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第5章 ルネッサンス攻防編
第599話 これがイドの鎧というものか?
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「意」を「形」にするのはイメージだと、ステファノは語った。
「最初の魔術として習うことが多いのは『種火の術』です。これは誰でも火を見たことがあるからです」
附木の先でゆらゆらと揺れる炎。あるいは見ていると顔をほてらせる炭火。
触れば指を焦がし、木の葉をかざせば燃え移る。
「火のイメージは身近で豊富です。色、形、温度、動き、音、匂い……。五感を刺激する要素を数多く備えています」
だから火の因果はイメージしやすいのだとステファノは言う。
「イドの制御もこれと同じです。難しいのはイドは目に見えないというところですね」
それどころか通常はその存在を感知することさえできない。
「目に見えず、触ることもできないものをどうやってイメージする?」
珍しくネロが興味を示して、ステファノに先を促した。
「イドは意志の力で疑似物質化することができます。こんな風に」
ステファノは右手にまとうイドを硬質化し、同時に空気の層を挟み込むことによって可視化して見せた。
「これは……手で触れる。硬いな。これがイドの鎧というものか?」
「はい。わざと目に見えるようにしています。普通はこうなります」
ステファノはネロに手を触らせながら、イドを不可視の状態に戻し、手を自由に動かせる状態まで硬度を落とした。
「むう。これは、べたつかない粘土のような……。不思議なものだな」
「こうやって術者が実演して示せば、学習者はイドを知覚できます。瞑想法の講義では体内にイドの集合体である『魔核』を錬成する実習を行うわけです」
そもそもイドは万物に等しく存在するものだが、通常は薄くて知覚できず、物質への影響がない。それを励起し、集め、錬成することがすべての始まりなのだと、ステファノは言った。
「なるほど。誰にでも存在する資質だと言われれば、自分にも制御の方法を学べそうな気がしてくるな」
始めはチンプンカンプンだったアランも、ステファノの実演を見てようやくイドに対する実感がわいた。
「イメージをより深いものにするためには、法則の理解が鍵になります。そこで大事なのが『万能科学原論』というわけです」
「ドイル先生の授業かぁ。俺たちは騎士だぞ? 科学を学べと言われてもなぁ」
アランが閉口して言った。イドの制御は実践であり、体を使う武術と結びつくのでそれほど違和感がない。
しかし、「世界の法則」を座学で学べと言われると、とてもついていけそうになかった。
「わかります。科学だ、法則だと言われると敷居が高いですよね。でも、『仕組み』だ、『段取り』だと言ったらどうですか?」
「うーん。それでもややこしいことに変わりないな」
アランの苦手意識は根強く、簡単には科学嫌いを克服できそうになかった。
「自分に身近なものに引き寄せて考えたらどうでしょう? 俺にとってはレシピがそうなんですよね」
「料理法のことか?」
ステファノはネロの問いに頷いて見せた。
「こうすればこういう味になる。よく火が通る。煮崩れが防げる。色味が良くなる。そういう『役に立つ現象』の知識を集めたのがレシピだと思うんです」
「料理に役立つ知識がレシピだと言うのか? それと科学が同じだと?」
ステファノとアランの言葉を聞きながら考え込んでいたネロが、口を開いた。
「それなら武術に役立つ知識とは何だ?」
「ああ、そうだな。そうでなければ学ぶ意味がない」
ネロに賛同しながら、アランは「そんなものがあるはずない」と内心で考えていた。
「たくさんあるんじゃないですか? 人体の構造とか、物体の運動とか」
ステファノは事もなげに答えてみせた。そんなことは当たり前で、考えるまでもないというように。
「考えたこともない」
呆然とネロが呟いた。アランも同じ気持ちだった。
人体の構造を考えながら剣を振るだと? そんな剣士など見たことがない。
「たぶんですけど、ジョバンニ卿の剣にはそういう『理』が含まれているんじゃないでしょうか」
弱者の剣。「音無し」と異名を取る剣士の頂点にいながら、ジョバンニ卿は自分の剣をそう呼んだ。
その剣は振るものではなく、差しのべた剣の先に敵が自ら急所を差し出すようだったと、剣士クリードは評した。
敵の体と自分の体。それらがどう動くかという『理』を究めたからこそ、振らずして敵を斬る「音無しの剣」を完成させたのではないか。
ジョバンニ卿の修練法をなぞったステファノは、ジョバンニ流の修行に「究理の志」を見出すことができた。
「お前はそれを考えながら杖を振っているというのか……」
たった1年で魔術師の頂点に名を連ねてみせたステファノが言うことである。
アランは自分との差を思い知らされて、言葉を失った。
◆◆◆
「万能科学原論」の内容については、剣術の稽古をする際にステファノがアランたちへの注釈をすることにした。いわば予習と復習である。理論は実践を伴うことで形となる。
ステファノは動きの精度を向上させるために行ったジョバンニ式の鍛錬法も、2人の騎士に伝授した。
ヨシズミが施す「正課」での教授とステファノを相手にした「補習」のサイクルは、騎士たち本来の才能を賦活化させる刺激となった。
体幹が強くなり、重心が安定した。動きの無駄が減り、精度の次元が変わる。空間認識力が向上し、相手と自分の間合いがよりよく見える。
動きが研ぎ澄まされたことにより「型」の理解が深まった。「形」に籠められた「意」を知れば、「意」を「形」に表わす「理」を心が追い求めた。
王立騎士団の団員2名は、貴族諸家代表騎士たちの先頭に立って剣技向上をリードしていった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第600話 ふん。つまりは動力か。」
「魔法的現象を科学で再現するにはどうしたらよいか?」
教育者である前に研究者だと自認しているドイルは、自身にそう問いかけずにはいられない。科学は万能であると、この男は信じていた。
科学の振興こそが貴族制度というバカげた社会システムを破壊する鉄槌なのだと。
「ステファノとヨシズミのおかげで魔法現象のメカニズムを随分知ることができた」
……
◆お楽しみに。
「最初の魔術として習うことが多いのは『種火の術』です。これは誰でも火を見たことがあるからです」
附木の先でゆらゆらと揺れる炎。あるいは見ていると顔をほてらせる炭火。
触れば指を焦がし、木の葉をかざせば燃え移る。
「火のイメージは身近で豊富です。色、形、温度、動き、音、匂い……。五感を刺激する要素を数多く備えています」
だから火の因果はイメージしやすいのだとステファノは言う。
「イドの制御もこれと同じです。難しいのはイドは目に見えないというところですね」
それどころか通常はその存在を感知することさえできない。
「目に見えず、触ることもできないものをどうやってイメージする?」
珍しくネロが興味を示して、ステファノに先を促した。
「イドは意志の力で疑似物質化することができます。こんな風に」
ステファノは右手にまとうイドを硬質化し、同時に空気の層を挟み込むことによって可視化して見せた。
「これは……手で触れる。硬いな。これがイドの鎧というものか?」
「はい。わざと目に見えるようにしています。普通はこうなります」
ステファノはネロに手を触らせながら、イドを不可視の状態に戻し、手を自由に動かせる状態まで硬度を落とした。
「むう。これは、べたつかない粘土のような……。不思議なものだな」
「こうやって術者が実演して示せば、学習者はイドを知覚できます。瞑想法の講義では体内にイドの集合体である『魔核』を錬成する実習を行うわけです」
そもそもイドは万物に等しく存在するものだが、通常は薄くて知覚できず、物質への影響がない。それを励起し、集め、錬成することがすべての始まりなのだと、ステファノは言った。
「なるほど。誰にでも存在する資質だと言われれば、自分にも制御の方法を学べそうな気がしてくるな」
始めはチンプンカンプンだったアランも、ステファノの実演を見てようやくイドに対する実感がわいた。
「イメージをより深いものにするためには、法則の理解が鍵になります。そこで大事なのが『万能科学原論』というわけです」
「ドイル先生の授業かぁ。俺たちは騎士だぞ? 科学を学べと言われてもなぁ」
アランが閉口して言った。イドの制御は実践であり、体を使う武術と結びつくのでそれほど違和感がない。
しかし、「世界の法則」を座学で学べと言われると、とてもついていけそうになかった。
「わかります。科学だ、法則だと言われると敷居が高いですよね。でも、『仕組み』だ、『段取り』だと言ったらどうですか?」
「うーん。それでもややこしいことに変わりないな」
アランの苦手意識は根強く、簡単には科学嫌いを克服できそうになかった。
「自分に身近なものに引き寄せて考えたらどうでしょう? 俺にとってはレシピがそうなんですよね」
「料理法のことか?」
ステファノはネロの問いに頷いて見せた。
「こうすればこういう味になる。よく火が通る。煮崩れが防げる。色味が良くなる。そういう『役に立つ現象』の知識を集めたのがレシピだと思うんです」
「料理に役立つ知識がレシピだと言うのか? それと科学が同じだと?」
ステファノとアランの言葉を聞きながら考え込んでいたネロが、口を開いた。
「それなら武術に役立つ知識とは何だ?」
「ああ、そうだな。そうでなければ学ぶ意味がない」
ネロに賛同しながら、アランは「そんなものがあるはずない」と内心で考えていた。
「たくさんあるんじゃないですか? 人体の構造とか、物体の運動とか」
ステファノは事もなげに答えてみせた。そんなことは当たり前で、考えるまでもないというように。
「考えたこともない」
呆然とネロが呟いた。アランも同じ気持ちだった。
人体の構造を考えながら剣を振るだと? そんな剣士など見たことがない。
「たぶんですけど、ジョバンニ卿の剣にはそういう『理』が含まれているんじゃないでしょうか」
弱者の剣。「音無し」と異名を取る剣士の頂点にいながら、ジョバンニ卿は自分の剣をそう呼んだ。
その剣は振るものではなく、差しのべた剣の先に敵が自ら急所を差し出すようだったと、剣士クリードは評した。
敵の体と自分の体。それらがどう動くかという『理』を究めたからこそ、振らずして敵を斬る「音無しの剣」を完成させたのではないか。
ジョバンニ卿の修練法をなぞったステファノは、ジョバンニ流の修行に「究理の志」を見出すことができた。
「お前はそれを考えながら杖を振っているというのか……」
たった1年で魔術師の頂点に名を連ねてみせたステファノが言うことである。
アランは自分との差を思い知らされて、言葉を失った。
◆◆◆
「万能科学原論」の内容については、剣術の稽古をする際にステファノがアランたちへの注釈をすることにした。いわば予習と復習である。理論は実践を伴うことで形となる。
ステファノは動きの精度を向上させるために行ったジョバンニ式の鍛錬法も、2人の騎士に伝授した。
ヨシズミが施す「正課」での教授とステファノを相手にした「補習」のサイクルは、騎士たち本来の才能を賦活化させる刺激となった。
体幹が強くなり、重心が安定した。動きの無駄が減り、精度の次元が変わる。空間認識力が向上し、相手と自分の間合いがよりよく見える。
動きが研ぎ澄まされたことにより「型」の理解が深まった。「形」に籠められた「意」を知れば、「意」を「形」に表わす「理」を心が追い求めた。
王立騎士団の団員2名は、貴族諸家代表騎士たちの先頭に立って剣技向上をリードしていった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第600話 ふん。つまりは動力か。」
「魔法的現象を科学で再現するにはどうしたらよいか?」
教育者である前に研究者だと自認しているドイルは、自身にそう問いかけずにはいられない。科学は万能であると、この男は信じていた。
科学の振興こそが貴族制度というバカげた社会システムを破壊する鉄槌なのだと。
「ステファノとヨシズミのおかげで魔法現象のメカニズムを随分知ることができた」
……
◆お楽しみに。
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