」
身近なところでアカデミーに気送管システムを導入するなら、魔道具タイプの圧縮機を実装するであろう。そこら中に魔術師がいるのだから。
(いつかは魔術具が世の中にあふれるようにしてみたいが……。それは「科学」の進歩と矛盾するのだろうか?)
少なくともこの情革研の中では、科学と魔術は両立している。社会という大きな場面でもそれは成り立つのではないかと、夢多き少年は想像を巡らせた。
◆◆◆
「ほう。それが標的鏡か?」
第2試射場でステファノが杖に装着したスコープを見て、ドリーが興味を示した。
「はい。キムラーヤ商会に頼んでいたものが届きました」
「早速試射をしてみようと言うのだな? よかろう」
ステファノはスコープの下部に握りを装着し、ブースに入った。
「距離は30メートルでお願いします。属性は火で」
「単一魔術から慣らすつもりか。よし、5番、火魔術。撃って良し!」
火魔術を選んだことに理由はない。結果が目に見えやすいところを考慮する気持ちが働いたのかもしれないが。
ヘルメスの杖を水平に構えると、握りの存在が頼もしかった。いささか軽々しいモップの柄をどっしりと安定させることができる。
火薬を使わない魔術に発射の反動はない。ステファノは遠眼鏡の接眼レンズに目を近づけて、スコープを覗き込んだ。
30メートルの距離をなきものにして、スコープ内には標的が目の前にあるもののように映し出されていた。
(火遁、狐火!)
ふわり。
音もなく拳大の炎が標的の頭部に出現した。10秒きっかり揺るぎもせず燃え続け、現れた時と同様に突然消えた。
「ふうむ。対人攻撃魔術としてはパンチに欠けるが、対物用途で考えれば怖い術だな」
それが「狐火の術」を見たドリーの感想であった。視線が通る場所に火をつける。
サボタージュの手段としてこれほど厄介な術はない。
「火に風を合わせてみて良いですか?」
これもまた複合魔術の王道であった。風を併用すれば火魔術の火力を強化できる。
「よし。5番、火と風だ。撃って良し!」
ステファノはスコープに映る標的に魔術円を重ねた。魔核はステファノの体内に生まれ、30メートル彼方に発現する。
(木生火。火龍!)
五芒星が輝き、振動する。
その中心に虹の王が顕現し、火と風の眷属を走らせる。
火蛇と風蛇は絡まり合い、1つとなって火龍に姿を変えた。たちまち標的に巻きつき、青い渦となって燃え上がる。
(滅!)
ステファノは標的が燃え落ちる前に術を解いた。火龍が標的に巻きついていたのはほんの一瞬であったが、表面には黒々と焦げ跡が残っていた。
「むう。今回は火の龍か。風と火を合体させたのだな?」
「はい。五遁の術をイメージして、木生火の理を用いました」
ここでの「木」を、ステファノは「風属性」と解釈している。現象的には燃え上がる炎にたっぷり酸素を供給した格好であった。
「それもあるが、お前の術は蛇をイメージした時により強く発動するようだな」
「言われてみれば。慣れでしょうかね」
魔術はイメージ。ステファノにとっての魔術発現は、虹の王の眷属を使役することに等しいのであった。
「相性が良いのかもしれんな。達成者の件もある。いっそのこと、蛇を使うイメージで術を構成してはどうだ?」
「蛇使いですか? 飯綱使いという二つ名の人にはあったことがありますが……」
「それはクリード卿のことか? お前はまた、珍しい人と会っているな」
ドリーは目を丸くして言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第317話 『飯綱使い』クリードの過去。」
わたしはクリード卿とは年が近いからな。アカデミーでは同学年だった。
うん。当時はれっきとした貴族だったぞ、クリード卿は。詳しいことは忘れたが、どこぞの男爵家だったはずだ。お父上は王立騎士団に籍を置いていたな。
うちは知っての通り伯父の出世に乗っかって、羽振りが良いだけの平民さ。運よく私に魔力が現れたので、アカデミーに押し込んでくれたわけだ。コネだ、コネ。
彼には妹君がいてな。ネーナと言った。当時12、3だったか?
流れるような黒髪が美しい少女でな。生きていればさぞや美しく育ったことだろう。
うむ。亡くなったのだ。不幸なことにな。
……
◆お楽しみに。
ステファノはトーマの気配りに礼を言った。
「好きでやってることだから、気にするな。元は取れているしな」
それは本当のことであろう。良くも悪くも、トーマは商売人であった。ステファノ専用の握りはおまけのようなもので、クロスボウ用の汎用品で儲けを稼ぎ出していた。
「やっぱり新しい用途を考えることで、商売の道が開けるんだなあ。アカデミーに来た甲斐があったぜ」
トーマは上機嫌であった。
「キムラーヤ商会の素早さには感心するよ。その調子で圧印器の方もよろしく頼む。こっちは民需用も見込めるからね。うちの商売にピッタリだ」
スールーの実家は大手の商会ではあるが、物作りに関してはそれほど強くない。自前の工房は持っていなかった。
「商品さえ準備してくれたら、販路を広げて見せる」
圧印器や光撮影器も、量産段階に入っていた。まだまだ改良点はあるだろうが、完璧になるのを待っていては他人に先を越されてしまう。まずは商いを形にすることが必要であった。
「安心してくれ。鉄粉を鋳込む工程は安定したそうだ。もう溶けすぎて粒がなくなるなんてことはないぜ? 撮影器もうちの担当業務は箱を作るようなものだからな。下請けで十分だ」
「感光ガラスの製法も安定した。保存が利かないのが難点だが、刷り版器で複製が作れるからな。そのまま刷っても良いし、木版に起こし直しても良い。木版に至っては多色刷りまでできる」
ガラスから紙へ、紙から木版へと複写できることが情革研システムの優れた点であった。
「伝送管、気送管、そして光撮影器の3テーマに関しては、この僕が論文を書き進めている。骨組みと総論は任せてもらうが、細かい各論、技術的解説はそれぞれ担当に回すよ?」
「それぞれといっても、ほとんどトーマで良い」
「ええ、俺? 論文は苦手だぜ。中身を考えるのは良いけど、文章はサントスさん書いてよ」
トーマはアイデアマンであって、それを煮詰めたりするのはサントスの方が上手い。適材適所ということであろう。
「魔術関係のところはもちろんステファノに任す」
伝声管に関しては拡声器、気送管に関しては魔道具タイプの空気圧縮ユニットがそれであった。
「了解です。気送管は足踏みタイプの圧縮機が完成してますよね? 魔道具タイプを併記する必要あります?」
魔道具を使うとなれば、当然魔術師を確保する必要がある。誰でも使える足踏み式1つで十分ではないかと、ステファノは考えた。
「魔術は便利だからな。魔術師を用意できる環境であれば、魔道具タイプを選ぶと思うぜ?」
魔術と道具の両方を知っているトーマは、ステファノと意見が異なった。
「人間てのは楽をしたがるものなのさ」
「それはそうだね。水魔術を使えるのに水汲みをやりたがる人はいないか」
「そういうこと」
身近なところでアカデミーに気送管システムを導入するなら、魔道具タイプの圧縮機を実装するであろう。そこら中に魔術師がいるのだから。
(いつかは魔術具が世の中にあふれるようにしてみたいが……。それは「科学」の進歩と矛盾するのだろうか?)
少なくともこの情革研の中では、科学と魔術は両立している。社会という大きな場面でもそれは成り立つのではないかと、夢多き少年は想像を巡らせた。
◆◆◆
「ほう。それが標的鏡か?」
第2試射場でステファノが杖に装着したスコープを見て、ドリーが興味を示した。
「はい。キムラーヤ商会に頼んでいたものが届きました」
「早速試射をしてみようと言うのだな? よかろう」
ステファノはスコープの下部に握りを装着し、ブースに入った。
「距離は30メートルでお願いします。属性は火で」
「単一魔術から慣らすつもりか。よし、5番、火魔術。撃って良し!」
火魔術を選んだことに理由はない。結果が目に見えやすいところを考慮する気持ちが働いたのかもしれないが。
ヘルメスの杖を水平に構えると、握りの存在が頼もしかった。いささか軽々しいモップの柄をどっしりと安定させることができる。
火薬を使わない魔術に発射の反動はない。ステファノは遠眼鏡の接眼レンズに目を近づけて、スコープを覗き込んだ。
30メートルの距離をなきものにして、スコープ内には標的が目の前にあるもののように映し出されていた。
(火遁、狐火!)
ふわり。
音もなく拳大の炎が標的の頭部に出現した。10秒きっかり揺るぎもせず燃え続け、現れた時と同様に突然消えた。
「ふうむ。対人攻撃魔術としてはパンチに欠けるが、対物用途で考えれば怖い術だな」
それが「狐火の術」を見たドリーの感想であった。視線が通る場所に火をつける。
サボタージュの手段としてこれほど厄介な術はない。
「火に風を合わせてみて良いですか?」
これもまた複合魔術の王道であった。風を併用すれば火魔術の火力を強化できる。
「よし。5番、火と風だ。撃って良し!」
ステファノはスコープに映る標的に魔術円を重ねた。魔核はステファノの体内に生まれ、30メートル彼方に発現する。
(木生火。火龍!)
五芒星が輝き、振動する。
その中心に虹の王が顕現し、火と風の眷属を走らせる。
火蛇と風蛇は絡まり合い、1つとなって火龍に姿を変えた。たちまち標的に巻きつき、青い渦となって燃え上がる。
(滅!)
ステファノは標的が燃え落ちる前に術を解いた。火龍が標的に巻きついていたのはほんの一瞬であったが、表面には黒々と焦げ跡が残っていた。
「むう。今回は火の龍か。風と火を合体させたのだな?」
「はい。五遁の術をイメージして、木生火の理を用いました」
ここでの「木」を、ステファノは「風属性」と解釈している。現象的には燃え上がる炎にたっぷり酸素を供給した格好であった。
「それもあるが、お前の術は蛇をイメージした時により強く発動するようだな」
「言われてみれば。慣れでしょうかね」
魔術はイメージ。ステファノにとっての魔術発現は、虹の王の眷属を使役することに等しいのであった。
「相性が良いのかもしれんな。達成者の件もある。いっそのこと、蛇を使うイメージで術を構成してはどうだ?」
「蛇使いですか? 飯綱使いという二つ名の人にはあったことがありますが……」
「それはクリード卿のことか? お前はまた、珍しい人と会っているな」
ドリーは目を丸くして言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第317話 『飯綱使い』クリードの過去。」
わたしはクリード卿とは年が近いからな。アカデミーでは同学年だった。
うん。当時はれっきとした貴族だったぞ、クリード卿は。詳しいことは忘れたが、どこぞの男爵家だったはずだ。お父上は王立騎士団に籍を置いていたな。
うちは知っての通り伯父の出世に乗っかって、羽振りが良いだけの平民さ。運よく私に魔力が現れたので、アカデミーに押し込んでくれたわけだ。コネだ、コネ。
彼には妹君がいてな。ネーナと言った。当時12、3だったか?
流れるような黒髪が美しい少女でな。生きていればさぞや美しく育ったことだろう。
うむ。亡くなったのだ。不幸なことにな。
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