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第5章 ルネッサンス攻防編
第640話 魔法と科学は両立できる。
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現実にステファノは医療魔法を施したことがある。
あれは、まだアカデミーに入学するよりも前のことだった。
旅先で強盗に遭いかけたステファノは、犯人の娘チェルシーを救った。毒蛇に噛まれた後遺症で尿毒症に苦しむ少女に寄り添い、数時間をかけて彼女の体内から毒素を取り除いたのだ。
あの時には精密なイド制御の技術を持たず、人体に関する知識もまったくなかった。すべてはヨシズミに導かれるまま、手探りで魔法での治療を試みた結果だった。
「あの時のおめえは力づくだった。今の技術と、この工夫があれば1分もかからずにあの娘サ救えたッペ」
(そうか。本人のイドに守られた体内に魔法を使おうとしたからあれ程疲れたのか……)
今いる場所から振り返ってみれば、いかに無謀な行為であったかがわかる。それしか少女を救う方法がなかったからこそ、ヨシズミはステファノに治療させたのだった。
「魔法と科学は両立できる。特に私が志す医療はな」
ネルソンの目には強い光があった。
「私もその鋼線とやらを手に入れたいな。どこで作らせるのがよいか……」
患者に苦痛を与えずにその体内に入り込む。極細の鋼線はそれを可能とする医療魔法発動具になりうる。
ネルソンは腕の良い鍛冶屋の名前を思い浮かべようとしていた。
「ふん。どうせ君のことだ。金に物を言わせてどこぞの工房に作らせるつもりだろう?」
「そのつもりだが、いけないかね?」
茶化すようなドイルの言葉に、ネルソンは眉を動かした。
「時間と金の無駄さ。これは鍛冶屋より錬金術師の仕事だと思わないか?」
鉄という素材を変質させて、「鋼線」という物体を得る。それは錬金術の仕事とも言えた。
「そうかもしれんが、あいにく錬金術師に知り合いがいない」
「いやいや、この僕がいるじゃないか!」
ドイルが薄い胸を張って、息まいた。
「お前が? 鋼線を作れるのか?」
「できるさ! できると思う……。2、3日時間をもらえればな」
ドイルは鉄というものの物性を理解している。理論的には鋼線を創り出せるはずだとドイルは判断していた。
しかし、経験がない。自分がそこまでの精度でイドを制御できるかは、自信をもって断定できなかった。
2、3日とは試行錯誤のための時間を含めての所要期間だった。
「そうか。それは頼もしい。ぜひ頼もう」
医療用であれば20メートルの長さである必要はない。ネルソンは治療用の鍼のようなものを作ってくれるようドイルに依頼した。
間違いなくヨシズミとステファノも鉄から鋼線を作れるだろう。ネルソンは腹の内で想像していた。
(それも瞬時にな……)
彼らに頼めばより確実で迅速に鋼線ができ上がることはわかっていた。
しかし、それではドイルの成長がない。人間には挑戦して能力を伸ばす機会が必要であった。
(これもまた適材適所ということだろう)
ネルソンは「適材」という言葉に、「人を育てる」という意味合いをも籠めようとしていた。
(ドイルが錬金術師としての能力を伸ばせば、その価値は計り知れない。応用は無限にできる)
物性を理解したドイルが部品や薬品を錬成すれば、発明品の製作期間が大幅に短縮される。
魔法が科学の発展に寄与し、科学的発見による知識が魔法の応用範囲を広げるのだ。
(ドイルこそが科学と魔法の中心にあって、ルネッサンスを推進する原動力となるだろう)
ドイルはステファノから鉄丸を奪い取り、早速イドを浸透させる試みを始めていた。ネルソンは友の邪念なき姿を見て、目を細めた。
孤高の科学者は最早そこにいなかった。
早熟の天才はついに自分の居場所を見つけたのだ。
ドイルの眼前には「世界」というおもちゃ箱がふたを開けて転がっていた。
◆◆◆
「犬笛の応用も面白いと思いました」
ステファノは鉄筒で超音波を収束、増幅させた工夫について感想を述べた。
「あれは武器に使うよりも、物の加工に利用した方がいいと思います」
光龍の息吹と同様、素材の切断や穿孔に応用できる。ステファノはあくまでも生活魔法としての可能性に想像を膨らませた。
「なるほどね。素材や用途に応じて加工方法を変えられるというのは便利だね」
すかさずドイルが同意した。
「明日にでもサントスの所に行って、加工機の構造について相談してみます。魔道具部分は俺の方で作れるんで」
魔道具だけでは正確な加工はできない。素材を保持し、魔道具を動かす構造物を用意する必要があった。そこには、サントスやトーマの知恵を借りねばならない。
「光魔術では例の指輪を使ったのだったな」
ネルソンは最後の光魔術を話題にした。
「いい工夫だが、ルビーを使うというところがねぇ……」
ドイルが言葉を濁した。科学の応用として興味を引かれるが、宝石を使用するため、いかんせんコストがかかり過ぎる。
「ルビーを何かで代用することができればいいのだろうがな」
ドリーは思いついたままを口にしながら、その難しさも想像していた。
(それができれば苦労はない)
「うーん……。できないかなあ」
額に手を当てて唸ったのはステファノだ。
「似たような物性を持つ素材は、他の宝石しか思いつかないね。けっきょく高くつくことは変わらない」
頭の中の知識を猛スピードで当たりながら、ドイルがコメントした。
「ステファノが考えているのは何か違うことのようです。そうでしょう、ステファノ?」
静かにステファノを促したのはマルチェルだった。
「無茶だとは思うんですけど……作れないかなあと思って」
「作るって、ルビーをかい?」
さすがのドイルも意表を突かれて、ぽっかり口を開けた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第641話 イデア界に時間は存在しません。」
「宝石は地中深くで作られたものでしょう?」
「その通りだが……」
「だったら、地下深くの環境を再現してやればいいんじゃないかと思うんです」
ステファノの発想は素朴だ。そして、例によって非常識だった。
「どれだけ無茶なことをいっているか、わかっているのだろうね?」
……
◆お楽しみに。
あれは、まだアカデミーに入学するよりも前のことだった。
旅先で強盗に遭いかけたステファノは、犯人の娘チェルシーを救った。毒蛇に噛まれた後遺症で尿毒症に苦しむ少女に寄り添い、数時間をかけて彼女の体内から毒素を取り除いたのだ。
あの時には精密なイド制御の技術を持たず、人体に関する知識もまったくなかった。すべてはヨシズミに導かれるまま、手探りで魔法での治療を試みた結果だった。
「あの時のおめえは力づくだった。今の技術と、この工夫があれば1分もかからずにあの娘サ救えたッペ」
(そうか。本人のイドに守られた体内に魔法を使おうとしたからあれ程疲れたのか……)
今いる場所から振り返ってみれば、いかに無謀な行為であったかがわかる。それしか少女を救う方法がなかったからこそ、ヨシズミはステファノに治療させたのだった。
「魔法と科学は両立できる。特に私が志す医療はな」
ネルソンの目には強い光があった。
「私もその鋼線とやらを手に入れたいな。どこで作らせるのがよいか……」
患者に苦痛を与えずにその体内に入り込む。極細の鋼線はそれを可能とする医療魔法発動具になりうる。
ネルソンは腕の良い鍛冶屋の名前を思い浮かべようとしていた。
「ふん。どうせ君のことだ。金に物を言わせてどこぞの工房に作らせるつもりだろう?」
「そのつもりだが、いけないかね?」
茶化すようなドイルの言葉に、ネルソンは眉を動かした。
「時間と金の無駄さ。これは鍛冶屋より錬金術師の仕事だと思わないか?」
鉄という素材を変質させて、「鋼線」という物体を得る。それは錬金術の仕事とも言えた。
「そうかもしれんが、あいにく錬金術師に知り合いがいない」
「いやいや、この僕がいるじゃないか!」
ドイルが薄い胸を張って、息まいた。
「お前が? 鋼線を作れるのか?」
「できるさ! できると思う……。2、3日時間をもらえればな」
ドイルは鉄というものの物性を理解している。理論的には鋼線を創り出せるはずだとドイルは判断していた。
しかし、経験がない。自分がそこまでの精度でイドを制御できるかは、自信をもって断定できなかった。
2、3日とは試行錯誤のための時間を含めての所要期間だった。
「そうか。それは頼もしい。ぜひ頼もう」
医療用であれば20メートルの長さである必要はない。ネルソンは治療用の鍼のようなものを作ってくれるようドイルに依頼した。
間違いなくヨシズミとステファノも鉄から鋼線を作れるだろう。ネルソンは腹の内で想像していた。
(それも瞬時にな……)
彼らに頼めばより確実で迅速に鋼線ができ上がることはわかっていた。
しかし、それではドイルの成長がない。人間には挑戦して能力を伸ばす機会が必要であった。
(これもまた適材適所ということだろう)
ネルソンは「適材」という言葉に、「人を育てる」という意味合いをも籠めようとしていた。
(ドイルが錬金術師としての能力を伸ばせば、その価値は計り知れない。応用は無限にできる)
物性を理解したドイルが部品や薬品を錬成すれば、発明品の製作期間が大幅に短縮される。
魔法が科学の発展に寄与し、科学的発見による知識が魔法の応用範囲を広げるのだ。
(ドイルこそが科学と魔法の中心にあって、ルネッサンスを推進する原動力となるだろう)
ドイルはステファノから鉄丸を奪い取り、早速イドを浸透させる試みを始めていた。ネルソンは友の邪念なき姿を見て、目を細めた。
孤高の科学者は最早そこにいなかった。
早熟の天才はついに自分の居場所を見つけたのだ。
ドイルの眼前には「世界」というおもちゃ箱がふたを開けて転がっていた。
◆◆◆
「犬笛の応用も面白いと思いました」
ステファノは鉄筒で超音波を収束、増幅させた工夫について感想を述べた。
「あれは武器に使うよりも、物の加工に利用した方がいいと思います」
光龍の息吹と同様、素材の切断や穿孔に応用できる。ステファノはあくまでも生活魔法としての可能性に想像を膨らませた。
「なるほどね。素材や用途に応じて加工方法を変えられるというのは便利だね」
すかさずドイルが同意した。
「明日にでもサントスの所に行って、加工機の構造について相談してみます。魔道具部分は俺の方で作れるんで」
魔道具だけでは正確な加工はできない。素材を保持し、魔道具を動かす構造物を用意する必要があった。そこには、サントスやトーマの知恵を借りねばならない。
「光魔術では例の指輪を使ったのだったな」
ネルソンは最後の光魔術を話題にした。
「いい工夫だが、ルビーを使うというところがねぇ……」
ドイルが言葉を濁した。科学の応用として興味を引かれるが、宝石を使用するため、いかんせんコストがかかり過ぎる。
「ルビーを何かで代用することができればいいのだろうがな」
ドリーは思いついたままを口にしながら、その難しさも想像していた。
(それができれば苦労はない)
「うーん……。できないかなあ」
額に手を当てて唸ったのはステファノだ。
「似たような物性を持つ素材は、他の宝石しか思いつかないね。けっきょく高くつくことは変わらない」
頭の中の知識を猛スピードで当たりながら、ドイルがコメントした。
「ステファノが考えているのは何か違うことのようです。そうでしょう、ステファノ?」
静かにステファノを促したのはマルチェルだった。
「無茶だとは思うんですけど……作れないかなあと思って」
「作るって、ルビーをかい?」
さすがのドイルも意表を突かれて、ぽっかり口を開けた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第641話 イデア界に時間は存在しません。」
「宝石は地中深くで作られたものでしょう?」
「その通りだが……」
「だったら、地下深くの環境を再現してやればいいんじゃないかと思うんです」
ステファノの発想は素朴だ。そして、例によって非常識だった。
「どれだけ無茶なことをいっているか、わかっているのだろうね?」
……
◆お楽しみに。
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