気まぐれで世界最強の大賢者は弟子の娘と旅をする。

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第二章

3話「武装国家ヒルデについて」

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 ジェラードとアナスタシアが注文を終わらせて席に座ると店員が水の入ったコップを持ってきて、二人はそれを飲んで渇いた喉を潤しつつヒルデ産名物のピギーのステーキが来るのを待っていた。

「お待たせ致しましたぁ! こちら名物のピギーのステーキにマンドラゴラ添えとなっております! 大変鉄板の方が熱くなっておりますのでご注意下さい! それではごゆっくりと、どうぞ!」

 店員が両手にステーキの乗った皿を持ちながらジェラード達の元へと近づいてくると、流れるような言葉と手捌きでそれを机の上へと置いていく。

 そしてあっという間に食事の用意をこなすと、最後に二人のコップが空になっている事に気が付いた店員が水を注ぎ足してからその場をあとにした。

「……なんというか鮮やかな動きでしたね」

 アナスタシアが去っていく店員の後ろ姿を見ながら呟く。

「ああ、まったくだな。恐らくこの道に入って四年目と言った所だろうな」

 それに同感してジェラードも頷きながらその手馴れた動きから大凡の勤務年数を割り出した。

「まあ、それはそれとしてだ。今は腹を満たすために頂くとするぞ」

 ナイフとフォークを手にしながら言うジェラード。

「はいっ! 頂きます!」

 アナスタシアも慌てた様子でナイフとフォークを手に取って目の前に置かれている肉厚なステーキへとナイフの先端を入れ始めた。

「ふむ、このステーキは随分と肉汁が溢れ出るな。そしてこの木の根のような棒状のものがマンドラゴラが」

 ジェラードがステーキを食べやすい大きさに切ると、それをフォークで刺して持ち上げながら改めて皿の全体へと視線を向ける。

 すると皿の上に乗っているのは大本命の分厚く肉汁溢れるピギーのステーキだけではなく、あくまでも副菜として目立つ主張はしていないマンドラゴラの揚げ物が端に添えられていた。

「まさか、あのマンドラゴラを肉の付け合せにするとはな。……ああ、しかし今は黄金の汁が滴るこの肉を味わわないとな」

 皿の上に乗っている物に一通り目を通すとジェラードはステーキを堪能するべく、フォークに刺していた肉を自らの口の中へと入れて噛み締める。
 そして彼が肉を噛み切った瞬間に口いっぱいに肉本来が持つ上質な味が広がる。

「んひゃぁ~! このステーキすっごく美味しいですよ先生!」

 ジェラードが肉を何度も咀嚼して胃の腑に落とすと同時に、対面の席からはアナスタシアが肉汁の影響なのか唇を艶めかせながら満面の笑みを向けてきた。

「確かにこのステーキは旨いな。だが俺としては気になるのはマンドラゴラの存在だ」

 彼女に返事を向けつつもジェラードはステーキの添え物として皿の端に鎮座している揚げ物の存在がずっと気掛かりであった。果たして本当にこれは美味しいのだろうかと。

 今彼の口内は芳醇な肉の風味で満たされているのだが、このマンドラゴラを食べた瞬間にその均衡が崩壊しないか心配であるのだ。
 
「そう言えば本か何かで読んだ事がありますけどマンドラゴラって根の部分に神経毒があったり、引き抜いた際に悲鳴をまともに聞いた人間は発狂して死んでしまうという事が書かれていたような……?」

 急に何かを思い出した様子でアナスタシアがマンドラゴラについての事を言っていくと、顔色が少しだけ青ざめているように伺える。

「そうだな。確かにマンドラゴラは毒を持っているし、引き抜いた際に悲鳴を直で聞けば発狂して死に至る。……だがな、その本にはこうも書かれていなかったか? マンドラゴラは火を通せば毒は消え、防音魔法を使いながら引き抜いて締めれば何の問題もないと」

 ジェラードは彼女の言葉を聞いてそれは紛れもない事実であることを言いながらも、しっかりと最後の方はマンドラゴラの危険性を回避する手段があることを伝えた。

「うーむむ、言われてみればそう書いてあったような気も……?」

 眉間に皺を寄せてアナスタシアは何処か遠くを見ながら弱々しく声を出す。

「はぁ……。お前はもう少し記憶力がつく食べ物を取った方がいいぞ。例えば魚の頭とかな」

 ジェラードは溜息を吐きながらフォークを置いて空いた右手で自身の頭を小突いて主張する。

「い、嫌ですよ! 魚の頭って意外と苦いんですよ!?」

 アナスタシアは魚が苦手なのか口元を一の字にして否定の意識を見せてくる。

「そりゃあ脳だからな。菓子のように甘くはないだろう」

 我ながら妥当な例えだとジェラードは思い口にする。

「嫌な例え方しないでくださいよ……」

 だが彼女にとってそれは嫌だったらしく気落ちした様子でマンドラゴラの揚げ物を頬張り始めた。

 ――それから二人は無言のまま食事を続けると、ジェラードはアナスタシアよりも先に食事を終えて水を飲みながら一息つくと改めてヒルデの街の様子を思い浮かべる。

 ヒルデの街には多種多様な武器を携えた大勢の冒険者やならず者達が居て、その中には男性だけではなく女性も多く見られる。
 中には大男のような体格をした本当に女性かどうか疑わしい人もいるのだ。

 だがその多くに魔術師の存在はまったくと言っていいほど皆無であった。
 やはり魔力の流れが悪い土地には、よほどの用事がない限り魔術師達は寄り付かないのだろう。

「あー……先生? 少し気になる事があるので聞いても大丈夫ですか?」

 アナスタシアがステーキを食べ終えて残すはマンドラゴラの揚げ物のみとなると、何かを思いつめた様子で訊ねてきた。

「なんだ藪から棒に。だが答えられるかどうかは質問の内容次第だな。取り敢えず言ってみろ」

 彼女の食事が終えるまでに新しい魔法でも作り出そうかと思案を巡らせていたジェラードだが、唐突にも訊ねられた事によってその考えは中断させられた。

「じゃぁ遠慮なく言わせて貰います。この国に入国した時から何となく察していましたが、なんでヒルデは魔術師を嫌っているんですか? それにここは魔力の流れも悪いような気がしますし……」

 難しい表情を浮かべてアナスタシアは二つの質問を投げ掛けてくると、マンドラゴラの揚げ物にフォークを刺してリスのように齧り付いた。

「ほう、お前にしては中々に賢い質問ではないか。いいだろう、その全てにおいての答えを教えてやる。どうせ俺は食べ終わって暇だしな」

 そしてその質問を聞いたジェラードはちゃんと彼女がこの国の雰囲気や魔力の流れと言った敏感な部分について気になっていることに感心した。
 普段のアナスタシアは年相応の振る舞いで、魔女としての風格は限りなく無いからだ。

「賢い質問ってなんですか……。というかさっきから遠まわしに先生が私を馬鹿にしているような気がしてならないのですが!」

 マンドラゴラを全て食べ終えて皿の上に乗っていた料理を完食すると、彼女はジェラードの言動が癪に障ったのかフォークの先端を向けて怒りを顕にしていた。

「ふっ、馬鹿にはしていないぞ。それで質問の答えだが理由は単純だ。元々ヒルデは国の位置的に龍脈の流れが悪くて魔術師を育成するには不向きな土地なのだ。ゆえにヒルデは魔法を諦めて、己の力のみを信じるように剣を手にして武装国家へと姿を変えて他国にその力を示したのだ。だからその弊害と言ってはなんだが……魔術師国家の”ガラヴェンタ”とは犬猿の仲だ。まるで王都と帝都のようにな」

 ジェラードは机の上に両肘をついて手を組みながら”ヒルデ”国の事情を話していくと、アナスタシアは興味深そうにそれを聞いて瞳を輝かせていた。
 どうやら彼女はそういった国の歴史や豆知識などが好きなのだろう。

「ほえぇ。通りでこの国は魔術師の風当たりが強いんですねぇ」

 彼からの話を聞いて色々と納得出来たのかアナスタシアは満足気な顔をしてコップに注がれた水を一気に飲んでいた。

「まあ、そういうことだ。……さて、腹も満たされた事だし支払いを済ませて店を出るぞ」

 ジェラードは彼女が食事を終えた所を目視で確認すると席を立って店を出ようとする。

「はいっ! ……あ、ちょっと待って下さいよ? ここの支払いって聞くまでもないと思いますが、当然先生持ちですよね?」

 しかし突如としてアナスタシアが疑惑の篭った声色を出すと場の空気が一瞬で静まる。

「ふっ、アナスタシアよ。それは愚問と言わざる得ないな。俺は放浪の魔術師という設定担っているのだぞ? ゆえにここは――」

 呼び止められたにも等しい行為にジェラードは振り向きざまに大事なことを言おうとすると、

「あー……はいはい。わかってますよ。ここは公平を期して”コイントス”ですねっ!」

 アナスタシアは彼の思考を先読みする事に成功したのか運要素の高い公平な決め方を提案してきた。無論それはジェラードも提案しようとしていた事で何処にも断る理由はなかった。

「俺は表で」
「じゃぁ私が裏ですね」

 ジェラードが表を選択したことでアナスタシアは必然的に裏を選ぶ事になると、彼女はローブの内側に手を入れてポケットから銀貨を一枚取り出して親指の上へと乗せた。

「いきますよーっ!」

 その掛け声と同時にアナスタシアは親指にぐっと力を入れて銀貨を思いっきり弾く。
 銀貨は空中へと打ち上がり何回転もすると、やがて彼女の手の甲へと落ちてきて――――
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