飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第362話 師匠譲りの千変万化か?

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 既に投げのポイントを通り過ぎてしまった。このまま肘を押さえに行っても技は決まらない。
 マルチェルは瞬時に投げを諦め、そのまま旋回を加速してステファノの眼前に背中を向けた。

 一見隙だらけだが、ステファノから攻める手は意外に少ない。

 パンチや蹴りを出すには距離が近すぎる。しかも、ステファノの右手は引き下げられているので、右手ですぐに攻撃できない。同時に反動で左手も振り回されており、体勢を立て直してからでなければ攻撃できない。

 後は背中から抱きつくしかないのだが、ステファノの視野にはマルチェルの左肘が見切れていた。
 回転のすり抜けざまに後ろ猿臂えんぴを打ち抜こうという動きだ。

 マルチェルは既に回転を開始し、加速中である。このまま抱きついたとしても一瞬で拘束することは難しい。
 ステファノはぽんとマルチェルの背中を押して、距離を取った。

 目の前を猿臂が変化した裏拳がうなりを上げて通過して行く。

 ステファノは先程隅落としを回避した時と同様に、マルチェルの回転をイドの力でさらに加速させる。
 意図した速さと異なる動きにマルチェルはタイミングを崩され、体を止めるために踏ん張る足に力を込めた。

 自らバックステップしたステファノとテンポを崩されたマルチェル。わずかに早くステファノが動きを取り戻す。硬直したマルチェルの足元に、蹴りを加える。

 回避の動きが間に合わないマルチェルは、ギフト「邯鄲かんたんの夢」を起動した。自分を含むすべての事象が10分の1の速度に減速される。
 10倍に引き延ばされた時間の中で、マルチェルは最適な回避方法を選択し、その動きに体を任せる。

 動き出してしまえばスローモーションの世界で、行動の結果を見届けることしかできない。

 今回はステファノの蹴りを避けきることができないため、もっともよい角度で受けに行く。自分のダメージを最小にしつつ、ステファノの勢いを止め、あわよくばバランスを崩す角度と位置に膝を突き出す。
 同時に上半身は反撃を準備していた。

 ギフトの効果が切れた1秒後、マルチェルの膝はステファノの蹴りを受け止めていた。通常の流れに戻った時の中でマルチェルは左手を伸ばし、前に出ているステファノの右肩を突き飛ばした。

 右足が浮いた状態で肩を突かれたステファノは右後方に倒れ掛かる。受け身を取ったとしても、右足を引いて踏ん張るにしても、ステファノの体勢は大きく崩れるはずだった。

(勝機!)

 マルチェルは完全に体勢を立て直し、追撃のために踏み込もうとした。

 その目の前にステファノの左足があった。

(何だと!)

 ステファノは軸足で大地を蹴り、後方回転で体勢を立て直そうとしていた。

(ステファノにそんな運動能力が……。く! イドの力か!)

 ステファノはイドで空中の体を支え、言わば補助つきで宙返りを敢行していた。しかも、行きがけの駄賃にマルチェルの胸を足裏で蹴りに来ている。

師匠ヨシズミ譲りの千変万化か? イドの制御が細かすぎる!)

 使ったばかりの「邯鄲の夢」はまだ再起動できない。マルチェルは己の熟練のみを頼りに、右手でステファノの蹴りをはね上げた。
 回転を加速されたステファノは着地のタイミングがずれてたたらを踏んだ。マルチェルも回避動作を入れた分追撃を続けることができず、静止していた。

 互いに見合って、仕切り直しとなった。

 すると、ステファノの構えが変わった。

(これは! 套路とうろの……!)

陰陽おんみょう太極拳。行きます!」

 無言の気合と共に、ステファノの攻撃が始まった。だが、間合いが遠い――。

(いや、届く!)

 研ぎ澄まされたマルチェルの感覚は、空を切って迫る脅威を感知していた。ステファノの右手の先、そこに武器・・がある。

 マルチェルは踏み込みながら左腕を上げてを受け流した。瞬間「気」を発して打撃をそらす。
 そこから見えない杖・・・・・との目まぐるしい攻防が始まった。

(なぜだ? ステファノのイドが読めん!)

 ステファノの体さばきと空気の流れを頼りに、マルチェルは見えない杖を相手にする。杖術者としてのステファノはせいぜい中級であったが、杖が見えないことで達人であるマルチェルとの均衡を保っていた。

 だが、マルチェルには余裕があった。ステファノの攻撃をさばきながら反撃の機会を待っていたのだ。
 そして、ギフトのクールタイムが終了した。

(邯鄲の夢!)

 10倍の時間軸の中で、マルチェルは次の攻撃を読み取った。

(下段からの斬り上げが来る)

 ステファノの杖はシンプルだ。素直で理にかなった動きだが、その分読みやすい。マルチェルの経験が次の一手での勝利を約束していた。

 マルチェルは軽く飛び上がりながら、見えない杖に右足をかけて二段蹴りを放とうとしていた。

 ギフトの効力が切れた。

 マルチェルの世界が歪んだ。

(馬鹿な!)

 飛び乗ったはずの杖は硬さを失い、縄となってマルチェルの足に絡みついた。ステファノが体を切り返して縄を引く。
 蹴りに入っていたマルチェルは体勢を崩され後方に倒れて行った。ステファノはご丁寧に浮き上がったマルチェルの左足にも見えない縄を絡めて来た。

 勝ったはずが逆に追い詰められた。窮地に陥ったマルチェルはすべての余裕をかなぐり捨てた。
 そこにいたのは温厚な番頭ではなく、100人の敵中に跳び込む「鉄壁」と呼ばれた武術者だった。

 マルチェルは空中で身を丸めると、後方への回転を加速した。体重の差でステファノが強く引っ張られる。このままでは体勢を崩されると知って、ステファノは見えない縄を放り出した。

 依然として両足を縛られた状態だが、ステファノからは自由になった。マルチェルは後方回転を継続して両足で床に降り立った。

 その間にステファノは再びイドで杖を作り出し、床に立ったばかりのマルチェル目掛けて振り下ろした。
 マルチェルはこれを受けるために右足を踏み出した。

(く!)

 だが、見えない縄が邪魔をして20センチほどしか足が開かない。踏ん張りがきかない状態で、ステファノの杖がマルチェルの頭部目掛けて落ちて来た。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第363話 追いつめられて、マルチェルは笑った。」

 不完全な体勢で杖を受ければ、マルチェルといえども無事では済まない。

 追いつめられて、マルチェルは笑った。

「ハッ!」

 この日初めて裂ぱくの気合がマルチェルから発せられた。
 全身から膨れ上がった「気」が、両足のいましめを吹き飛ばす。

 両の太ももが地面と水平になるほど、マルチェルは右足を深く踏み込んだ。体全体がその分低くなり、ステファノの杖はマルチェルにまだ届いていない。

 マルチェルの右手は踏み込みと共に前方に突き出されていた。その開かれた手のひらに、全身の「気」を送り込む。

 ……

◆お楽しみに。
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