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第5章 ルネッサンス攻防編
第688話 その剣をちょっとお借りしていいですか?
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「ちょっといい?」
工房の入り口からプリシラが声をかけると、ステファノはノートを取る手を止めて顔を上げた。
「ああ。どうかしたかい?」
ペンを置きながら、ステファノはプリシラの後ろに立つ女性客に目を留めた。
「その人は?」
「相談があるっていうお客さんなの。名前は……何でしたっけ?」
プリシラは客の名前を聞いていなかったことに気づいた。
「マリコです」
「初めまして、ステファノです」
「改めまして、わたしは妻のプリシラです」
40歳を過ぎたステファノだが、貫禄などというものには縁のない風貌をしていた。
(やさしそうだけど……どこにでもいそうな人)
冒険者マリコは内心でそんな印象を受けていた。
「何もないところで済みません。今椅子を出しますから」
そう言ってステファノが手を伸ばすと、白い椅子が2脚何もないところから現れた。
(えっ? 今何をしたの?)
「どうぞおすわりください」
そう言いながら、見本を示すようにプリシラは不思議な丸椅子に腰を下ろした。
「あの、これはどういう物なんでしょう?」
恐る恐る腰を下ろしながらマリコは尋ねた。
「ああ、イドで作った椅子です。使いやすいように可視化してありますが」
「イドで椅子を? イドってこんなに自由に形を変えたり、色を付けたりできるんですか?」
マリコは目を丸くして、尻の下の椅子を眺めた。
イドを体にまとって鎧や盾にする技術はマリコも学んでいる。しかし、これほど複雑な形を取らせることができるとは思ってもいなかった。
「訓練とイメージ次第かな? 俺は魔道具師ですから」
ステファノが創り出したイドの椅子は、自分が使っている本物の椅子をコピーしたものだった。椅子程度の構造物でも全体の形をイメージすることは難しい。しかし、実物を見たことがあればステファノは脳内でその映像を再現することができる。
映像記憶。ステファノにはその異能が備わっていた。
「それで? ご相談というのは?」
「えっ? ああ、その、攻撃魔道具を探してるんです」
答えを聞いて、ステファノはマリコが腰から外したショートソードにちらりと目をやって頷いた。
「マリコさんは『剣士』ですか」
「はい。魔境で魔獣を狩りたいんですが、剣だけでは心許なくて。それで、攻撃魔道具があったらなあと」
「あいにく攻撃魔法を籠めた魔道具は取り扱っていません。さて、どうしたものか……」
ステファノは顎に手をやりながら中空に視線を遊ばせた。
(どうしたものかと言われても……。取り扱いがないんじゃどうにもならないわよね)
マリコにはステファノの態度は、勿体をつけているように見えた。できないならできないといってくれればいいのにと、マリコは歯がゆい思いをかみしめていた。
「うん。方法はいくつかありますが……確実なのは接近戦かな」
「えっ?」
どうせ断られるだろうと身構えていたマリコに、ステファノはあっさりと解決策があると言った。その態度があまりにも自然で、マリコは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「何とか……なるの?」
「約束してくれますか?」
ステファノの言葉を理解すると、マリコは藁にもすがる思いで期待を口にした。
それに対して直接答えず、ステファノは逆に質問を返した。
「これから教える戦い方はあなたが魔獣に勝てる可能性を上げるはずです。けれど、それはあくまでも可能性がよくなるだけの話に過ぎません」
ステファノはマリコの目をまっすぐに見つめていった。どこにでもいるただの男。そう思っていたステファノの視線にはマリコの胸に突き刺さる鋭さがあった。
「危険があることはわかっている。結果を他人のせいにするようなことはしない」
「ならば約束してください。俺が勧める訓練を続け、剣の技を磨き続けると」
「訓練?」
何か特別な魔道具を売ってくれるのかと、マリコは思っていた。ところが、ステファノは訓練を積んで剣技を磨けと言う。
(魔道具師が何を言う?)
腕がいいといってもそれは魔道具作りに限っての話のはずだ。一介の職人が剣術の訓練に口を出すなど身の程知らずもいいところだと、マリコは憤慨した。
マリコの胸中を知ってか知らずか、ステファノは淡々と話を進めた。
「その剣をちょっとお借りしていいですか?」
「は?」
マリコの剣はごく当たり前のショートソードだ。魔剣でも聖剣でもない。
魔道具師が見たところでどうなるものでもないはずだった。
(剣が悪いといちゃもんでもつけるつもりか?)
見当違いな文句をつけられたら、ぶんなぐってやろう。物騒なことを考えながら、マリコはショートソードを鞘ごと渡した。
剣を受け取ったステファノは右手を柄にかけて、一言断りを入れた。
「抜きます」
言葉と同時に抜き身の剣が目の前に光った。
ショートソードといってもすわったまま抜き放つのは難しい。それを一瞬で成し遂げたステファノを見て、怒りで熱くなっていたマリコの頭が冷めた。
(こいつ……剣の心得があるのか?)
マリコの驚きには構わず、ステファノは顔の前に剣を立て、鍔本から刃先までじっくりと見渡した。
その目は真剣そのもので、マリコは思わずつばを飲み込んだ。
剣術の心得がある。そう認識した上でステファノを見ていると、「自分は抜身の剣を持った剣術家の前に素手ですわっている」という事実がマリコの上にのしかかってきた。
(こいつがその気になれば、自分は斬られる)
今すぐ立ち上がってステファノから距離を取りたい。マリコの中にその衝動が沸き起こっていたが、プライドが邪魔をして身動きできない。
マリコの背中に嫌な汗が流れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第689話 この剣でどう戦えと言うの?」
「この剣に魔法を付与させてもらっていいですか?」
剣身から目を外してステファノが問いを発した。
「え? 攻撃魔法を付与してもらえるのか?」
「いいえ、生活魔法を少々」
勢い込んだマリコは、ステファノの答えを聞いて気落ちをあらわにした。
……
◆お楽しみに。
工房の入り口からプリシラが声をかけると、ステファノはノートを取る手を止めて顔を上げた。
「ああ。どうかしたかい?」
ペンを置きながら、ステファノはプリシラの後ろに立つ女性客に目を留めた。
「その人は?」
「相談があるっていうお客さんなの。名前は……何でしたっけ?」
プリシラは客の名前を聞いていなかったことに気づいた。
「マリコです」
「初めまして、ステファノです」
「改めまして、わたしは妻のプリシラです」
40歳を過ぎたステファノだが、貫禄などというものには縁のない風貌をしていた。
(やさしそうだけど……どこにでもいそうな人)
冒険者マリコは内心でそんな印象を受けていた。
「何もないところで済みません。今椅子を出しますから」
そう言ってステファノが手を伸ばすと、白い椅子が2脚何もないところから現れた。
(えっ? 今何をしたの?)
「どうぞおすわりください」
そう言いながら、見本を示すようにプリシラは不思議な丸椅子に腰を下ろした。
「あの、これはどういう物なんでしょう?」
恐る恐る腰を下ろしながらマリコは尋ねた。
「ああ、イドで作った椅子です。使いやすいように可視化してありますが」
「イドで椅子を? イドってこんなに自由に形を変えたり、色を付けたりできるんですか?」
マリコは目を丸くして、尻の下の椅子を眺めた。
イドを体にまとって鎧や盾にする技術はマリコも学んでいる。しかし、これほど複雑な形を取らせることができるとは思ってもいなかった。
「訓練とイメージ次第かな? 俺は魔道具師ですから」
ステファノが創り出したイドの椅子は、自分が使っている本物の椅子をコピーしたものだった。椅子程度の構造物でも全体の形をイメージすることは難しい。しかし、実物を見たことがあればステファノは脳内でその映像を再現することができる。
映像記憶。ステファノにはその異能が備わっていた。
「それで? ご相談というのは?」
「えっ? ああ、その、攻撃魔道具を探してるんです」
答えを聞いて、ステファノはマリコが腰から外したショートソードにちらりと目をやって頷いた。
「マリコさんは『剣士』ですか」
「はい。魔境で魔獣を狩りたいんですが、剣だけでは心許なくて。それで、攻撃魔道具があったらなあと」
「あいにく攻撃魔法を籠めた魔道具は取り扱っていません。さて、どうしたものか……」
ステファノは顎に手をやりながら中空に視線を遊ばせた。
(どうしたものかと言われても……。取り扱いがないんじゃどうにもならないわよね)
マリコにはステファノの態度は、勿体をつけているように見えた。できないならできないといってくれればいいのにと、マリコは歯がゆい思いをかみしめていた。
「うん。方法はいくつかありますが……確実なのは接近戦かな」
「えっ?」
どうせ断られるだろうと身構えていたマリコに、ステファノはあっさりと解決策があると言った。その態度があまりにも自然で、マリコは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「何とか……なるの?」
「約束してくれますか?」
ステファノの言葉を理解すると、マリコは藁にもすがる思いで期待を口にした。
それに対して直接答えず、ステファノは逆に質問を返した。
「これから教える戦い方はあなたが魔獣に勝てる可能性を上げるはずです。けれど、それはあくまでも可能性がよくなるだけの話に過ぎません」
ステファノはマリコの目をまっすぐに見つめていった。どこにでもいるただの男。そう思っていたステファノの視線にはマリコの胸に突き刺さる鋭さがあった。
「危険があることはわかっている。結果を他人のせいにするようなことはしない」
「ならば約束してください。俺が勧める訓練を続け、剣の技を磨き続けると」
「訓練?」
何か特別な魔道具を売ってくれるのかと、マリコは思っていた。ところが、ステファノは訓練を積んで剣技を磨けと言う。
(魔道具師が何を言う?)
腕がいいといってもそれは魔道具作りに限っての話のはずだ。一介の職人が剣術の訓練に口を出すなど身の程知らずもいいところだと、マリコは憤慨した。
マリコの胸中を知ってか知らずか、ステファノは淡々と話を進めた。
「その剣をちょっとお借りしていいですか?」
「は?」
マリコの剣はごく当たり前のショートソードだ。魔剣でも聖剣でもない。
魔道具師が見たところでどうなるものでもないはずだった。
(剣が悪いといちゃもんでもつけるつもりか?)
見当違いな文句をつけられたら、ぶんなぐってやろう。物騒なことを考えながら、マリコはショートソードを鞘ごと渡した。
剣を受け取ったステファノは右手を柄にかけて、一言断りを入れた。
「抜きます」
言葉と同時に抜き身の剣が目の前に光った。
ショートソードといってもすわったまま抜き放つのは難しい。それを一瞬で成し遂げたステファノを見て、怒りで熱くなっていたマリコの頭が冷めた。
(こいつ……剣の心得があるのか?)
マリコの驚きには構わず、ステファノは顔の前に剣を立て、鍔本から刃先までじっくりと見渡した。
その目は真剣そのもので、マリコは思わずつばを飲み込んだ。
剣術の心得がある。そう認識した上でステファノを見ていると、「自分は抜身の剣を持った剣術家の前に素手ですわっている」という事実がマリコの上にのしかかってきた。
(こいつがその気になれば、自分は斬られる)
今すぐ立ち上がってステファノから距離を取りたい。マリコの中にその衝動が沸き起こっていたが、プライドが邪魔をして身動きできない。
マリコの背中に嫌な汗が流れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第689話 この剣でどう戦えと言うの?」
「この剣に魔法を付与させてもらっていいですか?」
剣身から目を外してステファノが問いを発した。
「え? 攻撃魔法を付与してもらえるのか?」
「いいえ、生活魔法を少々」
勢い込んだマリコは、ステファノの答えを聞いて気落ちをあらわにした。
……
◆お楽しみに。
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