飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第364話 それでは稽古になりませんからねえ。

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「率直に言って『邯鄲かんたんの夢』を使うことになるとは思っていませんでした」

 所詮ステファノは初心者に過ぎない。手ほどきをしたのは他ならぬマルチェルであり、その実力や伸びしろまで知り尽くしているつもりだった。
 ステファノには実戦の経験などあるはずもなく、身体能力も名人、達人からは程遠い。

 自分を脅かすことなどあるはずがないと、マルチェルは思っていた。

「まともにやったら相手にならないのはわかっていました。だから出し惜しみせず、イドの制御を使わせてもらいました」

 ムソウ流道場では申し合いまでだった。手の内を隠したい思いもあって、イドの制御は縄術の型で示すにとどめたステファノであった。

 今回ステファノは初めからイドをまとい、動きの端々で攻撃と防御にイドを使用した。
 しかも逆・魔核混入デマーキングを使って、隠ぺいまで施していた。

「それでも事前に宣告されていましたから、余裕をもって対処できると思っていたのです」

 相手が武器を持とうと魔術を織り交ぜようと、直接対決すれば自分の体術で対応できるとマルチェルは自負していた。

「実際、一撃も入れられませんでしたし」

 ステファノは笑って頭をかいた。

「いいえ。序盤に突き放された一手と、最後の振り下ろし。あれはもらいたくてもらったものではありません」

 マルチェルの言葉はお世辞ではなかった。
 決して手を抜いていたわけではない。「自由組手」という場において、ステファノに流れを奪われたのは確かなことであった。

「ふむ。仕切り直してからのやりとりは互いに軽業じみていたね」

 その先を聞きたいと、ドイルが話を促した。

「ステファノが宙返りで体勢を立て直すとは思いませんでした。そんな身ごなしは訓練していないだろうと、高をくくっていましたね」
「あれはイドの支えを置いて、体を委ねただけです。支えがあれば回れるだろうと思いました。柔の稽古が役に立ちましたね」

 何度も投げられて、ステファノは空中姿勢と空間認識の経験を得たのだ。

「知識や経験を迷いなく実行に移せるところがお前の長所ですね。あの宙返りは見事でした」
「それもいなされて、体勢を崩しましたが」
「そうしなければ胸を蹴られていましたからね」

 マルチェルは苦笑いした。

「ふうん。そうやって宙返りしたのか。随分器用になったと思ったよ」
「そこからステファノが攻めていたが、あれはどういう攻防なのだ?」

 ドイルが感心すると、ネルソンが質問を投げ入れた。

「あそこではイドで杖を作り出し、杖術で攻めました」
「それが陰陽おんみょう太極拳ということか」
「はい。『』ではありませんでしたが」

 普通に套路とうろの動きを出したのではマルチェルに通用するわけがない。そう判断したステファノは、言葉とは裏腹に見えない杖で攻め立てたのだ。

「『気』の動きが見えないので、いささか戸惑いましたよ。ステファノの杖術がもう少し上達していたら危ないところでした」

 マルチェルはそう言って笑って見せた。

「いいえ、とんでもない。マルチェルさんはいつでも俺のイドを吹き飛ばせたんでしょう? 最後の掌打では杖も鎧もすべて無効化されました」
「それでは稽古になりませんからねえ。大人げない振る舞いでした」

 マルチェルは顔を赤らめた。

「いや。見事な掌打だった。貴重なものを見せてもらったよ」

 ネルソンはマルチェルの謙遜を否定した。本心からの言葉であった。

「恐れ入ります。ですが、旦那様、ステファノは本来なら魔力を使えたのです」
「確かにな」

 主従はそう言って頷き合った。


「いやいやいや。そんなことをしたら、あざ・・では済まないでしょう?」
「大丈夫。命まで取りませんよ、稽古ですから。せいぜい骨の2、3本……」
「ははは。マルチェルはこう見えて負けず嫌いだからな。気をつけろよ、ステファノ」

 組手の全てを知ったドイルは楽しそうに茶々を入れた。武術に対する憧れはないが、新しい技術を使いこなす挑戦は常にドイルの胸をときめかせるのであった。

「杖の扱いは上達してたナ」
「ありがとうございます。稽古は素振りしかできませんが、毎日続けてきました」
「うん。他流の動きが混じって見えたッケが?」

 わずかなことであったが、ヨシズミが教えたものと異なる動きが入っていた。

「実は昨日、ムソウ流という町道場に行く機会がありました。そこで見た動きが自分に合いそうだったので、取り入れてみました」
「確かに初心者には今の動きの方が入りやすいベナ」

 ヨシズミが教えた動きでは2つのことを同時にさせていた。今日の動きでは、1つ終えてから次の動きに移る手順であった。いわば基本の動きであり、ヨシズミの動きは応用編と言えた。

「そうか。何でも工夫してみるもンだナ」

 ヨシズミは満足そうに頷いた。

「それにしても見えない杖とはね。聞いたこともないが」
「わたしも初めて相手をしました」
「初めてでアレ・・を受け流せる奴も大概だが……」

 さしものドイルが感嘆していた。

「武器を失くした時の奥の手として考えました。間合いを取れるし、隠し武器にもなると思って」
「初見なら中級者以下では受けきれないでしょうね」
 
 マルチェルは終盤の攻防を思い出しながら、そう講評した。

「それならもう杖を持ち歩く必要はないね?」
「いえ。杖はカムフラージュとしてこれからも携帯します。魔術発動体と武器を兼ねた大切なものだと見せるために」

 杖がなければ戦えないと思ってもらえれば、戦いはそれだけ有利になる。ドイルの問いに、ステファノはそう答えた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第365話 どこからどう見ても『イカレた』男だろう?」

「アカデミーでも『抑止力』になっているんですよ」

 ステファノは杖を持っていると警戒されて絡まれにくいことをドイルに説明した。

「おや? 僕が聞いたのは『あいつは普通じゃないから手を出さない方が良い』っていう評判だったがなあ」
「ええ~? そんなことを言われているんですかぁ?」

 ドイルが聞いた噂ではステファノは「アブナイ奴」扱いされていた。ステファノの認識とは「危ない」の意味が違う。

 ……

◆お楽しみに。
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